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2024年2月

2024年2月26日 (月)

梅の白幡天神社

今日は散歩の帰り新小岩の眼鏡屋へ行く用があり、新小岩に近いJR総武線の市川駅から歩くことにした。 市川駅から平行する京成本線の北側(菅野地区)を歩き、総武線の本八幡駅まで、1万1千歩の散歩です。




● JR総武線の市川駅に降りると、北風が強くチョイト寒い。 ホームを歩く乗客は皆、無言で、防寒着にマスク・襟巻、冬支度で寒そう!

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● 市川駅北口から、千葉街道(=国道14号)を横断し、自然幼稚園( 敬虔なクリスチャン石田締により、昭和6年に開園。 幼児を自然の中で教育しようという理念に基づき命名された幼稚園 )前の小路を北へ向かい、京成本線の市川真間駅の脇に出る。

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● 京成本線の市川真間駅は大正3年(1914)8月30日に開業した。 現在は島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。 駅名は“真間(まま)”という地名に由来する。、、、、JR市川駅から直線で500m程、駅周辺にはファミレスや飲食店、居酒屋もあるが、普通列車しか停車しない駅。 乗降客も少なく、うら寂しい駅だ。

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● かつては、どこの小学校にもあった二宮金次郎像だが、今は消え去る運命にあるようだ。 そんな金次郎像が、真間の住宅の門の脇にあった。 雨で濡れていたが石像のようだ。 多少劣化しているので、作られてからだいぶ経っているものと思われる。 よく見ると、背負ってる薪は本物の“木”だ。、、、、薪を背負いながら学習をつづけ、やがては農村出の金次郎が幕臣にまで出世し偉人となったことを通し、現代の子供たちに“質素”・“勤勉”を教える手本として、再登場するかな。

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● 京成本線菅野駅の北側に広がる市川市菅野(すがの)の町、、、、大豪邸の並ぶ高級住宅街ではないが、静かに洒落た住宅が並ぶ高級住宅街である。 幸田露伴、永井荷風、幸田文などの小説家や、随筆家が居住した地でもある。、、、、実際に歩いて見ると、人影は少なく、緑豊かで、静かで清潔な町だ、文豪に愛されたことを感じることができる。

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● 市川市菅野1丁目、住宅地の奥に2000坪の境内を持つ白幡天神社がある。 広い境内には、緑の木々が生い茂り、梅、桜、椿、ツツジ、サツキ、ユリ、萩、彼岸花、サザンカと四季折々に花々が咲き、訪れる人には安らぎのひとときを提供している。 梅を期待して訪れてみたが、どうやら遅かったようだ(残念)、、、、今よりおよそ850年前の治承4年(1180)に、源頼朝が下総に入った際、当地に源氏の御印である白旗を掲げたことが社名の由来と伝えられている。 その後、天正12年(1584)正親町天皇の代に、本殿が再建された。 現在の本殿は明治13年(1880)の造営で、拝殿・幣殿は、昭和36年(1961)に造営された。

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・・・・・・・・・・ 境内には「幸田露伴 文学之碑」、「永井荷風 文学碑」などもある

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● 白幡天神社から東へ250m程歩くと、市川市東菅野1丁目に真言宗豊山派の山王山不動院がある。 不動院の創建年代等は不詳。 天慶3年(940)の平将門の乱に際して京都より房総へ下向した寛朝大僧正が、不動明王像一体を成田山新勝寺に、もう一体を当地に安置、その一体が当寺本尊とされている。 豊臣秀吉も小田原征伐に際して当寺本尊に祈念、寺領の寄進を受け、火災に際しても本尊は免れたことから火防の不動として信仰を集めたらしい。

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● 不動院から本八幡駅へ向かう途中で葛飾八幡宮(かつしかはちまんぐう)にもチョイト立ち寄って行く。 葛飾八幡宮は寛平年間(889~898)に宇多天皇の勅命により石清水八幡宮を勧請して建立されたと伝えられている。 下総の国を守護する総鎮守として崇敬されている。 武神であることから平将門、源頼朝、太田道灌、徳川家康など関東武士の信仰を集めた。、、、、誉田別命(応神天皇)、息長帯姫命(神功皇后)、玉依比売命を祭神とする。

