秩父(浦山ダム)
今年は、ほぼ毎月のように夫婦で温泉旅行をしてきた。 その〆として、今年最後の旅行先を埼玉県秩父の和銅鉱泉とし、13日に行ってきた。 近場の温泉(鉱泉)なので宿の予約だけ優先し、観光ルートなどは決めておらず、当日のぶっつけ本番旅となった。
● 目的地の和銅鉱泉は秩父市にあるので、東京(池袋)から西武鉄道(池袋線・秩父線)を利用すれば2時間弱で着く処だ。 しかし閑な夫婦の旅なので、東武東上線を利用して寄居まで行き、寄居から秩父鉄道に乗換え、車窓から長瀞を眺め荒川沿いに遡り秩父へ行くことにした。、、、、寄居には10時頃到着し、このまま秩父鉄道の和銅黒谷駅で下車して宿に向かうには早すぎる。 秩父の町は明日観光することにしていたので、今日は秩父駅から3駅先にある浦山口駅で下車し、浦山ダムを見に行くことにした。
・・・・・・・・・・ 東武鉄道の8000系リバイバルカラーの車両(1981年製)で寄居駅に到着。 旧東急のステンレスカーであった、秩父鉄道の車両に乗換える。、、、、東武鉄道、秩父鉄道、JR八高線が乗り入れる寄居駅、山並みが見える構内は広い!
・・・・・・・・・・ 秩父鉄道の浦山口駅(うらやまぐちえき)にて下車する。、、、、昭和5年(1930)3月15日に開業した駅は、昨年まで業務委託駅であったが、ICカード「PASMO」の利用が可能となり、無人駅となった。 ここ数年、1日平均乗車人員は約90人である。、、、、木造の小さな駅舎に、誰もいないホーム、のんびりした雰囲気が流れる駅。、、、、ホームから正面の山中にダムの堤頂を眺めることができる。
・・・・・・・・・・ 駅からはダムの下まで歩いて行く(タクシー、バスなんてありません!) 歩く道には、人影は無し、車は数台、猿は数十匹。 ダムの下まで緩やかな上り坂を歩くこと20分。 チョイト疲れた!
・・・・・・・・・・ ダムの下に、一般開放された監査廊(浦山ダムの歴史を解説したパネル展示)があり、さらにダムの底部に設置されているダムのたわみを計測するプライムラインを見ることができる。、、、、妻はダムの監査廊を歩くのは初めて、ワクワク、ドキドキ!
・・・・・・・・・・ ダムの底部から堤頂まで、ダム本体の中を一気に上る昇降行程132.6mのエレベータがあり、あっという間にダム堤頂に出ることができる。
・・・・・・・・・・ 浦山ダム(うらやまダム)は、埼玉県秩父市、荒川水系浦山川に建設された重力式コンクリートダムである。 浦山ダムは、荒川の洪水調節・東京と埼玉の水道用水・埼玉県営の発電・河川環境の保全を目的として造られたそうだ。 ダム建設は昭和47年(1972)の予備調査開始から始まり、昭和65年(1990)から本体工事が進められ、平成10年(1998)に28年の歳月を掛けて完成にこぎ着け、翌平成11年(1999)より使用を開始した。、、、、ダムの諸元は、ゲート:自然調節方式、堤高:156m(重力式コンクリートダムとしては、奥只見の157mに次ぐ全国2番目の高さ)、堤頂長:372m、総貯水容量:5,800万㎥m3、管理者:水資源機構、本体施工業者:飛島建設・間組・竹中土木、、、、堤頂を歩き、ダムの大きさを実感する、スゲ~~!! 秩父の町が一望できる。
・・・・・・・・・・ 浦山ダム資料館のレストランでは「浦山ダムカレー」を、美味しく頂く。、、、、隣でダム管理所の職員も美味しそうに食べてた、浦山ダムラーメンも名物らしい!
・・・・・・・・・・ ダム見学も終え浦山口駅に戻る
● 再び秩父鉄道に乗り、和銅黒谷駅(わどうくろやえき)で下車する。、、、、和銅黒谷駅は、大正3年(1914)10月27日、黒谷駅として開業し、平成20年(2008)に和銅黒谷駅と改称した。 島式ホーム1面2線の地上駅。 一日の平均乗車人員は200名程と少なく、無人駅である。、、、、日本通貨発祥の地とされている。「和銅開珎」で有名な和銅はこの駅の近くで採掘されていたそうだ。 ホームには「和同開珎」のモニュメントが置かれてる。
● 和銅鉱泉は、武田信玄公が和銅金山を開始した当時より開業したと称する古き歴史を有しているそうで、昔、この鉱泉を目薬や切傷に使用し特効したという伝承から、“薬師の湯”と呼ばれているそうだ。 本日のお宿「ゆの宿 和どう」で、熱い湯に入り、美味しい食事に、暖かいもてなし、今年の夫婦二人旅を締めくくる。
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