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2019年2月14日 (木)

梅屋敷がなくなった梅屋敷

立春も過ぎ、梅だよりも聞こえる時期になった。 今日の散歩は、“梅”に魅かれて、「梅屋敷」がなくなった「梅屋敷」に行ってきた。 京浜急行本線の梅屋敷駅で下車し、「梅屋敷跡」を歩き、大田区蒲田2丁目界隈をブラブラし、京浜東北線蒲田駅まで、1万1千歩の散歩です。
 
 
 
●広々とした明るい駅 ・・・・・・・・京浜急行電鉄本線で、京浜蒲田駅の一駅手前(品川寄り)にある梅屋敷駅。 駅の歴史は古く明治34年(1901)2月1日の開業である。 平成24年(2012)10月には、上下線の高架化工事が完了し、ホーム長113m(6両編成対応)の相対式ホーム2面の高架駅となった。、、、一日の乗降客も少なく(約1万5千人)、普通列車のみ停車する、のんびりした駅である。、、、、駅名は、近くにあった「梅屋敷」に因み命名。 
 
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・・・・・・・・・・・・・高架化工事中(2013年)の写真:地上ホームから高架ホームに変わり、高架下(地上)の線路は撤去された。 (現在の改札口前付近)
 
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●天皇も行幸した公園 ・・・・・・・・・・・梅屋敷駅から、駅の脇を通る第一京浜に出て、南に300m程歩くと「聖蹟蒲田梅屋敷公園」がある。 特別大きい公園ではないが、ここが駅名となった「梅屋敷」の跡地で、現在は区立公園として整備されている。 名にちなみ梅の木が、100株ほど植えられ、只今開花中!、、、、、文政年間(1818~1830)、大森付近で食あたりの常備薬「和中散」を商っていた忠左衛門の倅久三郎は、自宅の庭続きに、近在の梅樹を移植して梅林を作り、これが東海道の両側に面していたことから有名になり、休み茶屋も設けて旅人の便を図った。 そして、梅の名所として、「梅屋敷」と呼ばれるようになった。、、、、明治以降も、明治天皇や大正天皇の行幸・皇后の行啓などがあって梅の名所としては変わらず、京浜電鉄に「梅屋敷」という駅までできた。 しかし、その京浜電鉄の敷設や京浜国道の拡幅や、による地所の縮小などで、次第に往時の姿を失って行った。 昭和13年(1938)には、東京市に寄付され公園となり、戦後は区の小公園に転用された。、、、、明治天皇はことのほか当地の梅が好きだったようで、30年間に9回も行幸されたそうだ。
 
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●・・・・・・・・・・・・東に京浜急行と第一京浜、西は東邦医大通り、北は梅屋敷の商店街、南は呑川に囲まれた、大田区蒲田2丁目をブラブラ。
 
・・・・・・・・・・・・梅屋敷公園の西側、京浜急行の高架橋の西側に小さな神社「椿神社」がある。、、、、、創祀は不祥。 百日咳の治癒に神験新たかな神社として、古くから地元で祀られてきた。 祭神の猿田彦神は「道案内の神」であり、道祖神と習合して村の境を守る“関の神”となったことから、転じて“咳の神”として信仰されるようになったそうだ。(ひどい駄ジャレだ!) この地域には、風邪を引き咳が出るとか、喉の病気に罹ると、この神社の境内の小堂に掛かっている麻糸を首に巻き、治ると麻紐を倍にして額堂に奉納して感謝する。 また足の病気には草鞋を奉納したりして平癒を祈願することが行われてきた。、、、、、足の水虫にも治るのか? 試してみるか?
 
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・・・・・・・・・・・・・椿神社から西へ150m程、日蓮宗の寺院、性光山円頓寺がある。、、、後北条氏の有力家臣で、六郷領の代官的存在の行方家累代の館跡だった。天正18年(1590)秀吉の小田原攻めで時の当主弾正直清が討死、その弟で出家して池上大坊本行寺の住持だった日芸上人が、文禄元年(1592)直清とその一族の菩提を弔うため、ここに一寺を開創した。、、、、住職は、今朝(袈裟)は寒いので、褞袍を掛けてお休みか? 山門は閉じられ境内には入れず。
 
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・・・・・・・・・・・・・円頓寺の100m程西側には薭田神社(ひえだじんじゃ)がある。、、、、薭田神社は、延喜式内の古社である。 和銅2年(709)僧行基が天照、八幡、春日の三神体を造り、薭田神社を創建、後日蓮上人が開眼したと伝えられている。 昔から栄林寺が別当寺であった。 明治維新後分離、郷社に列格した。、、、神社正面の石鳥居は、寛政12年(1800)に北蒲田村の氏子により寄進されたもの。
 
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・・・・・・・・・・・・・薭田神社の北側には、別当であった栄林寺があるが、こちらも寒さのせいか? 山門は閉じられていた。、、、日蓮宗寺院の栄林寺は、千如院日好(寛永3年(1626)寂)が開山した。
 
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・・・・・・・・・・・・・裏道を歩き、区営住宅らしき集合住宅で見つけた座りにくい「どうぞのいす」。、、、、コンクリート製で背もたれと座面が直角。 痔持ちの人には向かない椅子、冷え性の人にも無理かな、身体の大きな人は座面が浅く座りにくいね。 利用者は誰? せっかく作ったのだから、利用しやすい椅子にして。 
 
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・・・・・・・・・・・・・オヤ、また、寺がある。 寺社の多い町だ!、、、、日蓮宗寺院の宝光山妙典寺。 永徳元年(1381)、天台宗妙田寺として創建した。 池上本門寺の上人が、日蓮宗に改宗の上、妙典寺として改号しました。、、、、ここは山門が開いていた。
 
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●元気な商店街 ・・・・・・・・・・・・・蒲田2丁目の寺社巡りしてしまい、再び梅屋敷駅前に出てきた。 駅前を東西に伸びる「梅屋敷 梅交会商店街」(ぷらもーる梅屋敷)を歩き、蒲田駅に向かう。、、、、、全長555m、約140余店を有する元気な商店街。
 
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●チョイト疲れた! ・・・・・・・・この先、蒲田1丁目(ブログは省略)を歩き、蒲田駅に出て帰る。
 
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