日本橋蛎殻町
我が家(浅草橋)から横山町、人形町を抜け、日本橋蠣殻町をぶらつき、わが家へ戻る、ドア・ツー・ドアで1万4千歩、10kmの散歩です。
①浅草橋架道橋・・・・・・・・・・・大正12年(1923)の関東大震災以前、総武本線は両国橋駅(現:両国駅)を起点としていた。 震災後は、都心部への交通量も増え、市電により隅田川を渡る利用客も増加した。 総武線も両国と御茶ノ水を結び中央線に乗り入れることとなり、昭和7年(1932)に同区間が開通した。 浅草橋架道橋はこの時期に完成した。・・・・・・・・・この架道橋も浅草橋の景観の一つとなっている。
②隙間の無い木造建築・・・・・・・・・・日本橋久松町と日本橋富沢町の境界は、大正時代は浜町掘だった。 その堀が、終戦直後、瓦礫処分で埋め立てられ、昭和25年(1950)には完了した。 埋立地上には、長~く、店が建てられ、今日に至っている。 多くは道路・ビル・公園に変わっていたが、一部木造の建物がバラック時代を思い出させるように残っている。・・・・・・・・・・木造3階建て、隣との境に空間無し、長屋のようで一戸建て? なんと説明いたらよいのか? 写真を見て! 鼠の入る隙間もないね!
・・・・・・・・・・・・・埋立地の上にズラリと飲食店が並ぶ表通り側
・・・・・・・・・・・・・・裏通り側まわると、、、細い路は埋め立て前の川の中程に位置している。
③日本橋蛎殻町の建築・・・・・・・・・・・人形町のお隣り「日本橋蠣殻町(かきがらちょう)」に戦前から建つ、看板建築、和風建築です。
・・・・・・・・・・・・山桂商店・・・・・・・・・モルタル系の看板建築。 長屋の両側が取り壊されたようだ。
・・・・・・・・・・・・S・N邸・・・・・・・・・・・純和風で、下町風の住宅。
・・・・・・・・・・・・・IC邸・・・・・・・・・・・・下町のお屋敷。この建物は戦後の建築かも?
・・・・・・・・・・・・・白谷タバコ店・・・・・・・・・・トタン板の商店建築。 自販機の無い頃は、看板娘が店頭にいたかもね?
・・・・・・・・・・・・・旧小川歯科・・・・・・・・・・・あれ! 似て非なる建物に変身。 2枚目の写真は平成24年撮影。
・・・・・・・・・・・・銅板建築・出桁造りの商店・・・・・・・・・・下町には、まだ多く残る銅板建築。
・・・・・・・・・・・・・IT邸・・・・・・・・・・・浴衣姿のミヨちゃんが、赤い鼻緒の下駄履いて、『縁日に行こう』と、飛び出してくるような懐かしい雰囲気だ。
・・・・・・・・・・・・・日清製粉晴東寮・・・・・・・・・スクラッチタイル風の貼りもの、デザインはシンプルです。 (建物の前にトラックが停まっており、斜めからパチリ。)
・・・・・・・・・・・・・ゾートスサロンひらさわ・・・・・・・・・・モルタル系の看板建築。 マンサード屋根の勾配が見える!
・・・・・・・・・・・・・堀善商会・・・・・・・・・・・2階コーナ部の、鉄製の扉(?)は何だろう?
・・・・・・・・・・・・・・ゆたか印刷所・・・・・・・・・・・名刺・挨拶状などを簡単に印刷してくれる下町の印刷屋さん。
・・・・・・・・・・・・・H邸・・・・・・・・・・・出桁造りの商家の1階を改造したようだ。
・・・・・・・・・・・・・永楽屋・・・・・・・・・・・・大正14年(1925)に建てられた、モルタル系看板建築の店舗兼住宅。 創業明治27年(1894)のオーダーシャツ専門店。・・・・・・・・・看板は、昇る朝日に、ニワトリが二羽、そしてモダンな書体で屋号が、いいね~~!
・・・・・・・・・・・・・・屋外機の台となった『防火用水』・・・・・・・時代は変われど、どちらも家庭の必需品。
④中央区立日本橋公会堂・・・・・・・・・・・蛎殻町に平成11年(1999)にオープンした中央区の複合施設。1階に区特別出張所、2階に区民施設、4、5階に客席数440席の公会堂(愛称:日本橋劇場)が入る。 玄関まわりの石積みと大きなアーチは特徴的。 公会堂は可動の花道や迫りを装備し、演劇・コンサート・落語・邦舞などを楽しむことができる。 大中小の“中劇場”クラス。
⑤日本橋人形町の建築・・・・・・・・・・・・散歩の帰りがけにパチリした建物
・・・・・・・・・・・・・魚久水天宮店・・・・・・・・・・モルタル系看板建築
・・・・・・・・・・・・・・壽堂京菓子司・・・・・・・・・看板商品「黄金芋」は美味しい。 その名菓に、負けじと独特の造りの建物だ。
・・・・・・・・・・・・・近為・・・・・・・・・・・明治12年(1879)創業の京漬物の老舗。 2階部分にモルタル系看板建築の様子が見られる。
・・・・・・・・・・・・・寺倉モータース・・・・・・・・建物は3軒長屋。
・・・・・・・・・・・・神谷商店・・・・・・・・・・・上部に屋号の跡が残る看板建築
・・・・・・・・・・・・・・歯科多和田・・・・・・・・・・看板は残っていが、営業はしていない。
・・・・・・・・・・・・・加島商店・・・・・・・・・・・・これぞ下町の酒屋さん。
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