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2018年6月

2018年6月29日 (金)

熱中症の南千住

朝8時、東京の気温は28.6℃、これから散歩に出るにはチョイト厳しいかな(?) 熱中症で行き倒れになると恥ずかしいしので躊躇した。 涼しい処を歩けばいいか! 勝手に決め込んで、浅草・合羽橋あたりをブラつく予定で家を出た。 歩きはじめると、暑い、汗も出てくる、コリャ、下手すると熱中症になるな。 イヤな予感がする。 急遽、屋根があり冷房している、樋口一葉の「一葉記念館」に行くことに予定を変更した。



・・・・・・・・・・ 蔵前からバスに乗り東浅草(一葉記念館最寄りのバス停)で下車した。 降りたら、まだ8時20分。 行っても開いてないぞ、失敗・失敗!、、、、、『 後で気がつくてんかん病み 』(念のため、“てんかん”は病名で差別用語ではないとのこと)
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・・・・・・・・・・ 再び、次のバスに乗りとりあえず終点の南千住駅に到着。(念のため、“敬老パス”を持っているので、都内のバスは乗り放題)
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・・・・・・・・・・ 駅前で、西に行こうか東に行くか、それとも北か南か(?) 迷い、迷って、駅の東口へ。、、、、、鮮やかなスカイブルーの空には夏の雲、気温は30℃超、散歩する人影はない。
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・・・・・・・・・・ 日陰を求め、常磐線の高架沿いに北千住方向に歩く。、、、、、、駅前のコンビニで買った飲料水「ソルティライチ」も半分程となる。 この飲料水、熱中症対策に効果があるそうだ、飲みやすくてGood!
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・・・・・・・・・・ アジサイの花は茶色に変わり、梅雨の終わりを告げていた。、、、、、帰宅したら、東京は本日梅雨明けしたことを知った。
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・・・・・・・・・・ 道を遮る護岸の上に、「隅田川橋りょう」の文字が見える
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・・・・・・・・・・ 護岸沿いに歩き、山王清兵衛とばれ歯神:清兵衛を祀った日枝神社 の裏にでた、、、、、清兵衛は歯の治療中なのかシートで覆われ工事中
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・・・・・・・・・・ 千住大橋の新橋(上り線)の下に出たので、チョイト螺旋階段で橋に上がってみた。、、、、、新橋は昭和48年(1973)に竣工した3径間連続鋼箱桁橋。 橋長は南千住交差点の陸橋部にも連続するため502.5mである。
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・・・・・・・・・・ 新橋から見る常磐線隅田川橋梁
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・・・・・・・・・・ 新橋の隣りには、昭和2年(1927)竣工の千住大橋の旧橋(下り線)がある。
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・・・・・・・・・・ 千住大橋南詰にある屋敷神のような小さな南千住熊野神社。 熊野神社は、源義家が永承5年(1050)に勧請したと伝えられている。、、、、千住大橋を架けた文禄3年(1594)、伊奈備前守が当社に成就を祈願し、残りの材木で社殿修理を行なったことから、橋の架け替えに際しては祈願と社殿修理が慣例となっているらしい。 チャッカリした神社だ!
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・・・・・・・・・・ 8月頃咲くサルスベリの花が、もう咲いている。、、、、、サルスベリは熱中症になり、狂ったか(?)
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・・・・・・・・・・ そろそろ熱中症が発症する頃だ、頭の天辺は暑い、汗はダラダラ、ペットボトルはから。 ヤバイ!、、、、、、荒川区の郷土資料館「荒川ふるさと文化館」に避難することにした。 入館料100円の資料館で、もちろん冷房完備、休憩無料である。 郷土の歴史資料を見ながら、館内を散歩。(念のため、館内は撮影禁止) 冷えた麦茶などのサービスがあるといいのだが、無理だね!
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・・・・・・・・・・ 熱中症の心配も和らぎ隣の素盞雄神社 (すさのおじんじゃ)に手を合わせて帰ることにした
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・・・・・・・・・・ 南千住駅に戻ってきた。 ここからバスで浅草橋の我が家まで帰宅。、、、、、今日は“熱中症”に振り回され、8千歩の散歩だった。
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2018年6月27日 (水)

扇橋閘門

隅田川と旧中川を結ぶ運河:小名木川の中程に扇橋閘門がある。 今朝、ベッドの中で地図を見ていたら、閘門に行ってみたくなった。 JR総武線錦糸町駅から南に歩き、扇橋閘門へ行ってガッカリし、西へ歩き都営大江戸線清澄白河駅まで、直線距離で3km程の工程を、1万1千歩を要して歩いた。(ひょっとすると、私は脚が短いのかも?)