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● 昭和10年(1935)9月1日、総武本線の駅として本八幡駅が開業した。 平成3年(1991)からは、都営地下鉄の本八幡駅とも、駅ビルの連絡通路で結ばれていて、便利になっている。 JR、都営の両線を合わせると、隣の市川駅よりも乗降人員は多く、また市川市役所も当駅の近くに新築し、名実ともに市川市の中心となってきた。

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2024年2月20日 (火)

リベンジで市川まで

昨日は何となく、いつの間にか小岩まで歩く予定になり、平井まで歩いてギブアップ。 今日はそのリベンジで、平井から歩き、新小岩、小岩と通り過ぎ、隣の千葉県に入って市川まで、1万5千歩の散歩となった。




● 昨夜降った雨でまだ道路は濡れているが、今日の午前中は晴天となる予報を信じて、平井駅(総武緩行線)に降り立つ。、、、、昨日痛かった足も、今日は調子良さそうだ!

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● 今日も蔵前橋通りを東(小岩方面)へ歩くつもりだ。 蔵前橋通りに出る。

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● 荒川に架かる平井大橋は歩道の幅員を2mから3mに広げる工事が進められている。 工事は橋の中間部分まで完成したようだ、中程で施工前と施工後の違いがよく判る。 歩行者も自転車も快適に通れるようになった! 完成は来年の春らしい。

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● 平井大橋を渡ると、大きな新小岩公園がある。 園内にはまだ水溜りが残ってる。 私のお腹に残った水溜りは溢れそうだ、緊急事態! チョイト、トイレを拝借。

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● 新小岩駅前、通勤で小走りに駅に向かう人も見える。 「北口商店会」を横切る。 

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● 暗渠化されコンクリート造の欄干だけ残された巽橋。 その巽橋跡がある「たつみ橋交差点」 こちらも、新小岩駅に向かう多くの人が信号待ち!、、、、、ここまで平井駅から約40分歩いた。 私の足は快調だ、この状態なら次の小岩駅までは楽勝だ! 

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● 葛飾区東新小岩の町を蔵前橋通りが貫いていく。、、、、通りの両側はカーディーラーと、ファミレス、マンションが並び、歩く私には面白みが無い! 単調な歩きで疲れてきたかな? 

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● 一日2~3本の貨車しか通らない新金貨物線のガードを抜ける。 ガードは昭和33年(1958)に熊谷組の施工で竣工した。
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● 続いて新中川に架かる上一色橋(かみいっしきばし)を渡る。 橋は昭和41年(1966)に架橋(既に50年以上経過した)、、、、この橋を渡ると小岩駅がある。 季節外れの暖かさ、歩く私は汗ばんできた。

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● 小岩駅に向かう商店街「西小岩通り会」の曲がり角。 『ここを曲がれば小岩駅、今日の目標を達成する。 でも、次の市川駅まで歩くと、さすが男だ、よく頑張ったと妻の一言! 市川まで歩くか、ここで止めるか、これが問題だ!』 心の葛藤があったが、市川まで歩くことにした。(チョイト、足と腰が痛くなってきた。 我慢、我慢、やせ我慢!)

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● 小岩駅前の通過は9時半、平井駅からは1時間半ほど経過した。 柴又街道との交差点を通過する。、、、、『もう少しで市川橋だ、ガンバレ!』チョイト疲れた自分にいいきかせる。

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● 市川橋の西詰(小岩側)で、蔵前橋通り千葉街道(国道14号)とぶつかる。 ここが蔵前橋通りの東端になる。 道路名を表示している案内板も、蔵前橋通りを示す矢の方向が一方だけとなっている。(ヤ~ね!)

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● 江戸川に架かる市川橋まで来た! 全長399mの橋は、歩いて渡るには長~~い。 『歩けど 歩けど 橋の上 川に飛び込みたくもなるね』 

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● 市川橋を渡り市川市に入ると、高宮山観音寺がある。天正17年(1362)に開山した真言宗豊山派の寺。 『疲れたが、駅まであと少し、無事帰れますように(合掌)』

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● 足・腰の痛みこらえて市川駅に到着。 1万5千歩、歩いたぞ!

