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2015年9月29日 (火)

目白台の坂

目白台の台地上を、江戸川橋方面と落合方面を結び、目白駅前を東西に抜ける「目白通り」。 また目白台の崖下には、神田川が西から東に流れている。 崖上の目白通りから、崖下の神田川に向かい数本の坂道がある。 今日は学習院大 から日本女子大までの間にある、数本の坂を上ったり、下ったりするアップ・ダウン・コースを歩いてきた。 目白駅から早稲田停留所まで、1万2千歩、9㎞。


①西坂
・・・・・・・・・・・・目白駅と学習院大学西側の間を、山手線に沿って南南西に下り学習院下の交差点に出る坂。 古くから西坂(にしざか)と呼ばれ、学習院大にも「西坂門」の名称がある。 ところが、豊島区は平成16年(2004)に、この坂に公募で「学習院椿の坂」と命名した。、、、、、、学習院大に椿の生垣が続くことから命名したそうだが、わざわざ名を変える必要はないね! “うれない”ホステスが、“占い”で源氏名を変えるようなもの。、、、、、長さ450m、高低差15m程の緩やかな勾配の坂である。

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・・・・・・・・・・・・・・坂上(目白駅前)には、大正12年(1923)に架けられた旧目白橋の高欄の一部が残されている。 現在の目白橋は平成10年(1998)に架け替えられた。
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・・・・・・・・・・・・・・坂の下には、山手線最古の隧道のひとつで、明治18年(1885)に品川~赤羽間(山手線)が開通したときに造られたレンガ造りの新井薬師道ガードがあった。 現在の隧道(ガード)は昭和初期に道路拡張により鉄筋コンクリート造に改築された。

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②明治通り
・・・・・・・・・・学習院大の東側を掘割で抜ける都道305号で、目白通りが走る千登世橋 から神田川(高戸橋) 方向に緩やかに下っている。、、、、、“明治通り”の名が広まり、あえて、坂とは言わないようだ。
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③のぞき坂
・・・・・・・・・・・・千登世橋東側、豊島区高田2丁目にある坂。 坂上から覗き込むように急な坂で、下りは怖いし、上りは疲れる、長さ210m、最大13度の勾配は、雪が積もればゲレンデになるような坂。、、、、、助平な人は、“のぞき坂”に、坂を上る若い女性を期待するかも?

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④宿坂
・・・・・・・・・・・高田1丁目と高田2丁目の境(旧・鎌倉街道)にある坂。 坂名は宿坂 (しゅくざか)である。 目白通りの高田一丁目交差点から南に下る、長さ230m、勾配(2.3度)の急な坂道。 名の由来は、中世の頃「宿坂の関」と呼ばれる関所が設けられていたことにちなむそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・坂を下ったところに、真言宗豊山派の金乗院 がある。 江戸守護の江戸五色不動(青・黄・赤・白・黒)の随一として名高い目白不動明王が境内に祀られている。

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・・・・・・・・・・・・・金乗院の南には、同じ真言宗豊山派の南蔵院がある。 こちらは、三遊亭円朝作の「怪談乳房榎」にゆかりの寺でもある。、、、、、本堂へ上る階段は閉ざされ、さらに段上にはバラの鉢がぎっしり並べられ、手を合わせることもできない。、、、、、参る人よりバラが大切そうな寺だった。

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・・・・・・・・・・・・・南蔵院の前に、創建年代不詳の高田氷川神社がある。 社殿は空襲で被災し、現社殿は昭和29年(1954)に再建された。

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⑤名前は?の階段坂
・・・・・・・・・・・高田1丁目、宿坂と稲荷坂の間に名前不詳の階段坂がある。、、、、、、路地裏の坂か?、崖に張り付いた坂か? チョイと私好みの、なにか物語のありそうな雰囲気の坂だ!

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・・・・・・・・・・・・・坂の上から、早稲田の方角を望む。

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・・・・・・・・・・・・・坂の下には、春日局の猶子榮春法印が神田にて開山した、真言宗豊山派の根生院がある。 現在地には、明治36年(1903)に移転してきた。 裏道の小さい寺だ!

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⑥稲荷坂
・・・・・・・・・・・高田1丁目の稲荷坂も、急な傾斜の坂で、長さ150m、平均斜度3度、高低差8mである。 由来は崖地の切通し坂で、坂下では東側の富士見坂につながっている。 坂上の住宅裏に稲荷の祠があるため、古くからこの名で呼ばれている。

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⑦富士見坂/日無坂
・・・・・・・・・・・目白台2丁目交差点から下る、長さ120m、平均斜度3.8度の急な坂。 名の由来は、名前のとおり富士山が見えていた(過去形である)。

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・・・・・・・・・・・・・富士見坂の途中から分岐する階段坂は日無坂(ひなしざか)。 この坂は豊島区高田1丁目と文京区目白台1丁目の境にある。 長さ160m、かなり急な坂で、多少左右に曲がっている。 坂の名は、これもそのものズバリで、日光の当たらない狭い坂。、、、、、、、写真右に下る富士見坂、左に下るは日無坂。 

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・・・・・・・・・・・・・富士見坂の坂上(目白通り)には、昭和初期の建築と言われている「鳳山(ホーザン)酒店」がある。 いつまでも見ていたくなるような、タイムスリップした酒屋さん。

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⑧小布施坂
・・・・・・・・・・・・・・“栗は小布施(おぶせ)、坂は小布施坂(こぶせざか)” なんて、キャッチフレーズができないか? 文京区目白台1丁目は、日本女子大付属豊明小学校の西に沿って南に下る、長さ270mの、長~い、狭~い、急な坂。 明治時代に小布施新三郎という人の屋敷が近くにあったので名付けられた。

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⑨豊坂
・・・・・・・・・・・・・目白通りの日本女子大前の交番の横を南に下る豊坂(とよさか)。 坂は途中でクランク状に曲がっている。 坂下は、都電早稲田停留所から300m程のところである。 名は坂下に豊川稲荷社があるところからつけられた。

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・・・・・・・・・・・・・坂の上には、目白通りに面して日本女子大のキャンパスがある。 可愛い女の子がキャンパスに吸い込まれて行く。 

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・・・・・・・・・・・・・坂の途中には、チョイと歴史ありそうな日本女子大豊坂別館が建っている。

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・・・・・・・・・・・・・坂を下り、チョイと横に曲がると、「目白ハウス」と呼ばれる、スクラッチタイル貼りのアパート風の建物がある。 

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・・・・・・・・・・・・・・坂の下(目白台1丁目)の道路脇に、豊坂の由来となった豊川稲荷神社の小さな社を見ることができる。

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