錦糸町駅・・・・・・・・ 明治27年(1894)12月9日に、私鉄:総武鉄道の本所駅として開業。、、、、一日に30万以上が乗降する、JR、東京メトロが乗り入れるターミナル駅。 ちなみに、私が住む二駅隣の浅草橋駅の乗降客は17万人程。 負けた!
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・・・・・・・・・・ 錦糸町駅ホームから撮った錦糸町交差点。 右の高い建物はJRAの馬券売り場、左手前の改装工事中のビルは「東京楽天地
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江東観世音・・・・・・・ 錦糸町駅前の丸井の裏(南側)に、天台宗の五徳山江東寺がある。昭和15年(1940)に水澤観世音(伊香保町)の別院として創建された。 本尊は千手観世音であるが、境内には清昌稲荷、出世弁財天、水洗観音、地蔵尊、馬頭観音、戦災慰霊碑などいろいろ取り揃え祀られている。、、、、、馬券買う前に馬頭観音に手を合わせて行くと、御利益あるかも?
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・・・・・・・・・・ 江東寺の向かいに、チョイト古い建物「ニュー錦糸町ビル」がある。 1・2階は店舗、3階から上は住宅となっている。 昭和43年(1968)に建てられたそうだ。
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日先神社・・・・・・・・ 新大橋通りを横断し江東区猿江1丁目に、江戸名所図会にも描かれ江戸屈指の規模をもつ摩利支天だった日先神社(ひのさきじんじゃ)がある。 今や、見るも悲しき、小さな神社となってしまった。 摩利支天とは仏教の神様であり、太陽の前に先立ち進むと言われ、明治­以降に日先神社と改称したようだ。
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猿江神社・・・・・・・・ 日先神社から100m程南に行くと猿江2丁目に猿江神社がある。 正確な創立年代は不明であるが、康平年中(1058、平安時代中期)頃には近在の信仰を一身に集めた稲荷社であったらしい。、、、、、鉄筋コンクリート造の社殿は昭和6年(1931)に建立され、鉄筋コンクリ―ト造の寺社としては国内最古である。 また、玉垣のある石造燈籠も昭和6年(1931)に造られた。、、、、、猿江神社の社殿も国の文化財に登録してあげたいね。 参考に、国登録有形文化財である鉄筋コンクリート造の神田明神 の社は、昭和9年(1934)に造営された。
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扇橋閘門・・・・・・・・ いよいよ、本日の目的地:扇橋閘門(こうもん)に来た。 閘門とは水位の異なる河川や運河、水路などで船を上下させるための装置である。 閘門の特徴は、固定された閘室(前後を仕切った空間)内の水位を変えることで、船舶の航行を可能にするための施設。 誰もが知る、有名な閘門はパナマ運河である。、、、、、小名木川の扇橋閘門のある江東区は、東側が地盤が低く西側が高い地形になっており、昭和46年(1971)策定の江東内部河川整備計画にて、東側を常に一定に保つ水位低下区域としてまた西側の感湖部を耐震区域として整備することになった。 この閘門は、両区域の接点にあたる小名木川の中間に造られている。 30億円の事業費と5年以上の歳月を費やして昭和52年(1977)に完成した。

・・・・・・・・・・ ありゃりゃ、閘門は工事中。 来年の春までダメだ! 残念・無念。、、、、、4年前の閘門は、コチラ
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閘門の隣りに架かる2橋・・・・・・・・・ 扇橋閘門を挟む小松橋(旧中川側)と新扇橋(隅田川側)

・・・・・・・・・・ まずは、小松橋、、、、、、昭和4年(1929)3月に着工し、昭和5年(1930)1月に完成した震災復興橋。 工期10カ月とは超突貫工事?
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・・・・・・・・・・ 新扇橋、、、、、、旧橋は昭和4年(1929)に架けられたトラス橋であった。 昭和48年(1973)に、ランガー桁の現橋に架け替えられた。
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清澄白河駅・・・・・・・・ 扇橋閘門から、清洲橋通り、霊巌寺 に立ち寄り、大江戸線清澄白河駅から帰宅。、、、、、、、清澄白河駅は、都営地下鉄大江戸線と東京メトロ半蔵門線の駅である。 平成12年(2000)12月12日、“12”並びの日、大江戸線全線開通と同時に開業した駅。 島式ホーム2面3線を有する地下駅で、中央の線は折り返し用で、両側にホームがある。 当駅から木場公園の地下に造られた木場車両検修場への引き込み線が存在するため、当駅発着の列車も多い。
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2018年6月25日 (月)

東武亀戸線

今日の東京は30℃を超える暑さ、まだ熱中症で死にたくない。 チョイト身体が慣れるまで炎天下の散歩はひかえよう、自重・自重! でも、15時過ぎになると、そろそろ歩いてくるかと家を出た。 何度も歩いている散歩コースの一つ、東武亀戸線の線路沿いに、曳舟から亀戸まで歩いてきた。 1万歩の散歩です。、、、、東武亀戸線、過去の散歩→→→2年前の散歩3年前の散歩 



曳舟駅・・・・・・・・ 亀戸線は明治37年(1904)4月5日に、亀戸~曳舟間の3.4kmが開業した。 曳舟駅は、その2年前明治35年(1902)に現:伊勢崎線の駅として開業している。、、、、、亀戸線の起点駅である。

・・・・・・・・・・ 亀戸線は2両編成でワンマン運転。 曳舟駅では運転手さんも前から後ろへ移動
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・・・・・・・・・・ 曳舟駅の改良工事は進み、明るくなったコンコース、東口には駅ビルが建ち昨年、ベッド数200床の「東京曳舟病院」が開院した。
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曳舟駅~小村井駅・・・・・・・・・ 線路の北側は、木造住宅が密集し防火上危険な、いわゆる“木密地区”である墨田区京島。

・・・・・・・・・・ 高架の曳舟駅から地上へ下り、京島地区へ入る亀戸線
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・・・・・・・・・・ 昭和30年代の塗装を再現したリバイバルカラー:緑の2両編成も走る亀戸線
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・・・・・・・・・・ 木造住宅の並ぶ路地裏を線路沿いに歩く
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・・・・・・・・・・ そろそろ木造密集地区“墨田区京町”から外れ、ここは“墨田区文花”
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小村井駅・・・・・・・・・ 曳舟から1.4kmの小村井(おむらい)駅。 駅前は明治通り
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東あずま駅・・・・・・・・ 小村井駅から600mで東あずま駅。 構内踏切がある駅
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東あずま駅~亀戸水神駅・・・・・・・ 東あずま駅と次の亀戸水神駅の間は約700m。 この間で、隅田川と旧中川を結ぶ運河である北十間川を東武亀戸線北十間川橋梁で渡る。
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・・・・・・・・・・ 亀戸に近づいてくると、マンション、ビルの間を走る亀戸線
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亀戸水神駅・・・・・・・・ かの有名な亀戸天神、チョイト有名な亀戸香取神社の、どちらとも異なるマイナーな亀戸水神宮に近い駅。 
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亀戸水神駅~亀戸駅・・・・・・・・ この駅間も700m程と短い距離である、、、、、亀戸水神駅から100m程亀戸駅に寄ったあたりに、旧亀戸水神駅の跡が残っている。 線路脇にコンクリートの基礎のようなものが等間隔に並んでいる。 ここが、空襲で被災するまで使われていた亀戸水神駅である。
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・・・・・・・・・・ JR総武線が見えたら亀戸駅はスグソコ!
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亀戸駅・・・・・・・・・・ 総武線の盛土下に亀戸線のホームが見える
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・・・・・・・・・・ 改札の先に到着した亀戸線が見える、、、、、『亀戸、亀戸、終点です』
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2018年6月22日 (金)