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2024年2月19日 (月)

意地で1万3千歩

最近歩く機会が少なく、体力が落ちてきたかも?? 今朝、食事をしながら『チョイト、歩いてくるね』 TVの天気予報は、文京区の椿山荘からLIVE中継。 『アレ、傘さしてる!』 食事が済んで外を見ると、我が家の周辺は濡れているが、雨は止んでる。 妻『傘を持って行ってね!』 私『雨は降らない、もし降ったらすぐに帰って来る。 男の散歩に傘は邪魔だ!』 傘を持たずに飛び出した。




● 家を出たが、さてさて何処へ行こうかな? 家を出て1分『アレ、雨粒が落ちてきた。 コリャ、遠くに行けないな』 本降りになっても、すぐにバスに乗って帰れるように浅草方面に歩きだす。 我が家と同じ町にある「須賀神社」に手を合わせ、『雨がやみますように!』と神頼み。

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蔵前一丁目交差点に来ると、傘をさす人も多い。 ココまで、我が家から真直ぐ歩いて、徒歩8分。 いまさら、我が家に戻って『散歩は止めた!』と妻に言うのは男として情けない! もう少し歩いて、本降りになったら帰ることにしようと決める。、、、、『この雨、本降りになるかも?』チョイト、不安がよぎる。 『そうだ、川向こうの東京都慰霊堂に行こう!』雨が降っても雨宿りできる。 これより、蔵前橋通りを歩く。

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● 小雨がパラパラ。 カメラが濡れるのを拭きながら蔵前橋を渡る。

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東京都慰霊堂に来ると、傘をさす学生も少ない。 雨は霧雨となった。 これなら、もうチョイト歩いて見よう!

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石原三丁目交差点まで来ると、雨は止んだ。 服は湿っぽくなったが、『ヨシ、もう少し散歩を続けよう!』 

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法恩寺橋を渡る頃には、道は乾き、雨は完全に止んだ。 これで、今日散歩に出た、男の面目が立った!

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錦糸町駅近くを通過。 傘をさす人はいない。

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天神橋を渡り、くず餅屋さん亀戸天神前を通過。 男の意地で小岩駅まで歩くつもり。

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東武亀戸線を越える頃、チョイト足が痛くなってきた。 アリャ、コリャ、歳だな、脚力が弱くなったか?、、、、江東新橋を渡り、江戸川区に入る。

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● 江戸川区に入り、平井駅前のタワマン工事現場まで来ると、足の疲れが出た! 我が家の家訓(?)、“年寄りの 無理は禁物”を思い出し、今日の散歩はここ平井駅までとする。 小岩まで歩くつもりが平井でギブアップ、1万3千歩の散歩でした。

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2024年2月15日 (木)

住みやすい谷塚

天気も良さそうなので、『歩いてくる!』と一言残し家を出る。 『さて、どこへ行こうか?』 迷える爺は、とりあえず浅草線に乗り押上で降り。 東武伊勢崎線に乗り西新井で降り。 再び伊勢崎線に乗り谷塚で降り。 ここから歩こうと決めたが、東西南北いずれに向かう? またまた迷える爺となり。 駅前の地図を眺めて、見沼代親水公園駅まで歩くことにした。 1万1千歩の散歩です。




谷塚駅は東武伊勢崎線が東京都足立区から埼玉県草加市に入って最初の停車駅。 私にとっては、『東京から埼玉に行ってきた』と言える駅だ。 我が家のある浅草橋から30分程の処にあり、お手軽に来られる駅でもある。、、、、東口は駅前ロータリーがあり、バスも停まり、スーパーや100年ショップなどもあり整備されている。 西口は駅前に空き地が広がり、車は入りずらく、これから整備するようだ。、、、、駅前の地図を眺めて、今日は県道104号線の北側を西へ向かって日暮里舎人ライナーの見沼代親水公園駅まで歩くことにした。

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● 住宅情報サイトの記事によると、谷塚駅東側は『①駅前に交番がある ②スーパーや日用品店が揃っていて買い物に困らない ⓷コンビニと飲食店は少なめ ④全体的に人通りが少なく静かな雰囲気』と書かれているが、今日歩いた西側の特徴は『①全体的に店が少なくて田舎の雰囲気 ②家賃は低いがやや古い物件が目立つ ⓷自然が多くてのどかな住宅街が広がる ④スーパーが少なくて買い物が不便』と書かれてる。 たしかに、歩いてみて西側は、まさに田舎の雰囲気が残る新興の住宅地である。 店は少なく、道路は狭く、歩く面白みに欠ける町。

・・・・・・・・・・ 駅近くで県道104号線を横断し、北側(谷塚町・柳島町)の裏道を歩く。

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・・・・・・・・・・ さっそく農地が現れた! セールストークで『高い建物がないので、見晴らしが良いです。人通りも少なく、緑が多いのどかな住宅街が広がってます』 

