東十条~赤羽
東十条駅から、裏道を歩き路地を抜け行止まりで戻り、姥ヶ橋陸橋に出たら、再び裏道を歩き路地を抜け行止まりで戻り、赤羽駅まで、1万2千歩、9kmの散歩です。
①朽木質店・・・・・・・・・・東十条駅の西側の裏道にある。 塀の戸も壊れたままで、どうやら廃業したようだ。・・・・・・・・・質屋で当座の金を借り、稼いだら質草を出しに行く人も少なくなり、一六銀行の時代も終わったか!
②赤羽線北仲原踏切・・・・・・・・・・・・十条仲原2丁目と中十条3丁目をつなぐ埼京線の踏切。・・・・・・・・・踏切名には「赤羽線 北仲原踏切」と書かれている。 池袋~赤羽間の埼京線の正式名は「赤羽線」である。 懐かしい呼称だ、いまだ健在とは嬉しいね。 ちなみに、赤羽線の開通は明治18年(1885)である。
③十条仲原貯水槽・・・・・・・・・・・十条仲原2丁目で環七通りに沿いにド~ンと建っている。 こんなところに?
④入口はどこだ!・・・・・・・・・・・・・訪問時は、一瞬躊躇しそうだ。
⑤区境です!・・・・・・・・・・路地の東側(写真右)は北区上十条、西側(左)は板橋区稲荷台。 ここを歩くと、右足は北区を、左足は板橋区を歩いている!
⑥姥ガ橋延命地蔵尊・・・・・・・・・・環七通り姥ガ橋陸橋の交差点角に祀られている地蔵さま。・・・・・・・・・姥ヶ橋とは、現在は暗渠化された稲付川に架かっていた橋の名称である。この橋で、誤って幼児を溺死させてしまった乳母が、責めを感じてこの橋から身を投げて死んだ事により、乳母の供養のため村人が地蔵尊を建立した。 地蔵尊には享保9年(1724)の建立銘がある。
⑦稲付公園・・・・・・・・・・赤羽西3丁目の高台に在る公園。 ここは、かつて、講談社の創立者である野間清治(1878~1938)の旧別邸であった。 現在、建物などは残されていないが、大きな石が所々に残り邸宅の跡を感じさせる。 公園前の坂は「野間坂」と呼ばれている。
・・・・・・・・・・・・・・・右側は野間坂、左は公園入口。 入口の石積みは、野間邸当時のものらしい。
・・・・・・・・・・・・・・・大きな石や、四阿の跡らしき基盤が残る公園
・・・・・・・・・・・・・・公園からの眺望
⑧鳳生寺・・・・・・・・・稲付公園の下に建つ、太田道灌の開基と伝えられる鳳生寺(ほうしょうじ)。文明10年(1478)建立。・・・・・・・・山の奥に建つ寺のように、静かで、緑豊かで、苔の生えた広い境内は癒しの空間である!
⑨法真寺・・・・・・・・・・・日蓮宗の法真寺は、稲付山と号し、天正元年(1537)の開山。 こじんまりとし手入れの行き届いた庭が美しい。
⑩普門院・・・・・・・・・・赤羽駅の南方に在る、徳治2年(1307=鎌倉時代)の創建と伝えられる寺。 参道正面には中国・台湾風の鐘楼門(昭和18年(1943)頃完成)があり、境内にはインドの仏塔をモデルにした共同墓地(昭和41年(1966)完成)がある、異国情緒豊かな寺だ。