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2026年3月

2026年3月27日 (金)

隅田公園は三分咲き

歳をとると医者通いも多くなり、今日は午前中に内科、午後は泌尿器科の定期診断。 結果はどちらも『特に問題はなく、いいですね!』 しかし、お土産の薬は多種あり、内科では6種、泌尿器科では3種、処方された。 この他に、耳鼻科で2種処方されており、一日に服用する内服薬は全部で11種、17錠もある。 このままでは、間違って服用することもある。(実際に、以前、間違って倍の量を服用した薬もある) そこで、内科では処方箋に“一包化”と記してもらい、薬局で朝服用する5種の薬を一纏めにしてもらってる。 これで、間違えて服用することもなくなったが、それでも毎朝、毎昼、毎晩、お薬タイムになると、間違えて服用しないよう頭を使い、注意・注意・注意してる。、、、、病院や施設に入れば、若い看護士・介護士さんが『お薬タイムですよ、ア~~ンして』と服用させてくれるかと、妄想をいだき期待している。(今日の診断結果では、どこも悪いところなし。 当分、病院・施設には入ることもなさそうだ!)

浅草の泌尿器科クリニックへ行った帰り、隅田公園に寄ってみた。 桜は三分咲き。 この週末は見頃になるかも?
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2026年3月22日 (日)

彼岸の墓参り

年に2回の「彼岸の墓参り」、今年も夫婦二人で昨日は東の墓へ、今日は西の墓へ、老いた身体にはチョイトきついが、春の日差しを浴びて参ってきた。・・・・・・・・・・ご先祖様に合掌 
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2026年3月18日 (水)

来た!北綾瀬

JR常磐線の亀有駅から千代田線の北綾瀬駅まで歩いてきた。



亀有駅へは、浅草橋(我が家)から京成線の青砥まで行き、青砥駅前から亀有駅行のバスで到着。 バスを降りると駅前では、漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のキャラクターである、「ようこそ こち亀の街へ!両津・中川・麗子がお出迎え!像」が迎えてくれる。 三人の中でも、グラマーな婦人警官:麗子さんを見ると年寄でも元気になるね!、、、、、亀有駅まで来たが『ここからは、どこへ行こうか?』 悩んだ結果は『とりあえず、北に向かって歩いてみよう!』 
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● 駅北口のチョイ奥にある「亀有北口中通り商店街」を歩く。 商店・スパーもある、行列のできる飲食店もある、脇道には夜の街もある、元気な商店街。
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● 商店街を抜け、「環七南通り」を西へ、続いて「蒲原通り」と表示された道を北へ向かう。 アパート、マンションの多い町だ、鉄塔もあるね。
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● そんな町にカラフルなマンションか(?) 近づいてみると、余裕ある敷地にシャレた建物、通用門に小さな字で「東京藝術大学」の文字! 『
こんな所に藝大のキャンパスがあったのか!?』 正面に回ると、「東京藝術大学 藝心寮」と記されていた。 『なんだ! 藝大の寮か!』 しかし、ここ足立区東和に立派な寮があるとは、さすが国立の藝大だ!
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● さらに歩いてると、環七通りの先に地下鉄千代田線の北綾瀬駅が見えた! 北綾瀬駅は地下鉄千代田線の引き込み線に、昭和54年(1979)12月20日、開業した駅である。 千代田線は、開業当初から需要増があった場合に綾瀬車両基地への引き込み線上に新駅を設置する予定があった。 しかし、建設当初は周辺の人口密度が低く、需要も少なかったので駅の設置はなされなかったが、本線開業後、急速に宅地開発が進み人口が増加したことで、沿線住民から駅設置の要望が強く出されるようになったため建設に至った。、、、、、環七通りの南側に設置された単式ホーム1面1線の高架駅。 ホームは西側の線路に取り付けて10両編成の列車が停車できるように設置されている。(開業当初は3両編成の列車が発着できる長さであった)  令和7年(2025)には、駅前交通広場の供用が開始された。、、、、、千代田線の綾瀬~北綾瀬間はこちらを見てね!

