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2025年1月 1日 (水)

三が日は京都旅行(1)

今年の三が日は長女の家族と京都旅行に行ってきた。 一月一日、朝東京を出て、伏見稲荷大社、東福寺に初詣。 二日は京都鉄道博物館、京都水族館の見学。 三日は東寺に清水寺を巡る、二泊三日の旅行。 



● 10時半、満員の新幹線にゆられ京都駅に到着。 新幹線改札を出ると目の前には奈良線のホーム、電車が発車直前、人の流れに流され乗車、京都駅から二駅目:JR西日本の稲荷駅で下車。 駅前には伏見稲荷大社の鳥居が見える。
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● 京都の初詣ベスト2にランクする「伏見稲荷大社」、初詣客でスゴイ! 私の住む東京の浅草寺と混みようは変わらず、例年初詣客の人出は250万人らしい。、、、、朱塗りの楼門は、天正17年(1589)に豊臣秀吉が寄進したと伝えられている。 重要文化財の本殿は明応8年(1499)に再興された檜皮葺きの社殿。 どちらも、人混みの中、全体像を撮影できず、ただただ人の頭を見ながら社殿に向かう。
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・・・・・・・・・・ 拝殿で手を合わせ、後背にある稲荷山の千本鳥居を歩く。 我が孫は、朱塗りの鳥居が続く情景に期待を膨らませ京都に来たようだ。 インスタ映えする鳥居の景色は期待を裏切らなかった。、、、、山頂まで続く鳥居の参道には、年末のこむら返りの痛みが残る私の足が悲鳴をあげ、中腹の「
熊鷹社」で引き返すことにした。
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● 伏見稲荷大社を後にして、山裾の住宅地を歩き抜けると、東福寺の山門が見えた。、、、、東福寺は臨済宗東福寺派の本山。 摂政九條道家が聖一国師を開山として菩提寺建立を発願、嘉禎2年(1236、鎌倉時代)より19年の歳月をかけて建長7年(1255)に七堂伽藍を完成した。 京都五山の一つ。 壮観を極めた伽藍であるが、度重なる兵火と明治14年(1881)の失火で仏殿、法堂、庫裏などを焼失、以後、逐次再建された。 禅宗伽藍を代表する室町最古の三門(国宝)をはじめ、浴室、東司(便所)禅堂(いずれも重文)など室町時代の禅僧の生活を知る上で貴重な建築が残る。 境内の通天橋は紅葉の名所。、、、、伏見大社に比べると極めて少ない参拝客(まばらな人影)に、我が家の一行はホットする。
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・・・・・・・・・・ まず目に入ったのは、禅宗寺院としては最古最大最優の国宝である「三門」。 室町時代の国宝建造物。 和様、大仏様(天竺様)の建築様式を取り入れてる。 棟高は22m余の三門、楼上からは洛南一帯を一望できる。 一目見て、スゲ~~!
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・・・・・・・・・・ 東福寺の法堂(本堂)は、明治14年(1881)に仏殿と法堂が焼けた後、大正6年から再建工事にかかり、昭和9年(1934)に完成した。 高さ25.5m、間口41.4mの大規模な堂で、昭和期の木造建築としては最大級のもの。 国宝に指定されている。 堂内には、本尊の釈迦如来像(鎌倉時代の作)が座している。
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・・・・・・・・・・ 秋の紅葉の名所「通天橋」も、葉が落ちた冬は訪れる人も少ない。、、、、仏殿から常楽庵に至る渓谷に架けられた橋廊で、天授6年(1380)に架けたと伝えられる。 昭和34年(1959)台風で崩壊したが2年後再建、その際橋脚部分は鉄筋コンクリート造となった。(秋の通天橋の写真は、14年前に撮影)
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・・・・・・・・・・ 方丈は明治23年(1890)に再建された。、、、、本坊庭園「八相の庭」は近代の造園家、重森三玲によって昭和14年(1939)に作庭され、方丈を囲んで四方に配される。 釈迦成道を表現した枯山水庭園。
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● 夕刻、京都駅前の「都ホテル」にチェックイン。 正月気分で夕食となる。
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