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2022年10月26日 (水)

蔵造りの町 川越

昨日のニュースで“鰻重を食べる”シーンが放送された、その時私が『美味そうだ、食べたいね!』と一言発した。 一夜明け、朝食中に妻から『今日の昼食は川越?』と、やんわり誘いがかかる。 誘いに弱い私は『よし、食べに行こう!』、、、、と言うことで、今日の散歩は川越の町歩き。 1万7千歩

 

 

● 高田馬場から西武新宿線の特急「小江戸」に乗って、10時半に「本川越駅」に到着。、、、、西武鉄道の本川越駅、東武鉄道の川越市駅、JR東日本の川越駅、3駅とも比較的近い距離にあるが、蔵造りの街並み観光には本川越駅で下車するのが一番“楽”そうだ!、、、、本川越駅は明治28年(1895)3月21日に川越鉄道の川越駅として開業。 現在川越市の中心にある3駅(川越駅・川越市駅・本川越駅)の中では、最も古い駅である。 昭和15年(1940)には鉄道省川越線開業に伴い、駅名を本川越駅に改称した。 【注】川越鉄道は甲武鉄道の子会社であったが、大正11年(1922)に、鉄軌道事業が分離されて西武鉄道の路線となった。、、、、本川越駅は、ショッピングモール「ペペ」やプリンスホテルを併設し、巨大で綺麗で近代的だ、ビックリした。

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● 喜多院に向かう前に、喜多院の南側の一隅に祀られてる「仙波東照宮」へ行く。 徳川初代将軍家康公を祀る、日光・久能山とともに日本三大東照宮のひとつである神社。 現在の社殿(国指定重要文化財)は寛永17年(1640)に完成した。、、、、周囲を壕で囲む築山の上にこじんまりとした社殿がある。 階段上の拝殿前の門は閉められており、隙間からチョイトだけ拝見。、、、、“仙波”とは、この地の山の名“仙波山”に因む。

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● 川越の古刹「喜多院」に参る、、、、まずは、慈恵大師を祀っている「慈恵堂」(本堂)で手を合わせる。 慈恵大師とはこの寺の創始者、平安時代の僧良源です。 良源は今では全国的にはなったおみくじを始めた人といわれている。、、、、現本堂は、川越大火の翌年、寛永16年(1639)に大火以後、いち早く再建された。 堂内は静かで耳をすませば潮の音が聞こえると言われ、「潮音殿」とも呼ばれている。(耳の良い人が居たもんだ!)

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・・・・・・・・・・ 古墳を利用した小高い丘の上に、
慈眼大師天海をまつる御堂「慈眼堂」(国指定重要文化財)がある。 天海僧正は、寛永20年(1643)、寛永寺において入寂した。 正保2年(1645)に家光公の命により、この堂が建てられ、厨子に入った天海僧正の木像が安置された。 建物は、桁行3間、梁間3間の比較的小さな堂で、屋根は中央から四方の隅へ流れる宝行造り。、、、、厨子は見えるが、天海像は見えないゾ~~

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・・・・・・・・・・ 3代将軍家光誕生の間春日局化粧の間などが、江戸城から移築されてる。 見学できたが、撮影禁止のため写真なし。 


・・・・・・・・・・ 天明2年(1782)から文政8年(1825)の約50年間にわたり建立された全部で538体の羅漢像が、境内の一隅に鎮座している。、、、、一体一体それぞれ動作、表情が異なり、自分に合った像を探すのは一苦労! でも、多くの参拝客は探して楽しんでいた。

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● 時刻は12時、喜多院をあとにして蔵造りの町の中心部に向かって歩くと、本日の散歩の目的地:鰻屋があった! 迷わず入店、迷わず注文、美味しく頂き大満足、幸せになって店を出る!

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● 「大正浪漫夢通り」と称する、蔵造りの町とは一味違う通りに出た! 約200mの通りの両側には、大正時代をイメージしたレトロな店舗がおよそ30軒並んでいる。 この通りはかつてアーケードのある「銀座商店街」であったが、平成13年(2001)頃にリニューアルした。 観光客も集まる通りに生まれ変わったそうだ!

