上野駅
今夏初の猛暑日で、アッチアッチ。 日中は、まだ熱中症で死にたくないので、家でゴロゴロ。 夕方から散歩でノソノソ。 上野駅と周辺をブラブラ。 8千歩、6㎞。
①上野駅・・・・・・・・・・・・日本鉄道の駅として、明治18年(1883)に開業した。 その後、北のターミナルとして大きくなっていったが、関東大震災で駅は焼失した。 震災復興建築として現在の駅舎は昭和7年(1932)に建て替えられた。 設計は鉄道省(技師:酒見佐市)、施工は鹿島組(現:鹿島建設)、鉄骨鉄筋コンクリート造3階建。 総工費は当時の金額で270万円(醤油1升63銭の時代)。 建物は東京駅よりチョイト見映えが悪いが、哀愁漂い、多くの歌手が歌い語った“演歌の駅”、私の好きな駅。
・・・・・・・・・・・・・まずは、正面玄関から!
・・・・・・・・・・・・・・・駅舎の落成式(昭和7年)の写真
・・・・・・・・・・・・・・・広小路口はサラリーマンで熱気ムンムン、これから暑気払い! ちなみに、駅前の気温は、19時半で、32℃、飲みたくなる暑さだ!
・・・・・・・・・・・・・・公園口は、動物園も閉まり、乗降客もチョイと少なくなったようだ!
・・・・・・・・・・・・・・知る人も少ない入谷口は、ご近所に勤める人専用の出入口のようなもの。 この出入口の真下地下30mに新幹線のホームがあるのを、知る人は少ないね。
・・・・・・・・・・・・・正面玄関ホール。 かつては、このホールの両側に出札窓口が並んでいた。 当時を知る人は今は少なくなった。 ちなみに、私は戦後の切符売り場としての記憶はある。 現在は飲食店が占めている。
・・・・・・・・・・・・・・正面玄関から地下鉄銀座線上野駅につながる階段。
・・・・・・・・・・・・・・正面玄関右には交番もあります。 家出少女、迷子、お上りさんはこちらへ!
・・・・・・・・・・・・・・中央改札前のコンコース。 “This is 上野駅”。
・・・・・・・・・・・・・・平成12年(2000)に完成した、中央口と公園口を結ぶ連絡橋、その名は「パンダ橋」。
・・・・・・・・・・・・・・パンダ橋から眺める、ホームとアメ横方向。
・・・・・・・・・・・・・・橋上駅舎の屋上からパンダ橋を通し、御徒町方面を眺める。
・・・・・・・・・・・・・・・15番線ホーム車止めの後ろにある石川啄木の歌碑。 「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを 聴きにゆく」 いやでも、故郷の情景を想い、懐かしさを感じる歌だ!
・・・・・・・・・・・・・・広小路口の前には、「ああ上野駅」歌碑がある。 昭和30年~40年の高度成長期、就職列車で上京した若者を支えた心の応援歌。 歌うは井沢八郎 ♪♪~どこかに故郷の 香りをのせて 入る列車の なつかしさ 上野は俺らの 心の駅だ くじけちゃならない 人生が あの日ここから 始まった~♪♪
②北斗星・・・・・・・・・・・・・ご存じブルートレインの「北斗星」。 上野発19:03、函館着6:35、札幌着11:15。 夏休みで、家族連れが多く、今日満席かも? 二人連れも、いいね、ロマンチックで! 写真を撮っているのはみんな大人だ、特に中高年は何かを感じているのだ、私もね!!
③両大師橋・・・・・・・・・・・昭和8年(1933)に完成した、上野駅北側で山手線、京浜東北線、東北本線、常磐線、引上げ線も含めて、計21本の線路を跨ぐ橋。 現在の橋は、昭和46年(1971)に架け替えられた。 橋名の“両大師”とは、上野の輪王寺ことを別名「両大師」(慈恵、慈眼の二人の僧侶)と称していることに由来する。 この橋の下には上野駅の中距離路線のホームが見える。 新幹線が開通する以前は、この橋の上から、東北・信越・上越・常磐の特急列車・夜行列車を眺めて時を過ごしたが、今は常磐特急と数本の夜行だけだ。寂しいね!
「散歩」カテゴリの記事
「鉄道」カテゴリの記事
- 京急大師線 (川崎大師~京急川崎)(2019.07.17)
- 京急大師線 (小島新田~川崎大師)(2019.07.10)
- 井の頭線 (駒場東大前~渋谷)(2019.07.08)
- 井の頭線 (下北沢~駒場東大前)(2019.07.03)
- 井の頭線 (明大前~下北沢)(2019.06.28)