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2022年11月18日 (金)

正光院

今日の散歩は、六本木駅から歩き、“正光”つながりで元麻布の瑠璃山正光院へ参る。 特に見るべきものもなく参拝後は元麻布をブラブラして、麻布十番駅から帰宅。 9千歩



● 久しぶりに東京メトロ日比谷線「六本木駅」で下車した。、、、、六本木駅は、昭和39年(1964)3月25日、帝都高速度交通営団(現:東京メトロ)日比谷線の霞ケ関駅~恵比寿駅間開通と同時に開業。 平成12年(2000)には、都営大江戸線の全線開業により同線の六本木駅が開業し、乗換駅となる。 日比谷線の六本木駅は、相対式ホーム2面2線の地下駅。 改札は地下1階、ホームは地下2階にある。 南側の出入口は「六本木ヒルズ」(地上54階建て)の足下。、、、、平成7年(1995)から数年間、私は六本木にあるオフィスに通い仕事をしていた。 当時は大江戸線の開通前で、私の通勤経路は浅草橋→(浅草線)→東銀座→(日比谷線)→六本木であった。 出勤時は地下鉄、帰宅は六本木から新橋・銀座方面に歩くことが多く、一日一万歩の体力づくりのきっかけとなった。 また、地下鉄サリン事件に私が遭遇したのも、日比谷線で当地に通っていた時の話だ。(もうすぐ30年前の出来事になる)

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● まずは、正光寺に続いて正光院を目指す。、、、、六本木ヒルズから南へ500m程歩くと、麻布税務署の正面に高野山真言宗「瑠璃山 正光院」がある。、、、、正光院は、筑前福岡藩・黒田家の祈願寺として、徳川三代将軍家光の時代(寛永7年)に高野山正智院の末寺として創建された。 開基は黒田藩主筑前守黒田忠之。 忠之の代に御家騒動が起こり藩の安泰を願っておこなった祈祷で、「子安薬師」の名がある瑠璃光薬師の効験があり、忠之の不審がとけた。 その薬師如来を正光院の本尊として寄進したという。(本尊薬師如来の姿を見ることはできず)、、、、正光院は元麻布の住宅街にひっそりと佇む小さなお寺であった!

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・・・・・・・・・・ 今日で、山院寺号巡りも正光寺・正光院と参った。 次は正光山だ! 



● 正光院をあとにして、元麻布の裏道を歩く。 

・・・・・・・・・・ 静かな高級住宅街の中に、国旗と、赤い地に白馬の騎士を配した紋章を掲げるは「リトアニア共和国大使館」、、、、と言われても、“リトアニア”の場所は何処(?) ソビエト連邦の崩壊に伴い独立したバルト三国で最も南に位置するのが“リトアニア”。 現在はNATOに参加し、ウクライナ紛争では国名が出てくる場面も多い。、、、、“騎士の紋章”とは、さすが歴史ある旧王国!

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・・・・・・・・・・ チョイト、脇道からは建設中の超高層ビルが並んで見える。 どんどん超高層ビルが建つ“港区”。 

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・・・・・・・・・・ 坂を下って谷底に辿り着いたら、今度は急な上り坂。 その名は「狸坂」、、、、港区元麻布2丁目と3丁目の間にある、雪でも降ったら滑り落ちるであろう、長さ150m程のかなり急な坂。 坂の名は、『この付近は人をばかす狸が出没したといわれてる』に由来する。

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・・・・・・・・・・ 狸坂を上りきると「旧阿部美樹志邸」がある、、、、“阿部美樹志”とは? 大正から昭和にかけ活躍した、日本の鉄筋コンクリート工学の大御所。 日比谷の有楽座、梅田の阪急百貨店、東京~万世橋間の高架橋、阪急三宮駅などを設計した。 竹中土木の初代社長。、、、、住宅は大正13年(1924)に自ら設計した自邸。 現在は、かなり劣化し、住んでる人はいないようだ。

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・・・・・・・・・・ 旧阿部美樹志邸の先に「一本松坂」がある。 坂の名となった「一本松」も健在だ!

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● 一本松坂から仙台坂に出て、「元麻布ヒルズ」、「氷川神社」、「安藤記念教会」、「善福寺」、「きみちゃんの像」、「麻布十番駅」と歩いて来た。、、、、このルートと歩いた順は逆だが、以前に歩いているのでこちらを見てね!

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