草加宿から松原へ
東武伊勢崎線の草加駅から日光街道沿いに歩いて隣の獨協大学前駅まで、久しぶりの散歩です。 1万歩
● 猛暑日の続いた夏もいよいよ終わりに近づいた。 きょうは、押上から南栗橋行きに乗り草加で降りてみた。 『久しぶりの散歩は、日光街道をチョイと歩いてみることにする』と、自分に言い聞かせスタートする。、、、、、草加駅は明治32年(1899)に開業した古参の駅。 草加市は埼玉県の町であるが、東京都足立区に隣接する町で、スカイツリーのある押上駅からは、東武伊勢崎線の急行で4駅目が草加。 我が家(浅草橋)の玄関から約40分で、草加駅前に到着できる。、、、、、日曜の午後電車は空いてた。 平日の朝も、通勤通学の時間帯にこの程度の空き具合なら嬉しいのだが、贅沢かな?

● 東口から駅前の通りを歩き、旧日光街道(宿場通り)に出る。 旧日光街道は一車線の一方通行の道路で、かつての宿場の面影を残す商店街となっている。

・・・・・・・・・ 宿場町として栄えた往時を偲ぶ草加の貴重な古民家が二軒。 江戸時代からの旧家で、明治以降は米屋、味噌製造をしていた藤城家。 草加宿の北端に位置し、町屋建築の形式を持つ瓦葺きの建物は久野家。 二軒とも国登録有形文化財。、、、、、川越の街並みのように古い建物が連なって残っていないのが残念だが、この二軒は草加宿に残る貴重な建物だ!

・・・・・・・・・・ また、宿場の南には、享保年間に稲荷社を祀ったのが始まりと言われている八幡神社。 北端には、正徳3年(1713)に草加宿の総鎮守として現在地に建てられた宿篠葉神明神社(神明宮)が鎮座する。、、、、、両社とも、大きな神社とは言い難いが、300年以上の歴史をがあり、宿場を守ってきた神社である。

・・・・・・・・・・ 両神社の中程(宿場の中程)に草加宿の本陣跡がある。 現在は、平成24年に建てられた記念碑が高層マンションの前にあるのみ。、、、、、参勤交代、日光東照宮詣でなど、全国の大名が泊まったシティーホテルである。 宿場の中には、アパホテル、東横インのようなビジネスホテルもあったと思うね。、、、、、 “大川本陣”とは、草加開宿から当地で宿を営んでいた“大川家”に由来するようだ。
・・・・・・・・・・ 本陣跡があるマンションの西側に旧草加小学校西校舎が保存されている。、、、、、建物は大正15年(1926)に建築された、県内で最初の鉄筋コンクリート造校舎である。 正面中央上部のとんがり屋根が印象的な建物です。 国登録有形文化財、、、、、内部は現在、草加市立歴史民俗資料館として公開されている。、、、、、草加宿の歴史を学ぶことができる施設である。


・・・・・・・・・・ 本陣跡から北へ200m程歩くと、真言宗智山派寺院の東福寺がある。 東福寺は、松寿山不動院と号す。 草加宿を開宿した大川図書が開基、僧賢宥(元和5年1619年寂)が開山となり1606年(慶長11)に創建した。、、、、、本堂・山門・鐘楼は江戸時代後期の建物で、山門、鐘楼は市の指定文化財となっている。、、、、、本堂の扉は閉ざされ、内部を拝見することができず残念!


● 草加宿の北端に流れる伝右川(でんうがわ)に架かる草加六丁目橋の両端に、松尾芭蕉と弟子の河合曾良の像が、一人づつ立っている。 共に奥の細道を旅をした師弟だが、ここの像は二人が一緒に並んで立っているのではなく、川を挟んで、弟子の曾良が『師匠、チョイと待ってて!』と手を差し出して叫んでいる。 松尾芭蕉は『遅いぞ、早くコッチャ来い!』と振り返っているスタイルだ!、、、、、この像は、草加市の彫刻家麦倉忠彦氏の作で、平成20年に建てられた。、、、、、この芭蕉の像が立っているのは、草加松原遊歩道の南端。

● 芭蕉像のある処から、綾瀬川沿いに北に延びる遊歩道が草加松原遊歩道である。、、、、、遊歩道は旧日光街道で綾瀬川と平行する約1.5kmに、600本以上の松が茂る並木で、「日本の道100選」にも選ばれている。 この松は寛政4年(1792)に1230本植樹したことに始まるそうだ。、、、、、遊歩道の途中には和風の太鼓橋なども整備され、歩きやすい、癒される道として整備されている。



● 遊歩道から外れ、獨協大学前駅から電車に乗る。、、、、、獨協大学前駅は、草加松原団地入居開始に合わせて、昭和37年(1962)12月1日に松原団地駅として開設した。 その後、松原団地の建て替え事業などに伴い、当駅は平成29年(2017)4月1日に獨協大学前駅と改称した。 島式ホーム1面2線を有する高架駅で、緩行線のみ停車する。