矢切~金町

三日前に歩いた柴又の対岸、北総線矢切駅から、野菊の墓、矢切神社と歩き、新葛飾橋を渡り、京成金町駅まで、1万1千歩の散歩です。



矢切駅・・・・・・・・ 江戸川を挟み葛飾柴又の対岸、松戸市下矢切にある、北総鉄道北総線の駅。 北総台地にある2面4線の地下駅。、、、、、駅名も、歌も、「矢切」は“やぎり”だが、地名は“やきり”で濁らない。
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・・・・・・・・・・ 駅前のロータリーは工事中。 その為か、駅前にあった作家:水上勉旧居跡の石碑が無い。 昭和32年から2年間住んでいたそうだ。 当時は矢切駅もなく、不便な地であった思う。 (写真:2016年撮影)
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野菊の墓文学碑・・・・・・・・ 矢切駅から北東500m程のところ、北総台地が江戸川に接する崖上に、夏目漱石が、「自然で、淡泊で、可哀想で、美しくて、野趣があって、(中略)、あんな小説ならば何百編よんでもよろしい」と、絶賛した、伊藤左千夫(1864~1913)の小説『野菊の墓』(明治39年(1906)発表)の文学碑がある。 この矢切の地が小説の舞台である。 小説は、15歳の少年・斎藤政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描いている。 (詳しくは、新潮文庫で334円程、自分で買って読むこと!)
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・・・・・・・・・・ 文学碑とは歩道橋で結ばれた公園から見る、手前は江戸川左岸(千葉県側)、奥は金町方面(東京都)
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・・・・・・・・・・ 文学碑は、真言宗豊山派の寺院、八幡山西蓮寺の本堂裏にある。 寺と文学碑の入口は別になっており、法要などに差し支えないよう配されている。、、、、、文学碑の建立に尽力を注いだ、今は亡き松戸の版画家:奥山儀八郎(1907~1981)とも深い縁のある名刹である。
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矢喰村庚申塚・・・・・・・・ 野菊の墓文学碑から東へ300m程歩くと、地蔵尊・庚申塔・馬頭観音などが10基以上並ぶ、強力なパワースポット、矢喰村庚申塚がある。 建立された時代も、江戸、明治、昭和とイロイロ。、、、、、、中央に控えるは、寛文8年(1668)に建立された塔身高196㎝の庚申塔で、青面金剛の足下には三猿が刻まれている。、、、、、矢喰村(やぐいむら)とは、この辺りで行われた国府台合戦で、北条氏と里見氏が戦い戦死者は1万余だった、地元の領民も人足に狩り出され、塗炭の苦しみの中で、弓矢を呪うあまりに、「矢切り」「矢切れ」「矢喰い」の名が生まれたそうだ。
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矢切神社・・・・・・・・ 矢切駅の北500m程に位置する矢切神社。 宝永元年(1704)の長雨により、江戸川が大洪水を起こし、水高が地面より8尺余り(約2m50cm)となった。当時の矢切の民家は江戸川沿岸にあったため、多数の死者を出し、甚大な被害を受けた。 その後、災害から逃れるため村民は台地上に移住し、鎮守として京都から稲荷を勧請して祀ったのが矢切神社である。
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・・・・・・・・・・ 入母屋造の拝殿屋根には、漆喰で龍が描かれている。、、、、、誰が描いたのか? 凄い!
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浄安寺・・・・・・・・・・ 矢切神社から北へ200m、日蓮宗の寺院:浄安寺がある。、、、、通りからチョイト奥まった処にあり、木立に囲まれた、落ち着いた静かな佇まいの寺。
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江戸川左岸・・・・・・・・ 北総台地から江戸川左岸に下り、土手を目指し歩く。 矢切変電所の前に出た。 周囲には畑が広がる。
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・・・・・・・・・・ ぺんぺん草が橋の上まで生える中矢切橋。 周囲は畑、炎天下、こんな処を歩くのは私だけ。
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・・・・・・・・・・ 土手の上に立った! ナント、河川敷は「江戸川ラインゴルフ 松戸コース」のゴルフ場であった。 三日前に見た金町浄水場の取水塔 を対岸から見ようと思ったが、コリャダメだ!
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新葛飾橋・・・・・・・・ 新葛飾橋を渡り、金町駅に向かう。、、、、、この橋を渡ると、千葉県側から東京都に入ったことになる。 千葉県側は緑豊かに畑の中を歩いたが、東京都側は一気に都会の空気を感じさせる。
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・・・・・・・・・・ 橋の上から見た2基の取水塔
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●・・・・・・・・・・ 橋を渡れば京成金町駅までは近い。 京成で帰ることにした。
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2018年6月19日 (火)

