給水塔のある町
今日は、細心の熱中症対策を講じて、『安心・安全・安直な散歩』
東京メトロ有楽町線「千川駅」から、板橋区大谷口を抜け、東武東上線「大山駅」をとおり、都営三田線の「板橋区役所前駅」まで、1万1千歩の散歩です。
● 浅草橋からJRで飯田橋へ、有楽町線に乗り換えて「千川駅」へ約30分で到着。 今日は4連休の初日なのだが、頭の中は『今日は何の日?』 今日が『海の日』だって、知らなかった! だから、電車がすいていた。、、、、地上に出ると『今日も暑そうだ!』 早速、熱中症対策で、スポーツドリンクの購入、体温調節で頭と首を濡らす、ついでにボケ防止で妻の誕生日を思い出す(忘れていたら殺される!)
● 千川駅は豊島区だが、駅出口から300m程北に歩くと「板橋区大谷口」の町だ。 「大谷口(おおやぐち)」とは珍しい地名、石神井川の地形に由来するらしいが、命名の経緯はさっぱり判らん!、、、、町の中央を南北に都道420号線が通る、静かな普通の町。、、、、私は2丁目の裏道を歩いてみた。
・・・・・・・・・・・・屋根の向こうに「大谷口の給水所」が見える! そうだ、チョイト見に行こう!
・・・・・・・・・・・・給水塔の方に向かうと、道を挟んで台座が庚申塔になっている地蔵尊と庚申塔2基がある。 北側に西光寺という寺があり、西光寺参道というべきところにある。、、、、左右に庚申塔を配し、道路正面には西光寺の山門と本堂の屋根が見える。 なぜか懐かしい風景に思える。
・・・・・・・・・・・・ここまできたら、「西光寺」に寄っていこう!、、、、観世音菩薩を本尊とする、真言宗豊山派の西光寺。 宝樹山盛徳院と称する。 古くからこの地にあった一観音堂に大野清右衛門が田畑を寄進し、堂宇を建設したことから始まるという。 開山は1640年代(江戸時代初期)と思われる。 明治3年(1870)、住職広沢賢隆は、境内に一棟を建てて寺子屋を開設し、同9年に上板橋学校が開設されるまで近所の子供に教育をおこなった。、、、、時間を止めたような佇まいの寺。 境内には爽やかな風が吹いている。
● 西光寺の東側、都道420号線に面して「大谷口給水所」がある。、、、、板橋区大谷口1丁目には、大谷口給水塔が建てられていたが、老朽化により平成17年(2005)に取り壊された。 その給水塔の跡地には、給水塔のデザインを模した大谷口給水所が平成23年(2011)に建てられ、板橋区・豊島区などの12万人に、ポンプ圧送による給水が行われている。 建物は地上5階、地下2階、高さ33mで、地下に給水池が造られている。
・・・・・・・・・・・・平成17年(2005)に取り壊された「大谷口給水塔」は、東京帝大教授:中島鋭治博士により設計された、高さ33m、鉄筋コンクリート造で、昭和6年(1931)に完成した。 地域のシンボル的な建物であった。(写真は当時の給水塔)
● 都道は川越街道(国道254号)にぶつかる。 川越街道を横断すると、アーケードのある商店街「ハッピーロード大山」を歩き、東武東上線大山駅に出る。 元気な商店街だ!
● ハッピーロード大山商店街の東端に「大山駅」がある。 昭和6年(1931)8月25日に開業。 相対式2面2線の地上駅。、、、、地元密着型の商店街と駅、下町の雰囲気漂い、ピッタシ相性が良さそうだ!
● 大山駅から帰ろうかと思ったが時刻はまだ9時半、『もう少し歩こう!』と思う。 線路を越えて大山駅の東側に続く「遊座大山」商店街を抜け、山手通り(国道317号)に出る。、、、、こちらの商店街も元気そうだ!
● 山手通りに面し板橋区役所があり、庁舎前は都営三田線の「板橋区役所前駅」、、、、地下1階に相対式ホーム2面2線の小さな地下駅。 方面別に改札があり、方面を間違えて地下に潜ると、地下2階の連絡通路を利用することになり、年寄りには階段の上り下りが辛い駅だ!
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