拾うんじゃなかった!
都営浅草線戸越駅からJR山手線大崎駅まで、9千歩の散歩です。
● 昨日の続きで、都営浅草線「戸越駅」で下車する。、、、、戸越駅は、昭和43年(1968)の都営1号線(現:浅草線)西馬込~泉岳寺間開業時に設けられた駅。 この区間の開業によって浅草線は全通した。 ホームは島式1面2線構造で地下2階、改札は地下1階。、、、、近くには、戸越銀座商店街に面する東急池上線の戸越銀座駅(昭和2年開業)がある。 戸越銀座駅から約200m離れているが、こちらも商店街に近い戸越駅は“銀座”を付けず名乗るのみ。
● 戸越銀座商店街は、東急池上線の「戸越銀座駅」に接する、全長約1.3kmにわたる関東有数の長さを誇る商店街で、3つの商店街振興組合で構成されている。 商店街沿いには約400件の店舗が軒を連ね、生鮮三品を扱う店も多い、地元密着型の商店街だ。 大正12年(1923)の関東大震災で壊滅的な被害を受けた東京の下町や横浜方面の商業者たちが、当時発展の著しかった大崎周辺の工場地帯であるこの地に活路を見出して集まってきたことと、昭和2年に東急池上線「戸越銀座駅」が開業し、それまで散在していた周辺の商店が駅を中心に集まってきたことで、戸越銀座商店街が形成されてきた。、、、、朝8時前の商店街は、どこの店もまだ熟睡中! シャッターの下りている商店街を延々1㎞以上歩くのは面白くないので、商店街の裏を歩くことにした。
● 商店街の南側(戸越2-1)に「戸越銀座温泉」がある。 数人の客が8時に開く、日曜の朝風呂を待っている。、、、、美人の湯として愛される天然黒湯温泉で、入浴料は460円、これは安い!、、、、昭和35年(1960)に創業した銭湯「中の湯」が、平成19年(2007)にリニューアルし、モダンな戸越銀座温泉に生まれ変わったそううだ。
● 戸越銀座温泉から南東へ200m程の処にある「戸越八幡神社」に寄ってみた。、、、、鳥居をくぐり、拝殿へ、アレ? 変なのがある? 「仮拝所」と書いてある? 聞いたら『只今、御社殿は改修工事中』 仮拝所の後ろで、安政2年(1855)に落成した総欅造りの社殿の改修工事が行われていた。
・・・・・・・・・・・・戸越八幡神社の隣りには、浄土宗寺院の「八幡山成就院行慶寺」がある。 行慶寺は、もと戸越八幡神社の別当であった。 大永年中(1521~1527)の創建。、、、、只今、モミジが色づいてます
● 戸越八幡神社から南へ100m、「文庫の森公園」がある。 国文学研究資料館跡にできた品川区立公園。 元々は三井家の修史事業のために設立された「三井家編纂室」が、日本橋から「三井文庫」としてこの地に移転したのが始まりの「文庫の森」。 この地は、江戸時代には熊本藩細川家の下屋敷だった場所だ。、、、、池では水鳥が寒そうに泳いでた!
・・・・・・・・・・・・公園内には「旧三井文庫第二史料庫」(国の登録有形文化財)の建物が残されている。 建物は大正11年(1922)に完成した、鉄筋コンクリート造3階建て。
● 文庫の森公園から、再び戸越銀座商店街に出て。今度は商店街の北側の裏道を歩いた。 ここからは、19/2/8に歩いたルートを逆に歩いてきた。、、、、「西品川三丁目石造庚申供養塔」、「貴船神社」、「文政11年(1828)銘の道標」、「大正六年銘道標 」と巡る。
● 品川方面に歩いて行こうと思い、百反歩道橋を渡ると、可愛らしいポシェットを拾ってしまった。 中には、児童スポーツ教室の会員証と会費の領収書だけ。 拾った所に置いて行こうと思ったが、会員証に親の名前と児童の名前さらに住所に電話番号が画いてある。 コリャ、個人情報がヤバそうだ!と思い、拾ったことを電話で知らせてやろうと掛けてみたら。 留守のようだ! 拾った私が、どうしたものか困った! ヨシ、交番に届けておこうと、交番探すも見つからない。 人に訊ねると、大崎駅前にあると教えてくれた。 やれやれ、品川方面へ歩く予定が逆戻りだ! 交番を探し届けると、今度は書類を書いて、状況説明、ナンダカンダで30分のロス! 拾わなければ良かった!!!、、、、散歩を継続する気分は薄れ、帰る!
● 大崎駅から帰宅、、、、気持ちは疲れた!