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2018年12月 7日 (金)

戦後の名橋、葛西橋

埼玉県から流れ下る荒川は、東京湾に出る河口付近では、右岸(西側)が江東区で、左岸(東側)は江戸川区である。 この両区を結び葛西橋が架かっている。 今日の散歩は葛西橋を歩いて渡ってみようと、江戸川区側の「葛西橋東詰」バス停からスタートし、橋を渡り、江東区東砂・南砂・北砂の裏道を歩き「北砂5丁目」バス停まで、1万歩の散歩です。
 
 
 
●アレ、誰も降りないの?・・・・・・・・・・・現在の葛西橋の東詰(江戸川区)めにバス停「葛西橋東詰」がある。 亀戸から朝の通勤客を乗せ、立ってる人もいるバスだが、この停留場で下車したのは私だけだった。 橋の際で、乗降する人の少ない停留場みたいだ、降りる時チョイト申し訳ない気がしたね!
 
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●55年経った戦後の名橋・・・・・・・・・葛西橋(かさいばし)は、西岸の江東区東砂と東岸の江戸川区西葛西を結んで、荒川と中川に架かる。 橋上には、「葛西橋通り」(都道475号)を通す。、、、、橋の工事は昭和34年(1959)に着工し、約3年数ヵ月要し、昭和38年(1963)に完成した。 全長727.4m、幅員15.0m、最大支間長142.0mの鋼カンチレバー吊補剛桁橋である。 チョイト見、清洲橋のような吊り橋に見えるが桁橋である。 下部工は鹿島建設、上部工は横河橋梁・他が施工を担当。 総事業費約19億円也。、、、、、竣工時は荒川の最下流に架かる橋で交通量も多かったが、現在は600m程下流に清砂大橋、さらに2.0km下流には湾岸道路の荒川河口橋が架かり、混雑が緩和している。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・葛西橋は、並行して流れる荒川と中川を連続して越える。 その両川を隔てる堤防上には首都高速中央環状線が走っている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・今朝は、うっすら靄(もや)がかかった曇り空。 橋上から眺める景色も、私の頭の中と同じで、ぼーっとしてスッキリしない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・葛西橋は現在の橋が完成する以前には、約300mほど上流側に架けられていた、「旧葛西橋 」である。 清洲橋通りが荒川にぶつかる延長線上に旧葛西橋があった。 現在は旧橋の姿はなく、河川敷に案内板がある。
 
 
 
●東砂の相撲部屋・・・・・・・・・・・・江東区東砂に“ふんどし姿”の力士を発見。、、、、平成27年(2015)に北の湖部屋を引き継いで誕生した山響部屋の前だ。 平成29年(2017)に部屋は、現在の東砂に移転したそうだ。 稽古に励んで面白い相撲を見せて欲しいね、期待します。 (力士の名前が判らずゴメンなさい)
 
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●富岡から富賀岡に、さらに富岡に!・・・・・・・・・・南砂7丁目に富賀岡八幡宮がある。、、、、横浜市金沢区富岡東に鎌倉時代の創建である富岡八幡宮がある。 これを勧請したのが南砂の元八幡と呼ばれる富賀岡八幡宮である。 さらにこれを勧請したのが、門前仲町駅の近くにある江戸最大の八幡様:富岡八幡宮だ。、、、、社殿は、幾多の水害、空襲などで大きな被害を受け、昭和36年(1961)に鉄筋コンクリート造で現社殿が再建された。
 
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・・・・・・・・・・・・・・本殿の後ろに、富賀岡八幡宮の富士塚がある。 江戸時代末の天保4年(1833)までに、富士講のひとつ山吉講によって作られた富士塚。
 
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・・・・・・・・・・・・・境内にある「砂村新左衛門顕彰碑」は、現在の南砂1丁目から7丁目までと東砂8丁目を含むほぼ全域の地を、湿原や洋上から、干拓と埋立てによって、万治2年(1659)、砂村新田に変えた福井県鯖江市出身の砂村新左衛門の遺徳を偲び、平成11年に建てられた。
 
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●全長約3.7kmの都内最大の親水公園・・・・・・・・・・・南砂5丁目の仙台堀川公園 を抜けて行く。、、、、、樹々は秋色に染まっていた。 既に、葉のない木もある。 
 
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●静かな裏道・・・・・・・・北砂6丁目の裏道に入る、生活の匂いはするが、人影はすくない。、、、、下町らしい、ざわつきが無く、チョイト期待ハズレの裏道。 
 
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・・・・・・・・・・・・北砂6丁目を抜けると、「北砂5丁目」のバス停があった。 散歩はココまで。
 
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