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2021年2月25日 (木)

ラブホテル街の神社

我が居住地の台東区役所へ所用で行かねばならず、今日の散歩は浅草橋の我が家から、上野駅前の区役所に寄って、鶯谷を通り日暮里駅まで歩いてきた。 1万1千歩


● 我が家(浅草橋)から、上野の台東区役所まで、気温3度の早朝の町を歩いて行く・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・JR浅草橋駅の北側で生まれ育って75年、いつの間にか周囲にはマンションが並び、知らない人が増えてきた。

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・・・・・・・・・・・・浅草橋5丁目に「都立忍岡高等学校」がある。 明治36年(1903)に、私立日本女子美術学校として芝公園に開校し、その後、本郷千駄木に移り、東京市立第一女子技芸学校となる。 大正時代には池之端に移転。 昭和15年に、現在地に移転。 戦後は都立忍岡高等学校となる。、、、、南隣りの我が母校である「旧柳北小学校」(平成13年閉校)と共に、かつて平戸藩松浦氏の屋敷跡で、約2,600坪の蓬莱園と称する庭園があった。 庭園は関東大震災で壊滅したそうだ。 当時を偲ぶものは、校庭の大イチョウの木だけ、校舎の西隅に蓬莱園跡の石碑がある。

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・・・・・・・・・・・・蔵前橋通りを横切って、鳥越の町に入り「おかず横丁」を抜ける。 おかず横丁は、鳥越1丁目にある商店街の通称。 長さは200m程で、惣菜店、日用品などの店舗が並んでいる。 周辺は、戦前から家内制手工業が集積する軽工業の町であったため、多くの女性も働いていたことから、必然的に総菜類を提供する店舗が並ぶ商店街となった。 今では、半数近くの店舗はシャッターを下ろしたようだ。、、、、今朝は、可燃ゴミの収集日、店の前にはゴミ袋が並ぶ。

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・・・・・・・・・・・・おかず横丁を抜けると、台東区台東3丁目・4丁目には、「佐竹商店街」が続く。 清洲橋通りと春日通りを結ぶ全長330mの全蓋式アーケードの商店街で日本で二番目に古い商店街といわれている。 明治の初年に秋田藩(藩主:佐竹氏)の屋敷跡に見せ物小屋、寄席、飲食の屋台等が並び、盛り場として賑わい、下町情緒豊かな商店街として発展した。、、、、朝8時、まだ商店街は寝ている。

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・・・・・・・・・・・・東上野4丁目、浅草通りに面して洋風建築の「比留間歯科醫院」がある。 昭和4年(1929)に建てられた木造3階建ての可愛らしい歯科医院。 空襲の戦火に巻き込まれずに残った建物。 よくぞ残った!

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● 昭和通りを挟み上野駅の正面裏に「台東区役所庁舎」がある。 久米設計の設計により、昭和48年(1973)に竣工した建物。 今年で築48年になる。 数年前に大規模な改修工事が行われ、まだしばらく利用するようだ。 建て替えの話はまだ出ていない!、、、、庁舎の建っているこの地は、かつて臨済宗紫野大徳寺末の円満山〝びっくり下谷の広徳寺〟のあったところだ。 関東大震災で寺域を縮小し、戦後に柳生宗矩・三厳(十兵衛)・宗冬3代、立花宗茂の墓とともに、広徳寺は練馬区桜台へ移転した。

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● 区役所庁舎の北側に「旧下谷小学校」の校舎が残っている。、、、、旧下谷小学校校舎は、関東大震災後の昭和3年(1928)に復興小学校の一つとして安藤組(現:安藤ハザマ)の施工で竣工した。 鉄筋コンクリート造3階建て。 この地も広徳寺の跡地である。、、、、下谷小学校は明治19年(1886)創立。 平成2(1990)年4月に清島小学校と合併して上野小学校となり閉校。、、、、ツタに覆われた校舎は区で(倉庫として?)使用しているようだ!

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● 上野から鶯谷へ・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・上野駅には出入口が多いが、一番北側のマイナーな出入口が「入谷口」であろう!、、、、ここから入って山手線のホームまでは、構内をタップリ歩かされて10分ぐらい要するかも? 疲れる駅だ!

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・・・・・・・・・・・・上野駅入谷口の正面に、鉄道オタクにはピンとくる日本最古の鉄道学校「岩倉高等学校」がある。、、、、「岩倉」の校名は、鉄道創設に貢献した岩倉具視に因んだもので、学校の校章は岩倉家の家紋「笹竜胆」と鉄道のレールを組み合わせたデザインである。、、、、平成26年(2014)から、男女共学となり、鉄道の営業・技術を教える運輸科と普通科の2科となった。 女性運転士・車掌の時代に対応したのかも?

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・・・・・・・・・・・・上野郵便局前から、常磐線の線路沿いに狭い道を入っていく、、、、、「新坂跨線橋」という、鶯谷駅南口へ向かう跨線橋の下をくぐり鶯谷駅北口を目指す、、、、、しばらく、ラブホテル街が続き、すれ違う人は皆、下を向いて足早に消える、、、、、鶯谷駅北口前の元三島神社に寄って行くことにした。(ハンチングにマスクした私が、カメラを持ってこんな処を歩いてると、何だか怪しい人物と思われているかも?)

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・・・・・・・・・・・・ラブホテル街のド真ん中にある「元三島神社」、、、、元三島神社の社殿はコンクリート造の人口地盤の上に建てられ、一階は居酒屋だ。、、、、境内の由緒書によると、『当社はご祭神は大山祇命、伊佐那岐命を頂き、和足彦命、身島姫命、上津姫命、下津姫命を配祀申すものである。 例大祭はご祭神勧請の時にちなみ5月14、15日とする。 元三島神社は円融天皇御代日本総鎮守の称号を賜って名高い愛媛大三島の元国幣大社大山祇神社を御本社頂くものである。 当社由来の源は弘安4年の役の勇将河野道有大山祇神社に必勝祈願し出陣したる処神恩加護の下武功赫々として帰陣したところ夢中に神のお告げを得て大山祇大明神を武蔵国豊島郡に勧請の願を発し上野山内に分霊を鎮座申上げた事に始まったと伝えられる。』、、、、境内の河津桜が見事に開花し、参拝客がカメラに収めていた。

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● 元三島神社をあとにして日暮里駅に向かうと、台東区根岸2丁目に民家と間違えるような寺院「根岸薬師寺」がある。、、、、根岸薬師寺の近辺にはかつて御隠殿址があり、輪王寺宮一品法親王が、公務外時の休息の場として利用する、輪王宮の別邸「御隠殿」があったと云われてる。 輪王寺宮一品法親王は、天台座主に就き、東叡山・日光山・比叡山の、各山主を兼帯したので「三山管領主」とも呼ばれ、第3世から幕末の第15世まで、親王あるいは天皇の猶子(養子)を迎え継承されてきた。 つまりは、天台宗のトップの別邸があった処。、、、、今の世なら、上野の歓楽街、鶯谷のラブホテル街にも近く、絶好の場所だ!

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● 薬師寺から日暮里駅まで歩き、電車で帰宅、、、、、家に着いたら、『うがい・手洗い』忘れずに!

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