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2018年9月

2018年9月28日 (金)

島津山、池田山の麓を歩く

台風の影響か、連日の雨空で散歩もできず、家でゴロゴロ、ウジウジ、ダラダラ、ぐうたら親爺であった。 今日は久しぶりの秋空、品川駅の西側に位置する島津山(清泉女子大のある山)、池田山(池田山公園のある山)の山裾の路地・裏道を歩き都営三田線白金台駅まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
●鉄道創業の駅・・・・・・・・・・我が国の鉄道は、明治5年(1872)10月15日に新橋~横浜間で開業したと、「歴史」の教科書に書かれている。 ところがドッコイ、その約4か月前の明治5年6月12日(旧暦5月7日)に品川~横浜間で先行開業(仮開業)していた。 なぜか?答えは簡単、新橋~品川間の工事が遅れてたからである。 つまり、品川駅は日本で最初に開業した鉄道駅である。 この頃の品川駅は、ホームの東側に東京湾の波が打ち寄せる相対式ホーム2面2線の小さな駅であった。、、、、、近い将来(2027年)には、中央リニア新幹線の創業駅にもなる予定だ!
 
・・・・・・・・・・・・・品川駅高輪口の駅前ロータリーに「品川駅創業記念碑」がある。 創業時のダイヤは、横浜発8時・品川着8時35分、品川発9時・横浜着9時35分、横浜発16時・品川着16時35分、品川発17時・横浜着17時35分の上下各2本であった。 運賃は大人・下等で50銭也 (現在の貨幣価値に換算すると5,000円ぐらいに相当するらしい)。 現在、品川~桜木町の運賃は388円、安くなったのか? 
 
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・・・・・・・・・・・・・現在の品川駅は一日乗降客数(JR東・JR東海・京急の合計)が100万人を超えるマンモス駅である。 朝の通勤時は、海側(港南口)に建ち並ぶ超高層ビル群に通勤客が流れて行く。 高輪口に向かう通勤客は1割ぐらいかな。
 
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●毛利家により移転させられた・・・・・・・・・京急品川駅の向かい(品川プリンスホテル前)に高山稲荷神社がある。 神社は室町時代頃の創建といわれ、当時は現在の品川プリンスホテルの地に小高い丘陵があり、その頂に高山稲荷神社があったそうだ。 神社までは二百数十段の階段を上ることから、“高山”稲荷神社と称されたらしい。、、、、、明治時代に入り、毛利公爵が当地に邸宅を構えることになり、毛利家より替地の寄進があり、神社は現在地へ移転することとなった。、、、、、、毛利家跡地には、昭和53年(1978)に品川プリンスホテルが開業した。、、、、、、現在の高山稲荷神社は、第一京浜に面した小さな境内に祀られている。 行き交う人は多いが、手を合わせる人は少ないかも?
 
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●かつてホテル、今は?・・・・・・・・・・・・品川プリンスホテルの裏側(西側)に回り込むように、第一京浜から西に折れた高輪4丁目の坂の中程に、昭和2年(1927)頃に建てられた、旧ホテル品川の建物がある。、、、、、昭和62年(1987)に休館するまではホテルとして営業していたが、現在は会社の寮か? 個人の所有か?、、、、、何やら、ホテル時代の思い出物語がドラマとなりそうな建物だ!
 
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●島津山は高級マンションが並ぶ・・・・・・・・・・現:清泉女子大本館は旧島津公爵邸(島津山)の洋館である。 この洋館は旧岩崎邸 を手掛けたジョサイア・コンドルの設計である。 島津公爵邸も名建築と聞いているが、なにせ“女子大”だ。 手続きを踏んで行かないと、チョックラ見学に来ましたとはいかないので、まだ見たことがない建物の一つである。、、、、、島津山周辺は起伏の多い地で、「島津山」、「Shimaduyama」の名を冠した高級マンションが並んでいる。 外交官向けのマンションもあるようだ。、、、、今日は“女子大の”北東側の裏道・路地を怪しまれながら歩いてきた。
 
・・・・・・・・・・・・・・港区高輪4丁目の裏道、、、、、、清泉女子大の方向に上り坂を行く。
 
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・・・・・・・・・・・・・・これより品川区北品川6丁目に属す坂を下る。、、、、、下ると、かつて谷底であったと思われる「北品川6」と「東五反田3」の境界となる裏道に出た。
 
