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2017年3月12日 (日)

青砥~亀有

京成青砥駅から、環七通り沿いの裏通りを歩き常磐線亀有駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
①青砥駅・・・・・・・・・・京成押上線は、大正元年(1912)11月3日に押上~高砂(開業時は曲金)が開業した。 この時点では、立石~高砂間には青砥駅は設置されておらず、昭和3年11月1日、京成本線(日暮里~青砥)の開通に合わせ分岐駅として青砥駅が同時開業した。、、、、もちろん開業時は地上駅であったが、昭和48年(1973)から青砥駅周辺の立体交差化工事が始まり、昭和61年(1986)に工事は竣工した。 立体交差化により、駅は重層構造の高架駅に変わった。 1階、中2階はショッピングセンタと改札口、2階は浅草・上野方面に向かう上りホーム、3階は千葉・成田方面に向かう下りホームとなっている。
 
・・・・・・・・・・・・・・3階の下りホームに立つと、周囲のビルより高く、眺望は抜群!
 
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・・・・・・・・・・・・・・2階上りホームの上野より、右へ折れて行く本線、左は押上線。
 
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・・・・・・・・・・・・・・中2階にある1か所のみの改札口。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅前の広場・ロータリーを設置する余裕はなく、バスの乗り換えはチョイト近くの広い通りまで歩いてね!
 
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②楽しそう・・・・・・・・・・駅近くのダンススクール(?) 文字が踊る、楽しそうな看板?貼り紙? なんとなく、下町のおばちゃんが集まる趣味のクラブのようだ!、、、、、歌手の朱里エイコさんのお母さん(故人、振付師)が開いたスクールで、子供から大人まで大歓迎ですって。
 
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③環七通りを避けて・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・いつの間にか、環七通りに出てしまった。 江戸川区から、新中川・中川の右岸(西側)沿いに亀有を抜け足立区方面に向かう環七通り。
 
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・・・・・・・・・・・・・・広い通りは面白くない! 落ち着いて、のんびり歩ける、青戸の裏町を歩くことにする。 
 
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④葛西城址・・・・・・・・・青戸7丁目、環七通りを挟み「西城址公園」と「御殿山公園」と称する区立公園がある。 この2つの公園を中心とした一帯が葛西城の跡だ。、、、、葛西城は中川の蛇行部を天然の堀とした平城で、地表には城跡を確認できる遺構は残されていない。 つまり、遺構は環七通りの下に埋められているそうだ。、、、、築城者、築城年代は不明だが、天文7年(1538)に北条氏綱によって葛西城が落城した記録が残っているそうだ。、、、、、都内23区には江戸城だけでなく、北区の稲附城、板橋区の志村城、世田谷区の世田谷城など、50以上の城跡がある。 一度全ての城址を歩いてみたいものだ!
 
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⑤宝持院・・・・・・・・・水戸街道(国道6号)を横切り、青戸8丁目に入ると、真言宗豊山派の宝持院がある。 宝持院は、平安末期天養2年(1145)僧弁証が創建したと言われ、往時には西青戸の大部分が境内だったそうだ。 “西青戸の大部分”と云われても、私には判らないが、何となく広そうだ!、、、、宝持院の末寺は江戸時代に30ヶ寺あり、葛飾区には12ヵ寺が現存しているそうだ。、、、、墓地には長崎奉行松浦河内守信正の墓がある。
 
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⑥亀有食品市場・・・・・・・・・・・亀有駅南口の商店街「ゆうろーど」の中程に、戦後のドサクサにできたと思われる市場がある。 三方から入れるY字型の通路に、八百屋、魚屋、惣菜屋など、一部店舗は閉ざされているが8軒ある。 折れ曲がった狭い通路には、空いたダンボールなども散乱し、通路の上部は塩ビの屋根と吊るされた裸の蛍光灯が特別の空間を創りだしている。 大型スーパーに見慣れた私には、懐かしい、面白い、嬉しい、“昭和”の市場だ。
 
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●・・・・・・・・・・・亀有駅前の“両津勘吉”の像をチラリト見て、駅に入る。
 
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