散歩

2020年10月21日 (水)

六地蔵の三番目

いよいよ三番目の江戸六地蔵。 巣鴨の真性寺に行って、巣鴨地蔵通商店街を抜け板橋駅まで、9千歩の散歩です。




● JR巣鴨駅は、明治36年(1903)4月1日、日本鉄道の駅として開業。、、、、駅の構造は、島式ホーム1面2線を有する地上駅で、改札は大塚駅寄りの1か所のみ。 平成22年(2010)に駅ビル「アトレヴィ巣鴨」がオープンし、モダンな駅となった。 「おばあちゃんの原宿」としては近代的すぎ、お年寄りが駅ビルを利用する姿はあまり見られないようだ。、、、、早朝の巣鴨駅は、近くの女学校の生徒が大勢降りてくる姿が見られる。 朝は女学生、日中はおばあちゃん、巣鴨駅は女性に人気があるのかも?

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● 駅前の中山道(国道17号)に面して真性寺はある。 中山道から境内に入ると、本堂を背にして地蔵菩薩像を正面に拝す。 江戸六地蔵の三番目だ! お寺の方が、地蔵菩薩の花に水をやり、台座を清掃していた。 本堂へ先に参り、その後、地蔵菩薩に手を合わせてきた。、、、、真性寺は、医王山東光院真性寺と称し、真言宗豊山派に属し、奈良県桜井市初瀬にある総本山長谷寺の末寺である。 当寺の開基は不明だが、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開いたと云われている。 中興開基は元和元年(1615)に祐遍法印が行った。 御本尊の薬師如来は秘仏で、古来より一切開扉されていないそうだ。(開けたら中に仏様が無いかも? 失礼!)

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・・・・・・・・・・・・さて、当寺境内に安置されている「江戸六地蔵」は、6体の内、四番目に鋳造されたものである。 尊像は、地蔵坊正元が発願主となって宝永3年(1705)造立の願を発してから、9年後の正徳4年(1714)に造立された。 像高は、太宗寺の像より1cm大きい2.68mである。、、、、平成20年の修理においては、胎内から銅造地蔵菩薩4躰と銅札・木札が多数発見されたそうだ。 それらは、再び胎内に戻されている。、、、、この像は手入れが良いのか、石の台座や像の袈裟部分に寄進した多くの人名が、小さい字でビッシリ彫られているのを見ることができる。

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● 真性寺の山門脇は、「巣鴨地蔵通商店街」である。 セッカクだから、「おばあちゃんの竹下通り」も歩いて行くことにした。、、、、まだ午前8時半、店は準備中か、シャッターは下りたまま。 通勤する人が足早に通り抜けていく。 名物の「赤パンツ」の店もシャッターが下りている。 60歳過ぎたら長寿を願い、おしゃれに愛用、赤い失禁パンツ!(最近は、有名ブランド物の赤パンツも販売しているらしい。 20歳代の愛用者がいるのかも?)

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● 商店街の中程、「とげぬき地蔵尊」の名で親しまれる、曹洞宗萬頂山高岩寺に寄って行く。 寺は、慶長元年(1596)に江戸湯島に開かれ約60年後、下谷屏風坂に移り、巣鴨には明治24年(1891)に移転してきた。 ご本尊は「とげぬき地蔵」として霊験あらたかな延命地蔵菩薩だが、秘仏であるため拝見できない、残念! 替わりに、新しい「洗い観音」なる石像がある。、、、、どこのお寺も、生活の知恵か? 何かと、御利益ありそうな仏像・行事が、長い歴史の中で途切れることなく用意されている。

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● 巣鴨地蔵通商店街の北の端には、「猿田彦大神庚申堂」がある。 つまり、「おばあちゃんの竹下通り」は、六地蔵と庚申堂に挟まれ、途中にとげぬき地蔵がある、神仏に囲まれ来世に近い、まさに紙おむつ・赤パンツの愛用世代向けの商店街。、、、、その、猿田彦大神庚申堂には、かつて庚申塚があった。 現在は庚申塔の小祠が立っているのみだが、庚申の日には多くの参拝客があるそうだ。、、、、庚申塔の猿像の顔が鋭いね!