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・・・・・・・・・・・・・引き続き、品川区東五反田3丁目の階段坂を上る。 坂の上は、清泉女子大の北側に位置する裏道である。 その先には、再び階段坂があり、下ることになる。、、、、、今日もアップ・ダウンが激しい散歩となった。
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・・・・・・・・・・・・上記の道に北側で並行するもう一本の裏道。、、、、、こちらは、坂が多く、曲がりも多く、路地も多く、安アパートの多い、高級住宅街の異次元空間である。
 
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●伊豆長八の鏝絵があった神社・・・・・・・・・・島津山を回り桜田通り(国道1号)に出た。 出た処は、品川区東五反田3丁目、桜田通りに面し袖ヶ崎神社がある。、、、、、平安時代、保延3年(1137)に、伏見稲荷大明神を勧請したと伝えられている。 神社は、何度かの火災で社殿を焼いているが、延享2年(1745)の火災では、仙台藩伊達家が新社殿を寄進した。 また細川豊前守が、金箔塗りの神狐1対を奉納したとの記録もある。 幕末の嘉永2年(1849)に建築された土蔵造りの社殿には、名工伊豆長八の描いた「八岐の大蛇」の鏝絵があったが、戦災で消失した。、、、、現神社は桜田通りの拡張で境内が整備された。、、、、、長八の鏝絵はあきらめて、アイドルの写真を飾ったら、若者の参拝が増えるかも、試してみては?
 
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●池田山の麓・・・・・・・・・・桜田通りを横断し、東五反田4丁目から、再び、裏道を歩く。 港区白金台2丁目に入った。、、、、、この辺りは、池田山公園の北東になる。 裏道には一般住宅・アパートが並んでいる。 洗濯ものも見える、私には親しみやすい雰囲気の町だ。
 
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●白金の屠殺場・・・・・・・・・・港区白金台3丁目に、「元禄今里地蔵」と彫られた碑のお堂がある。 堂の中には、小さな地蔵様:「今里地蔵尊」が祀られてる。 元禄に建立されたようだ。、、、、、「今里」はこの辺りの旧地名である。 この辺りの地名は、現在のカッコいい「白金台」の前は「芝白金今里町」、さらに昔は「今里村」であった。、、、、、明治時代には、牛肉を食べる文化が入り、時の政府がココ「今里」に屠殺場をつくった。 そして、町の肉屋は競って、ココの屠殺場から肉を仕入れるようになったのである。 現在、老舗の肉屋「今半」など、店名に「今」の字がつくのは、ココ「今里」との繋がりを示しているのだ。、、、、、なお屠殺場の痕跡は、現在は、何も残っていない。
 
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●戦後まで残っていた用水路・・・・・・・・・・・今里地蔵から150m程北に歩くと、港区立白金台幼稚園がある。 その脇に三田用水の遺構が残されている。、、、、、、「三田用水」とは、玉川上水を現在の下北沢で分水し、渋谷・三田・目黒・大崎・高輪付近まで給水する上水路である。 三田用水は昭和49年(1974)まで利用されていた。
 
・・・・・・・・・・・・・・用水路の断面(U字型)がそのまま残された遺構が階段の脇にある。、、、、、この辺りは標高が低く、築堤で用水を流した。
 
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・・・・・・・・・・・・・・白金台幼稚園の前には用水路上に架かっていた橋の遺構と思われるコンクリート構造物がある。
 
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●共同使用の白金台駅・・・・・・・・・・東京地下鉄(東京メトロ)南北線と都交通局(都営地下鉄)三田線の共同使用駅である。 平成12年(2000)9月26日に開業した。、、、、シロガネーゼの町であり、その先入感が強いのか、電車を待つ女性が美人に見えた! ただし、一部例外もアリ!
 
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2018年9月24日 (月)

