西荻窪~上石神井
中央線西荻窪駅から西武新宿線上石神井駅まで、1万2千歩、9㎞の散歩です。
①西荻窪駅・・・・・・・・・土曜日の早朝とあって、一昨日の西荻窪駅に比べ、通勤客も少なく静かな駅である。
②吉田弓道場・・・・・・・・・・弓道正法流の創始者:吉田能安(よしだのうあん、明治24年~昭和60年)が西荻北3丁目に開いた道場。昭和4年(1929)の建築。、、、、、、吉田能安は、高梁市出身で、早稲田大を2年で中退し、貿易に従事し、昭和3年(1928)自宅内に「遊神館(ゆうしんかん)弓道吉田教場」を開設し、館長となる。 西荻窪の土地・建物・弓道具など一切は、遺族より高梁市に寄贈された。、、、、、黒板張りの腰に白壁があざやかな弓道場。
③美容室:若草・・・・・・・・・・西荻北3丁目のある美容室。 戦前の建物と思われる。
④関根橋・・・・・・・・・・善福寺川に架かる橋。 橋上には、西荻窪駅前から青梅街道へと伸びる通りが走っている。 「関根」とは、近くにある荻窪八幡神社の神官の屋号と言われている。、、、、、、ここらあたりの善福寺川の水質はまあまあだが、豪雨の時は橋桁の辺りまで水位が上がるそうで、チョイと怖い。
⑤善福寺1丁目は住宅街・・・・・・・・・・・シャレた住宅が並ぶ静かな町
⑥井草八幡宮・・・・・・・・・・善福寺1丁目、青梅街道と早稲田通りに面し、広大な境内を誇る神社。 神社は縄文時代からこの地に祀られていたそうで、平安時代末期には春日社を祀り、鎌倉時代になると源頼朝が奥州征伐の途中、戦勝を祈願し、以来八幡大神を主祭神とするようになった。 江戸時代には、三代将軍:家光は、寺社奉行井上正利をして社殿を造営し、 慶安2年に朱印領六石を寄進している。 明治時代以降も氏子崇敬者によって社殿の改修や増築が繰り返され、同時に植林も行われた。、、、、、、各時代に、しっかりと権力者とつながりを持ち、世渡り上手な神社。
・・・・・・・・・・・・・・高さ9m、たたみ八畳分の大きさの大灯籠がある北参道入口。
・・・・・・・・・・・・・・昭和46年(1971)に鉄筋コンクリート造で建てられた楼門(ろうもん)。
・・・・・・・・・・・・・拝殿前には神門がある。
・・・・・・・・・・・・・神門を入ると拝殿が参拝客を迎えてくれる。 本殿は拝殿の後ろに鎮座し観えない。、、、、、、、昭和49年(1971)に建てられたの鉄筋コンクリート造の覆殿内に、杉並区最古の木造建築物である、寛文4年(1664)に造営した一間四方の朱塗の本殿が納められているそうだ。(観てないので?)
・・・・・・・・・・・・・・七五三詣での時期となり、数組の親子が参拝していた。
・・・・・・・・・・・・・・5年毎に行われる流鏑馬神事の馬場となる東参道。 参道の先には、昭和33年(1958)建立の高さ約9mの大鳥居がある。
⑦下石神井調圧水槽・・・・・・・・・・上石神井駅近く、千川通り沿いの上石神井南町に都水道局配水塔があった。 名前をネットで調べてみたら「下石神井調圧水槽」と言うらしい。 外側にラセン階段があり、葉っぱの落ちた蔦の枝が絡まり、チョイと可哀そうな姿となっている。、、、、、、ところで、上石神井駅近くの上石神井南町に下石神井調圧水槽とは、これ如何に?
⑧上石神井車両基地・・・・・・・・・・西武新宿線上石神井駅に隣接する車両基地。 昭和3年(1928)に44両を収容する車両基地として設置され、その後拡張され現在は152両収容できる。
⑨上石神井駅・・・・・・・・・高田馬場~東村山間が開通した昭和2年(1927)、上石神井駅も同時開業した。、、、、、現在は島式ホーム2面3線の地上駅で、駅舎は橋上である。、、、、、ついでの話しだが、上石神井駅のある練馬区は23区で唯一JRの駅が無い区である。
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