金町~柴又

京成金町駅の周辺をブラブラ、江戸川土手を歩き、柴又帝釈天と真勝院に参る。 1万歩の散歩です。



京成金町駅からスタート・・・・・・多くの通勤客とは逆に、都心から郊外に向けて移動し、空いている電車で京成金町駅 に到着。
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・・・・・・・・・・ まだ開店前の駅前商店街を抜ける。 シャッターが下りてる街は、つまらないね!
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・・・・・・・・・・ 国道6号(水戸街道)を横断し、江戸川沿いの金町3丁目に入る。 田園調布、松濤などの超高級住宅街ではないが、下町の住宅街としては、綺麗で、静かで、落着きがあり、住みやすそうだ!
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江戸川土手・・・・・・・国道6号(水戸街道)を通す新葛飾橋。 昭和39年(1964)に、東京都葛飾区金町と千葉県松戸市上矢切の間に架けられた全長:442.0mの橋。、、、、、上流側にはJR常磐線のトラス橋が並行している。
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・・・・・・・・・・ 新葛飾橋の下流(金町浄水場東側)、江戸川河口から17㎞上流に、“とんがり帽子”と“丸い帽子”の2基の取水塔が見える。、、、、、金町浄水場は、大正15年(1926)、当時の南葛飾、南足立、北豊島3郡の12町村を給水区域とする「江戸川上水町村組合」の施設として給水を開始した。 昭和7年(1932)に東京市に引き継がれ、その後幾度かの拡張工事が行われ現在に至っている。 東京23区の東側はここから江戸川の水を取り込み飲料水としているのだ。 ちなみに、私が住む浅草橋の水もここから来ているそうだ。、、、、、“とんがり帽子”の金町第二取水塔は昭和16年(1941)に造られた、“丸い帽子”の金町第三取水塔は昭和39年(1964)に造られた。 可愛らしいデザインの取水塔は江戸川のシンボルである。
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・・・・・・・・・・ 土手上から眺める江戸川。 写真中央の河岸に「矢切の渡し」の乗船場がある、、、、、♪♪ つれて逃げてよ・・・・ ついておいでよ・・・・ ♪♪ チョイト昔なら、人さらいの歌だ!
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・・・・・・・・・・ 土手上は、千葉県浦安市から、江戸川・利根川の上流、桐生・渋川・高崎に至る、約170kmのサイクリングロードが整備されている。 ここも散歩コースにして渋川まで歩いてみるか?(チョイト遠いね!)
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柴又帝釈天・・・・・・・ 寅さんで有名な参道の正面に帝釈天 がある。 日蓮宗の寺院で、正式名称は経栄山題経寺。 二天門をくぐると、真正面に帝釈堂がある。
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・・・・・・・・・・ 題経寺の本堂は、帝釈堂の右隣にある小ぶりの堂。 帝釈堂を本堂と思っている人が多いみたい!
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真勝院・・・・・・・・ 帝釈天参道の北側に、真言宗豊山派の真勝院がある。 真勝院は石照山真光寺と号し、大同元年(806)の創建と言われている。、、、、、柴又七福神のうちの弁財天が祀られている。 ちなみに、帝釈天題経寺には七福神の毘沙門天が祀られている。 残念だが、弁財天の顔は拝めなかった。
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●・・・・・・・・・・ 散歩の最後は、「草だんご」を買って帰宅
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2018年6月17日 (日)

隅田川テラス

先の火曜日から、尿道を通し膀胱の中まで管を入れられ、排尿時に栓を開ける、フレキシブルなストローのようなものをつけられてしまった。(念のため、管はパンツの中に隠れ、外からは見ても判らないので、恥ずかしくはない。) 医者の話では『一週間ほど我慢してね』と云うことだ。 しばらく散歩に行きづらかったが、今日は管をつけたまま歩いてきた。、、、、、万が一、散歩中に“お漏らし”したら、ズボンの前が濡れ恥ずかしいので、今日は美人の少ない隅田川テラスを歩くことにした。、、、、総武線隅田川橋梁から出発し白鬚橋までの9千歩の散歩です。


隅田川テラス・・・・・・・・ 東京都が昭和60年(1985)から進めている事業で、隅田川両岸のほぼ全域総延長46.9kmの堤防を、人が水辺に親しみ遊歩道として歩けるように、親水テラス:「隅田川テラス」として整備されてきた。、、、、これまでは、橋の直下や水門の前は歩けなかったが、このほどテラス上を連続して歩けるように整備された。、、、、今日は隅田川右岸の台東区内に属する部分(総武線隅田川橋梁~白鬚橋)を歩いてきた。



総武線隅田川橋梁・・・・・・・・ 神田川が隅田川に合流する地点の上流側に架かるJR総武線の隅田川橋梁。 元土木学会会長:東京大学教授:田中豊(明治21年(1888)~昭和39年(1964))の設計で、昭和7年(1932)に竣工。 形式は3径間ゲルバー下路式ランガー桁で、橋長は172m、軽快な姿を隅田川に映す橋。
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・・・・・・・・・・ 橋の横(台東区柳橋)に隅田川テラスの入口がある
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・・・・・・・・・・ ここから見るスカイツリーは雅万歩では、おなじみ、、、、
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・・・・・・・・・・ ここ辺りの堤防は「なまこ壁」風にデザインされ、所々に大名の家紋が埋め込まれている。、、、、、昭和40年頃までは、「柳橋」の花柳界があり、川べりには桟敷が作られ夏の夜は提灯も下がっていた。 政財界人、文筆家、相撲取などが遊んだ処。
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NTT蔵前専用橋・・・・・・・・・ NTT東日本蔵前通信ビル(台東区蔵前)と対岸(墨田区横網)を結ぶ。 昭和42年(1967)の竣工当時は旧電電公社時代であり、「電電蔵前専用橋」と呼ばれた。 日本で初めての洞道(通信線トンネル)専用橋であるが、中央には水道管も敷設され水道橋を兼ねている。、、、、、蔵前橋の南側(下流側)に近接しており、チョイト武骨な白い箱形の躯体が景観を損ねているね。 川底に通せばよかった!
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蔵前橋 ・・・・・・・・ 昭和2年(1927)に完成した関東大震災の復興橋の一つ。 橋下から眺める黄色に塗られたアーチ部の鉄骨は綺麗に見える。
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厩橋 ・・・・・・・・ 西岸の台東区蔵前・駒形と、東岸の墨田区本所を結ぶ、橋長151.4mの3径間下路式タイドアーチ橋。 昭和4年(1929)に竣工した、こちらも復興橋の一つ。、、、、、橋下にもぐると、“綺麗”とか“面白い”という言葉より、なんだか変質者になったような気がした。 色のなす魔力か?
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駒形橋 ・・・・・・・・ 続いての復興橋は、優美なアーチ橋の駒形橋なのだが、只今アーチ部の塗装工事中。 昭和2年(1927)に竣工、橋長149.6m。、、、、、ブルーの線が明るさを感じさせる
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・・・・・・・・・・ 厩橋から駒形橋にかけこの辺りの堤防はレンガ調で仕上げられている。 みんなでジョギングを楽しむ人、一人で観光地を調べる人、二人で記念撮影する人。
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吾妻橋 ・・・・・・・・ 吾妻橋は、「竹町の渡し」と呼ばれた渡し舟があった場所に、安永3年(1774)に初めて架けられた。 以来、幾度か架け替えられ、明治20年(1887)には、隅田川最初の鉄橋が架橋された。 鋼製プラットトラス橋で、人道橋、車道橋、鉄道(東京市電)橋の3本が平行して架けられていた。 しかし、この橋は関東大震災で被災したため、昭和6年(1931)に現在の橋に架け替えられた。
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・・・・・・・・・・ 隅田川テラスは吾妻橋の両端にある橋台の中をトンネルのように通り抜ける。
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東武伊勢崎線隅田川鉄橋 ・・・・・・・・・ 東武鉄道伊勢崎線を通す、中路カンチレバーワーレントラス橋という形式の橋長166mの橋。 昭和6年(1931)竣工。 この橋も、総武線隅田川橋梁を設計した東京大学教授の田中豊である。、、、、川に架かる景観と車窓から見る景色に配慮し、トラス部分を低くしたデザインが特徴的な鉄道橋。
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・・・・・・・・・・ 橋の南側(下流側)では、対岸にスカイツリー、墨田区庁舎、アサヒビール本社など、おなじみの景色が見える。
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・・・・・・・・・・ この付近ではテラスに水生植物がみられる。 緑も多く癒される散歩道
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言問橋 ・・・・・・・・ 昭和3年(1928)に竣工した復興橋。 3径間ゲルバー鈑桁橋と云う形式で、橋長は238.7mの橋。 橋の上からは、スカイツリーが正面に見える、“絵”になる橋。、、、、、、橋下は、チョイト薄暗く、湿っぽくもあり、鉄骨が骨のように見え、恐竜の胃袋に入っている感じだ!
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・・・・・・・・・・ この付近では、隅田川テラスに彩も鮮やかに花が植えられていた。、、、、持って帰っちゃ、ダメだ!
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桜橋 ・・・・・・・・・ 台東区と墨田区が共同で架けた歩行者専用橋。 隅田川上でX字形に広がる特異な平面形の橋。、、、、、両側(両区)の隅田公園を結ぶ、お花見に盛り上がる橋。、、、、、、桜橋付近になると、外人観光客の姿もなく隅田川テラスにも人影がまばらとなる。
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・・・・・・・・・・ 桜橋から白鬚橋までは、チョイト距離がある。、、、、、堤防側には緑が続き、歩きやすい
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白鬚橋 ・・・・・・・・ 隅田川に架かる復興橋。 西岸は台東区橋場と荒川区南千住で、台東区では最北の橋である。 昭和6年(1931)に大林組の施工で竣工した。 骨太な鉄骨は重量感を感じさせる。