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・・・・・・・・・・ 通りの北端には、ドーリア式の柱が並ぶ重厚な「旧武州銀行川越支店(現:川越商工会議所)」の建物もある。 建物は、高島屋日本橋店などを手掛けた前田健二郎の設計、清水組(現:清水建設)の施工で、昭和2年(1927)に建てられた。 国登録有形文化財、、、、玄関わきの赤いポストは“ワン・ポイント”

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● 蔵造りの街並みの中に、建築家:保岡勝也(やすおかかつや  明治10年~昭和17年)が設計した建物3棟が残っている。 保岡勝也は三菱の丸の内赤煉瓦オフィス街(三菱一号館など)を設計した。

・・・・・・・・・・ まずは、大正7年(1918)に保岡勝也が設計した「第八十五銀行本店(現:埼玉りそな銀行川越支店)」 ネオ・ルネサンス様式の建物で、青緑の塔屋が印象的な銀行建築。 国登録有形文化財、、、、建物は銀行の店舗で、チョイト中には入れない、外から眺めてハイ・ソレマデ~ヨ~

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・・・・・・・・・・ 川越の老舗菓子店「亀屋」の5代目山崎嘉七の隠居邸宅として、大正13年(1924)に上棟された「旧山崎家別邸」 旧山崎家別邸は、約2300㎡の敷地に、和洋折衷の建物と風情ある庭園が印象的だ。 国指定重要文化財、、、、入場料100円で建物内部も公開されており、当時の建築図面など貴重な工事資料も見ることができる。 川越に芋を食べに来たら、必見! 

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・・・・・・・・・・ 三つ目の作品は、蔵造り街並みの表通りに面して建つ「旧山吉デパート」(登録有形文化財)、、、、保岡勝也の設計により昭和11年(1936)に建築された。 昭和39年までは丸広百貨店が使用していた。 現在は保刈歯科醫院として利用されている。、、、、虫歯ができたら行ってみたい歯科だけど。 浅草橋から通うにはチョイト遠い!

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● 旧山崎家別邸から北へ50m程歩くと、大正2年(1913)に建てられたステキな洋風建築の「中成堂歯科医院」がある。 建物は薄緑の外壁でイギリス下見という方法で板を重ね合わせ暖かみを感じる。 敷地は煉瓦塀で囲まれ、チョイト、メルヘンチックだ。 ここは歯医者さん、なんだか安心して診てもらえそうだ!

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● 欽明天皇2年(540)に大宮氷川神社を勧請して分祀奉斎した、川越市役所の北側に位置する「川越氷川神社」に立ち寄った。、、、、神社は“七五三詣り”の家族連れで満員状態。 七五三は11月15日なのだが、最近は親の都合、子の都合、写真屋さんの都合などで、特に日にこだわらず適当に行ってるようだ。 社殿周辺には着飾った親子がお祓い待ちか?、、、、『コリャダメだ! 一般人の参拝はチョイト遠慮しよう!』 我が夫婦は、手を合わせ、早々に立ち去ることにした。(注意散漫、社殿の写真を撮り損ねた、失敗!)

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・・・・・・・・・・ 境内の入り口に大きくそびえ立つ大鳥居は、木製の鳥居としては日本一の大きさ、高さ約15m、平成の大典奉祝行事で建立した。 扁額の文字は勝海舟の筆。

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● 川越観光の目玉『蔵造りの街並み』を歩くため、御存じ蔵造りが並ぶ表通りを、北から南へ歩くことにした。 平日で人出は少ないが、若い人の割合が高い。 どの家も、“芋”を売る、民芸品を売る、漬物を売る、店舗と化した。、、、、女性が好みそうな店ばかり、我が妻もそろそろ出番で、ショッピングを開始!

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● 帰りも、本川越駅から「小江戸」で帰る。

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