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2016年6月17日 (金)

竜閑川

浅草橋の我が家から小伝馬町に出て、竜閑川の跡を歩き大手町へ、ここでUターンして神田駅まで、1万歩、8kmの散歩です。

・・・・・・・・・・・・竜閑川(りゅうかんがわ)は、“龍閑”とも書き、中央区および千代田区にかつて存在した河川である。 竜閑川は、千代田区大手町付近の日本橋川より始まり、千代田区と中央区の区界に沿って北東に向かい、小伝馬町付近(龍閑児童公園)で浜町川に合流する。 ここで、竜閑川の流れは直角に折れ、浜町川として、浜町、人形町、箱崎を経て、隅田川へ流れ込む人工の堀であった。


①浅草橋・・・・・・・・・・・駅は台東区、橋は台東区と中央区を結び、交差点は中央区

・・・・・・・・・・・・・通勤時間の浅草橋駅、、、、、、高架下(ホーム下)は歩く人もまばらだが、江戸通りに面した東口からは、通勤客が吐き出されてくる。

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・・・・・・・・・・・・・・浅草橋の橋から、久しぶりに青空が見えた。

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・・・・・・・・・・・・・・浅草橋交差点、、、、、、、雲も綺麗だ!

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②龍閑児童公園
・・・・・・・・・・・・中央区は小伝馬町の「龍閑児童遊園」、千代田区は岩本町1丁目の「龍閑児童公園」。 どちらも同じ一つの公園である。 ここには、かつて竜閑川(りゅうかんがわ)があり、両区の界であった。 川は埋め立てられ、区界の上にできたのが龍閑児童公園であり、龍閑児童遊園である。

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・・・・・・・・・・・・・・中央区側(写真:右側)は庭園風に造り、千代田区側(写真:左側)は砂を敷いただけ。

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・・・・・・・・・・・・・・公園の裏手には人形町方面に伸びる裏道がある。 この道が、浜町川を埋め立てた道である。

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・・・・・・・・・・・・・・こちらは公園から大手町方向に伸びる道。 この道路の中央が中央区と千代田区の区界である。、、、、、、今日の散歩は、竜閑川を遡るように、この公園から上流側の龍閑橋までを歩いてみることにした。 この区間が「神田八丁堀」と言われている処である。 

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・・・・・・・・・・・・・・公園の隣には、“江戸七森”と言われてる神社内の一社:「竹森神社」がある。

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③千代田区岩本町・中央区小伝馬町付近の竜閑川跡
・・・・・・・・・・

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・・・・・・・・・・・・・・竜閑川の跡は昭和通りと交差する、、、、、、竜閑川は戦後になって埋め立てられ、それまで、昭和通りには、地蔵橋が架かっていた。
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旧十思小学校
・・・・・・・・・・・日本橋小伝馬町に建つ旧十思小学校は、正面玄関の曲面、半円の柱型、アーチ状の窓などで構成され、表現主義建築の特徴を表している貴重な学校建築である。、、、、、少子化により、小学校は平成2年(1990)4月に人形町にあった東華小学校と統合し、東華小学校の校舎に日本橋小学校として新設された。 現在は、中央区の保育園、老人介護施設などが入居している。 

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⑤地蔵橋公園
・・・・・・・・・昭和通りを横断して、千代田区神田美倉町と中央区日本橋本町4丁目に来ると、またまた似た名前の公園が竜閑川跡の両側にある。 千代田区側は「地蔵橋西児童遊園」、中央区側は「地蔵橋公園」である。

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・・・・・・・・・・・・・・ここには、「竜閑川埋立記念」碑がある。、、、、、、埋立は、総延長600間(約1km)、幅7間(約13m)で、昭和23年(1948)4月1日に着手し、昭和25年(1950)3月7日に竣工した。 総工事費7000万円也。 埋立は、戦災の瓦礫・残土で行われ、都が実施した。 当時、安井誠一郎知事の時代である。 舛添要一でなくて良かった!

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⑥中央通りと交差する竜閑川跡
・・・・・・・・・・ここには今川橋が架かっていた。

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・・・・・・・・・・・・・・ビルの角に「今川橋跡」の碑がある。

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⑦丸石ビルディング
・・・・・・・・・・・霞が関ビルを設計した山下寿郎が手掛け、竹中工務店が施工し、昭和6年(1931)に竣工した、竜閑川に背を向けて建つオフィスビル。 鉄骨鉄筋コンクリート造6階建て、1階は石材を多用し、2階以上はスクラッチタイル貼り、随所にレリーフの装飾が施された、ロマネスク様式の、女性的で華麗なビル。 国登録有形文化財。、、、、、オーナーは懐かしの“石丸自転車”の会社。

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⑧山梨中央銀行東京支店
・・・・・・・・・・中央通りを挟み石丸ビルディングの斜め前に建つ銀行建築。 関東大震災の当時は、前身の第十銀行東京支店であったが、震災後の昭和4年(1929)に現建物が竣工した。

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⑨竹中ビルディング
・・・・・・・・・・山梨中央銀行の横を入ると、ネットに覆われた古いビルがある。 そろそろ、建て替えか? おそらく、戦前の建物と思われるが、年代は不詳。

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⑩日銀通りと交差する竜閑川跡
・・・・・・・・・・・中央通りからJR線寄りに一本入った通りが、日銀本店前に出る「日銀通り」です。 竜閑川跡の道が、日銀通りと交差る地点では、千代田区、中央区がそれぞれ道路の案内板を設置している。

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・・・・・・・・・・・・・中央区側の案内板

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・・・・・・・・・・・・・・千代田区側の案内板、、、、、、わざわざ“”を付けて、“ここからこっちが千代田区の日銀通り”と言っている、チョイとセコイね。 ちなみに、「日銀本店」は矢印の反対側にある。

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⑪今川小路
・・・・・・・・・・・・竜閑川跡はJR神田駅と東京駅の間を大手町方向に向かう。 JR中央線・山手線のガード下に、昭和レトロの面影残る居酒屋横丁“今川小路”がある。昭和26年頃から営業が始まり、最盛期には30軒程の店が軒を連ねていたが、今は数件残るのみ。

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⑫龍閑橋跡
・・・・・・・・・・・・竜閑川と外堀通りが交差する地点(中央区日本橋本石町4丁目と千代田区内神田3丁目)に、外堀通りに架けられていた龍閑橋の一部が残されている。、、、、、、大正14年(1925)7月に着工し、大正15年(1926)2月に竣工した龍閑橋は、日本で最初の鉄筋コンクリートのトラス橋であった。 橋長:10.4m、幅員:27.0mで、橋上には市電の軌道が敷かれていた。、、、、、なお、「龍閑」という名については、竜閑川の西端に、旧幕府坊主の「井上龍閑」の家があったことに由来する。

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⑬鎌倉橋
・・・・・・・・日本橋川に架かる復興橋のひとつで、大手町と内神田を結び、昭和4年(1929)に架橋された。長さ30m、幅22mのコンクリート橋。、、、、、、頭上には川幅と同じくらいの道路幅で首都高が走り、うっとおしく、邪魔だ!

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・・・・・・・・・・・・・・鎌倉橋から見る竜閑川の始点。、、、、、小さな水門が見えるあたり。

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