・・・・・・・・・・ 白鬚橋に近づいたと思ったら、隅田川テラスは工事中、これ以上先にはテラスを歩けない。、、、、、、今日の散歩はココまでとする。
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2018年6月13日 (水)

雅万歩、ダウン!

雅万歩は、先の月曜日から排尿時に痛みがあり、思うように出すこともままならず、ベッドとトイレの間を行ったり来たり。 激痛と尿意と冷汗と焦りの一夜、とうとう一睡もできない状態となり、あくる日病院へ、前立腺肥大症の影響らしい。、、、、、病院では、30前後の美人看護師さんに大事なものを見られてしまった! 優しく、丁寧に、親しみを込め、ペットボトル2本分の尿を取ってもらい、とりあえず、スッキリ、シャッキリ、『楽になったでしょ』と天使のお言葉。、、、、、しばらく、病院通いだ! 『日本一』の小便小僧が羨ましいね!

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2018年6月 8日 (金)

西川口~鳩ケ谷

赤羽で下車して散歩するつもりが、急遽、気が変わり西川口で降りてみた。 駅前でどの方角に歩くか思案すれども判らない、駅前の広い道を歩くことにした。 しばらくして、アレ?歩けども歩けども、見たことがある景色が続く。 歌を口ずさみ、♪♪ この道は いつか来た道 あゝ そうだよ アカシアの花が咲いてる ♪♪ (帰宅してから調べたら、2015/11/3にほぼ同じルートで歩いていた。) 失敗、新鮮味に欠ける散歩だった。、、、、、、JR京浜東北線の西川口駅から、埼玉高速鉄道の鳩ヶ谷駅まで、1万1千歩の散歩です



