« 寺のない墓地 | トップページ | 夢見る白蛇 »

2021年11月28日 (日)

入三通り

平和島駅からどちらに歩こうか? 地図を見てると、駅の北側から西に向かって「入三通り(いりさんとおり)」という道がある。 その道を道なりに西へ向かうと、東海道本線を越えて、大田区山王の善慶寺にぶつかる。 何やら超長い参道のような感じがするので、『決めた、この道を歩いてみよう!』

・・・・・ということで、今日の散歩は平和島駅から、入三通りを通り抜けて、善慶寺に参り、その後は山王3丁目を抜けて大森駅までの1万歩の歩きです。




● 日曜の朝、チョイ寒の「平和島駅」で下車する。、、、、寒い日は、コロナ予防のマスクが、北風除けとなり防寒に役立つ、重宝するね!

2111280731220

2111280735430

2111280735490




● 平和島駅の北側、第一京浜(=国道15号)に面して「大森神社」(大田区大森北6)が鎮座する。 祭神の久久能智命(くくのちのみこと)は関東圏では珍しい木の神である。 チョックラ、手を合わせて行く!、、、、天正年間の創建と伝えられている。 当時この辺りは海辺であり、里人達は漁業をもって生活をしていた。 ある時黄金色に輝く像が岸辺に流れつき里人達は畏れて沖へ流すこと三度に及んだが元の場所に寄り来たるので社を建てて、この像を祀ったのが当社の起源といわれている。 そのため、この社を寄来神社と称したそうだ。 昭和7年に大森神社と改称した。 社殿は東京大空襲で焼失し、昭和38年(1963)に再建した。

2111280748190

2111280748520




● 平和島駅から北へ約350m、第一京浜の大森スポーツセンター前交差点が「入三通り」の東端である。 入三通りの西端はJR東海道本線を越える山谷道踏切と思われる。 そして、入三通りは東端から西端までが現在の大田区大森北に属する。 その“大森北”の町は、昭和39年住居表示以前の“入新井”と“新井宿”の町を合わせたものである。 私の推定では、“入三”とは“入新井三丁目”の略称と思われる。、、、、今日は、東端の大森スポーツセンター前交差点から、西端のJR東海道線本線の山谷道踏切まで、入三通りをぶっ通して歩いてみた。

・・・・・・・・・・・・入三通りの東端:第一京浜の大森スポーツセンター前交差点。、、、、2枚目の写真の中央の狭い通りが「入三通り」

2111280755060

2111280754320



・・・・・・・・・・・・入三通りは京浜急行本線のガードを抜ける、、、、人も車も写らない、交通量の少ない(?)道幅の狭い通り

2111280756340


・・・・・・・・・・・・入三通り沿いに祀られている穀豊稲荷神社。 町会会館と併設され、綺麗な社となった稲荷。、、、、町会の名は「入新井二丁目北町会

2111280800190



・・・・・・・・・・・・入三通りに面する「入新井第五小学校」、、、、地名では無くなった“入新井”だが、校名で残っていた。

2111280807470



・・・・・・・・・・・・『ありました! “
銀座”です!』 ウインドショッピングしたくともウインドのない「入三銀座商店街

2111280810550

2111280812070

2111280813510



・・・・・・・・・・・・入三通りは幹線道路の「沢田通り」を横切りさらに西へ伸びる。、、、、入三銀座商店街はココまで!、、、、この交差点名は「入三通り入口」 交差点の東西両側に“入三”の商店街がある、この“入口”はどちらの商店街の入口だ!

2111280818360


・・・・・・・・・・・・沢田通りを越えると、「入三商店街」となる。 “銀座”が無くなった! ショッピングする店舗も無い!

2111280818550

2111280819370



・・・・・・・・・・・・入三通りの西端と思われるJR東海道本線の山谷道踏切。、、、、入三商店街はココまで! 入三通りと称するのもココまでか?

2111280829380

2111280832011



・・・・・・・・・・・・入三通りの先は無名の通りで、大森郵便局の脇で池上通りに出る。、、、、平和島からココまで、ほぼ西に向かって道なりに一直線! 

2111280836180

2111280838530




● 大森郵便局前に「新井宿義民六人衆霊場参道」と書かれた灯篭に迎えられ、善慶寺山門に向かう通りが続く。

2111280840180

2111280856550



・・・・・・・・・・・・日蓮宗寺院の「善慶寺」は、法光山と号し、天正年間(1573~1592)に開創した。 正応4年(1291)、当地の増田三郎右衛門が善慶寺を創建、以来身延山末であったが、12世日好の代に品川本光寺末となった。 現本堂は昭和5年(1930)に建立された。、、、、都内では珍しく寺にはほたるが自生しているとのこと、一般公開もしているらしい。 境内は綺麗に手入れされている。

2111280858130

2111280901100



・・・・・・・・・・・・境内の墓地には「新井宿義民六人衆の墓」がある、、、、新井宿村の農民は、延宝年間(1673~1681)に領主木原氏の厳しい年貢の取立てに耐えかねて、村役人6人が直訴することを計画した。しかし事前に領主に知られ、延宝5年(1677)6人全員が斬罪に処せられた。 しかしその結果、年貢は半減され、6人は義民として当寺境内の墓所に葬られた。 

2111280903410



・・・・・・・・・・・・善慶寺本堂脇に鳥居がある。 鳥居の後ろは裏山となっており、その上には「熊野神社」がある。 かつて善慶寺は熊野神社の別当であった。、、、、善慶寺の山門が熊野神社の表参道となっているのだ!、、、、現社殿は昭和44年(1969)に鉄筋コンクリート造で改築された。

2111280902180

2111280909030



・・・・・・・・・・・・熊野神社は高台に位置し、神社裏手から
山王3丁目の住宅地を歩く。

2111280911510

2111280917420




山王の住宅地を抜けて「大森駅西口」に出た。 今日の散歩はココまで!

2111280935300

2111280938550

« 寺のない墓地 | トップページ | 夢見る白蛇 »

散歩」カテゴリの記事

大田区」カテゴリの記事