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● 猿田彦大神庚申堂のそばに、明治44年(1911)に開業した都電荒川線の「庚申塚停留場」がある。、、、、都電を見ると、写真を撮りたくなる。

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● 庚申塚からは裏道を歩き、明治通りを越え、板橋駅にむかう。

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● 今年7月に新築し、オープンした「JR板橋東口ビル」。 フィットネス、スパなどが入った駅ビルで、改札はビルの1階。、、、、何でも“新しい”のは気持ちいいね! 駅も新しいと明るくなって、スマートな雰囲気。 ホームは古いまま!

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2020年10月20日 (火)

六地蔵の二番目

今日は供に妻を連れ、江戸六地蔵の二番、新宿太宗寺に行ってきた。 帰りは、その足で妻に社会見学をさせながら、東中野駅まで歩いてきた。




● かつては信濃高遠藩内藤家の下屋敷があった処で、今は新宿御苑として、総理大臣も「桜を見る会」を開くほどの桜の名所。 「新宿御苑前駅」は、駅名の通り東京メトロ丸ノ内線の最寄り駅である。、、、、昭和34年(1959)3月15日に開業した、相対式ホーム2面2線を有する地下駅。、、、、各ホームとも、先頭車両方向の端に1ヶ所ずつ、計2ヶ所の改札しかないため、地上に出るのに不便な駅である。、、、、【妻へ一言】真っ赤っかの電車は、東京オリンピックに向け去年から投入された新型車両の2000系。

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・・・・・・・・・・・・太宗寺の六地蔵は、三番目として正徳2年(1712)に造立された。 像高は六地蔵の中では最も小さく2.67mである。 本体には、かつて鍍金が施されていた。 この地蔵は物静かで、瞑想している顔つきだ!、、、、【妻へ一言】台座に彫られている多くの名前は、この像を作るために寄進した人である。 料亭、芸妓と思われる名も多い。 できれば、我の名も彫って欲しいね!

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・・・・・・・・・・・・『せっかく来たのだから、閻魔大王と奪衣婆に御挨拶して行け!』と妻へ。 妻『奪衣婆って?』 私『奪衣婆は、三途の川のほとりに立っていて、亡者の衣類をはぎ取るスケベ・ババア。 はぎ取った衣類は、コンビのジジイである懸衣翁が、その衣を木の枝に掛け、その枝の高低によって罪の軽重を定めるという。 地獄の主だ! よく挨拶しておいた方が良いよ!』

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新宿2丁目、私が幼かった頃までは、赤線・青線地帯。 中学生頃には、店の前で男を呼び込むおばさんが大勢いた処。 今は雑居ビルが並び、ゲイ・タウンとして知られている。、、、、【妻へ一言】ゲイも芸の内かも?

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花園神社(新宿5)は酉の市(11月1日・13日・25日)の準備中。 今年はコロナの影響で、熊手店は出店するが、露店の出店は一切ないそうだ。 チョイト寂しい酉の市になりそう。、、、、【妻へ一言】花園万頭・ぬれ甘なつとの老舗「花園万頭」(神社の近く)は、倒産から復活したね。 また、ぬれ甘なっとうを食べることができる、頑張って欲しい!

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● 花園神社の裏、まだ明るいので「新宿ゴールデン街」(歌舞伎町1)の外面だけを見学。、、、、【妻へ一言】夜来ないと、内部の見学は出来ないよ!

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● ゴールデン街を抜けると、そこはラブホテル街(歌舞伎町2)であった。、、、、【妻から一言】あなた、こうゆう処、好きでしょう!(ハイ、大好きです!)

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● 歌舞伎町2丁目の北、職安通りと区役所通りの交差点に「稲荷鬼王(いなりきおう)神社」がある。 今日は「ゑびす講」、境内では“べったら漬け”が売られていた。、、、、【妻へ一言】 まだ歩くから、重たくて荷物になるし、臭いが漏れると困るし、買うなよ!(家に買ってあるから、今日は買わない!)


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● 続いて、職安通りの北側、通称コーリア・タウンをブラブラ。 我が夫婦は共にキムチが嫌いなので、韓国料理は暗黙で素通り。、、、、【妻から一言】キムチは嫌いでも、韓国の女性グループは好きでしょ!(好きだ、でも今は、北朝鮮のモランボン楽団にハマってる。 皆、美人でスタイルもバツグン!)

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● 新大久保駅の近く、百発百中のギャンブルの神様「皆中稲荷神社」(百人町)に立ち寄る。、、、、【妻の一言】お賽銭の小銭がなくなった、どうしようか? 今度、宝くじ当たったら、持ってくるから、借りておこう!

