新しい竹ノ塚駅
つくばエキスプレスの青井駅から東武伊勢崎線の竹ノ塚駅まで、1万3千歩(約5km)の散歩です。
● 首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスの「青井駅(あおいえき)」は、足立区の中央部付近にある。 駅の周囲は都営住宅が建ち並び“下町の住宅地”。、、、、青井駅は平成17年(2005)8月24日、つくばエクスプレスの開業と同時に設けられた、エレベーター・エスカレーターの完備した相対式ホーム2面2線を有する地下駅だ。 青井駅には各駅停車しか停まらないため、日中は約10分間隔の運転となる。
● 青井駅前の都営青井三丁目第3アパートの4階から周囲を見渡すと・・・・・特に変わったものは無し!
● 青井駅の北西に、「青井兵和通り商店街」がある。 商店街は、昭和37年(1962)に兵和通り商工会として発足し、昭和59年(1984)に改称した。 現在は20店舗程の商店街となっている。、、、、通り名は、“平和通り”ではなく“兵和通り”である。 地元のすし屋の店主に訊ねると、この地には〇〇兵と称する地名・橋名が多くあったそうで、“ウケ狙い”も兼ねて、その“兵”を借用し通り名としたそうだ。 60年前の命名が生きてる!
● 足立区青井生まれ、青井育ちで、中学・高校は、ビートたけしの後輩、医学博士の学位を持つ元衆議院議員(当選9回)の鴨下一郎氏。 その自宅と思われる家が青井にあった。 庭の広い和風の邸宅。 敷地内には蔵・母屋・その他で7棟、8棟、いやもっと多いかも、数えられない!
● 環七通りを横断し、足立区一ツ家4丁目に小社「一ツ家稲荷神社」がある。 一ツ家稲荷神社は、文禄年間(1592~1596)頃に開発が進められた当地(栗原新田)の鎮守として祀られたのではないかと言われている。 境内に何基かの供養塔、地蔵、庚申塔がある。
● 環七北通りと日光街道(=国道4号)が交差する「平野交差点」から北西の方角に歩くと、旧日光街道の脇(足立区島根4)に「鷲神社」の立て看板が目に入る。 チョイト寄って行こう!
・・・・・・・・・・・・島根4丁目に鎮座する「鷲神社(わしじんじゃ)」は、社伝によると文保2年(1318)の中興です。古代の海岸線とされる所が南にあり島の根の様にでた当地に祭神が船で到着したことから浮島明神とも呼ばれました。 応永20年(1413)の大宮氷川神社高鼻家文書には、足利将軍家より寄進があったことが記されている。 元禄8年(1695)、村内に点在していた七祠のうち、八幡社(誉田別命)と明神社(国常立命)の二柱が合祀された。 また、享保6年(1716)には鷹狩りの途中であった江戸8代将軍・徳川吉宗が当社に立ち寄り、境内で開かれていた島根学問所を褒賞したと伝えられている。、、、、“鷲”はここ島根では“わし”と読む、“おおとり”と読むのは浅草(千束)の“鷲神社”
・・・・・・・・・・・・境内にある35tonもする巨大な石灯籠。 説明碑によると『昭和61年9月吉日 茨城県筑波御影石 総重量35トン 高さ15尺(4.7メートル) 長寿山灯籠』と記されている。、、、、筑波からここ足立まで運ぶの大変だったろう!
● 旧日光街道から西へ向かうと東武伊勢崎線の「竹ノ塚駅」に出る。、、、、2011年度から「東武伊勢崎線(竹ノ塚駅付近)連続立体交差事業」として進められてきた高架化工事にて、今年の3月から竹ノ塚駅緩行線ホームが高架となった。 新しくなった竹ノ塚駅は、明るいシンプルな、木目調の駅舎である。 工事は、仮設ホーム・仮設地下駅舎撤去、西口駅前広場整備、沿線道路の復旧、高架下施設整備などが残っており、最終は2023年度の事業完成を予定している。、、、、竹ノ塚駅周辺の高架化により、「開かずの踏切」と化していた竹ノ塚駅付近の踏切2カ所が廃止され、交通渋滞の解消による安全性向上が達成される。 踏切撤去まで、約10年、長かったね!