立石~亀有
『ここを曲がると○○がある』、『こちらの方向に歩くと○○に着く』と判るようになってきた葛飾区立石付近。 今日は歩いたことのない裏道を選びながら歩いてきたが、向かっている方向が推察できるためか、亀有まで大きな迂回もせずに到着。 京成押上線の立石駅から常磐線亀有駅まで、1万歩、7㎞の散歩です。
●・・・・・・・・・・・・まずは立石駅 からスタート。 駅裏のこの路地を入ると「呑んべ横丁 」、こちらの路地には赤線時代の建物、駅の反対側には「立石仲見世」と気になる処がいろいろあるが、今日は気にせず商店街の通りを北へ向かう。 まだ、朝の8時半、店は開いていないね!
●・・・・・・・・・・・タカラトミー本社ビルの前に出た。 戦後生まれの私の世代は「ダッコちゃん」、その娘の世代は「リカちゃん」、「チョロQ」、孫の世代は「ポケモン」と、世代を超えておせわになった玩具メーカ。 ここ立石に本社を置く優良企業。 建物の正面玄関は?、、、、、建物を一周してみたら、似たような小さな玄関が表通りと裏通りに1か所ずつあるだけだった。
・・・・・・・・・・・・・謎の像??がタカラトミーとお隣のホームセンター裏口の間の細い通りにあった。 タカラトミーの建物に向かって立っている像で、台座には「大木貞次像」と彫られ、他の説明は一切なし! その場で、私は思った『この大木さんはタカラトミーの創業者で、会社の発展を見守っているのか』。 このブログを書くにあたり、調べてみたら、タカラトミーの創業者とは別人であった。 「大木貞次」なる人は、戦前田圃であった像の立つ地を買い取り、「大木温泉」なる事業を始めた実業家で、像は生存中に自分で建てたらしい。 今、温泉はなくなり、アパートが建っている。 詳細不明で、謎の多い人物か?・・・・・・・タカラトミーの人は、この像をどう思っているのか、知りたくなった。
●・・・・・・・・・・学校の裏を抜け出てきたところは、葛飾区総合庁舎 の裏側。 高く見えるのは、7階建ての新館だが、昭和53年(1978)の竣工で耐震性能も不足し、只今、立石駅前再開発により移転する計画あり。 いつになったら実現するのか?
●・・・・・・・・・・・総合庁舎前の道は「立石さくら通り」と称し、あとひと月もすれば、花見ができそうだ!
●・・・・・・・・・・・水戸街道(国道6号)に出てきた。 京成本線のガードを横目で見て、国道をこえる。
●・・・・・・・・・・・・都立葛飾野高校の前を歩く。 約1万坪(33,000㎡)の敷地を有する23区内では最も広い高校。 敷地が広くてボールを追っかける練習が充分できるからか、都立では有数のサッカーの強豪校。 学校の設立は昭和15年(1940)。
●・・・・・・・・・・・高校の隣りには、東電江戸川変電所の鉄塔がそびえる。 なんとなく、私の好みに合った風景なのでパチリ!
●・・・・・・・・・・水と親しむ「曳舟川親水公園」のはずだが、水は循環式で冬場は水に入る人もなく、電気代の節約と、掃除代の節約か、水が無い! 水のないときは、“曳舟川節約公園”と名を変えたらいかがかな?
●・・・・・・・・・・・・亀有1丁目、親水公園の脇に、真宗大谷派の蓮光寺がある。 徳川幕府とともに三河から江戸に移り、江戸では明暦の大火(明暦3年=1657)、関東大震災(大正12年=1923)などの火災にあい、昭和3年(1928)現在地亀有1丁目に移った。現本堂は昭和11年(1936)に落慶した。 緑が多く、手入れも行き届いており、都会にあっては落ち着いた雰囲気の寺である。別名“松の寺”、“花の寺”とも呼ばれるらしい。 今日は、ウメが咲き、シダレザクラが花をつけ、緑の色も添えられて、しばし癒しの空間を堪能してきた。
●・・・・・・・・・・・・「こち亀」の銅像が点在する亀有駅 に到着。 南口バス停でも、両さんがベンチで休んでいる。