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2018年12月31日 (月)

大晦日の浅草寺

今年も平穏無事に過ごせた御礼に浅草寺にお参りしてきた。 チョイと待てよ! 本当に『平穏無事』で良かったのか? 浅草寺への道すがら、考えてみた。 正直な気持ちでは、『ジャンボに当たりたかった』、『白石麻衣の握手会に行きたかった』、『病院通いを減らしたかった』、などなど、いろいろ実現したかったこと、実行したくなかったことがあるある、考えるときりがない。、、、、、来年は多少変化の多い年にしよう! 初詣では、『ジャンボ、前後賞で1.5億円当選』、『白石麻衣のサインをゲット』、『通院している、眼科・整形外科・泌尿器科・心臓血管外科・循環器内科・歯科を半分に』、などなど、少々遠慮して、お願いすることにした。
 
 
 
●・・・・・・・・・・・大晦日の夕刻、お参りする人は少ないと思ったら、アリャ~! 何じゃコリャ~? 明らかに、去年より今年は、外人観光客の数は増えている、日本人はどこにいるのか、周囲は外人ばかりがゾロゾロ。、、、、、日本も観光立国になったようだ。 
 
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●・・・・・・・・・本堂の東南、仲見世の裏側に、弁天山と呼ばれる小高い丘がある。 ここには、弁天堂鐘楼が建っている。 弁天堂は今年の仕事納めを済ませ、家主の弁天様が江の島の実家に帰省したのか、扉は閉まり静かである。 弁天堂に祀られている弁天さまは、白髪のため「老女弁財天」と呼ばれているそうだ。 若いピチピチの弁天様なら拝観したいが、乳の垂れた老女なら遠慮する。、、、、弁天堂の前には、元禄5年(1692)第五代将軍徳川綱吉(1646~1709)の命により下総国関宿藩主牧野成貞が金200両を寄進、改鋳した梵鐘がある。 この鐘は、江戸時代の「時の鐘」の一つで、松尾芭蕉の句:「花の雲 鐘は上野か 浅草か」で有名な鐘である。 昭和20年(1945)の東京大空襲では、鐘楼は焼失し昭和25年(1950)に再建された、またこの時、鐘は幸いにも無事に残った。 鐘は、現在でも毎朝6時に役僧によってつき鳴らされる。 また、大みそかには、除夜の鐘として鳴らされる。、、、、、私が中学生の頃までは、約2km離れた浅草橋の我が家でもこの鐘の音が聞こえていたが、今は残念ながら、高層ビルも建ち聞こえない。
 
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