豪商の別邸
昨夜は弥彦温泉に泊まり、今日は越後線で新潟に出た。 行く先の宛てのないまま、まずは日本海に出た。 その後は、市内をブラブラしながら駅まで歩き、1万6千歩の新潟散歩。
● 越後線に揺られて約1時間、11時に「新潟駅」に下車する。 新潟駅は16年間にわたり高架化工事が進められ昨年完了した。 しかし、高架下の店舗の整備、駅前の整備などは現在進行形。 まだまだ、利用者には“工事中”と理解されていると思われる。 よそ者の私には、タクシー乗り場はどこだ? 観光案内所はどこだ? とウロウロするだけ。、、、、とりあえず、日本海を見に行こうと、タクシーで海に向かう。
● 新潟駅から最も近いと思われる「寄居浜」で日本海を見る。 ただ、静かな海が広がっているだけ、日本海の荒海はお休みらしい。、、、、記念に海岸の石を拾ってきた(ただの石っころだ!)、、、、『ここから、駅まで歩こう!』
● 海岸の公園、松林の中に「竹内式部(たけのうちしきぶ,1712~1767)の座像」があった。 竹内式部は、新潟出身で、江戸中期の思想家らしい。 私は、ここで初めて名を知ったので、いつ何をした人物か全く知らなかった。(知識がなく、ゴメン!)
・・・・・・・・・・ チョイト歩くと、西大畑公園の一画に「旧新潟刑務所跡地」のモニュメントがある。 モニュメントがあるこの小路を「地獄極楽小路」と呼ぶらしい。、、、、海沿いの住宅地に刑務所跡があった、冬は寒そうだね!
・・・・・・・・・・ ここまで来て、観光案内所でもらった地図を見ると、近くには見るべき処も多くありそうだ。 何ヶ所か観て行こう!
● みなとまち新潟の豪商:斎藤家が大正時代に建てた迎賓館であった「旧斎藤家別邸」を見学。 1300坪の広大な敷地に築いた日本庭園と木造和風建築をみる。 京都の寺に来たような佇まい。、、、ガイドの方いわく『秋の紅葉は最高に素晴らしい処』
● 旧斎藤家別邸の向かいには「北方文化博物館 新潟分館」がある。 こちらもお立ち寄り。、、、、油田採掘で知られる清水常作が明治28年(1895)に、別宅として建てたもの。 その後、伊藤家が取得し、歌人・美術史家の會津八一が晩年暮らした邸宅である。 国登録有形文化財。
● 北方文化博物館新潟分館の南、1軒おいた隣に「旧金井写真館本店」の建物がある。 明治21年に創業した写真館で、北側に壁がガラス張りのスタジオを備えているそうだ。 現在は非公開で、内部は拝見できず。 創業者の金井弥一が、明治30年(1897)に写真館本店として建設した木造2階建ての洋風建築。、、、、改修工事中なのか足場が架かってる、ぜひ内部を見てみたい!
● 旧斎藤家別邸の近くを歩いてると、2本の尖塔がある「カトリック新潟教会」の建物が見えた。 教会好きの私は躊躇なく、内部を拝見する。、、、、カトリック新潟教会は、ローマカトリック教会の新潟司教区(秋田県・山形県・新潟県)の司教座聖堂(カテドラル)となっている。 聖堂は、チューリッヒ出身の建築家マックス・ヒンデル(1887~1963)の設計で、ロマネスク様式を取り入れた和洋折衷の木造建築として、昭和2年(1927)に献堂された。、、、、シンプルで、可愛らしい教会だ!
● 古町の商店街、人情横丁などをブラつき信濃川に出る、、、、何となく東京の“浅草”に似た雰囲気の街だ!
● 信濃川に架かる「萬代橋」、、、、信濃川にかかる六連アーチ橋。 御影石の化粧張りがされた橋の姿は新潟市のシンボルである。、、、、明治19年(1886)竣工の木造の初代萬代橋は、明治41年(1908)の新潟大火により半分以上が焼失した。 翌年に2代目が架橋された。 現在の3代目鉄筋コンクリート橋は昭和4年(1929)に完成し、昭和39年(1964)の新潟地震にも耐えた。 現橋の橋長306.9m、橋幅22m。 平成16年(2004)には、国の重要文化財に指定された。、、、、“新潟”と言ったら名所は“萬代橋”、土産は“笹だんご”、夜遊びは“古町花街”
● 夕刻、新潟駅から新幹線でサヨウナラ!
「旅行・地域」カテゴリの記事
「新潟県」カテゴリの記事
- 目の温泉(2023.10.20)
- 豪商の別邸(2023.04.05)
- またまた桜(2023.04.04)
- 知らない町に行ってきた!(2017.11.12)