夕暮れの柳原
北千住駅から東武伊勢崎線堀切駅まで、9千歩の夕暮れ散歩
● 西は宿場町、東は下町・・・・・・・・・・ 北千住駅西口周辺は旧日光街道の宿場町で、昼から賑わう大きな街である。 西口と比べ東口駅前は足立学園(中・高校)の城下町であったが、数年前に東京電機大学ができ大学の城下町に変身した。 高校・大学以外には大きな施設もなく、下町の雰囲気がタップリ残るキャンパス城下町。
・・・・・・・・・・ 東口から真直ぐ伸びる「学園通り」 “学園”は「足立学園」(中・高校)を指す。、、、、、駅の東側に住む人にとっては、生活に密着した商店街で、お惣菜屋・肉屋・八百屋、いずれも買い物する人で賑わっている。、、、、駅から1km程先を荒川が流れ、商圏が限定されているためか、ドでかいスーパーは無い。
・・・・・・・・・・ 駅前の東京電機大学、、、、日本たばこ産業 (JT) 社宅跡地に平成24年(2012)に開設された千住キャンパス
● チョイト裏道を歩く・・・・・・・ 学園通りの北側(千住旭町)をブラリ! 『下町だ!』
・・・・・・・・・・ 裏道を歩いていると、雑草の中にコンクリート造の鳥居があり、奥には社がある。 三吉稲荷神社だ、天保年間(1830~1844)以前の創建らしい。、、、、、稲荷はゴミ集積場と化したのか?
● 小坊主のほうき地蔵さん・・・・・・・・ 千住駅前の学園通り東端の先に足立区柳原の町がある。 この町の東は荒川で、行き止まりの町である。、、、、、理性院は瑠璃山柳原寺といい、真言宗ですが“柳原”の名がついているように柳原村の唯一の寺院であった。 もともと村の北のはずれにあったそうだが、荒川放水路開削工事で当時の敷地は全て河川敷となり、現在地へ移転した。 この時、本堂は曳家で移転したそうだ。
・・・・・・・・・・ 境内に建てられたカワイらしい小坊主姿の「ほうき地蔵さん」、、、、、檀信徒の方が、母の菩提を弔うため平成13年(2001)に建立したそうだ。
● 下町の田園調布:柳原・・・・・・・・・ 柳原は昭和9年までは葛飾区に属し、葛飾区柳原町であった。 この年に、荒川放水路(現:荒川)ができ、飛地状態になり足立区に移管された。 また、地図を見ると解るが綺麗な半円状の町である。 下町の田園調布だ!
・・・・・・・・・・ まずは裏道へを歩く
・・・・・・・・・・ 柳原のメインストリート「千草通り」 人通りも少なく、両側の商店の7割程は廃業したようだ、復活するのは難しそうだ!
・・・・・・・・・・ 柳原の中央に位置する柳原稲荷神社。 神社は葛飾郡柳原村の鎮守として慶長11年(1606)創建とされる古社である。 寺は柳原寺の理性院、神社は柳原稲荷神社、両寺社で柳原村の崇敬を集めていた。 入母屋造りの小ぶりの拝殿は、親しみを感じる独特の風情がある。、、、、、本殿の右隣には、昭和8年(1933)に築かれた富士塚がある。 正面鳥居をくぐると一直線に石段が山頂へ通じている。
・・・・・・・・・・ 柳原の町を1丁目と2丁目に分ける道路。 両側にはお花見用の桜の大木が並ぶ。 この道路は、北千住駅南側の大踏切りから伸びてきて、柳原で荒川土手にぶつかる。
● 荒川土手に上がった・・・・・・・・ 京成本線荒川橋梁が見える、スカイツリーも見える。
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