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2025年1月27日 (月)

千葉街道に沿って

京成本線の海神駅から、千葉街道沿いに歩いて、総武線下総中山駅まで、1万歩の散歩です。



● 都心から京成本線で千葉方面に向かうと、京成船橋駅の一つ手前に海神駅(かいじんえき)」はある。、、、、海神駅は千葉街道(国道14号)の北側の一段高い丘陵部に位置している。 この付近は昭和初期に富裕層の別荘が建ち始めたことに由来する大邸宅の多い高級住宅街として開発されたが、約100年を経た現在は小規模住宅も増えたようで、一般の住宅街に変わってきた。 海神駅は大正8年(1919)10月25日に京成電気軌道の駅として開業した。 住宅街の駅で1日平均乗降人員は約6,000人、京成線内では乗降人員の少ない駅である。 もちろん、普通列車しか停車しない、私好みの駅である。
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● 今日は海神駅の近くに在る龍神社(船橋市海神6)へ、几号水準点を見に行く。、、、、龍神社(りゅうじんじゃ)は、西海神の鎮守で大綿津見命(仏名:娑竭羅龍王、別名:阿須波の神)を祀る。 明治以前まで近くの大覚院が別当をしていたと伝えられ、同寺の山号を龍王山と称する。 万葉集巻二十に「庭中の阿須波の神に小柴さし 我れは斎はむ帰り来までに」の歌が伝えられている。、、、、明治中期に造営された総欅造の本殿には、技巧をこらした彫り物があり、一見の価値あり!
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・・・・・・・・・・ 龍神社の鳥居の内側で狛犬台座前に独立して几号水準点らしき標石が設置されている。 この標石は一辺15㎝、地上高さ30㎝程の花崗岩でできた角柱。 上面には球状のふくらみがあることから、明治初期に内務省の設置した几号水準点よりも比較的新しい時期(私の推定では、昭和に入って設置されたものか?)に設置されたものと思われる。 標石の一面に6㎝角の「不」に似た記号が彫られている。 各地の几号水準点を見て歩いてる私にとっては、偽物もどきの標石にチョイトがっかり。、、、、【注記】几号(きごう)水準点とは、明治9年前後に内務省地理寮(国土地理院の前身の一つ)が高低測量を行うために設けた基準となる測量点。 イギリス式の測量法に従い、漢字の「不」に似た記号を恒久的に残るであろう石等に刻印し、水準点としたものである。 しかし、明治17年(1884)に陸軍の陸地測量部がドイツ式の測量方式を採用したため、この方式は使われなくなった。 現在、設置された几号水準点の一部は各地に現存しているが、水準点としては機能していない。
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● 千葉街道に出て、東京方面に向かうと、船橋中央病院の北側の小高い処に、木花咲耶姫命を祭神とする「山野浅間神社」(船橋市西船1)がある。 千葉街道から階段を上り、船橋市内で最も長い参道と言われてる約200mの参道を進むと社殿がある。 神社は、奈良・平安時代から山野浅間神社と称するといい、明治時代には村社に列格していたといいます。 現社殿は昭和47年(1972)に新築された。
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● 再び千葉街道に戻り、西船橋駅の北側でJR武蔵野線のガードを抜けると、一昨年(23/10/31)歩いた「印内春日神社」、「葛飾神社」、「東明寺」、「多聞寺」、「稲荷神社と続く。(一昨年の記事を見てください!)
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● 千葉街道から南に折れて、JR総武線の下総中山駅に到着。 下総中山駅は日蓮宗本山の中山法華経寺へ続く参道が駅前から伸びる。 参道はチョイトした商店街となっている。、、、、下総中山駅は明治28年(1895)4月12日に総武鉄道の中山駅として開業した。 明治40年(1907)には鉄道国有法により買収され国有鉄道の駅となる。 大正4年(1915)下総中山駅に改称する。、、、、普通列車しか停まらない駅。 なんとなく薄暗く、不思議な静けさを感じるのは私だけか?
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