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・・・・・・・・・・ 新しいアパートが並ぶ! セールストークで『戸建てに混ざって、一人暮らし向けの低層アパートも多いですよ』

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・・・・・・・・・・ 畑の向こうにマンションがある! セールストーク『眺望の良い1LDK、家賃は7万円で、安いですよ』

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・・・・・・・・・・ 草加市を南北に貫く国道4号線 セールストーク『国道に出れば お店がいっぱい並んで便利です』

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・・・・・・・・・・ チョイト狭い裏道。 セールストーク『住宅街は人通りが少なく、静かな雰囲気です』

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・・・・・・・・・・ 草加南高等学校(草加市柳島町)がある。 セールストーク『学校も近く 東大受験まちがいなし』

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・・・・・・・・・・ 高等学校の西には、素朴な感じの柳島氷川神社がある。 セールストーク『お受験の神頼みもできますよ』

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・・・・・・・・・・ 氷川神社の裏には柳島コミニティセンターがある。 セールストーク『地域との触れ合いはこちらでできます 谷塚での充実した生活をおくってみてはいかがですか』

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● 東京都足立区と埼玉県草加市の境を流れる毛長川(けながかわ)に出た。 毛長川は利根川水系綾瀬川支流の一級河川。、、、、昭和23年(1948)より40年にかけて改修拡張された。 人口急増による生活排水の増加などの影響により20世紀後半に水質がきわめて悪化したが、流域の下水道の普及などにより水質は次第に改善した。 現在、埼玉高速鉄道線のトンネルを活用して荒川の水を引き込み、綾瀬川同様、毛長川に注ぐことで水質を改善する試みが行われている。、、、、川を越えたら、見沼代親水公園駅がある

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● 日暮里舎人ライナーの終着駅「見沼代親水公園駅」に到着。 東京23区内最北端の駅、平成20年(2008)の開業。

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2024年2月13日 (火)

八広から南千住

天気予報では、暖かくなり散歩日和となるそうだ。 今日は、京成押上線の八広駅で降り、東武伊勢崎線の鐘ヶ淵駅前をとおり、南千住駅まで1万歩の散歩です。



● 関東大震災があった大正12年(1923)9月1日より2カ月程前の、7月11日に「荒川駅」として開業したが「八広駅」の始まりである。 荒川駅は荒川(当時は荒川放水路)の土手上に位置していたことに由来している。 駅名は平成6年(1994)4月1日に「八広駅」に改称したが、駅の位置は変わっておらず、ホームの先には荒川橋梁がある。、、、、駅名の「八広」は町名の八広に由来する。 町名の「八広」は、昭和40年(1965)の住居表示実施に伴い寺島町6・8丁目、隅田町4丁目・吾嬬町西5~9丁目の8地区が合併して成立したため、「八」の字を採り、その字体から「末広がり」の縁起を担いで命名された。、、、、駅の高架化が完成した平成11年(1999)からは、ホームは3階となり、1番線が片面、2・3番線が島式の2面3線構造。 朝ラッシュ時には1番線が通過列車専用となり、2番線が上り、3番線が下りホームとなる。 改札は2階で1ヶ所のみ。

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・・・・・・・・・・ 駅周辺には大きなスーパーは無く、駅前の喫茶店は無く、パチンコ屋も無く、カラオケも無く、下町の家並みだけが目に入る!

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● 八広駅から鐘ヶ淵駅に向かう、鐘ヶ淵通り(都道:補助第120号線)の拡幅工事が始まっている。 現在は「Ⅰ期区間」として、墨田区墨田3丁目~東向島5丁目の約370mの幅員を20~23m(既存の道路幅の倍以上)に拡幅してる。 拡幅の目的は、防災拠点への避難路(補助120号線)の整備と沿道の不燃化促進による延焼遮断帯の形成を目指し、街路整備と沿道まちづくりの一体的な整備を行っているそうだ。、、、、いずれ起きると思われる、大震災に向けての対策か? 整備を着実に進めて欲しいね。

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鐘ヶ淵駅前を歩く。 この駅前踏切を見ると、必ず“自らの脱臼事件”を思い出し、以来、踏切の横断、写真撮影などに注意するようになった。、、、、思い出多い踏切である。