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● 引き続き大久保駅を通りすぎ駅近くにある、道教の廟「媽祖廟(まそびょう)」(百人町)に寄ってみた。 ド派手な中華料理レストランと間違えるようなデコレーション。 媽祖とは、台湾及び香港・マカオ・福建省など中国沿海部を中心に信仰を集める女神。 媽祖の像・画を見ると、年末の紅白に出て来る“メガ幸子”を思い出す。、、、、【妻の一言】マーラー坦々麺みたいな建物?


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● 新宿区柏木を過ぎ神田川をこえると、そこは中野区、東中野駅はもうスグだ!、、、、妻の歩く速度が速くなった、そこで妻へ一言『おしっこ、したいの?』 妻の返事は『お腹空いたの! 早くどこかレストラン探そう!』

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● 東中野駅近くにレストラン発見。 急いで入店、“海老とホタテの・・・ナンジャラ・カンジャラ”のランチセットで腹を満たす。 その後、二人は機嫌よく東中野駅から帰宅。、、、、【妻へ一言】今日の校外学習はいかがであった?(美味しかった!)・・・・・?

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2020年10月19日 (月)

六地蔵の一番目

久しぶりに「江戸六地蔵」巡りをしてみようと思う。 今日はその一番目で品川寺に行ってきた。 京浜急行青物横丁駅で下車し、品川寺とその周辺を歩き、隣りの鮫洲駅まで、8千歩の散歩です。

・・・・・・・・・江戸六地蔵とは、、、、深川の地蔵坊正元が不治の病にかかり、病気平癒を両親とともに地蔵菩薩に祈願したところ無事治癒したので、京都の六地蔵に倣って造立の願を発し、人々の浄財を集め造立された。 宝永5年(1708)から順次、江戸の街道出入口6ヵ所に丈六の金銅地蔵菩薩を安置した。 この金銅地蔵菩薩像を「江戸六地蔵」と云う。、、、、6ヵ寺は、品川寺(旧東海道、品川)・太宗寺(甲州街道、四谷)・真性寺(旧中山道、巣鴨)・東禅寺(奥州街道、山谷)・霊巌寺(水戸街道、深川)・永代寺(千葉街道、深川、明治元年に廃寺となり像は失われ現存しない)、、、、鋳造は神田鍋町鋳物師:太田駿河守正儀により鋳造された。 像高はいずれも270cm前後で、造立時には鍍金が施されていた。(東禅寺の像は弁柄色の漆) それぞれの像内には小型の銅造地蔵菩薩坐像や寄進者名簿などが納められ、像や蓮台には寄進者の名前が刻まれており、寄進者は合計すると72,000名以上になる。、、、、【注】「江戸六地蔵」とは別に、元禄3年に「東都六地蔵」が造立されたが、寺も作者も別ものである。 トリンプとワコールの違いのようなもの(何だか判らん?)




● 京浜急行本線の青物横丁駅で下車する。 乗る人と同じくらい降りる人がいる、電車が停まると、ホーム、改札に人が溢れ、駅の東側にできた「品川シーサイド」の超高層ビル群に向かうようだ。、、、、駅名の“横丁”は、横丁の実体が無いのでチョイト寂しいが、駅名は変えずに残して欲しいね!

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● 旧東海道に面して営業する「竹内医院」はノスタルジックな素敵な建物。 以前は竹内外科医院と称していたが、今は耳鼻咽喉科の医院に変わった。 建物は明治40年(1907)築。 一度、内部を拝見したいね。

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● 竹内医院の前から旧東海道を南へ歩いて100m程、品川寺(ほんせんじ)の参道と六地蔵が見える。、、、、「品川寺」は、“しながわでら”ではなく、“ほんせんじ”と読む。 真言宗醍醐派の品川寺は、海照山普門院と号し、真言宗醍醐派の別格本山。 品川寺の開創は、平安時代のショッパナである大同年間(806~810)で区内最古刹。 本尊は聖観音菩薩。

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・・・・・・・・・・・・参道脇で、参拝客を迎える地蔵菩薩に手を合わせる、今日の散歩の目的達成!、、、、この像は、江戸六地蔵の内、宝永5年(1708)に造られた第一号である。 像高は現存する江戸六地蔵の中では最大の2.75m。 この像は、東海道の尊像として、「天下安全・仏法繁栄・衆人快楽」の祈願のもと奉安されている。、、、、優しい顔をした地蔵菩薩。 チョイト、顔の汚れを拭いてあげたくなるね!

