不忍池の蓮
今週は、“なんだかんだの大明神”、“あれよあれよと言う間にアバヨ”。 散歩もできず、流す泪に無情の雨が、、、、、今日も今日とて、昼から野暮用。 こうなりゃ、早朝の散歩だ!、、、、と言うことで、朝7時に不忍池に到着、見事に咲いた蓮の花を観賞し、帰りは世界遺産の前から帰宅。
・・・・・・・・・・・・上野公園の案内には、『この公園は明治6年(1873)の太政官布達によって、芝、浅草、深川、飛鳥山と共に日本で初めて公園に指定されました。 ここは江戸時代、東叡山寛永寺の境内地でした。それが明治維新後官有地となり、大正13年(1924)、宮内省を経て東京市に下賜されました。 当初は寛永寺社殿と霊廟、東照宮それに境内のサクラを中心にした公園でしたが、その後、博物館や動物園、美術館などが建てられ、文化の香り高い公園へと衣替しました。』と、記されている。
① 不忍池・・・・・・・・・・先史時代の不忍池は、武蔵野台地の東端に位置する入江であったが、海岸線の後退により取り残されて池となったそうだ。 江戸時代以前には、藍染川が不忍池に流れ込み、池から先は忍川となって隅田川に流れ込んでいた。 江戸時代になると、幕府は不忍池を琵琶湖に見立て、竹生島になぞらえ弁天島を築かせ、そこに弁天堂を作った。 戦後の一時期は水が抜かれて不忍田圃となり跡地に野球場を建設する案なども出されたが、昭和24年(1949)に池のまま保存することで合意がなされ現在に至っている。、、、、不忍池の蓮は江戸時代には、既に植えられていたそうだ。
・・・・・・・・・・・・早朝に開花し、昼には閉じる蓮の花、朝7時前だが、既に、アマチュアカメラマンが並んでる
・・・・・・・・・・・・池一面、蓮の葉で覆われ、葉を掻き分けて花が開いてる
・・・・・・・・・・・・・・綺麗なところをパチリ!
・・・・・・・・・・・・皆さん、蓮の話題で楽しそう!
・・・・・・・・・・・・・・池を回ってみる
② 西郷隆盛像・・・・・・・・・・・・上野公園正面入口の階段上(古い人には上野聚楽の上)に、おなじみの西郷隆盛像が有る。 像は明治31年(1898)に、彫刻家:高村光雲の作により、建立されたもの。 慶応4年(1868)に江戸城を無血開城させ、江戸を戦火から救った功績によって造られたものである。、、、、、「上野の西郷さん」は、東京の観光名所で、待ち合わせスポットでもあった。 今は、観光客も通らず、この像の前で待ち合わせする人もいない。 時代はガラリと変わったね!
③ 彰義隊の墓・・・・・・・・・・・・・西郷さんの尻を眺める位置に、慶応4年(1868)、大政奉還に際して官軍と戦った彰義隊戦士の墓がある。 高さ約7.5mの大墓標で、碑名「戦士之墓」は山岡鉄舟の筆による。
④ 国立西洋美術館・・・・・・・・・・・・西洋美術館のある台東区では、世界遺産登録により盛り上がっている。 だが、我が町(台東区浅草橋)では、チョイと盛り上がりに欠けてるね。 今日はとりあえず、『おめでとう』と言いに来た。、、、、、美術館の設計はル・コルビジェによるが、彼の弟子である前川國男、坂倉順三、吉阪隆正らが実施設計に協力した。 施工は清水建設で、昭和34年(1959)に本館が完成する。 その後、昭和54年(1979)に新館も完成。、、、、、今日も朝から開館を待つ人の行列ができた