・・・・・・・・・・ 環七通りの頭上に駅がある
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・・・・・・・・・・ 北綾瀬駅から、さらに北に綾瀬車両基地まで線路は伸びている。
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・・・・・・・・・・ 今日の散歩はここまで、北綾瀬駅から帰る。
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2026年3月14日 (土)

堀切菖蒲園から亀有へ

京成本線の堀切菖蒲園駅から、裏道を北東に向かいJR常磐線の亀有駅までの散歩です。 今日は、裏道を歩く覚悟で家を出る前に、道に迷わないよう亀有までの途中ポイントとなる三寺(正王寺・九品寺・普賢寺)について、あらかじめ地図で位置を確認しておいた。



● 先日お花茶屋駅まで歩いたので、今日は隣の堀切菖蒲園駅から歩いてみようと思う。、、、、、堀切菖蒲園駅は高架下に1か所だけ改札口がある手狭な高架駅である。 駅周辺は、かつて複数の映画館があった葛飾区内屈指の繁華街であった。 今は映画館もなくなったが、賑やかであった頃の雰囲気が残る駅周辺には、間口の狭い商店・飲食店が並んでいる。 この駅は、昭和の下町が残る駅!、、、、、毎年堀切菖蒲園で開かれる「菖蒲まつりの期間は、駅周辺の人出も多い。
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● 堀切菖蒲園駅から裏道を500m程歩くと、真言宗豊山派の正王寺(葛飾区堀切5)がある。 正王寺は清滝山金長院と号す。 治承2年(1178)八王子社(現:堀切氷川神社)別当として法印俊義が創建したといわれてる。 朱塗りの山門から一般に赤門寺と呼ばれてる。 緑に囲まれて落ち着いた雰囲気で参拝できる。
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・・・・・・・・・・ 正王寺から東へ150m程歩くと、正王寺が別当であった堀切氷川神社がある。 堀切氷川神社は、天正年間(1573~1591)旧下千葉村の鎮守として創建された。 境内社の八王子神社は、治承2年(1178)に創建した古社で、江戸時代に5石の朱印地を与えられた。
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● 正王子から北東に直線距離で約400m、曲がりくねった道を歩くと600m以上(?)、真言宗豊山派の九品寺がある。 九品寺は、建久4年(1192)、宥真法印によって創立されて以来、800年に近い法灯を伝えているが、一時荒廃し、また享和2年(1802)および明治元年の火災と幾たびかの水害により、寺宝・記録散失して詳しい由緒は不明。、、、、、 現在の本堂は昭和35年5月の改築である。 広い境内には露像が多く、聖観音立像・阿弥陀如来坐像・弘法大師行脚立像・延命地蔵像・九品仏像などがある。 満開の桜も!
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・・・・・・・・・・ 九品寺境内の脇に「鈴懸の径(すずかけのみち)」という、小道(通学路となっている)がある。 この道の九品寺側の入り口に、作詞家佐伯孝夫が作詞した「鈴懸の径」の作詞が刻まれた石碑が建っている。 佐伯孝夫の墓が九品寺にあり、この歌碑は九品寺の住職が佐伯孝夫氏を偲び平成12年(2000)に建てたものだ。
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● 九品寺から約
800m歩くと普賢寺(葛飾区東堀切3)がある。、、、、、普賢寺は真言宗豊山派の寺院。 平安時代末期、葛西清重の開基である。 その後の戦乱で伽藍は焼失したが、弘安6年(1283)に法空によって中興した。 北条氏や千葉氏の庇護の下、順調に発展していったが、天文7年(1538)の国府台合戦の戦火により再び焼失、慶長2年(1597)になり斎海によって中興された。 当寺は付近の九品寺とともに区内有数の古刹である。
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● 普賢寺から亀有駅へ向かう途中に、上千葉砂原公園がある。 葛飾区西亀有にある区立の公園である。 ここでは、ウマ、ヤギ、ウサギなどに触れられる「ふれあい動物広場」と、「交通公園」がある。 今日は土曜日の午後、子供連れの家族で公園は大賑わい。 80歳に近い私一人、チョイト場違いな感じだ! 
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・・・・・・・・・・  交通公園の片隅に、D51502機関車が保存されている。、、、、このD51は、昭和16年(1941)に国鉄鷹取工場で製造され、奈良・広島第一・小郡・新鶴見・新津・直江津と各機関区を走り、最後は昭和47年(1972)に酒田機関区で廃車となった。 約30年間で全国約190万km走行した。 ひょっとしたら、私もどこかでこの機関車が牽く列車に乗っていたかも?
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● 亀有駅に到着。 今日は散歩日和で久しぶりに汗をかいた。、、、、、駅前から、のんびりバスで帰ることにした。