今日も墓参り

昨日は西に、今日は東に、連日の墓参り。 今日は、我が家(浅草橋)からは片道50分で行ける、比較的便利な都立八柱霊園への墓参りである。



● 最寄り駅は
・・・・・・・・ 霊園の正門へは、JR武蔵野線新八柱駅、新京成線八柱駅からバスが出ている。 これが、霊園のホームページに載っているアクセスルート。、、、、、でも知る人ぞ知る、便利な裏ルートがある。 北総線松飛台駅から霊園裏門(?)の松飛台門までは徒歩5分。、、、、このルートは、我が家のある浅草橋から都営地下鉄に乗ると、乗り換えなしで北総線に乗り入れ松飛台まで運んでくれるので、大変便利だ。 片道50分で墓地に到着できる、嬉しいね!
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●『千葉県松戸市にあって、都立霊園とは是如何に?』 『千葉県浦安市にあって、東京デズニ-ランドと云うが如し。』
・・・・・・・・ 大正時代に入ると東京の急激な発展により、青山、谷中などの既存の公営墓地は「満員御礼」状態となり、墓地の整備が急務となった。 大正9年に後藤新平が東京市長に着任し、東京近郊に多磨霊園(大正12年)、八柱霊園(昭和10年)、小平霊園(昭和23年)など都立霊園が相次いで整備・開設された。 八柱霊園の土地は東京市が買収したそうだ。、、、、、、面積は105ヘクタール。 ピンとこない人には、東京ドーム20個分。
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● ♪ 赤い花なら曼殊沙華
・・・・・・・・ 阿蘭陀屋敷に雨が降る♪ 秋の彼岸の墓には必需品の花。 朱の色が妖艶な美女をイメージさせる。 別名は彼岸花。 茎は薬用だが、球根には毒があり、あやまって食べると、下痢・嘔吐に見舞われ、呼吸不全・中枢神経麻痺などが生じることもあるそうだ、要注意。、、、、、夫婦喧嘩しても、相手に食べさせないように。 保険金殺人になるかも!
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2018年9月23日 (日)

彼岸の墓参り

彼岸に入りやっと秋晴れの日をむかえた。 今日は95歳の母は家に残し、夫婦で八王子の霊園に墓参りに行ってきた。 我が家から霊園までは、JRとノロノロバスで片道2時間程かかる。 山の中腹にある霊園は、チョットしたハイキング気分が味わえる処だが、往復6時間以上を要する行程はキツイ、疲れた!



ノロノロバス・・・・・・・・ 田舎のバスは時刻表無視。 今日は墓参りに行く人が多く、片側1車線のバス道「秋川街道」は墓参りの自家用車で大渋滞。 バスは遅れに遅れ、時刻表は役立たず。
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秋の気配・・・・・・・・・ バスを降り霊園まで秋空の下を歩く、、、、、柿・栗などの木の下を歩き霊園に向かう
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墓石がズラリ・・・・・・・・ 高台から見下ろすと、視界180度にズラリ墓石が並び、ほぼ満員御礼状態である。 これだけの墓(写真の3倍以上ありそうだ)の管理費が、管理する柴又帝釈天題経寺の懐に入るのか? チョイト、下種(げす)の勘繰りをしてみた。 寅さんもビックリするかも。
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彼岸の墓参りに浮かぶ都都逸・・・・・・・・・・
         ・・・・・ 人に言えない 仏があって 秋の彼岸の 回り道 、、、、 チョイト悩ましいね!
                 人に言えない 病があって 秋の夜長の 裏通り 、、、、 何の病気、花柳病?
                 人に言えない 手癖があって 秋の夜中の 住宅地 、、、、 コソ泥です!

2018年9月18日 (火)

上って下って、また上って下る

先月、都営浅草線に新型車両が投入されたが、まだ乗っていないので西馬込の車両基地まで行ってみようと散歩に出た。 西馬込駅に着く頃には、“新型車両はいずれ乗れる”、“車両基地には何度も足を運んでいる”と気が変わり、今日は車両基地とは異なる方向に歩くことにした。 結果、西馬込駅から北西に向かい、東急池上線長原駅まで、1万歩の散歩となった。



怪しき人物・・・・・・・・・ 第二京浜国道に面した西馬込駅西口に出た。 駅の南側にある車両基地とは反対側(北側)、西馬込2丁目の坂の上から駅に向かい、蟻が穴から出てくるようにゾロゾロと通勤・通学客が歩いてくる。 流れに逆らって歩く自分は怪しき人物と映っているかも?
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アリャ!また、来ちゃった!・・・・・・・・ 駅から坂を上り、チョイト下り、また坂を上ると、2基のドーム屋根が見えた。 アリャ・コリャ!また来てしまった、今年の5月に立ち寄った馬込の給水塔 。 2基の給水塔は、昭和26年(1951)と、昭和29年(1954)にそれぞれ完成した。 高さは28mで、直径32m程ある。 本日、1基は整備工事中である。 高台にあるこの給水塔は、大田区南部へ配水するために造られたそうだ。、、、、、とりあえず、給水塔を一周し離れることにした
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アレレのレ、ここもだ!・・・・・・・・・ 給水塔から裏道を歩き、「八幡坂」を下ると仲池上にある神社の境内に出た。 アレレのレ、この神社も来たぞ!子安八幡神社だ。 現社殿は昭和2年(1927)の造営で、同じ鉄筋コンクリート造の神田明神よりも古い。 塗装は剥げ、見るに忍びない姿である。 塗装工事に多少でも役立てて欲しく、賽銭箱に100円硬貨を入れてきた。
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新幹線を越える・・・・・・・・・ 子安八幡神社の北で、新幹線の勇姿を見る。 線路沿いに「相生坂」がある、息を切らし上り、線路向うの上池台の町に入る。、、、、、私は4年前に患い、肺活量が普通の人の7割ほどとなり、上り坂はキツイ! ハア・ハア・ゼイ・ゼイ、“チョイト可愛い姉ちゃん手を貸して!”と願いつつ上るが、誰も手を貸してくれない、残念無念。
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坂、坂、坂の多い町・・・・・・・・ 西馬込駅から新幹線を越えるまで、すでに10か所以上の坂を上り、下り、チョイト疲れた。 上池台の町に入ると、さらに坂の連続で、お年寄りにはつらい町だ!

