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2018年3月 3日 (土)

港区芝周辺

都営浅草線大門駅で下車し、芝の町を歩き慶応大学に寄って三田駅まで、1万歩の散歩です。



大門駅・・・・・・・・ 昭和39年(1964)10月1日、都営1号線(現:浅草線)の駅として開業。 平成12年(2000)12月12日には、都営大江戸線の大門駅が開業し、乗り換え駅となる。 両線は大門交差点の真下で直交している。 浅草線は地下1階、乗換通路は地下3階、大江戸線は地下5階、、、私が勤務していたゼネコンが施工した駅である。、、、、一日に利用する乗降客は約22万人の大きな駅になった。
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芝パークビル・・・・・・・・ 大門駅から芝公園方向に裏道を歩いていると、正面に巨大な壁が立ちふさがり、道は左右に折れることになる。 圧迫される感じだ!
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・・・・・・・・・・ 地上14階/地下2階、鉄骨鉄筋コンクリート造、延べ床面積 約10万平米、設計:秀和、施工:大林組・熊谷組・間組、昭和57年(1982)に完成した「秀和芝パークビル」(当時)である。 全長140m、奥行き50mの威容から、「軍艦ビル」と呼ばれた。、、、、平成17年(2005)に事業主であった秀和の経営不振から、外資系の不動産ファンドに所有権が移り、翌年には1,430億円で売られた。 その後転売が続き、ビルの名称も「芝パークビル」となっている。、、、、、築後30数年経過したが、周囲には空き地も無く、空間の余裕がないため、建物の大きさが目立ち、威圧される。 
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将監橋・・・・・・・・ 芝大門二丁目と芝二丁目を結ぶ、古川に架かる橋が将監橋(しょうげんばし)。 橋の歴史は古く、江戸時代からあったらしい。 近くには岡田将監(おかだしょうげん、後の勘定奉行)の屋敷があった。 延宝3年(1675)の拡幅工事も岡田将監が手掛けたといわれている。、、、、現在の橋は、昭和43年(1968)7月に完成した、長さ23.4m、幅17mの鋼橋である。、、、、ここでも、頭上を首都高が走り、橋はチョイト薄暗く陰気だ。
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瘡守稲荷大明神・・・・・・・・ 将監橋の北詰に祀られている瘡守(かさもり)稲荷大明神。そして、稲荷の脇には、観音菩薩と不動明王の二尊が仲よく並ぶ納経石塔が建っている。
・・・・・・・・・・ はて、なぜここに“瘡守稲荷”が?、、、、、“瘡”の字は皮膚のできものや性病の梅毒を指す、また、“稲荷”は江戸時代に商家や花街で盛んに信仰された。 つまり、私の推測では、芝大門の近くには戦後まで花街があり、この地で流行した伝染病から身を守るため誰かさんが祀った稲荷さんと思われる。
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・・・・・・・・・・ なぜここに納経石塔が建っているのだ?、、、、、、納経石塔の裏に、元禄6年(1693)に大蔵経を納める経蔵の蔵司の居処を増上寺の上人が定め、その地を譲るために蔵司の発願で翌年この石塔を建てたと記されている。、、、、、これより私の推測で、観音菩薩も不動明王も、へんな伝染病にうつらないように稲荷の軒先で身を守っているのかも?
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東京グランドホテル・・・・・・・・・ 芝二丁目にあるホテルが、なぜブログに?、、、、、私、雅万歩が個人的に思い出深い建物、、、、昭和48年頃、私はゼネコンに勤め、コンピュータ関連のソフトを開発を手掛けていた。 当時の開発テーマは『現場の工程管理』で、このホテルの現場をモデルとして開発し、当時、20代の私が、ここの現場に出入りしていたことが思い出される。 当時の建築現場では、まだ珍しかったタワークレーンを使用した現場でもある。
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芝園橋・・・・・・・・ 芝園橋は将監橋の上流側に架かる橋。 下に流れるのは古川。 橋上には日比谷通りが走る。、、、、、現橋は昭和60年(1985)に竣工。、、、、この橋も思い出のある橋で、昭和30年代に、ここ日比谷通りには都電2系統(三田~曙町)が走っていた。 私の中学校(指ヶ谷町停留場)と芝園橋停留場は都電で一本。 英語の出来が悪い私は、授業が終わると芝園橋まで英語を習いに行ったものだ。  おかげで、まあまあの成績を維持することができた。 帰りも都電で浅草橋まで、一生懸命、よく通ったね!
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三田春日神社・・・・・・・・・ 慶應義塾大学東門の隣り、高台に鎮座する春日神社。 神社は、武蔵国国司藤原正房卿が天徳2年(958)に任国の際、藤原氏ならびに皇室外戚の氏神なる大和国奈良春日大社の神霊を目黒区三田(現:目黒春日神社)に勧請、天文年間(1533-1555)当地へ遷座した。、、、、、残念であるが、旧社殿は戦禍により焼失したそうだ。 現在は鉄筋コンクリート造、春日造りの社殿である。
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慶應義塾大学・・・・・・・ 久しぶりに、慶應義塾の三田キャンパスに寄ってみた。 残念なことに重要文化財の図書館(旧館)は只今修復工事中。

