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2015年9月14日 (月)

鶯谷~浅草

根岸の町を歩くつもりで鶯谷駅から歩き始めた。 途中、三島神社で几号水準点(きごうすいじゅんてん)を見たら気が変わり、橋場の几号水準点を見て浅草まで。 1万2千歩、9㎞の散歩となった。



①根岸3丁目の洋館
・・・・・・・・・・・・鶯谷駅前のラブホテル街を突き抜け、言問通りを越えた根岸3丁目の裏通り奥に洋館風の建物がある。 写真、右側には、医院風の建物、突き当りには洋館。

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・・・・・・・・・・・・・・・空き家となり取り壊しを待っている、青い瓦の医院風の建物には、玄関右に「酒井工務店」、左に「下谷区上根岸町十七番地」の表札が架かっている。、、、、、下谷区が台東区に変わったのは昭和22年(1947)のである、この建物はせんぜんの建築か?、、、、、、玄関には「解体工事のおしらせ」が貼られ、2014年1月着工と記されているが、遅れているようだ。 

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・・・・・・・・・・・・・・・陸奥宗光旧別邸・・・・・・・・・・陸奥宗光(天保15年(1844)~明治30年(1897))は幕末から明治にかけて活躍した政治家:外務大臣で、不平等条約の解消に努めた。、、、、、、陸奥宗光の邸宅は現在の古川庭園 である。(のちに、宗光の次男・潤吉が古川財閥創業者:古川市兵衛の養子となったため、古河家に所有が移った。) 根岸のこの洋館は明治20年(1887)頃、三井家から献上され、ここで諸外国の外交官を招きパーティーも行われたそうだ。、、、、、、現在は、庭も無くなり、洋館部分が残っているだけ。 区などで所有し、整備し保存できないものか?

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②根岸3丁目の建物
・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・関東大震災の頃から建っていた、モルタル塗り看板建築の4軒長屋。 

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・・・・・・・・・・・・・・以前は、旅館?、下宿?、、、、?

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③三島神社
・・・・・・・・・・・金杉通りを挟み根岸4丁目の向かい側下谷3丁目に三島神社がある。 神社は、弘安の役で勇名を馳せた河野通有の発願により、彼の出身地に鎮座する三島神社を、弘安4年(1281)に勧請、創建したと言われている。 鶯谷駅前の元三島神社、台東区寿の三島神社の三社は、元は一つの神社であり、由緒も共通している。、、、、、、つまりは、兄弟神社である。 

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・・・・・・・・・・・・・・几号水準点、、、、、、三島神社の北門の敷石に几号水準点が標されている。、、、、、、今月は、鳥越神社、湯島天神  ニコライ堂 と几号水準点を見て来たので、今日の散歩はここで、『台東区根岸の散歩』から『台東区橋場の几号水準点を見てみよう』と変更した。

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④橋場に向かう・
・・・・・・・・台東区橋場は、隅田川沿いの町で白鬚橋の西詰だ、、、、、昭和通りを渡り、竜泉の飛不動を通り、吉原を横目でチラリ、山谷を抜けて行く。

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⑤旧東京北部小包集中局
・・・・・・・・・・現在は台東区が取得し、台東清掃事務所清川清掃事務所車庫として使用中。、、、、、明治20年(1887)逓信省発足以来、逓信省出の建築家が多数う輩出され、その建築作品は独特のスタイルを創りだしていた。 郵政省となった、戦後もその伝統は引き継がれ、「郵政建築」として多くの作品が残されている。 その特徴は、各階全面に庇を回し、シンプルなスタイルとなっている。、、、、、そのデザインを受け継ぎ、昭和42年(1967)開局し、平成2年(1990)には他局と共に、廃止・統合した郵政省の建物が東京北部小包集中局である。、、、、、建物のデザインが旧東京国際郵便局 旧東京貯金事務センターなど、似てるでしょ!

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⑥橋場の名所
・・・・・・・・・・・チョイト、台東区橋場の名所を紹介!

・・・・・・・・・・・・・平賀源内の墓が、旧東京北部小包集中局の近くにある。 エレキが発生して危険なのか、塀に囲まれ、扉は閉められている。 合鍵がなくても入れます。

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・・・・・・・・・・・・・おばけ地蔵、、、、、、、この石仏は享保6年(1721)の建立。 かつて大きな笠をかぶり、その笠が向きをかえたから、あるいは高さ3m余の並はずれて大きいからなど、いくつかの伝承があるが真偽不明?

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・・・・・・・・・・・・・橋場不動尊、、、、、、お不動様ご真言『ナーマーサーマン・ダーバーサラナン・センダーマーカロシャーナー・ソワタヤウンタラ・ターカンマン』だって! ナンノイミーダローカ・サーッパリーワーカラン・ウントコドッコイ・ホイサッサ

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・・・・・・・・・・・・・長屋、、、、、、5軒長屋+1軒+7軒長屋。 もちろん木造です。 

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・・・・・・・・・・・・・・煉瓦の蔵、、、、、、、駐車場の片隅に建つ蔵。 何時、建てられた蔵なのか? 何時まで経っても解決しない問いだ!

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⑦橋場の几号水準点
・・・・・・・・・・・・・白鬚橋西詰と言問橋西詰をとおり隅田川に並行する道路上に2か所、几号水準点がある。 どちらも、歩道の中央に在り、道路舗装工事で、いつのまにか覆い隠されてしまうか判らない! 風前の灯である。、、、、、「いつまでも あると思うな 几号の石。 夢も 几号も なくなるよ!」

・・・・・・・・・・・・・建材店前の几号水準点、、、、、、、建材店(台東区橋場2-1-17)の前に埋められている。 こうなった経緯は不明?

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・・・・・・・・・・・・・今戸教育会館前の几号水準点、、、、、、、今戸教育会館(台東区今戸2-26-12)の前に埋められている。 舗装する人も、これがなんだか判らずに、貴重な埋設物と思いこみ頭だけ見えるようにしているのかな?

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