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2016年8月 3日 (水)

上野~田端

梅雨は明けたが、昨日今日の天気は『ゲリラ豪雨に遭遇』の可能性が極めて高く、散歩に出る判断を惑わせている。 私は、今朝、川崎方面を歩く予定で家を出た。 駅へ向かう途中、チョイと怪しい空模様、ポッリポッリと落ちてきた。 予定変更!上野方面に向かう、100円のコミュニティバスに乗り、上野駅の近く「下谷」で下車し、荒川区の裏道を抜けて、北区の田端駅まで、1万歩、8kmの散歩となった。



① 三島神社 ・・・・・・・・・台東区下谷3丁目に三島神社がある。 神社は、弘安の役で勇名を馳せた河野通有の発願により、彼の出身地に鎮座する三島神社(伊予国一宮・大山祇神社)を、弘安4年(1281)に勧請、創建したと言われている。 三島神社の宮司さんは代々河野通有の子孫が奉仕しているそうだ。 現:宮司は中年女性の方で、私に“散歩のお供”にと神社特製の飴玉を3粒くださった。、、、、、社殿は昭和20年(1945)3月戦災により焼失。 現社殿は昭和30年(1955)に再建された神明造に向拝を配したものとなっている。
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石稲荷神社・・・・・・・・・根岸4丁目、金曽木小学校の北側に、通称石稲荷神社と称する小さな神社がある。 神社は、貞享4年(1687)金杉村大塚(下根岸)と呼ばれていた現在地に創建した。、、、、、地元の有志が祀り、守っているようだ!

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夕焼け小焼けの搭・・・・・・・・荒川区東日暮里3丁目、第三日暮里小学校の南側に、童謡「夕焼け小焼けの搭」がある。 この歌は、大正8年(1919)に発表された中村雨紅の詞に、草川信が大正12年(1923)に曲をつけた童謡で、雨紅の故郷、現在の東京都八王子市の情景を歌ったもの。、、、、、それが、なぜここに?、、、、、中村雨紅は、大正5年(1916)に第二日暮里小学校の教師となり、大正7年(1918)に第三日暮里小学校へ転勤した。 第三日暮里小学校在職中に夕焼小焼の作詞が行われたため、現:荒川区立第二日暮里小学校には「夕焼け小焼けの記念碑」が、荒川区立第三日暮里小学校には「夕焼け小焼けの塔」が建立されている。、、、、夕方4時から6時頃にかけ、毎日、子供に帰宅を促すため、歌が全国的に流され万人が知る童謡。 “防災無線大賞”なる賞が創設されていれば、間違いなく受賞している歌である。 

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西日暮里の町・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・三河島駅 前を北へ向かい西日暮里1丁目に入る

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・・・・・・・・・・・・三河島駅の北側50m程のところに、御茶屋の池田園がある。 昭和初期の建物か? 以前店に立ち寄った時には、店の中には骨董のようなレジスター、古い茶壷も並んでいた。 (写真:以前撮影)

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・・・・・・・・・・・・西日暮里1丁目の裏道

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・・・・・・・・・・・・こちらは、行き止まりの裏道

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・・・・・・・・・・・・町角で、チョイと哀しそうな顔した與楽地蔵尊

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・・・・・・・・・・・・常磐貨物線が「道灌山通り」を横切る日暮里道踏切。 ここは貨物列車しか通らない踏切。

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・・・・・・・・・・・・京成本線の高架橋を抜けると西日暮里6丁目に入る

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・・・・・・・・・・・・京成本線の高架橋の北側奥に、「冠新道」と呼ばれる商店街がある。 「冠」とは、新道の建設に際して土地を提供した地権者の名前を取ったもらしい。 車の通行は少なく、のんびり買い物できそうな商店街。

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・・・・・・・・・・・・商店街の先は北区。 田端駅 はスグソコ!

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