・・・・・・・・・・ まずは「猿坂」、、、、、坂の先に庚申塔がある、享保8年(1723)に建立したのか?
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・・・・・・・・・・ 次は、ダラダラ坂の「大久保坂
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・・・・・・・・・・ 狭い裏道に「玉倉稲荷大明神」があった。 由緒不明の小さな社である。、、、、、、その玉倉稲荷大明神から100m程離れて、その稲荷に因む「稲荷坂」があった。
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・・・・・・・・・・ バス通りに出たが、この通りも坂道だ。 停留所名は「稲荷坂」、次は「貝塚坂」で、なんと“坂”の多い町。
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・・・・・・・・・・ そして本日の最大の坂に遭遇! 名は???  「稲荷坂」と「貝塚坂」のバス停の中程から上池台4丁目を北西に向かって伸びる一直線の坂道である。 両端が頂で、中間が谷底だ、スゴイ、凄い、まるでジャンプ台!  (写真は、両端の頂と谷底から撮影したもの)
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・・・・・・・・・・ 上池台1丁目に入ると、「小池公園」と呼ばれる池を中心とした公園がある。 この池は当然のごとく谷底に位置し周囲からは坂を下って公園に向かい、お帰りは上り坂となるようだ。、、、、、池から坂を上れば、東急池上線長原駅に出る。 これで、本日の“坂道巡り”はお終い。
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商店街の中の駅・・・・・・・・・・ 東急池上線の長原駅 は商店街の中にある。 昭和2年(1927)に池上電気鉄道長原駅として開業した。 昭和48年(1973)に、駅の五反田寄りを通る環七通りの踏切解消のため地下化され竣工した。 鉄道と地元商店街が密着した人にやさしい駅だ。 切符の自販機だけでなく、野菜・魚・肉の自販機などが並んでいると、もっと楽しい駅になると思うね!
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2018年9月17日 (月)

