二人連れの浅草
夕食前の散歩と買い物。 チョイト浅草へ、、、、
●かっぱの通り道・・・・・・・・・国際通りの東側は浅草六区・仲見世・浅草寺である。 私の散歩は、国際通り西側の八幡神社付近から。
・・・・・・・・・・・・まずは、西浅草2丁目の八幡神社。 神社は、江戸時代当地域にあった田島山誓願寺が宇佐八幡宮の御神霊分神を勧請して元禄13年(1700)創建された。 明治維新に際して浅草神社の兼務社となる。 昭和20年(1945)の空襲で被災し、昭和24年(1949)に再建した。 その後、昭和47年(1972)に鉄筋コンクリート造により現社殿が完成した。
・・・・・・・・・・・・・八幡神社近くの「かっぱ橋本通り」をチョイト歩く。、、、、「かっぱ橋道具街」に直交する商店街。 商店が多く並ぶが、“どぜう”の飯田屋はその中でもピカピカのピカイチ。 創業:明治36年(1903)の老舗。 お腹が鳴るね!
●カッポレ・カッポレ・そこどけ・カップル・・・・・・・・・・・浅草六区をぶらつき、木馬館を覗き、浅草寺へ向かう。、、、、祝日のせいかカップルが多い、羨ましいね!、、、、、大衆演劇の木馬館は御老人専門(?)
●収入が気になる寺、さぞ儲かっているでしょう!・・・・・・・・境内は、“満員御礼”の垂幕があってもよさそうな混み様。
・・・・・・・・・・・・・まずは、浅草寺本堂の左奥にある淡島堂に参る。、、、、元禄年間(1688~1704)に紀州加太の淡島明神を勧請して堂が建立された。 現在の淡島堂は、戦後、旧影向堂の仮本堂であった建物を移築・改修したもので、本尊は阿弥陀如来。、、、、、毎年2月8日には、淡島堂にて「針供養」が営まれる。 この日は、日頃使用して折れた針を柔らかい豆腐に刺して感謝の意を表すもので、多くのご婦人方で賑わうそうだ。、、、、注射針も焼き豆腐に刺して供養し、若い看護士さんで賑わうといいね! 見に来たい!
・・・・・・・・・・・・・淡島堂と本堂の間に橋本薬師堂がある。、、、、当初は観音堂の北方にあって北薬師と呼ばれた。慶安3年(1649)三代将軍徳川家光が観音堂の北西に再建し、堀に架かる橋の傍らにあったので、家光自身が橋本薬師堂と名付けた。平成6年(1994)現在の場所に移転、建物は桁行3間×梁間3間。 屋根は入母屋造瓦葺。外部はかなり改変され、前面にあった向拝は取り除かれているが、浅草寺境内に遺存する堂宇の内、浅草神社の社殿と同時代で二天門や影向堂脇の六角堂に次ぐ古建築である。 薬師如来座像を本尊とし他に前立ちの薬師如来と十二神将像が安置されている。、、、、扉は閉まり、中は見えない。
・・・・・・・・・・・・・さて、本堂に到着。 浅草寺本堂は本尊の聖観世音菩薩を奉安することにちなみ、観音堂とも呼ばれる。 旧本堂は国宝に指定されていたが、昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲により焼失した。 その後全国の信徒からの浄財により、昭和33年(1958)に今日の本堂が再建された。 本堂の設計は川崎大師、増上寺なども手掛けた大岡 實(1900~1987)、施工は清水建設。
・・・・・・・・・・・・・・本堂周辺もパチリ!
●皆さん幸せ!・・・・・・・・・・・おみくじ“吉”で喜び、“凶”で騒ぎ、どちらにしても今宵は泊まって二人は幸せ。 どうも羨ましいカップルばかり。
●日も落ち、男一人さみしく帰る・・・・・・・・・寒くなった、青森でも初雪が観測されたそうだ、風邪をひかないように、温かい缶コーヒーで飲みながら帰ることにした。