« 夏休みも終わり、再スタート | トップページ | 上って下って、また上って下る »

2018年9月17日 (月)

奥の細い道

南千住駅前から芭蕉が歩いた「奥の細道」(旧日光街道)沿いの裏道(“奥の細い道”)を歩いて北千住駅まで、1万歩の散歩です。



旅立ちの地・・・・・・・・・・・芭蕉の「奥の細道」旅立ちの地は南千住(荒川区)か、北千住(足立区)か? 隅田川(大川)を挟み、矢立初めの句:「行く春や 鳥啼き魚の 目は泪」を詠んだ千住宿の地の争いである。 荒川・足立のどちらの区も、矢立の地を主張し今だ決着はついていない。 新たな資料でも出てこないと解決しないだろうね。 まあ~、どうでもいいか。、、、、、私の散歩は南千住駅からスタート。
180917081319006


・・・・・・・・・・ ところで、南千住の裏道に初期のマッキントッシュのパソコン:「iMac(アイマック)」が捨てられていた。 1990年代の後半に発売されたもので、当時の価格は18万円前後であった。 このパソコンは、現在のアップル社の「iMac」の元祖である。 知る人ぞ知る、懐かしい顔のパソコンだ!、、、、、、フト、頭をよぎる、『骨董品としての価値が出てくるかも? 拾って帰るか? チョイと重そうだな、あきらめよう!』 
180917082427009



南北を結ぶ、新旧の橋・・・・・・・・・「南北を結ぶ、新旧の橋」と云うと、何だか朝鮮半島にある橋のようだが、南北の千住を結ぶ千住大橋 のことである。 現在の千住大橋は下り方向(日光方向行)が旧橋で、上り方向(都心方向行)が新橋で構成されている。、、、、、旧橋は昭和2年(1927)に完成した日本最古のタイドアーチ橋で、震災復興橋としても有名である。 新橋は、旧橋に並行して昭和48年(1973)に完成した3径間連続鋼箱桁橋で味も素っ気ない。 新橋は旧橋より一段高い位置にあり、新橋からは旧橋のアーチ部しか見えない。、、、、、今日は下流側の新橋を渡り北千住に入った。
180917083213014
180917083631022


・・・・・・・・・・ 下流には常磐線の橋梁が架かっている
180917083554021



市の守護神・・・・・・・・・・ 本日定休日の東京都中央卸売市場足立市場の敷地内に鎮座する。 延徳年間(1489~91)より浮島金毘羅宮として崇敬されてきたが、昭和20年(1945)足立市場の開設以来、市場の守護神と尊崇された。 干潮稲荷神社を昭和41年(1966)に合祀し、干潮金刀比羅神社(かんちょうことひらじんじゃ)と改稱する。、、、、御利益は航海安全、豊漁祈願、水難守護、商売繁盛、五穀豊穣など、多種多様である。 いずれ、安産祈願、子宝成就も含まれるかも?
180917084520026
180917084303023


・・・・・・・・・・ 市場の正門脇に、足立区側の旧日光街道千住宿跡として芭蕉像が建てられてる、、、、、荒川区と足立区、どちらが旅立ちの地か? 知るは仏のみか!
180917084703027



「奥の細道」の“奥の細い道”・・・・・・・・・ 奥の細道(旧日光街道)から、京成本線の高架沿いに路地を入ると、その先は千住河原町の“奥の細い道”(雅万歩が勝手に名付けた)となる。 折れて、折れて、歩く路地、また折れて、また折れて、お股は擦れて、あ痛(い)てって、まだまだ折れて歩く路地。 (写真は順に、各折れ曲がり地点です)

・・・・・・・・・・ ここから、高架橋沿いに入って行く
180917084857028
180917085040030


・・・・・・・・・・ チョイトした駐車場の脇に出て、再び路地に入る。 自動車は無理
180917085148032
180917085207033
180917085215034
180917085227035