西川口駅・・・・・・・・・ 昭和29年(1954)9月1日に開業した、島式ホーム1面2線の地上駅で、駅舎は橋上にある。 2階の自由通路を利用し、出入口は東西の2か所である。、、、、今日は東口に出た!
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合格通り・・・・・・・・・ 西川口駅東口から北東にのびる商店街。 駅近くに「合格稲荷・合格の鐘」が設置されていることから、平成18年(2006)に合格通り商店会と命名したそうだ。、、、、、手を合わせて、合格した人は何人いるのか知りたいね? 結果によっては、「不合格通り」と名を変えた方がいいかも!
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新オートレース通り・・・・・・・・・ 合格通りが川口市並木の町から、産業道路と交差する付近で川口市青木の町に入ると「新オートレース通り」となる。、、、、、その名のとおり、川口オートレース場に向かう直線道路である
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・・・・・・・・・・ 川口オートレース場に到着。 今日はレースが無いのか、人がいない
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・・・・・・・・・・ 昨日、日本土木学会が南海トラフ地震などの巨大災害発生後の長期的な経済被害額を推計した報告書を公表した。 その額、20年間で最悪1410兆円也。、、、、チョイト実感がわかなかったが、電信柱にあったこの表示をみてビックリ。 なんと、西川口でも浸水が起きると電柱の赤い線まで水が溢れるそうだ。、、、、万が一浸水したら、市の予算不足になること必至、市長はオートレースで稼いでくれ!
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9600型蒸気機関車・・・・・・・・ 新オートレース通りから、チョイト北に入ると川口市青木町公園がある、ここに9687号蒸気機関車が保存されいている。、、、、、9600型は、国鉄の前身である鉄道院が大正2年(1913)から製造した、日本で初めての本格的な国産貨物列車牽引用のテンダー式蒸気機関車。 四国を除く日本全国で活躍し、国鉄において最後まで稼動した長命な蒸気機関車である。、、、、、ここにある9687号機が製造されたのは大正4年(1915)で当時の川崎造船である。 最初は高崎に配置されますが、戦時下、大阪へ、さらに北海道に渡り、廃車時は大宮である。、、、、製造から105年経過したが、手入れすれば動きそうだ!
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新芝川・・・・・・・・ 川口オートレース場の北側を流れる竪川新芝川に合流する直前に二つの樋門がある。
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・・・・・・・・・・ 樋門から新芝川沿いに下流へ歩く。 中小の町工場の間を流れ下る
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・・・・・・・・・・ 芝川橋を渡り南鳩ケ谷の町に入る
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オヤ、田植え!・・・・・・・・・・ 鳩ヶ谷駅に向かう途中、川口市辻で見た田植え。ご夫婦(?)で炎天下の田植え、間違いなく美味しいコメができるよ。、、、、野菜も作り、いいね!
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鳩ヶ谷歩道橋・・・・・・・・・ 国道122号線(岩槻街道)と県道34号線が交差する処に、鳩ヶ谷歩道橋がある。 この歩道橋は、縦30m、横90mの規模で、埼玉県内で一番の長さだそうだ。 バリアフリーで、傾斜は緩く、点字ブロックもあり、スロープもあり、四方にはエレベーターも設置されている。、、、、、歩道橋の横には武南署もあり、お巡りさんもみてくれているようだ。、、、、、交差点の名は「鳩ヶ谷歩道橋交差点
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鳩ヶ谷駅・・・・・・・・・ 鳩ヶ谷歩道橋の北に、埼玉高速鉄道線の鳩ヶ谷駅はある。 平成13年(2001)3月28日に開業。 島式ホーム1面2線をの地下駅。
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2018年6月 5日 (火)

鶴見市場

梅雨入り前の晴れ間、今日は川崎から西へ二駅目の、鶴見市場駅で下車して歩いた。 8千歩の散歩です。



鶴見市場駅・・・・・・・・・ 70余年間でこれまで一度も下車したことがなかった、京浜急行電鉄本線の鶴見市場駅(つるみいちばえき)で降りてみた。、、、、、明治38年(1905)12月24日に、市場駅として開業し、昭和2年(1927)4月に鶴見市場駅に改称した。 現在の駅は、相対式ホーム2面2線の地上駅、駅舎は橋上駅舎である。 停車するのは普通電車のみ。 1日平均乗降人員は約2万人。、、、、鶴見市場とは天文年間(1532~1554)の頃、この付近で市が開かれるようになったのが地名の由来。 その後、本格的な海産物市場は生麦魚河岸に移行してしまった。、、、、、ここに来るまでは、私は地元密着型の雑然とした市場があるのを期待していたが、駅周辺には市場も、昔ながらのスーパーマーケットもない。 チョイト、ガッカリ。
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・・・・・・・・・・・・・・改札機、券売機の台数も少ない
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・・・・・・・・・・・・・・幅の狭い出入口が東西にそれぞれ1か所ある
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・・・・・・・・・・・・・ホーム端の踏切りから見る鶴見市場駅
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市場銀座・・・・・・・・ 世の中に「〇〇銀座」は多いが、ココ鶴見市場にも駅前から旧東海道の熊野神社前まで「市場銀座商店街」の街路灯が続く。、、、、今日見ただけだが、元気な商店街とは言いずらいね、お店の半分はシャッターを下ろしたままのようだ!
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旧東海道・・・・・・・・・ 京急線の西側200m程の処を並行する旧東海道。、、、、北から市場上町、市場東中町、市場西中町、市場下町と続く町の中央を縦断するように旧街道が通っている。 街道沿いに宿場風の古い家並みがあるわけではなく、単に通過する道であったと思われる。、、、、されど旧街道、市場の町中に歴史を偲ばせる寺社、一里塚などが点在する。

・・・・・・・・・・ 直線的に市場の町を貫く旧街道
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・・・・・・・・・・ まずは、駅前の「市場銀座商店街」が旧東海道にぶつかる処にある熊野神社、、、、、、弘仁年中(810~823)紀州熊野の別当尊敬の勧請と伝えられている。 この地域は往古より海辺にあって魚、塩の収穫も豊かで、天文年間(1532~1555)には魚貝の市も開かれて、いつか村名も市場と呼ばれるようになった。 村民は、これを熊野権現の加護によるものとして、社殿を造営するなど厚く崇敬した。 その後兵火に焼けたり、鶴見川、六郷川の相次ぐ氾濫などにより、社殿が大破して、明和元年(1764)に至りようやく本殿を再建した。 明治5年(1872)京浜間に鉄道を施設の際、社地がその敷地にあったため現在地に遷座した。明治6年村社に列せられ、熊野神社と改称した。 祭神は国常立尊(くにのとこたちのみこと)、伊邪那岐命、伊邪那美命、、、、、、広い境内に社務所が無い! お札、御朱印、お御籤、何処で貰うの?
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・・・・・・・・・・ 熊野神社から南へ歩くと、ほどなくして街道脇に市場一里塚跡がある。、、、、案内板には、『慶長9年(1604)徳川幕府は、江戸から京都までの街道を整備し、あわせて宿場を設け、交通の円滑を図りました。 里程の目標と人馬の休息のための目安として、江戸日本橋から一里(約4km)毎に街道の両側に五間四方(9m四方)の塚を 築造し、塚の上には榎(えのき)を植えました。 ここは江戸より五里目の塚に当たり、市内で最初の一里塚です。 明治9年(1877)地租改正にあたり払い下げられ、左側の塚が現存しています。 昭和初期まで塚の上には榎の大木が繁茂していました。 昭和8年(1933)6月「武州橘樹郡市場村一里塚」(添田担書)の碑が建立されました。 平成元年(1989)横浜市地域文化財として登録されました。』と、標されている。、、、、、一里塚に変わり、現在の国道には、始点から1km毎に標識がたてられ、歩く時の目安として助かるね!
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・・・・・・・・・・ さらに街道を南下する。 鶴見川の手前、市場下町に入った処に庚申塔がある。 宝暦年間(1754頃)に作られた青面金剛の石像が、手の込んだ見事な堂(昭和56年製作)の中に納められている。、、、、江戸時代からこの前を通る人を、静かに見守ってきた庚申塔、ご苦労さん!
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・・・・・・・・・・・・・・真言宗智山派の金剛寺は鶴見川橋のたもとにある静かな寺。創建年代等は不詳だが、かつては市場村内の金剛寺畑と称される処にあったそうだ。 その後、東海道整備に伴い当地へ移転したと言われている。、、、、、建物は真新しく綺麗で緑多い境内も整備されていた。 鶴見川が近いせいか? 川からの涼しい風が迎えてくれた。
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鶴見川橋・・・・・・・・・・ 旧東海道は鶴見川橋を渡り、鶴見川を越える。 鶴見川橋は大正末期までは「鶴見橋」と呼ばれており、初代の橋は徳川家康が東海道を整備した慶長6年(1601)頃に架けられたといわれている。、、、、、現在の橋は平成2年(1990)度に工事に着手、平成9年(1997)度にニールセンローゼ橋構造により完成した。 橋長119.6m、総幅員は18.7m。車道は3.5m×往復各1車線、アーチの両サイドに2.5mの歩道が付設されている。アーチ最上部までの高さは19m。 歩道は東海道をイメージした自然石の風合いのある舗装材が使われている。、、、、、おとなしいデザインで、いいね!
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・・・・・・・・・・・・・・鶴見川橋の上流側にはJR東海道線。下流側には京急本線が走る。
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●・・・・・・・・・・ 橋の上でUターン、裏道を探しクネクネと鶴見市場駅へ戻る