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● 隅田川に架かる「水神大橋」を渡り、墨田区堤通から荒川区南千住の町に入る。、、、、水神大橋(すいじんおおはし)の橋名は東岸の墨田区堤通2にある「隅田川神社(水神宮)」に因む。 橋が架けられたのは平成元年(1989)3月で、隅田川の橋としては新しい方だ。 工事は橋の組み立てを陸上で行い、橋桁を台船に乗せて干満の差を利用して橋脚に乗せるという方法を利用した。、、、、両岸の汐入公園(荒川区)、東白鬚公園(墨田区)は東京都の防災拠点として位置づけられており、そのため双方を繋ぐ連絡橋として千住汐入大橋と共に計画された。 当初は歩行者専用橋で、接続する道路の整備が完了した平成8年(1996)より自動車道路供用が開始された。、、、、橋の諸元は、種別:鋼道路橋、形式:3径間連続ニールセンローゼ桁橋、橋長:157.0m、最大支間:102.0m、幅員:17.0m、着工:昭和59年(1984)、竣工:平成元年(1989)

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● 水神大橋の上から汐入公園の方を見ると、川岸に「隅田川旧防潮堤」の一部が残されている。 公園が整備される以前は、この防潮堤が川の両岸に構築され、高度成長期の“どぶ川”として隅田川は親しみある川ではなかった。 今は、川下の中央区まで「隅田川テラス」が整備され親しみやすい川となった。

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● 汐入公園を抜けると、JR南千住駅の東側に広がるJR貨物の隅田川駅がある。 フェンスの隙間から覗きながら南千住駅へ向かう。 電気機関車が並んでる、鉄道オタクにはたまらん光景!

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南千住駅に到着。 駅前に、東京駅行きのバスが停車してる。 『ラッキー このバスは浅草橋駅前を通る しかも敬老パスで料金は払わずOK』 我が家までのんびりバスに揺られて帰ることにした。

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2024年2月10日 (土)

天神で観梅

今週は久々に雪の東京で、寒さもひとしお。 でも、ニュースを見てると、あっちで咲いた、こっちで咲いたと、ウメとサクラの話題が出てくる時期となった。 今日は夫婦で亀戸天神の梅を観てきた。

亀戸天神は、正保年間(1644~1647)、菅原道真の末裔であった九州の太宰府天満宮の神官、菅原大鳥居信祐は、天神信仰を広めるため社殿建立の志をもち、諸国を巡った。そして寛文元年(1661)、江戸の本所亀戸村にたどり着き、元々あった天神の小祠に道真ゆかりの飛梅で彫った天神像を奉祀したのが始まりとされる。 当時、明暦の大火による被害からの復興を目指す江戸幕府は復興開発事業の地として本所の町をさだめ、四代将軍徳川家綱はその鎮守神として祀るよう現在の社地を寄進した。そして寛文2年(1662)、地形を初め社殿・楼門・回廊・心字池・太鼓橋などが太宰天満宮に倣い造営された。 古くは総本社に当たる太宰府天満宮に対して東の宰府として「東宰府天満宮」、あるいは「亀戸宰府天満宮」「本所宰府天満宮」と称されていたが、明治6年(1873)に府社となり亀戸神社、昭和11年(1936)に現在の亀戸天神社となった。、、、、“亀戸天神社”などの言い方は聞いたことがない、江戸っ子は“亀戸天神”で誰もが判る!




● 駅から天神までの商店街は、『梅まつり』の旗を飾って盛り上げる。(午前10時半、これから店開きの商店もあり、人影はまばら)
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天神様にやって来た。 中高年の参拝客が目立つ。 太鼓橋から境内を眺めると、参拝客も多そうだ、拝殿前は行列ができてる。

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● 梅が咲いてた、5分咲きぐらいかな? 境内には300本の梅の木があるそうだ(数えたことはないが)、、、、「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春をわするな」菅原道真が太宰府への左遷直前に詠んだ和歌

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日光猿軍団は商売・商売・出張商売! 境内で、日光から上京した猿が、一芸を披露!