・・・・・・・・・・ 横の路地では、不審人物の侵入を猫が見張っている
180917085250038


・・・・・・・・・・ 奥の細い道は、さらに続く
180917085310040
180917085320041
180917085428046
180917085453047


・・・・・・・・・・ 車の通れそうな道に出た。 “奥の細い道”も終わり
180917085528049
180917085534050


・・・・・・・・・・ 路地の裏の美しいフヨウ
180917085619053



いくつかの一つ・・・・・・・・・・北千住周辺には、いくつかの“氷川神社”(氷川神社の数では都内随一らしい)がある。 その内の一つ仲町氷川神社は、足立区千住仲町にある氷川神社。 元は、牛田にあった氷川神社を元和2年(1616、江戸時代初期)に現在地へ遷座したそうで、それ以前は、延喜年間(901~923、平安時代)から牛田に鎮座していたそうだ。 由緒ある神社。
180917090321058
180917090619063


・・・・・・・・・・ 拝殿と本殿の間には、純金ではないと思うが、灯籠が新調されたようだ。
180917090928067


・・・・・・・・・・ 拝殿の周囲には、チョイト古そうで、細工も素晴らしい鋳鉄製の柵が設けられている。
180917090838066



千住1丁目の建築・・・・・・・・・ まずは、三角屋根の玄関、下見板の壁、縦長の上げ下げ窓が、いかにも昭和の街の歯医者さん市川歯科医院。 歯が痛い人は、ぜひ診察を受けて、開業しています!
1809170939250101


・・・・・・・・・・ 次の一軒は、路地裏の喫茶店「」。 建物に大倉屋質店と標されているように、質屋の蔵を改装した店舗。 この蔵が造られたのは、関東大震災後の昭和初期らしい。
1809170942570106



遊女を供養する閻魔さま・・・・・・・・ 北千住駅の近い、真言宗豊山派の氷川山地蔵院金蔵寺。 この寺は建武2年(1335)の創建と伝えられ、御本尊は閻魔大王である。、、、、、本堂の閻魔さまは7月15日・16日の地獄の釜開きの縁日に会えるそうだ。 今日は閻魔さまも夏休みらしい。
1809170947450117


・・・・・・・・・・ 寺の山門脇に2基の供養塔が並んでいる、左側の南無阿弥陀仏を刻んだものが千住遊女供養塔である。 千住宿の多くの飯盛旅籠に勤めそこで亡くなった遊女が当時 「投げ込み寺」であったここ金蔵寺に葬られたそうだ。 供養塔は、その薄幸な生涯を哀れみ供養するため建てられたものです。 石には、多くの遊女の戒名が彫られていた。、、、、右側の無縁塔と彫られた塔は天保餓死者供養塔。 歴史上有名な天保の大飢饉の犠牲者を祀っている。 この地では828人が亡くなったそうだ。
1809170951200118



閻魔さまに振られ閻魔さまと密会・・・・・・・・・・ 金蔵寺の閻魔さまには振られたので、すぐ近くの勝専寺の閻魔さまとないしょで会ってきた。、、、、浄土宗寺院の勝専寺は、三宮神山大鷲院と号し、文応元年(1260)に草創されたといわれている。 勝専寺の本尊:木造千手観音立像は千住の地名起源とされている。 寺の本堂は明治39年(1906)の建設でコンクリート造で化粧煉瓦で覆われている珍しい建物である。
1809171000470128
1809171004110132


・・・・・・・・・・ 山門脇の閻魔堂閻魔さまは住んでいる。 こちらの閻魔さまの御開帳は正月15・16日と7月15・16日である。 今日は、のぞき窓からパチリ撮影。
1809171007020139
1809171006280135



今日の散歩はココまで・・・・・・・・・・・・北千住駅から帰宅する
1809171013590141
1809171017440148

« 夏休みも終わり、再スタート | トップページ | 上って下って、また上って下る »

散歩」カテゴリの記事

足立区」カテゴリの記事

荒川区」カテゴリの記事