六郷土手~糀谷
京浜急行の六郷土手駅から、多摩川を下り六郷水門を見て、京急羽田線の糀谷駅まで、9千歩、7㎞の散歩です。
①六郷土手駅 ・・・・・・・・・・ホームが多摩川の土手にかぶさる23区最南端の駅。 明治39年(1906)に京浜電気鉄道の六郷堤駅として開業した。 昭和47年(1972)頃に高架駅となった。 小さな地味な駅だが、ラブストーリーの舞台となりそうだ!
・・・・・・・・・・・・・・ホームの“端”には、京急六郷川橋梁の“橋”がある。
②旧六郷橋の橋門と親柱・・・・・・・・・・・・六郷川(多摩川)には、江戸時代初期:家康が架橋を命じた「六郷大橋」があった。橋の長さは200m程あり、まさに大橋であったが、貞享5年(1688)の大洪水で橋が流失してからは、幕府も再架橋を断念していた。 明治期には木造の左内橋が架けられた。 その後、近代化が求められ、大正9年(1920)に着工し、大正14年(1925)にタイドアーチ式の旧六郷橋が完成した。 昭和60年(1985)、旧六郷橋は現六郷橋に架け替えられたが、大田区側の宮本台緑地公園(現六郷橋際)に旧橋の橋門と親柱が当時のまま保存されている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・昭和50年代の旧六郷橋、川崎側から奥の大田区側を望む。(平成15年10月17日 国土交通省川崎国道事務所:発行のパンフレット「旧六郷橋 親柱物語」より)
・・・・・・・・・・・・・・保存されている橋門と親柱
・・・・・・・・・・・・・・現在の六郷橋。 大田区側から撮影。 長さ443.7mで、国道15号(第一京浜国道)が走る橋である。
③六郷水門 ・・・・・・・・・・六郷地区(大田区)では、昭和初期になると住宅化が進み、生活用水が増し大雨時には、多摩川に自然排水できず、浸水する事態が起こった。 そこで六郷水門が昭和6年(1931)に造られた。昭和47年(1972)、新たにポンプによって強制的に排水できる施設(六郷ポンプ所排水樋管)が設置され、六郷水門はその役目を終えた。
・・・・・・・・・・・・・多摩川の土手を下ると、、、、、、
・・・・・・・・・・・・水門には、中央に“郷”の字を配し、9個の“口”の字が囲む六郷町の町章がデザインされている、、、、、六郷町は昭和3年(1928)に六郷村から“町”となった。 昭和7年(1932)、六郷町は蒲田区に編入され廃された。 短命な“町”であったね!
・・・・・・・・・・・・・・水門の脇には、煉瓦造の小屋が、、、、、絵になるね!
④七辻・・・・・・・・・・・・大田区南六郷1と南蒲田2が接する位置に、7本の道路が交差する「七辻」と呼ばれる交差点がある。 交差する道路の道幅はさほど広くはないが、それなりに交通量は多いようだ。 しかし信号機はない! ドライバーの譲り合いの精神により信号機は不要なのかも?
・・・・・・・・・・・・・・Googleマップによる上空からの写真
・・・・・・・・・・・・・・反時計まわりに7本の道路を撮影してみたが、全容は表現できないね!
⑤糀谷駅・・・・・・・・・明治35年(1902)、羽田支線(京急空港線)として蒲田から羽田方面に支線が開通した時、糀谷駅も同時に開業した。・・・・・・・・・ホームは上下線とも高架化が完了したが、駅は高架下に只今整備中である。
・・・・・・・・・・・・・改札を通ると高架下をチョイト歩かされるね!
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