2026年3月 9日 (月)

西光寺と西光寺

京成押上線の四ツ木駅で降り北へ歩いて、天台宗の西光寺へ参り、さらに北へ向かい真言宗豊山派の西光寺へ参る。 さらに北上し京成本線のお花茶屋駅まで歩いてきた。 両西光寺とも葛飾区内にある。



京成押上線の「四ツ木駅は、現在の押上線が京成の本線であった大正元年(1912)11月3日に開業した。 その後、大正12年(1923)荒川放水路開削に伴い現在地に移転。 平成3年(1991)1月5日、旧荒川橋梁にタンカーが衝突し、上下線ともレールが折損するほどの事故が発生した。 その事故を受けて、荒川橋梁掛け替えおよび、荒川橋梁当駅の両岸にあった、当駅と荒川駅(現:八広駅)間の高架化工事が開始され、平成11年(1999)四ツ木駅は現在の姿で高架化された。、、、、駅周辺は木造住宅の密集地で、集客力のある大規模施設は何もない。 道路も区画整理ができておらず、緊急車両も通りにくい細い曲がりくねった道である。 いわゆる木蜜地域(=木造住宅密集地域)である。 地震・火災の発生が心配になるね! 
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● 四ツ木駅から寂れかけた「まいろーど四つ木商店街」を歩き西光寺に参る。
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● まいろーど四つ木商店街の中程から脇道に入ると天台宗寺院の「西光寺(さいこうじ)」(葛飾区四つ木)がある。、、、、、西光寺は、江戸氏・豊島氏と並ぶ関東の三大勢力であった葛西氏(鎌倉幕府創建の忠臣:葛西三郎清重)の館跡である、ただし遺構など確認できるものは残ってない。 葛西氏は後に、三陸の大名に栄転して当地からいなくなってしまうがその居館跡は西光寺として今も残る。、、、、、寺伝によれば、葛西清重の居館であった当地に関東教化中の親鸞が50日余り逗留し、自筆の阿弥陀如来画像を残した。 この間に清重は親鸞の弟子となり剃髪して西光房と称したという。 そして館内に堂舎を建て、親鸞の滞在していた期間、雨続きだったことにちなんで『雨降山西光寺』と名付けた。 以来、浄土真宗として法灯を続けたが、永禄年間頃には、兵火やいくたびかの水害でほぼ無住状態となった。 寛永年間になり、天台宗の旅僧が止宿して、由緒ある法灯の絶えることを惜しみ、村民とはかって浅草伝法院の門末の天台宗の寺として再興し、さらに相続く洪水に山号を雨降山から超越山と改めた。、、、、、本尊の阿弥陀如来立像、親鸞筆といわれる三方真向阿弥陀如来画像、葛西清重作といわる木造聖徳太子立像(秘仏)などの文化財を所蔵するが、散歩でブラッと立ち寄った私には拝見することができなかった。
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・・・・・・・・・・・ 境内西側100m程の所に、葛西清重の墳墓跡と呼ばれる場所がある。 門扉で仕切られた6畳程の空き地で、中央には墓があったと思われる処に大きな穴が掘られてた。 調べてみると、寛永8年(1631)建立の五輪塔1基と明治に大槻文彦らが建てた墓碑があったそうだ。 私の憶測では、墓地を整理し建て直すものと思われる。2026030908275020260309082723



