環七南通り
朝4時に起床した私、隣のベッドでは、平和な夢でも見て妻が熟睡中。 まだ薄暗い外に出てみると、爽やかな秋風が吹いていた。、、、、今日は朝食後散歩に出た。 何処へ行くか迷った挙句、東武伊勢崎線の梅島駅で下車し、西に向かって歩いてきた。 日暮里舎人ライナーの江北駅まで、9千歩の散歩。
● 押上駅で都営浅草線から東武伊勢崎線に乗り換え、車中で『どこで降りようか?』、なんとなく北千住駅から3駅目「梅島駅」で下車する。 今日の散歩はココからだ!、、、、梅島駅は大正13年(1924)10月1日に開業し、平成7年(1995)からは高架駅となる。 駅のホームは、高架島式1面2線構造だが、やや特殊な構造をしている。 ホームは幅が狭く異様に長い、長さは2編成分以上あり、上下線の電車が互い違いに停車するようになっている。 電車が停まる反対側の面は壁で塞ぎ線路が見えない。 長いホームの中央に階段・エスカレータ・エレベーターがある。 駅の出入口(改札口)は高架下で、旧日光街道に面した1ヶ所のみ。
● 梅島駅で降りてはみたが、『さて! 何処に向かって歩こうか?』、、、、地図を見ると、駅の南側に、途中未完成部分がある「環七南通り」と言うチョイト広い道がある。 この道沿いに西に向かって歩くことにした。
・・・・・・・・・・ 旧日光街道との交差点から環七南通りを歩く
・・・・・・・・・・ 足立区梅田5丁目~関原3丁目の区間は道路未完成。 用地取得は済んでいるようだ。 工事説明板には令和6年度(2024年度)完成と書かれてた。
・・・・・・・・・・ 関原3丁目の中央地点から西に向かって尾竹橋通り(関原小入口交差点)まで、再び環七南通りの完成部分が伸びる。、、、、歩く身体に汗が流れ下着まで濡れてきた、熱中症の危険を感じる。 ここで死ぬのはイヤダ! 急ぎ、公園で手拭いを濡らし首に巻き、さらに水分補給する。
・・・・・・・・・・ 愛称:環七南通り(正式名:東京都市計画道路補助第138号線)は、足立区内の環状7号線にほぼ平行(南側約800m)に位置しており、足立区江北2丁目から葛飾区東金町2丁目を結ぶ道路。 足立区内の補助第138号線の道路延長は8,620mあり、綾瀬川以東の一部並びに梅田5丁目及び関原3丁目の一部については完成してるが、他の区間は工事中または計画中である。 (足立区のHPから)
・・・・・・・・・・ 尾竹橋通り西側から本木新道(興野公団住宅バス停)までの興野1丁目の区間は工事中
・・・・・・・・・・ 本木新道から西へ江北2丁目までは、用地取得もまだか? 私にはこの先のルート不明! 環七南通り沿いの歩きはココまで!
● 本木新道から、引き続き西に歩く。 足立区西新井本町4丁目の裏通りに入る。、、、、今は廃業した店舗が数軒並んでいる。
● 裏通りの奥に東京都住宅供給公社の興野町住宅がある。 この団地は、昭和33年(1958)に建設された4階建ての集合住宅全27棟760戸の団地。 緑に囲まれた住みやすそうな団地である。
・・・・・・・・・・ 団地の中央にある公園では、中高年の方が20人ぐらい集まってラジオ体操?、、、、ラジカセから流れる曲は私の知るラジオ体操ではない。 じっくり聞くと、朝鮮半島の曲のようだ。 もしかしたら、この付近には朝鮮人が多いかも。
● 尾久橋通りを走る日暮里舎人ライナーの江北駅が見えた! 駅の向かいに高野胡録神社がある。、、、、高野胡録神社の創建年代は不詳。 江戸時代には第六天社と称して高野村の鎮守であったといい、神仏分離令の際に胡録神社と改称したそうだ。
● 尾久橋通り上にある日暮里・舎人ライナーの江北駅、、、、平成20年(2008)3月30日の日暮里~見沼代親水公園間の開業と同時にできた駅。 ホームは道路の頭上に島式1面2線構造である。、、、、開業してから15年、駅も車両もキレイだ!