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● 品川寺の南側、江戸時代から「品川の荒神さん」として知られている「海雲寺(かいうんじ)」がある。 海雲寺は、曹洞宗の寺院、山号は龍吟山。 「千躰荒神」を祀る寺として知られる。 この寺は、建長3年(1251=鎌倉時代)に近くの海晏寺内に建てた「庵瑞林」に始まるそうだ。 慶長元年(1596)に海晏寺の和尚により開山し、曹洞宗に改められ、寛文元年(1661=江戸時代)海雲寺になった。

・・・・・・・・・・・・立派な造りの山門をくぐり、正面右に本尊の十一面観音を安置する本堂がある。 本堂は扉を閉め静かだ!

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・・・・・・・・・・・・本堂の左側に、千躰荒神を祀っている荒神堂、、、、寛永14年(1637、島原の乱が起こり、討伐を命じられた佐賀藩鍋島勝茂が、天草にある「荒神宮」に祈って勝利を収めたので、江戸藩邸に荒神宮を祀り、のちこの寺の境内に別堂を建てたのが、品川の荒神祭の始まりだ。 荒神は竈(かまど、へっつい)の神様として信仰され、大祭日には参拝者は箱入りの荒神を風呂敷に包み、首にかけて参拝し、新しいお札を納め、途中寄り道や立ち止まらず、また後を振り返らないで家に持ち帰る。 また、当日は境内でお釜型の菓子「おこし」を売る店が出て賑わうそうだ。 これは「お釜を起こす」の駄洒落から名づけられたらしい。 今年はコロナの影響で、11月の大祭は中止らしい。、、、、堂に上がり多くの扁額を拝見。 浪曲家廣澤虎造夫妻の文字額もある。(最近は浪曲を聴く機会も無くなり、生活様式の変化を感じるね!)

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● 荒神様から東へ、京急の高架下を抜け第一京浜国道に出ると、曹洞宗の寺院「海晏寺(かいあんじ)」がある。 建長3年(1251)の開山。本尊は聖観音菩薩、山号は補蛇落山。、、、、今春に参ったので、詳細はカット!

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● 再び旧東海道に戻り、鮫洲(さめず)駅前の「鮫洲八幡神社」に寄ってみた、、、、旧御林町(のち大井鮫洲町、現在は東大井1・2の一部と4丁目)の総鎮守。 創立の年代は不詳とされているが、寛文年間(1661~1673)の頃には、すでにあったとされている。、、、、社殿は鉄筋コンクリート造で戦後の建築と思われる。 境内の社務所らしき木造建築にチョイト古さを感じた。

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● 私と同じ終戦前後の年代の人に“鮫洲に行ってくるよ”と言えば、免許取得・免許更新で鮫洲運転免許試験場へ行くことであった。 最近は最寄りの警察署でも更新でき、鮫洲へ行く用事も無くなったね! 昭和60年頃までの鮫洲駅では、早朝の電車から人がゾロゾロ降りて、駅前にズラリ代書屋が並ぶ道を歩き、空いている代書屋に飛びこむ人達が見られた。 私もその一人で、スピード写真を撮ってもらい、おばさんにタイプで書類を作ってもらい、茶封筒に入れてもらったものだ。、、、、その代書屋が1軒、鮫洲駅前に残っていた。 まだ、“昭和”が残っている!

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● 「鮫洲駅」は島式ホーム1面2線の外側に通過線を2線を有する高架駅。 ホーム有効長は6両編成分で、普通列車以外の優等列車は停まれない。 普通列車が停まると、外側の通過線をエアポート急行・特急・快特などが、複数本まとめて通過して行くこともある。 イライラし、精神的に悪い!