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● 今日は散歩日和であった。 そこで一句思い出す、、、、松尾芭蕉の弟子、服部嵐雪の詠んだ有名な句「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ

2024年2月 4日 (日)

草津よいとこ~

昨年の暮れ『正月は温泉で新年を祝おう』と娘達と話し宿を探したが、既にどこも満室であきらめた。 ならば、正月過ぎて客の少なくなった頃、家族揃って温泉旅行しようと話はまとまった。 昨年末、草津温泉の宿も予約がとれた。、、、、一昨日より、娘達の二家族と私達夫婦の、三家族七人で草津温泉に行ってきた。



● 電車とバスに揺られ、情緒あふれる温泉街へ、熱い露店風呂に、綺麗に盛られた料理を食し、夜は静かに雪景色、チョイトうるさいイビキの音色、、、、こんな情景を想像し、期待して、2月3日(土)出発進行!




● 上野発10時、5両編成の特急「草津・四万1号」に乗る。 特急だが、赤羽、浦和、大宮と停まり、大宮を過ぎると、全車指定席の列車には空席がない、乗車率100%だ! 車内はカップルが多いこと、団体さんはいないね。、、、、途中、伊香保温泉のある渋川、四万温泉のある中之条などに停車したが降りる人は少ない。 9割近くの乗客はそのまま終点の長野原草津口駅まで、何だか不安になって来た。

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・・・・・・・・・・ JR吾妻線「長野原草津口」駅からは、JRバスで草津温泉まで行くのだが、このバスも増発に増発をかさね、電車の乗客(数百人ぐらいか?)をピッストン輸送。、、、、大きなキャリーバッグの人もいる、『そうだ春節だ!』(嫌な予感がした)

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● まずは「湯畑」を見に行く。 ナント、人の多いこと! 家族連れ、カップル、そしてインバウンド、コリャまいったね! 飲食店は全て行列、まんじゅう屋まで行列。 湯畑の脇で行われてる「湯もみショー」も1時間待ちの行列、あきらめて翌日来ることにした。

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● 湯畑を見下ろす高台には、白根明神の別当寺として正治2年(1200)に草津領主湯本氏が再建したと言い伝えられている、真言宗豊山派の密教寺院である草津山光泉寺がある。、、、、行基建立の薬師堂は古くから日本三大温泉薬師の一つとして著名であった。東の草津、西の有馬は吾が国の温泉の二大双璧でこれに山中の湯、城崎の湯、道後の湯のいづれかが加わって日本温泉三大薬師と呼ばれたそうだ。、、、、草津の観光名所の一つ、多くの観光客が参拝する寺と思われる。 観光客の浄財で建てたのか(?)、昨年落成式をしたらしい新しい五重塔もある。

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● 草津は湯量豊富な温泉場、当然、外湯(共同浴場)も数多くある。 写真は、
白旗の湯御座之湯地蔵の湯

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● 今宵は湯畑に近い、明治35年創業の
昔心の宿 金みどり」でお世話になる。 部屋数は少なく、静かな佇まい、きめ細やかなサービスが魅力の老舗旅館は、心静かにゆっくりとくつろぎたい人にぴったり。(草津温泉人気の宿にランクインしてるそうだ)、、、、料理は間違いなく美味しい。 風呂は熱々。 泊まって満足!、、、、(料理・部屋・風呂などは、勝手にホームページを見てね)

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● 夕食を食べた後は、幻想的な光に包まれる夜の湯畑、、、、夜は寒い、宿へ戻って風呂に入り直しだ!

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● 二日目、今日はチェックアウトし、昨日見ることができなかった「湯もみショー」をみる。 “草津”と言えば、湯畑に湯もみショー。 見ておかないと話しにならぬ!、、、、50歳前後と思われる、ガールズグループによる“草津節”、“草津湯もみ唄”をジックリ聞いて、次は湯もみの実演。 約30分、一人700円のショーでした。

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● 湯畑から「西の河原通り」と呼ばれる小路を歩き「西の河原公園」に行ってきた。 

・・・・・・・・・・ 西の河原通りは鎌倉の“小町通り”や江の島に、観光客の雰囲気が似てる。 両側に飲食店・土産屋・饅頭屋・旅館が並び、観光客がゾロゾロ。

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・・・・・・・・・・ 西の河原公園は、園内の随所から湯が湧き出し、湯けむりが立ち、川となって流れてる。 大露天風呂あり、足湯あり、稲荷神社もあり、一風変わった公園だ。

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長野原草津口駅から帰りの特急で上野まで。 昨日は気づかなかったが、改札の頭上に“春節”を意識したと思われる赤い提灯が、ここは日本の草津だ! 何か変だな!(これもオーバーツーリズムの一種か?)

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