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2023年10月 5日 (木)

元町・中華街

朝食時に、妻に『今日は一緒に散歩する?』と聞くと、妻は、もちろん『行く行く!』の返事。 行先は決まってなかったので、妻のリクエストで横浜へ行くことにした。(この時点で、健康のための散歩でなく、食欲の秋を求めて街歩きとなった)、、、、桜木町駅から、中華街、元町と歩き石川町駅まで、1万1千歩の歩き。




● 11時、桜木町駅に降りる。 島式ホーム2面3線の高架駅で、中線は横浜・東神奈川方面への折返し用として使用している。、、、、ホームから1階改札口に向かう階段の壁に懐かしい“1950年頃の桜木町駅”の写真があった。 1960年代になると、根岸線が高架で磯子方面まで開通する。 根岸線開通前後の頃、私は中高校生で、横浜の街歩きに幾度か来たことがあり、おぼろげながら記憶ある駅だ! 

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● 桜木町駅前から、一昨年(令和3年4月22日)に開通した都市型ゴンドラ「YOKOHAMA AIR CABIN」に乗ってみた。 片道5分の乗車で赤レンガ倉庫・観覧車のある処まで空中を運んでくれる。 1000円はチョイトお高いが、冥途の土産話に乗車。、、、、高齢の私達夫婦も短い時間だが新婚気分になれる乗り物だ!

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横浜赤レンガ倉庫を拝見。 赤レンガ倉庫(新港埠頭保税倉庫)は、明治時代末期から大正時代の初期にかけて国営保税倉庫として建設された。 関東大震災では一部被災したが改修され、第二次世界大戦終戦後は連合国軍に一時接収された。 平成元年(1989)までは保税倉庫として利用されていたが役目も終わり、その後しばらく放置されていた。 平成14年(2002)に「横浜赤レンガ倉庫」として、1号館は展示スペース・ホールなどの文化施設、2号館は商業施設に生まれ変わった。 平成19年(2007)には、経済産業省により近代化産業遺産として認定された。、、、、赤レンガ倉庫の設計は、大蔵省臨時建築部(妻木頼黄)によって行われた。 妻木頼黄は、日本橋(東京)、横浜正金銀行本店(現、神奈川県立歴史博物館)などを設計した。 明治の建築界三巨頭の一人。 

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・・・・・・・・・・ 横浜赤レンガ倉庫の広場では、伝統的な雰囲気が魅力の“ビールの祭典”「横浜オクトーバーフェスト 2023」が行われていた。 12時の開場を待つビールの愛飲家、150m程の長い行列も楽しみの一つかも? 子供が並んでるのは??

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● 赤レンガ倉庫より中華街に向かう

・・・・・・・・・・ 赤レンガ倉庫からほど近い運河に架かる、大正元年(1912)に建造された貨物線(横浜臨港線)の鉄道橋「新港橋」 新港橋は、当時赤レンガ倉庫などと共に建造された港湾施設の一つで、旧横浜駅(現桜木町駅)から延びる横浜臨港線の新港埠頭を経て旧横浜税関構内を結ぶ橋梁として架橋された。 橋はポニー型ワーレントラス橋で、設計は大蔵省臨時建築部、施工は浦賀船渠。 新港橋は日本における初期の国産トラス橋の一つ。、、、、いまは、歩行者専用橋として利用されている。

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・・・・・・・・・・ 新港橋を渡り、横浜港大さん橋前の山下臨港線プロムナードを歩くと、横浜税関(昭和9年(1934)竣工)の建物、横浜港の海がバッチシ!

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・・・・・・・・・・ 旧大倉商事横浜出張所であった「横浜貿易会館」がある。 この辺りは“This is the YOKOHAMA”の雰囲気が残っている。、、、、貿易会館は、川崎鉄三の設計、大倉土木(現:大成建設)の施工で、昭和4年(1929)に竣工した。

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・・・・・・・・・・ 横浜の歴史を知る、こじんまりした横浜開港資料館にお立ち寄り。 開港資料館は、幕末・開港期から昭和初期までの横浜の歴史に関する資料を展示・公開している。 建物の旧館は英国総領事館だった建物で、昭和47年まで使われていた。 今日はあいにく外装工事中のため、昭和初期の建物は拝見できず。

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・・・・・・・・・・ おや、道路の向かいで幸せそうな二人が記念撮影? 後ろのクラシカルな建物は結婚式場であった。、、、、この建物は、英国の建築家バーナード・M・ウォード設計により大正10年(1921)に誕生した「露亜銀行横浜支店」 関東大震災や太平洋戦争をも耐え抜き、領事館など多様な施設として活用されてきた。 現在は結婚式場として利用されている。

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中華街に溶着。 昼食はもちろんここでランチ。 妻は満足した『また、来ようね!』、、、、横浜中華街は、日本最大の中華街で前身である慶応2年(1866)の居留地時代から数えると150年強の歴史を有する。 500店以上もの店舗があり、その時々の流行によって頻繁に入れ替わっている、最近は“占いの館”が多く軒を並べ、カップルの相性占いか? 

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・・・・・・・・・・ 中華街の中心には、横浜関帝廟(よこはまかんていびょう)がある。 関帝廟は、関帝(神格化された関羽)を祀っており、主に商売人の守り神として崇敬を集めている。 現在の関帝廟は、四代目の建物で平成2年(1990)に建てられた。

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・・・・・・・・・・ 関帝廟と共に中華系の人々の心の拠り所になっているのが、横浜媽祖廟(よこはままそびょう)である。 媽祖廟は、平成18年(2006)に、開港から150周年を迎える横浜の新名所として横浜中華街に落慶開廟した。 明治時代の清国領事館の跡地である山下町公園に隣接して、台湾最初の官建の台南市大天后宮(中国語:大天后宮)より分霊された。 横浜媽祖廟と横浜関帝廟は、共に中国道教建築の粋である。

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● 中華街を抜けると、花壇がとても綺麗で歩道も広く歩きやすい元町商店街がある。、、、、開港後の山下町に外国人居留地が、山手に山手居留地がそれぞれ設けられ、両地区を結ぶ場所にあった元町通りは、居留者らが日常的に多く行き交うところとなり、外国人を相手にした商売が盛んに行われるようになる。明治が始まってしばらく経つ頃には居留者がさらに増え、インターナショナルスクールの開校や、当時は日本には珍しい喫茶店やベーカリー、洋服店、洋風家具店などが軒を連ね、文明開化を支えた。これが今の元町商店街の原型となったそうだ。、、、、げんざいは、上品な雰囲気漂うおしゃれな商店街。 この街歩いてる中高年は、自然に紳士・淑女ジェントルに見える。 若い娘はみな美人に見える。 目の錯覚か?、、、、妻は真剣にウインドショッピング。 私は心静かに呪文を唱える『見るなよ 触れるなよ 買うなよ』 

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石川町駅から帰路につく、、、、電車に揺られ、妻はコックリコックリ

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