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2024年9月17日 (火)

荒川沿いの北千住

東武伊勢崎線の堀切駅から、荒川の形状に沿って北千住の町を歩く。 西新井橋南詰の千住桜木のバス停まで歩いてきた。 1万1千歩


堀切駅は、令和4年(2022)度の1日平均乗降人員は約4000人で、東武スカイツリーライン(伊勢崎線)愛称区間では最も利用客が少ない駅である。、、、、堀切駅は、明治35年(1902)の吾妻橋(現:とうきようスカイツリー)~北千住間開業時にできた駅であるが、開業当時の堀切駅は今よりやや東で、ちょうど荒川のど真ん中付近にあった。 開業当時はまだ現在の荒川がなかったためで、荒川放水路(現:荒川)開削に伴って堀切駅が現在の位置に移転してきたのは大正12年(1923)7月1日のことである。 現在、地名としての“堀切”は荒川の対岸(東岸、葛飾区堀切)であるのに、西岸にあるこの駅が堀切(足立区千住曙町)と名乗っているのはこのためである。 駅の東側は荒川が流れ、西側も400m程歩くと隅田川岸にぶつかる。 川と川に挟まれくびれた所に堀切駅がある。 都会の中の秘境駅である。、、、、相対式ホーム2面2線の地上駅で、駅舎は上下線それぞれにあり、ホーム間の構内移動はできない。 駅員も乗客も上下線の移動は、一旦改札を出て、跨線歩道橋を渡る必要、、、、電車は北千住~浅草間の普通電車しか止まらず若干不便だが、『これぞ下町』を感じる駅である。 小津安二郎の名作『東京物語』(1953年)やテレビドラマ『3年B組金八先生』にも登場した懐かしい駅だ。 駅に隣接して、病院、学校があるが、駅周辺にはコンビニ、喫茶店など店は一切無く、“飲みたかったら自販機で!”
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・・・・・・・・・・ 駅前の荒川の土手に上がると、対岸の葛飾区と結ぶ堀切橋がよく見える。  振り返り、土手下の駅を見ると、駅名標が目線の下に!
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● 堀切駅から土手下の住宅密集地を歩くと、製紙工場の跡地に平成元年(1989)に開園した公園「柳原千草園」がある。 驚く程の広さの公園ではないが、園内は四季折々の植物が植えられている。 さらに、住宅密集地のため防災面にも配慮されており、防火用貯水槽2基を備え、消防車など緊急車両が園内通過できるようになっている。
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● 足立区柳原の町には柳原千草通り」と呼ばれる商店街がある。 来るたびに廃業した店舗が増え、今や“商店街”らしさは消えた。 寂しいね!
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● 柳原の町から日ノ出町の町に入ると、シンボルのような大きな集合住宅による旧公団の日の出団地がある。 昭和43年(1968)に竣工した、4棟(764戸)の団地。、、、、千住の町を威圧している建物だったが、近ごろはタワマンなども建ち、目立たなくなってきたかな?
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● 日の出町で荒川土手に上がってみると、正面に小菅(葛飾区)の東京拘置所が、左手に東武伊勢崎線、つくばエキスプレス、JR常磐線、東京メトロ千代田線の橋梁が重なり見える。、、、、今日も暑い! 汗が噴き出してる! 拘置所の中は冷房してるかな?(羨ましいね)
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● 東武伊勢崎線荒川橋梁とつくばエキスプレス荒川橋梁の間に、日蓮宗の久栄山清亮寺がある。 元和5年(1619)身延山久遠寺末として、水戸街道入口のこの地に創建された。 本尊は、一塔両尊四士合掌印、宗祖日蓮説法像を中心に、全部で15躯の仏像で構成されている。 本堂は天保4年(1833)に再建の総欅造りである。 昭和6年再建の山門(薬医門)に掲げる扁額「久栄山」の書は、六朝風の名筆中村不折によるもので、昭和59年登録文化財(書跡)となる。
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・・・・・・・・・・ かつて門前の水戸街道に面して古松が茂り水戸光圀公ゆかりの「槍掛けの松」が境内にあった。 今は、千住名物“槍掛けだんご”として名を残している。(近くのだんご屋で売ってます、賞味あれ!)
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● 日光街道(国道4号)を横断し、千住新橋の南詰にあたる千住大川町に入ると、荒川土手の下に「大川町氷川神社」がある。 祭神は素盞鳴命・倉稲魂命である。 永仁2年(1294)に千住五丁目川田耕地に素盞鳴命を勧請したのが始まりとされています。 大正2年(1913)に荒川放水路(現:荒川)の開削工事のために現在地に移転した。、、、、チョイト広い境内には、規模のチョイト大きい富士塚があり、常時登拝可能である。 あまり参拝者がいるかんじではないが、境内はしっかりと整備されている。
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・・・・・・・・・・ 旧千住新橋は明治44年(1911)から荒川放水路の大改修計画の一環として、大正9年(1920)より同13年(1924)までの永い歳月と、119万円を費やして完成したものだ。 橋の構造、規模は長さ452.7m、幅7.2m、鋼板桁の近代橋であった。 その後、昭和32年(1957)に幅17.0mに拡張したが、老朽化により架け替えすることとなった。 この時の千住新橋の親柱が保存されている。、、、、何だか汚れが目立つようになり、チョイト親柱がショボクレテ見える!
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● 土手下の道を歩き、西新井橋南詰に出た! 汗ダラダラ、頭ポカポカ、足クタクタ、今日の散歩はここまで。 近くのバス停「千住桜木」からバスに乗る。 
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