総武線隅田川橋梁~隅田川大橋
いよいよ今年も、あと一日を残す運命! 帰省先のない私は東京に残るだけ、年末の静かな都会は散歩するには歩きやすいが、見るものもなくチョイとつまらない。
今日は隅田川橋梁めぐりの続きで、30番目のJRの総武線隅田川橋梁から、35番目の隅田川大橋まで、1万3千歩、10㎞の散歩です。・・・・・・・今日の散歩コースの橋は、『雅万歩』でたびたび登場するため、コメントは簡単に!
①銀杏岡八幡神社・・・・・・・・・・我が家の氏神様。 散歩の前に、火除けの御札、夏越の大祓いでチョウダイした守護札など、神様の関連グッズを神社に返却してから行くことにした。 神社の創建年代は不詳。 源頼義・義家が奥州征伐に向かう途中、当地に銀杏の枝を差して戦勝祈願し、その帰途、康平5年(1062)に当神社を創建したらしい。 ところで、江戸時代に入り、福井藩松平家屋敷地となり、松平家の邸内社となった。 享保10年(1725)には、公収され町内(福井町)の産土神となったといいます。 私の戸籍上の出生地は、「浅草区福井町10番地」なり、チョイと歴史を感じるね!
②石塚稲荷神社・・・・・・・・・・・隅田川沿いに祀られている石塚稲荷神社。 創建年代不詳であるが、元禄元年(1688)、浅草御蔵前元旅籠町の居住者有志が創建したらしい。 神社のある川沿いには、柳橋袂から上流に向かい、「亀清楼」「柳光亭」「柳水」「津久松」「はやし」「稲がき」「卯の木」「深川亭」「二葉」「鶴の家」、、、、、と料亭が続いていた。 神社は、料亭街の中程にあり、近くには見番・銭湯もあった。 現在残っているのは神社だけだ、芸妓のいない柳橋 は、“クリープのないコーヒー”みたい!・・・・・・・・神社には、注連縄、門松が飾られていた。 花柳界として賑やかなりし頃を思い出すと、これまた、寂しいね!
③総武線隅田川橋梁 ・・・・・・・・・昭和7年(1932)に竣工した、3径間ゲルバー下路式ランガー桁の鉄道橋。 設計は元土木学会会長であり、東京大学教授の田中豊(昭和39年逝去)です。 隅田川上流から30番目の橋梁。
④両国橋 ・・・・・・・・・・・・・・31番目は、御存じ「両国橋」。 3径間ゲルバー式(連続桁橋の中間部分に適当なヒンジを設け、中央の桁を両側の桁が片持ち形式にて支える構造)の橋、橋長約165m、昭和5年(1930)に着工し、昭和7年(1932)に竣工した。 下部工の施工は間組。
⑤首都高6号線両国大橋・・・・・・・・・・・中央区の箱崎JCTから伸びてきた6号線は、浜町公園から隅田川を越えて、対岸の墨田区:竪川水門の頭上で、向島方面に向かう6号線と小松川方面に向かう7号線に分岐する。 この隅田川を越える部分が両国大橋である。・・・・・・・・・・昭和44年(1969)に完成したした、橋長約330mの橋で、複雑な線形の構造と特殊な吊り構造の設計により、昭和44年度の土木学会田中賞(土木学会が定めた優れた橋梁に贈られる賞)を受賞している。 施工は石川島播磨重工業・日本橋梁・大林組による。・・・・・・・・・遠くから見ると、景観を壊す邪魔な橋梁。近くで見ると、複雑な線形と武骨な鉄の塊で、凄い橋梁。
・・・・・・・・・・・・左岸(墨田区側)の分岐部分の竪川水門・・・・・・・・・昭和35年(1960)に隅田川・竪川の合流点にできた、周辺流域を高潮から守るための水門。 水門の頭上を7号線が走る。
⑥江島杉山神社・・・・・・・・・・・竪川水門に近い「一の橋」を渡った脇に、盲目の鍼灸師杉山検校(1610~1694)を祀った杉山神社と、彼が修業した江の島の弁財天を祀った江島神社を、合祀して江島杉山神社となった。・・・・・・・“杉山和一は江ノ島の弁財天の岩屋にこもり鍼術を授かった。その後、検校(盲官の最高位)となり、神社のある本所の地にて鍼術を指導した。” と、説明書きがありました。 神社の奥には、江ノ島の岩屋を模した洞窟がり、中には杉山和一の像が祀られている。
⑦新大橋 ・・・・・・・・・・上流から数えて33番目の橋。 現在の橋は、2径間連続斜張橋、橋長は約170m、昭和52年(1977)に竣工した。
⑧芭蕉稲荷神社・・・・・・・・・・芭蕉庵は、没後、武家屋敷となり幕末・明治期には滅失してしまった。 大正6年(1917)の津波来襲の後、芭蕉が愛好した石造の蛙がこの地から発見され、ここに芭蕉庵があったと言われている。 この跡地に地元の人々により、芭蕉稲荷神社が創建された。、、、、、、芭蕉の時代のものは蛙の置物しか残ってないようで、神社と言っても祠(ホコラ)のようである。
⑨清洲橋・・・・・・・・・・34番目の橋。 昭和3年(1928)に竣工した、日本で唯一の自碇式チェーン吊り橋で、モデルはドイツケルンのヒンデンブルグ橋(現在の橋は架け替えられたもの)と言われている。 平成19年(2007)に、勝鬨橋、永代橋、清洲橋の3橋が国の重要文化財となった。 文化財になるくらい、女性的で、綺麗だ!
⑩隅田川大橋・・・・・・・・・・・本日の隅田川橋梁めぐりの最後は、35番目の隅田川大橋。 首都高速道路公団が工事主体となり架けた、二層式の武骨で邪魔な橋である。 箱崎JCTから出てきた首都高9号深川線が上層を通り、下層には水天宮通りが通り、地下には東京メトロ半蔵門線が通っている。 昭和54年(1979)完成。 隅田川の景観をぶち壊すこの橋を、私はぶち壊したいね!
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