三色の桃の花
北総線の矢切駅から、「じゅん采池緑地」の北東側の中国分の町を歩き下総国分寺へ、さらに京成本線の市川真間駅まで、1万3千歩の散歩です。
● 江戸川を越えて、矢切の渡しで有名な矢切駅から歩くことにした。 矢切駅は北総線では唯一の地下駅。 上下線に待避線のある2面4線の地下ホームは、人影は少ない(一日平均乗降客数は約8000人)
・・・・・・・・・・・・まず、駅の東側にある「国際医療福祉大学 市川病院」の方へ歩く。 国際医療福祉大学市川病院のある敷地には、戦前から「化学療法研究所附属病院」(通称:化研病院)があった。 化研病院は、昭和14年(1939)、当時国民病といわれた結核の化学療法研究を目的に設立さた。 その社会的重要性から三井財閥の支援を受ける一方、明治天皇ゆかりの「恩賜館」を宮内省(当時)より下賜されるほど、結核の治療において多大なる貢献を果たしてきた。 戦後は結核患者減少に伴い一般病棟を建設し、地域の病院としても貢献してきた。 平成19年(2007)には、モダンな現在の国際医療福祉大学市川病院が建てられ、より広い医療領域で貢献している。
・・・・・・・・・・・・・・国際医療福祉大学市川病院の敷地を回るように北へ歩くと、松戸市と市川市の市界の路傍に庚申塔(市川市国府台)がある。、、、、青面金剛像と三猿の組み合わせの庚申塔の、右側面には「右 市川道」「元文三戌午天(1738年)」と刻まれ、道標の役割も果たしている。 左側面は、何やら刻まれているようだが、私には判読できない。、、、、約300年、この地の歴史を見てきた庚申塔だ!
・・・・・・・・・・・・庚申塔の脇をチョイト歩くと、市川病院の駐車場に向かい裏道がある。 その裏道の写真を見ると、中央奥に病院の建物が見え、左手前の住宅の後ろから道路を横切るように、草が生えた法面がある。 見えないけれど、この地下に北総線が走っているのだ!
・・・・・・・・・・・・再び、病院の周囲を歩き、北側から東側に廻ると、国府台6丁目、北国分1丁目の町に入る。 この辺りは、北総台地の面影を残しているのか、住宅地はアップ・ダウンがキツイく、所々には雑木林の名残がある。
・・・・・・・・・・・・中国分5丁目で、アレ? 一本の木に紅白の花、いやいやよく見ると赤・ピンク・白の三色だ! 『 サクラのようで サクラでない ウメのようで ウメでない それは何かと尋ねたら ゲンペイシダレモモ 源平枝垂れ桃 』 綺麗だ!お見事!
・・・・・・・・・・・・【連想】梅・桜・桃の三つ揃うと思い出す都都逸の名作(?)、、、、『梅もきらいよ 桜もいやよ ももとももとの間(あい)が良い』 私も若い頃はモモが好きだった、年老いた今は・・・・・
・・・・・・・・・・・・中国分の町は綺麗で静かな住宅地である。 豪邸、屋敷と呼ぶような建物は無く、どの家も戦後の中産階級の住宅であるが、小さな庭のあるモダンなデザインの建物。
・・・・・・・・・・・・中国分の住宅地を抜けると、「和洋国府台女子中学校」の前に出た。 校門前には守衛さんがいる、女学生狙いの変質者と間違えられるとヤバイので、チョイト、守衛さんを外してパチリ!
● 国分の台地の南端から眺める市川市。 右端に市川駅前のタワマン、左端に本八幡駅前のタワマン。 180度、視界良好!