奥の細い道

南千住駅前から芭蕉が歩いた「奥の細道」(旧日光街道)沿いの裏道(“奥の細い道”)を歩いて北千住駅まで、1万歩の散歩です。



旅立ちの地・・・・・・・・・・・芭蕉の「奥の細道」旅立ちの地は南千住(荒川区)か、北千住(足立区)か? 隅田川(大川)を挟み、矢立初めの句:「行く春や 鳥啼き魚の 目は泪」を詠んだ千住宿の地の争いである。 荒川・足立のどちらの区も、矢立の地を主張し今だ決着はついていない。 新たな資料でも出てこないと解決しないだろうね。 まあ~、どうでもいいか。、、、、、私の散歩は南千住駅からスタート。
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・・・・・・・・・・ ところで、南千住の裏道に初期のマッキントッシュのパソコン:「iMac(アイマック)」が捨てられていた。 1990年代の後半に発売されたもので、当時の価格は18万円前後であった。 このパソコンは、現在のアップル社の「iMac」の元祖である。 知る人ぞ知る、懐かしい顔のパソコンだ!、、、、、、フト、頭をよぎる、『骨董品としての価値が出てくるかも? 拾って帰るか? チョイと重そうだな、あきらめよう!』 
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南北を結ぶ、新旧の橋・・・・・・・・・「南北を結ぶ、新旧の橋」と云うと、何だか朝鮮半島にある橋のようだが、南北の千住を結ぶ千住大橋 のことである。 現在の千住大橋は下り方向(日光方向行)が旧橋で、上り方向(都心方向行)が新橋で構成されている。、、、、、旧橋は昭和2年(1927)に完成した日本最古のタイドアーチ橋で、震災復興橋としても有名である。 新橋は、旧橋に並行して昭和48年(1973)に完成した3径間連続鋼箱桁橋で味も素っ気ない。 新橋は旧橋より一段高い位置にあり、新橋からは旧橋のアーチ部しか見えない。、、、、、今日は下流側の新橋を渡り北千住に入った。
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・・・・・・・・・・ 下流には常磐線の橋梁が架かっている
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市の守護神・・・・・・・・・・ 本日定休日の東京都中央卸売市場足立市場の敷地内に鎮座する。 延徳年間(1489~91)より浮島金毘羅宮として崇敬されてきたが、昭和20年(1945)足立市場の開設以来、市場の守護神と尊崇された。 干潮稲荷神社を昭和41年(1966)に合祀し、干潮金刀比羅神社(かんちょうことひらじんじゃ)と改稱する。、、、、御利益は航海安全、豊漁祈願、水難守護、商売繁盛、五穀豊穣など、多種多様である。 いずれ、安産祈願、子宝成就も含まれるかも?
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・・・・・・・・・・ 市場の正門脇に、足立区側の旧日光街道千住宿跡として芭蕉像が建てられてる、、、、、荒川区と足立区、どちらが旅立ちの地か? 知るは仏のみか!
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「奥の細道」の“奥の細い道”・・・・・・・・・ 奥の細道(旧日光街道)から、京成本線の高架沿いに路地を入ると、その先は千住河原町の“奥の細い道”(雅万歩が勝手に名付けた)となる。 折れて、折れて、歩く路地、また折れて、また折れて、お股は擦れて、あ痛(い)てって、まだまだ折れて歩く路地。 (写真は順に、各折れ曲がり地点です)

・・・・・・・・・・ ここから、高架橋沿いに入って行く
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・・・・・・・・・・ チョイトした駐車場の脇に出て、再び路地に入る。 自動車は無理
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・・・・・・・・・・ 横の路地では、不審人物の侵入を猫が見張っている
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・・・・・・・・・・ 奥の細い道は、さらに続く
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・・・・・・・・・・ 車の通れそうな道に出た。 “奥の細い道”も終わり
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・・・・・・・・・・ 路地の裏の美しいフヨウ
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いくつかの一つ・・・・・・・・・・北千住周辺には、いくつかの“氷川神社”(氷川神社の数では都内随一らしい)がある。 その内の一つ仲町氷川神社は、足立区千住仲町にある氷川神社。 元は、牛田にあった氷川神社を元和2年(1616、江戸時代初期)に現在地へ遷座したそうで、それ以前は、延喜年間(901~923、平安時代)から牛田に鎮座していたそうだ。 由緒ある神社。
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・・・・・・・・・・ 拝殿と本殿の間には、純金ではないと思うが、灯籠が新調されたようだ。
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・・・・・・・・・・ 拝殿の周囲には、チョイト古そうで、細工も素晴らしい鋳鉄製の柵が設けられている。
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千住1丁目の建築・・・・・・・・・ まずは、三角屋根の玄関、下見板の壁、縦長の上げ下げ窓が、いかにも昭和の街の歯医者さん市川歯科医院。 歯が痛い人は、ぜひ診察を受けて、開業しています!
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・・・・・・・・・・ 次の一軒は、路地裏の喫茶店「」。 建物に大倉屋質店と標されているように、質屋の蔵を改装した店舗。 この蔵が造られたのは、関東大震災後の昭和初期らしい。
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遊女を供養する閻魔さま・・・・・・・・ 北千住駅の近い、真言宗豊山派の氷川山地蔵院金蔵寺。 この寺は建武2年(1335)の創建と伝えられ、御本尊は閻魔大王である。、、、、、本堂の閻魔さまは7月15日・16日の地獄の釜開きの縁日に会えるそうだ。 今日は閻魔さまも夏休みらしい。
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・・・・・・・・・・ 寺の山門脇に2基の供養塔が並んでいる、左側の南無阿弥陀仏を刻んだものが千住遊女供養塔である。 千住宿の多くの飯盛旅籠に勤めそこで亡くなった遊女が当時 「投げ込み寺」であったここ金蔵寺に葬られたそうだ。 供養塔は、その薄幸な生涯を哀れみ供養するため建てられたものです。 石には、多くの遊女の戒名が彫られていた。、、、、右側の無縁塔と彫られた塔は天保餓死者供養塔。 歴史上有名な天保の大飢饉の犠牲者を祀っている。 この地では828人が亡くなったそうだ。
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閻魔さまに振られ閻魔さまと密会・・・・・・・・・・ 金蔵寺の閻魔さまには振られたので、すぐ近くの勝専寺の閻魔さまとないしょで会ってきた。、、、、浄土宗寺院の勝専寺は、三宮神山大鷲院と号し、文応元年(1260)に草創されたといわれている。 勝専寺の本尊:木造千手観音立像は千住の地名起源とされている。 寺の本堂は明治39年(1906)の建設でコンクリート造で化粧煉瓦で覆われている珍しい建物である。
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・・・・・・・・・・ 山門脇の閻魔堂閻魔さまは住んでいる。 こちらの閻魔さまの御開帳は正月15・16日と7月15・16日である。 今日は、のぞき窓からパチリ撮影。
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今日の散歩はココまで・・・・・・・・・・・・北千住駅から帰宅する
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2018年9月14日 (金)