・・・・・・・・・・ 東館、、、、、桜田通りに面し、1階の通り抜けから入り、山を上るように造られている。 平成12年(2000)竣工、9階建ての研究施設。 施工は銭高組。
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・・・・・・・・・・ 幻の門、、、、、、、旧島原藩邸黒門を改築して大正2年(1913)に竣工した旧東門。 東門は、♪♪幻の門ここすぎて 叡智の丘にわれら立つ ・・・・♪♪にはじまるカレッジソング「幻の門」(堀口大学作詞、山田耕作作曲)に由来する。 平成12年(2000)に現在の場所に移築された。
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・・・・・・・・・・ 塾監局、、、、、設計は曾禰中條建築事務所。 大正15年(1926)9月竣工、鉄筋コンクリート造地階共4階建、延2,450㎡、慶應義塾の事務部門が使用している。
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・・・・・・・・・・ 図書館旧館、、、、、、明治40年(1907)の慶應義塾創立50周年記念事業として建設されたもので、設計はジョサイア・コンドルに建築を学んだ曾禰達蔵とその後輩の中條精一郎が開設した曾禰中條建築事務所である。 レンガ造2階建塔屋付の建物で、赤レンガと花崗岩、テラコッタによる華やかな外観となっているはずだが、今日は工事中。 足場と仮囲いに阻まれ姿は見えず、ガッカリ。
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・・・・・・・・・・ 第一校舎、、、、、、こちらも曾禰中條建築事務所が設計した、昭和12年(1937)竣工の鉄筋コンクリート造4階建て校舎。 スクラッチタイル張りの、シンプルな建物である。、、、、、チョイと内部も拝見!
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・・・・・・・・・・ 三田演説館、、、、、、、明治8年(1875)5月1日、日本最初の演説会堂として建造された演説館。 創建当初は現在の図書館旧館の近くに位置していたが、大正13年(1924)に現在地へ移築した。 木造瓦葺、洋風、なまこ壁の建物は、昭和42年(1967)に国の重要文化財に指定された。
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三田駅・・・・・・・・ 慶應義塾大学から「慶応仲通り商店街」を抜けて三田駅に出てきた。 ここから、我が家(浅草橋)までは都営浅草線で乗り換えなしの20分。 便利だ!、、、、、現:浅草線の三田駅は昭和43年(1968)6月21日に開業した。 その後、昭和48年(1973)11月27日に現:三田線の三田駅が開業し、乗り換えできるようになる。、、、、、浅草線は島式ホーム1面2線を有する地下駅
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