● 四つ木の西光寺から、宝町の西光寺に向かう、、、、、河津桜は散り始めた、、、、、
昭和32年創業の末広湯。ザ・銭湯と言える造り!、、、、、曲がりくねった道は方向感覚が狂う!
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● 四つ木の西光寺から直線距離で北へ1.1㎞、葛飾区宝町にもう一寺の西光寺がある。、、、、、こちら(宝町)の西光寺は、真言宗豊山派寺院で、渋江山清重院と号す。 寺伝によると、元仁元年(1224)西光房善慶(葛西清重)の草庵にはじまり、のち浄土真宗の一寺となって西光寺と名づけた。 慶長18年(1613)再興のとき真言宗に転じた。、、、、、四つ木、宝町の両西光寺とも、始まりは浄土宗でその後改宗した、さらに葛西三郎清重・親鸞聖人ゆかりの地として、さまざまな共通する伝説がある。 チョイト謎多き二寺の歴史?
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・・・・・・・・・・ 本堂前の植え込みの中に「丹頂塚」と彫られた石碑があった。 “丹頂”の塚とは? 私の頭の中では、鶴の“丹頂”が浮かんだが、こんな下町でまさか鶴の塚とは思えない。 次に浮かんだのは、年配の人ぞ知る“丹頂チック”・“丹頂ポマード”などかつての整髪料の“丹頂”だ、誰かが懐かしみ碑を建てたのかと思った。、、、、、後に調べてみると、天保12年地元の人々が将軍放鷹のとき死んだツルの供養のために「丹頂塚」を建てたらしい。 昔は、この葛飾区にも丹頂がいたのだ!
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● 今日の散歩は、京成本線の「お花茶屋駅」から帰ることにした。、、、、、お花茶屋駅は普通列車のみ停車する駅で、昭和6年(1931)12月に開業した。 駅の所在地は葛飾区宝町2丁目であるが、北側には「お花茶屋1~3丁目」の名が広がっている。 かつて、この辺りは幕府の所有地で将軍が鷹狩をするために訪れていた。 8代将軍徳川吉宗がここに訪れた時、腹痛を起こし三軒あった茶屋のひとつで、娘のお花が手厚く看病し回復したといわれてる。この話からこの地を「お花茶屋」と呼ぶそうだ。、、、、、この辺りは鷹狩の地であった。 だから丹頂もいた! これにて「丹頂塚」も納得!
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2026年3月 1日 (日)

梅と桜

今日は東京マラソン」が行われ、コースの一部となる「江戸通り」沿線の我が家(浅草橋)付近も交通規制で、浅草・日本橋・両国方面には、バスの利用や歩いて行くのが難し。(JR、地下鉄は平常通り利用可能) 昨年までマラソンの行われる日は、なるべく外出は避け、コース沿道で応援することが多かった。
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● 今年は応援にも飽き、夫婦で旧中川河津桜(江戸川区平井)を観てきた。 JR総武緩行線の平井駅から亀戸駅まで、春の陽気に誘われて散歩した。、、、、、旧中川に架かるJR総武線鉄橋を挟んで、上下流に河津桜が咲いている。 本家の伊豆河津町のごとく、川沿い見渡す限りの河津桜とはいかないが、若い河津桜を含め70本程(私の推定)が満開だ! 遠くのスカイツリー、流れの穏やかな川辺を背景に、大勢の人が写真を撮っている。 
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● 旧中川に架かる江東新橋を渡ると亀戸中央公園(江東区亀戸)がある。(旧中川河津桜の対岸の公園) ここにも春が咲いていた。、、、、、園内の梅林、こちらも満開である。 
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・・・・・・・・・・ マラソンより梅・桜で春が来た!

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