夏休みも終わり、再スタート

約2か月間の夏休みもそろそろ終わりです。 妻の骨折は、骨もくっつき、家事もこなせるように回復したので、また散歩を始めることにします。

今日は、15時過ぎから、我が家(浅草橋)から上野公園まで往復し足を慣らしてきた。



安全祈願・・・・・・・・まずは、我が家の近く(浅草橋3)にある甚内神社に、道中の無事を祈願し、出立!  江戸時代初期に、武田家再興の軍資金を稼ぐため盗賊となり、最後は鳥越の刑場で処刑された、武田家の家臣高坂弾正の子:高坂甚内を祀る神社。  “悪”を祀る珍しい神社で、懇ろに手を合わせる。
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寂れた・・・・・・・・・“おかず横丁”の旗と提灯が整然と並ぶ下町:鳥越の「鳥越本通り商店街」だ! 近くにスーパーなどもでき歩く人も少なくなった。 私の知る昭和30年代の賑わいが懐かしいね。
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愛読書・・・・・・・・・・“春日通り”の北側:東上野1丁目に、私の愛読書「高島易断所本部編纂 平成〇〇年神宮宝暦」の発行元:神宮館がある。 私はこの愛読書をベッドの枕元とトイレに置き、「今日は何の日?」、「明日の運勢は?」、「日の入りは何時?」、「香典いくら包む?」、「彼岸は何日から?」、、、、豆知識の宝庫(?)で、好きな一冊である!
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表の裏・・・・・・・・・ 上野駅の表(正面玄関前)を通る「昭和通り」、その東側裏通りに焼肉店が並ぶコーリヤタウンがある。 店の裏の路地には共同トイレもある。 焼肉屋では牛・豚のあらゆる部位の肉を食することができる。 以前、私も食べたが、大腸はチョイト遠慮した。
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・・・・・・・・・・ 旅館街もある。 戦後、東京見物のお上りさん、行商人なども泊まった旅館か? “昭和”が残る街。
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通り抜け・・・・・・・・・ 上野駅正面からチョイトおじゃまし山下口へ、山下口から公園口に向かう。 駅舎の建物は東京駅の方が良いが、雰囲気は井沢八郎の「あゝ上野駅」を思い出させる上野駅が好きだ! 
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折り返し地点・・・・・・・・・・輪王寺脇の両大師橋。 今日の散歩はここで折り返すことにした。 橋上から眺める線路は20本、30年程前、娘を自転車に乗せ上野駅に発着する常磐線・信越線・上越線・東北本線・山手線・京浜東北線の、特急・急行・普通列車など、飽きずに見ていた頃を思い出す。 あの頃は“若いパパ”、今は“若いジイジ”?。
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チョイト、ブラブラ・・・・・・・・・帰りは「アメ横」を抜けて、御徒町に出て帰る。 アメ横も比較的すいているようだ、外人はチラホラ、台風・地震の影響かな?
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無事帰宅・・・・・・・・・・我が家に近づき、今日の最後は鳥越神社で終わることにした。 2か月ぶりの散歩は無事終了。 よし!『雅万歩』、再スタートするぞ!
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●最後に、70過ぎて、この夏の学習成果は・・・・・・・
     昔から、『 教えず習わず 覚えるものは まんま食うのと 色の道 』
     この夏の私は、女房骨折し 『 教わり習い 覚えたものは 炊事・洗濯 主夫の道 』

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