2018年6月 4日 (月)

小菅

東武伊勢崎線の小菅駅からスタート。 久しぶりに東京拘置所の周りを歩き、裏道・路地裏に誘われ、見るものに足を止められた。 小菅1丁目の町を歩き廻りJR綾瀬駅まで、1万1千歩の散歩です。



小菅駅 ・・・・・・・・ 何となく、小菅駅のホームに降り立つと、空気が張り詰め、チョイト心臓がドキドキしている自分。 この緊張感は何だ! しばし、深呼吸! 高い塀の時代のヤクザ映画の見すぎで、小菅駅に降り立つと、黒いスーツのお兄さん、背中に緋牡丹のお姐さんを意識してしまう、古い知識の臆病な自分である。、、、、、、今は、近代的、開放的、親しみやすい(?)拘置所と共存する駅である。 大正13年(1924)10月1日に開業し、現在は島式ホーム1面2線の高架駅である。、、、、、小菅駅は足立区足立2丁目にあり、“小菅”は駅前の東京拘置所がある葛飾区小菅の地名である。、、、、「小菅」の由来は、この付近一帯は菅や葦などの野草が繁り、他の土地のものよりも背丈が低いところから「小菅」と呼ばれたそうだ。

・・・・・・・・・・ 荒川土手の近くまでホームは伸びている。 頭上には首都高中央環状線が走る
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・・・・・・・・・・ 乗降客は少なく、停車するのは普通列車だけ
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・・・・・・・・・・ 駅出入口は東京拘置所側に向いた一か所のみ
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東武鉄道 荒川放水路橋梁 ・・・・・・・・ 小菅駅ホームから見える、北千住~小菅間の荒川に架かる東武鉄道荒川放水路橋梁。 大正12年(1923)7月1日、荒川放水路開削により鐘ヶ淵~西新井間でルートが変更された。 それまでは北千住~西新井間は現ルートより西側を通っていた。 もちろん、荒川は無かった。 このルート変更で初代の橋梁が架けられた。、、、、、、現在の橋梁は昭和49年(1974)頃にかけ替えられた。 上下線別に複線の橋梁が2本架かる。
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東京拘置所・・・・・・・・ 拘置所のある土地は、江戸時代には関東代官伊奈氏の邸宅があった。また、将軍家鷹狩り時の休憩所である小菅御殿が併設されていた。 明治時代になると、小菅県の県庁が置かれ、廃藩置県で小菅県が廃止されると煉瓦工場となった。 そして、明治12年(1879)に東京集治監がここ小菅に設置され、以後、明治36年(1903)に小菅監獄、大正11年(1922)に小菅刑務所と名を変えた。 戦後、昭和20年(1945)に東京拘置所が巣鴨からここに移り、刑務所と拘置所が置かれた。 昭和46年(1971)は小菅刑務所は那須へ移転し、以後、東京拘置所のみとなる。、、、、、、現在は、地上12階地下2階のⅤ字型の新舎房を中心に施設が整備されている。 3,000名の刑事被告人を収容する日本最大規模の拘置所である。 これ以上、詳しいことは、まだ拘置所の中に入った経験がなく不明。

・・・・・・・・・・ 小菅駅ホームから見える拘置所
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・・・・・・・・・・ まずは正門
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・・・・・・・・・・ 荒川土手から正門を見ていたら、幼稚園の送迎バス(写真:黄色のバス)が出てきた。 なんじゃ! 幼児の受刑者・被告人(?)が収容されていて、ここから幼稚園通い? そんなバカな!、、、、塀の中に官舎があり、そこの子供の通園らしい。
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・・・・・・・・・・ コンクリートの高い塀は無くなり、開放的なフェンスで囲まれた拘置所。、、、、、近くから、大声で“〇〇さん”と呼べば、窓から顔でも出しそうな感じだ!
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・・・・・・・・・・ 正門脇に小菅御殿時代の石燈籠が残されている
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・・・・・・・・・・ 拘置所の施設が整備され、空いた土地には公務員住宅・特別養護老人ホームなども建てられている。
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旧水戸街道・・・・・・・・ 東京拘置所の南側、荒川と綾瀬川によって切断されたように300m程の長さで旧水戸街道が残されている。

