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2021年10月 9日 (土)

復興小学校

23区で面積が最も大きいのは大田区の60.42㎢、最も小さいのは台東区の10.08㎢。 大田区は台東区の6倍の広さである。 今日は、その小さな区の南端の町浅草橋から、北端の町三ノ輪(地下鉄日比谷線三ノ輪駅)まで歩いてきた。 端から端まで直線でおよそ4kmの距離。 行ったり来たり、右へ左へ、ブラブラと、歩いた歩数は1万4千歩。




● コミュニティバスの始発もまだ運行していない朝7時、散歩に我が家を出る。 今日は北に向かって気ままに歩くことにした。

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● 我が家を出て北に向かうと、徒歩3分で、否が応でも蔵前橋通りに面した「鳥越神社」に出る。 チョイト、散歩前の御挨拶をしていくことにした。、、、、鳥居脇の神社名を記した石柱を見て、大発見! この神社名の石柱は、かつての文部大臣(その後第52・53・54代内閣総理大臣 )鳩山一郎の書で、昭和7年(1932)に建てられたことは、かなり以前から知っていた。 今日は何気なしに裏面を見てみた、この石柱を奉建したのは、近隣6校の尋常小学校の職員・生徒だった。、、、、調べてみると6校は氏子域内の小学校で、育英尋常小学校(浅草区猿屋町、明治32年)、柳北尋常小学校(浅草区向柳原町、明治9年)、新堀尋常小学校(浅草区北三筋町、明治34年)、小島尋常小学校(浅草区小島町、明治41年)、精華尋常小学校(浅草区北富坂町、明治7年)、練塀尋常小学校(下谷区二長町、明治11年) (  )内は昭和初期の所在地と創立年。、、、、なんと“ビックリ、驚き、徳利でヒャックリ”、6校全て明治期の創立である。 さらに、大正12年(1923)の関東大震災で校舎は被災し、6校全て昭和5年(1930)までに鉄筋コンクリート造の「震災復興小学校」として再建されたのだ。 復興後の校舎で建物が現存するのは、小島尋常小学校柳北尋常小学校。 また、育英尋常小学校と柳北尋常小学校と新堀尋常小学校は現在の台東育英小学校(台東区浅草橋2)に統合された。 小島尋常小学校と精華尋常小学校は蔵前小学校(台東区蔵前4)として統合。 残る練塀尋常小学校は御徒町小学校、竹町小学校と統合し平成小学校(台東区台東4)となる。 氏子域内に残ったのは、台東育英小学校と蔵前小学校の2校のみで、児童の数はおそらく昭和初期の2/6以下であろう。 23区で最も狭い台東区だが、戦前の人口は浅草区+下谷区で40万人を抱える人口No.1の区であった。

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● 復興小学校の一つ「小島小学校」の建物が現存する。、、、、明治41年6月に創立した小島小学校は、大正12年(1923)の関東大震災で総崩れした東京の建物を堅牢にすべく、鉄筋コンクリート造で建てられた円柱状の特徴的なデザインの震災復興小学校である。 竣工は昭和3年(1928)8月27日、外観の上部の縁取りや塔部分のアール、室内のアール面の多用など、全体的にアールデコの影響が感じられる建物、、、、、現在、小学校は閉校し、建物玄関にはTaito Designers Villageと書かれている。 創造的活動を行っている企業が入居したコミュニティと思われる。 校庭も駐車場に変わり、チョイト悲しいね!

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● 旧小島小学校西側に「如意輪観音」が祀られている。 かつて、この界隈に祀られていた石仏をここに集めたものかもしれないが、花が供えられ、線香・蝋燭が立てられ、水で清められ、ご近所に大切にお世話する人がいるようだ。、、、、しっかりと手を合わせてきた!

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● 地下鉄銀座線の中では、最も乗降客の少ない駅が「稲荷町駅」、一日の乗降客数は2万人に満たない。、、、、地上出口(もしかしたら入口かも?)はレトロなデザインで、昭和2年(1927)12月30日開業時のままらしい。、、、、方向別の出入口なので、浅草行きのホームから渋谷行きに乗ることはできない、逆も同じ。、、、、駅名の「稲荷町」は、駅開設当時の地名:下谷区南稲荷町に由来する。 その南稲荷町の“稲荷”は下谷神社に由来する。 つまり、この付近一帯は下谷神社の“縄張り”

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・・・・・・・・・・・・稲荷町駅の南側(台東区東上野3)に下谷神社がある。、、、、古くは下谷稲荷社、下谷稲荷明神社と呼ばれた都内最古の稲荷神社。 例大祭で近隣町内を渡御する本社神輿は台輪幅4尺1寸の千貫神輿といわれている。 毎年6月頃から、神田明神・下谷神社・鳥越神社・浅草神社(三社さま)と、大きな神輿の祭りが続く。

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・・・・・・・・・・・・下谷神社の地元で、最寄り駅は稲荷町、というわけでも無いのだろうが、この辺りは、お稲荷さんを祀る処が多い。 その一つ、下谷神社の南側に「地護稲荷神社」がある。、、、、訳の判らん由緒書きがあった、私の頭の中で・?・・?・・?

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● 国道4号(=日光街道、昭和通り)と言問通りが交差する入谷交差点にある、朝顔市で有名な入谷鬼子母神にお立ち寄り。、、、、鬼子母神は、法華宗本門流の仏立山真源寺のこと。 真源寺は、光長寺第20世高運院日融上人が開山となり、万治2年(1659)に創建した。、、、、太田蜀山人の狂歌の中で、『恐れ入谷の鬼子母神、びっくり下谷の広徳寺、そうで有馬の水天宮、志やれの内のお祖師様、嘘を築地のご門跡』と洒落ているのは有名だ!

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・・・・・・・・・・・・鬼子母神参りは適当に済ませ、隣の「旧 台東区立坂本小学校」へ寄る。 ここも、復興小学校の一つで、大正15年(1926)に竣工した。 当時の校名は「入谷尋常小学校」。 今日は校庭開放日(?)、中をチョイト拝見!

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● 下谷の2社1寺、法昌寺、小野照崎神社、三島神社に参る。(こちらを見て!)

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● 昭和通りと明治通りが交差する「大関横丁交差点」に到着。 交差点の地下は東京メトロ日比谷線「三ノ輪駅」、、、、今日の散歩はココまで!

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