小岩~篠崎
総武線小岩駅から南に歩き、都営地下鉄新宿線篠崎駅まで、1万2千歩、9kmの散歩です。
①小岩駅南口商店街・・・・・・・・・・小岩駅南口のロータリーから放射状に4本の商店街が伸びている。 まだ早朝のため、各店はシャッターが下りているので、商店街の入り口だけ撮影してきた。、、、、、、、駅出入口からみて右端にある商店街から順に、、、、、
・・・・・・・・・・・・・まずは、「フラワーロード」・・・・・・・・バスが通り、歩道上にはアーケードがあり、金融機関も並ぶ、駅前のメインの商店街。 名の通り、歩道には季節の花が植えられている。 昭和2年(1927)に20数店舗で結成・発足した商店街は、現在200店舗以上となり、正式名称は「小岩駅前通り美観商店街」である。 戦後は、江戸川区初のアーケードを全長約800m(両側で1778m)の商店街に設置した。
・・・・・・・・・・・・・・次は、「昭和通り商店街」・・・・・・・・600m程の商店街に、激安衣料品店・総菜屋・中華料理店などが並び、、、、、庶民的、中国的、下町風など、昭和レトロな香りも残る商店街。
・・・・・・・・・・・・・次は、「サンロード」・・・・・・・・・・・小岩駅南口から柴又街道に向かう、二車線のバス通り。 約150店舗ががんばっている。 建物はあたらしくなり、古い味のある建物は消えたようだ。 商店街の特徴がつかめないのは、私だけか?
・・・・・・・・・・・・・さて、どん尻は「小岩地蔵通り」・・・・・・・・・・サンロードの北側、JR高架沿いに飲み屋が並ぶ、“商店街”ではなく“飲食街”。 長さも短く100m程の駅前歓楽街。
・・・・・・・・・・・・・今日は「フラワーロード」を抜けて南へ歩くことにした、、、、
・・・・・・・・・・・・・商店がを抜け、千葉街道を横断し、南小岩小学校の校舎の角に「青面金剛」の庚申塔が祀られている、、、、、、学校とはどうゆう関係?、、、、“無関係”という関係!
・・・・・・・・・・・・・・小学校の南には、「中曽根天祖神社」がある。 創建年代不詳だが、天保年間(1830~1844)に改修した記録がある。 コケの生えた古い神社、、、、、
③緑道・・・・・・・・・・・江戸川区は、昭和48年(1973)、日本で最初に“親水”という概念で緑道を整備したそうだ。 今では、江戸川区内をチョイト歩くと、いずれかの親水緑道にぶつかるほど、区内には親水緑道が整備された。 親水緑道は、昔からの農業用水路が元で、戦後の宅地化により農業用水路が生活排水路に変化し、いわゆるドブ川となり、さらに上下水道が整備されるとドブ川も不要となり親水緑道となったのであろう。、、、、、いずれにせよ、環境が良くなり、町も綺麗になれば、コリャ嬉し!・・・・・・・・・・・鹿骨4丁目から、鹿本親水緑道(約670m)と鹿骨親水緑道(約1290m)を歩いてきた。
④鹿島神社・鹿見塚神社・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・鹿骨鹿島神社・・・・・・・・・・鹿骨(ししぼね)4丁目にある、創建年代不詳だが、鹿骨村の鎮守であった鹿島神社。 昔は五社明神社といわれ、鹿骨村の草分けとなった石井長勝、田島、中代、牧野、別系の石井姓の5氏が村に住み着いた時にそれぞれが奉祀していた氏神を合祀したところからそう名付けたと言われている。 また、常陸国鹿島神宮の鹿島大神が大和国奈良の春日大社へ移るとき、この地を通り、大神の杖となっていた神鹿が病気でたおれた、里人はこれを奇縁として一社を建て「鹿島神社」と名付けたともいわれている。 たおれた鹿は、鹿見塚神社のある地に葬られた。・・・・・・・・・鹿島神社の社殿は寛文6年(1666)に改築された。 また社殿を囲む石の柵は、昭和4年(1929)の竣工で、、社司と氏子8名の寄進による。
・・・・・・・・・・・・・・鹿見塚神社・・・・・・・・・・鹿骨3丁目にある、地名「鹿骨」の由来となる話の鹿見塚神社。 昭和42年(1967)には、境内に小さな「鹿骨発祥の地・鹿見塚」の碑が建てられた。
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