・・・・・・・・・・ 旧街道の両端から眺める。 300mの直線道路。
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・・・・・・・・・・ 旧街道でも、江戸時代の古い歴史ある商家・民家などは見当たらず。 ここには、「西小菅商盛会」という標された街路灯が並んでいる。 戦前の建物で空き家となり朽ちてきたものもある。
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・・・・・・・・・・ 街道の裏道も歩いてみた。 銭湯、魚屋、アパート、お寺、、、、がある
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・・・・・・・・・・ 旧水戸街道が綾瀬川にぶつかる位置に水戸橋跡地がある。 かつて、綾瀬川に架けられていた木造の水戸橋の橋台部分が残されている。 案内板には水戸橋の写真もある。
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・・・・・・・・・・ 旧水戸橋の橋台を保存するように、現在の水戸橋は50m程上流側に架けられてる
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・・・・・・・・・・ 水戸橋から見る綾瀬川。 左側に、東京拘置所の空いた敷地に建つ公務員住宅が並ぶ。 かつては、高い塀で囲まれた処である。
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●・・・・・・・・・・ 水戸橋を渡り綾瀬の町に入る、綾瀬駅 はスグそこ!

2018年6月 1日 (金)

練馬~沼袋

都営大江戸線の練馬駅で下車し、西武新宿線の沼袋駅までの散歩です。 1万歩。



大江戸線練馬駅・・・・・・・・ 平成3年(1991)12月10日、都営地下鉄12号線の駅として開業した。 島式ホーム1面2線の地下駅である。  西武池袋線練馬駅(高架駅)は至近にあり、乗換客が多い。、、、、、ついでの話、東武練馬駅は練馬駅の遥か彼方、直線距離で3.5km程北にある。 しかも、駅は板橋区にある。

・・・・・・・・・・ 光が丘行に乗る人は少なく、多くの通勤客は新宿方面に向かう。 あたり前田のクラッカー!
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・・・・・・・・・・ 地下改札口
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・・・・・・・・・・ 駅出入口は手前ビルの1階、後ろに高架の西武池袋線練馬駅がある。
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大鳥神社・・・・・・・・ 練馬駅の南側の横町に大鳥神社はある。 正保2年(1645)、三羽の鶴が飛来し保護したが、死んでしまったことから鶴の霊を祀ったのが起源である。 その名のごとく、11月の酉の日の祭礼は、福徳円満・開運熊手を購う人で賑わうそうだ。、、、、、現社殿と神楽殿は鉄筋コンクリート造で、ともに昭和59年(1984)に改築した。
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・・・・・・・・・・ 境内には、石の薬師如来が祀られている。 この薬師は、神社から南に500m程の路傍にあったもの。 薬師には万病を治癒し、延命を願う信仰が昔からあり、特に眼の病に効があると今も線香を灯す人が絶えないらしい。
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練馬区役所庁舎・・・・・・・・ 庁舎は平成8年(1996)3月に竣工した、東京23区の区役所の中では文京区役所(通称・文京シビックセンター 、地上28階・高さ142 m)に次ぐ高さ(地上21階・地下3階、93.82m)を誇る建物。 20階には展望ロビー、展望レストランがあるそうだ。(9時過ぎから利用可)、、、、チョイト、ロビー部分だけでも拝見。
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三の橋庚申・・・・・・・・・ 練馬駅から南に向かうバス通りに「こうしん通り 商栄会」と標した街路灯が並んでいる。 商店街とは思えぬ商店街。、、、、、“こうしん通り”とは? ひょっとすると、“庚申塔”のことでは。 歩きながら、キョロキョロ、コソコソ、、、、、あった! 庚申塔があった!
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・・・・・・・・・・ 通り名はこの庚申塔に因むそうだ。 しかし、この庚申塔は昭和41年(1966)に建立された二代目で、初代の庚申塔は壊れて正覚院に納められているそうだ。
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環七通りを越える・・・・・・・・ 練馬区豊玉中3丁目で、環七通りを横断し、豊玉南に入る
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正覚院・・・・・・・・ 正覚院は豊玉南2にある真言宗豊山派の寺院で、山号を天満山という。 寺伝では、太田道灌が長禄年間(1457~1460)江戸城築城の際、ここ中荒井の陣屋にあった道灌崇敬の天満宮(現:豊玉氷川神社の境内社)を守るため別当寺として創建したのが正覚院で、市ヶ谷から立退かせた一農家を開基檀徒としたといわれます。、、、、、、本堂および観音堂は、昭和51年(1976)に改築され、平成3年(1900)には多宝塔も建立されて、寺観もいちだんと整った。
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・・・・・・・・・・ 多宝塔前の「八子地蔵尊」は、昭和13年(1938)、町内有志によって、不幸な厄にあった8人の幼児の霊を供養するために建立されたそうだ。、、、、、境内には、地蔵尊、不動明王、庚申塔など村内各所にあった石造物が多数祀られている。
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豊玉氷川神社・・・・・・・・ 正覚院(別当)の隣りに氷川神社はある。 神社の創建年代不詳であるが、古い神社だ!、、、、、社殿は昭和3年(1928)の建築である。
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・・・・・・・・・・ 鳥居の脇には、「ビール麦 金子ゴールデン 発祥の地」の石碑がある。、、、、、中新井村(現:豊玉)の金子丑五郎が明治33年(1900)、六条大麦の四国とゴールデンメロンの自然交雑によって生じた雑種の中から「金子ゴールデン」を育成した。 早生で草丈が低いため成熟しても倒れにくいので、関東一円に栽培が広がった。 この品種を親にエビス1号、ニューヨークゴールデン等の優良品種が育成され、初期のわが国ビール醸造に大きく貢献した。
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江古田の町を歩く・・・・・・・・・ 江古田の住宅地を歩き、沼袋駅に向かう
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沼袋駅 ・・・・・・・・ 只今実施中、西武新宿線の中井駅~野方駅間の連続立体交差事業では約2.4kmの区間を地下化し、合計7カ所の踏切を除去する。 これに伴い、新井薬師前駅と沼袋駅は地下化される。 総事業費は726億円で、2020年度の事業完了を目指しているそうだ。
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・・・・・・・・・・ 工事の為か、路線バスも踏切の直前で停まり、お客は乗降する。
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