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2019年6月26日 (水)

井の頭線 (浜田山~明大前)

井の頭線沿いの散歩も三日目。 今日は浜田山駅から明大前駅まで歩いてきた。 途中大圓寺に寄り道し、1万4千歩の散歩です。




●乗客の質が違うのか? ・・・・・・浜田山駅の出入口は一か所のみ。 電車が到着すると、通勤・通学客で混雑する。 乗る人、降りる人、どちらも、私の住む浅草橋駅(台東区)とはチョイト違うようだ、気のせいか、上品な人が多いように感じる。 “おばちゃん”、“おじちゃん”と呼ぶような人が少ないね!

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●山を見に行く! ・・・・・・地名「浜田山」なる“山”はどこだ?、、、、探してみましたが“山”らしき所はありません。 答えは、江戸時代、内藤新宿の商人:浜田屋が所有する林が近く(現:杉並区浜田山4付近)にあった。 この林の中には、浜田屋の墓地もあり、彼岸の時期などには浜田屋の人が墓参に詣で、その折には村人に銭・菓子が配られ賑わったそうだ。 そこで、村人はこの林を「浜田屋の山」と呼び、「浜田山」となった。 “林”を“山”と呼んだのだ。、、、、現在は林もなく、墓は永福にある理性寺の境内に移された。 
・・・・・・・・・・・・・・浜田山駅から、駅前の商店街、鎌倉街道のホンの一部を歩き、井の頭通りに出る。 浜田山4丁目、井の頭通りに面し「杉並南郵便局」がある。 この郵便局の付近に浜田屋の林があったと云われている。  

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・・・・・・・・・・・・・・井の頭通りから、井の頭線沿いの道に戻り、隣り駅「西永福」に向かう。 線路脇のアジサイは、そろそろ色も茶色に変わり、今年はお終い。

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●モダンな駅だ! ・・・・・・西永福駅は昭和8年(1933)8月1日、帝都電鉄の駅として開業。 島式ホーム1面2線を有する地上駅。、、、、平成20年(2008)に橋上駅舎化工事も完了し、小さいながらも、ユニバーサルデザインによるモダンな駅となった。  

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●隣り駅まで700m ・・・・・・・・西永福駅から隣の永福町駅までは700mしか離れていない。 西永福駅から線路沿いに駐輪場があるが、いずれいつの日か永福町駅まで繋がりそうだ! 駐輪場が切れると、かつての永福町検車区跡が見える。 検車区は昭和41年(1966)に廃止となり、現在は京王バスの営業所として利用されている。

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●またまたモダンな駅 ・・・・・・永福町駅も昭和8年(1933)8月1日の開業。 島式ホーム2面4線の地上駅。 平成22年(2010)より、それまでの地下駅舎に代わって橋上駅舎の供用を開始し、駅ビルも出来、これまたモダンな駅に変身した。、、、、エスカレーターのない総武線浅草橋駅を日々利用する私にとっては、エスカレーターのある駅は羨ましいかぎり。 年寄りには階段はキツイ!、、、、永福町という名の由来は、永福町駅の南400mにある、大永2年(1522)開創の古刹曹洞宗永福寺による。 

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●葵と丸に十 ・・・・・・永福町駅から北へ歩き、杉並区和泉3の薩摩島津家の江戸菩提寺:大圓寺(だいえんじ)に寄った。、、、、曹洞宗寺院の大圓寺は、泉谷山と号し、本尊は釈迦如来坐像。 大圓寺は、慶長8年(1603)江戸赤坂溜池の辺りに徳川家康が開基となって創建した。 寛永18年(1641)伊皿子(港区三田高輪辺)へ移転。 島津家の江戸菩提寺となり、明治維新後、寺院の発展を計り明治41年(1908)当地へ移転した。、、、、山門には葵の紋、本堂には葵の紋と丸に十の字。 ナットク!、、、、大きな寺ではないが、閑静な趣きのある寺である。 墓地には西郷隆盛の娘の墓もあるそうだが、どれもこれも古い墓で、どれがどれやら、サッパリ判らん!

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・・・・・・・・・・・・・・境内には、石像の仁王尊や寛永2年(1625)芝浦の海中から出現したといわれる潮見地蔵尊石像、また島津家の宝篋印塔・六地蔵尊があり、墓地には益満休之助他75名が刻されている「明治元年戊辰の役戦死者の墓」などがある。

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●2社1寺 ・・・・・・大圓寺から井の頭線に戻るついでに、和泉3丁目の2社1寺も訪ねてみた。

・・・・・・・・・・・・・・和泉熊野神社は、文永4年(1267)の創建と伝えられ、江戸期には別当龍光寺で和泉村の鎮守。

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・・・・・・・・・・・・・・和泉貴船神社は、和泉熊野神社の境外末社。 和泉貴船神社は、文永年間(1264~1275)に創建されたと伝えられている。 当社境内にある”御手洗の小池”はいかなる時でも涸れることがなかった湧水で、地名和泉の発祥地と云われている。

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・・・・・・・・・・・・・・真言宗室生寺派寺院の龍光寺は、泉涌山医王院と号す。 龍光寺は承安2年(1172)開創。 もと和泉熊野神社・貴船神社の別当であった。、、、、住宅街のなかに佇む、緑豊かな寺。 紅葉の時期には、綺麗な境内を見ることができるそうだ。 人も少なそうなので穴場かも?

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●・・・・・・・・・・・・・・井の頭線は、明治大学和泉キャンパス脇の切通しを走り、甲州街道の下を抜けて、明大前駅に向かう。

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・・・・・・・・・・・・・・明治大学の正門前を玉川上水が流れ、井の頭線はその下を抜ける。 そのため、江戸時代に造られた玉川上水を導水管で流し、人道橋も併設した「井の頭線玉川上水橋」が造られた。 ここには4本の線路が敷設できるように設計されていたが、2本は未使用のままだ。 この未使用の部分が、幻の鉄道である「東京山手急行電鉄」の遺構である。

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●チョイト狭いね! ・・・・・・明大前駅は、京王線、井の頭線の接続駅で、両線は当駅で立体交差している。 京王線・井の頭線ともに相対式ホーム2面2線を有し、2階が京王線ホーム、1階が改札口、地下1階が井の頭線ホームの3層構造である。、、、、明大前駅は、大正2年(1913)4月15日、京王電気軌道(現:京王線)の火薬庫前駅として開業した。 その後、昭和8年(1933)8月1日に帝都電鉄(現:井の頭線)の西松原駅として開業。 昭和10年(1935)には明大前駅に改称した。、、、、乗降客の増加で、駅全体に手狭感がある。

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