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2020年10月18日 (日)

谷在家アパート

今朝の天気お姉さんは、関東地方南部は曇り、北部は晴れ間もありそうとの予報。 それを聞いて妻がすかさず、『舎人ライナーで北へ行ったら』 この一言で決まり! 日暮里舎人ライナー谷在家駅から、西へ向かって埼玉高速鉄道川口元郷駅まで、約5km、1万3千歩の散歩です。




日暮里舎人ライナーの谷在家駅(やざいけえき)で下車する。 今日は日曜日、降りる人、乗る人、どちらも少ない。 『さて、東西南北いずれに参る?』、駅の案内図を見ながらチョイト考える。 名所も、大型施設も、なにもない西方の川口方面に向かい、歩くことにした。

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● 駅の西側には、昭和43年(1968)に建てられた都営谷在家アパートがある。 12棟(578戸)の集合住宅。、、、、建てられた当時、日暮里舎人ライナー(平成20年(2008)開業)は開通しておらず、都バスで最寄り駅(竹ノ塚、西新井など)に出たと思うが、きっと、陸の孤島だったであろう。 陸の孤島も40年後には駅前団地となった!

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● 都営住宅の西に浄土宗寺院の清徳寺がある。、、、、慶長16年(1611)に両国矢ノ倉(現:中央区東日本橋)に創建され、正保元年(1644)浅草に移る。 文化3年(1806)江戸の大火により類焼し、大正12年9月関東大震災のため本堂・庫裡・山門・鐘楼など、ことごとく焼失した。 昭和8年(1933)に現在地へ移転。 現在の本堂は昭和15年(1940)に建てられた。 広い墓地に比べると、本堂はチョイト小振りである。

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● 秋空の下、特に話題となるものもない道を、たんたんと西へ歩く。

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・・・・・・・・・・・・足立区加賀2丁目、首都高川口線の脇に二社、加賀稲荷神社加賀天満宮が向かいあってあった。、、、、加賀稲荷神社の創建は不詳。 嘉永の頃(1848~1853)に現在地に遷座して村の鎮守とした。、、、、小さな社の加賀天満宮は加賀稲荷神社の境外末社。

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● 首都高川口線の下を抜けると、その先は埼玉県川口市であった。 この付近は、首都高が県境となっている。

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・・・・・・・・・・・・川口市に入ると、スグに新芝川に架かる「花の枝橋」を渡る。、、、、橋の上に、何だか訳の判らんオブジェの柱が並ぶ奇妙な橋。

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・・・・・・・・・・・・川口駅に向かって歩く道、今日は日曜、工場が休みですいている。

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・・・・・・・・・・・・川口市の公園・公共施設に鋳物の柵が使われていた。 柵の中央には市章もデザインされ、さすが鋳物の街!

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● 川口元郷駅に近くに、元郷氷川神社がある。、、、、16世紀中頃の創建で、室町期の武将:平柳蔵人が大宮氷川神社を勧請したことに始まる。 創建当時は武蔵國四之宮と称されていた。 そのためか、当神社には「四ノ宮 氷川大明神」と記された社号額が存在する。 主祭神は素盞嗚尊で、相殿神は市杵島姫命。 父娘神であることから、子宝成就・子孫繁栄の神様として崇敬を集めている。 また、狛犬が安産に霊験があるとされ、狛犬の頭やお腹を撫でる妊婦もいるそうだ。、、、、今日は例大祭の日であったが、コロナのため神輿の御渡り・カラオケ大会は中止、役員のみの神事が行われていた。 役員の中には、自分のお腹を撫でる男性もいた。


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● 埼玉高速鉄道線の川口元郷駅(かわぐちもとごうえき)から帰ることにした。、、、、平成13年(2001)3月28日に開業した、島式ホーム1面2線の地下駅。 ここから隣りの東京メトロ赤羽岩淵駅までは、2.4kmで乗車3分、運賃210円、チョイト高いね!

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2020年10月16日 (金)

海底トンネル

以前より一度は歩いてみたいと思っていた「川崎港海底トンネル」に行ってきた。 川崎の工業地帯にある、千鳥町と東扇島の二つの埋め立て地を結ぶ海底トンネルです。 電車で川崎駅へ、駅からバスで千鳥町へ、帰りも東扇島からバスで川崎へ、1万歩の散歩です。




● 誰もが知っている京浜工業地帯の玄関口「川崎駅」。 川崎駅は明治5年(1872)7月10日、神奈川駅と共に日本で3番目の鉄道駅として開業した。 現在は、東海道本線(東海道線列車と京浜東北線の電車、2系統)と南武線(当駅起点)が運行している。(京浜急行の京急川崎駅とは200m程離れている)、、、、島式ホーム3面6線の地上駅で、橋上駅舎を有している。 ホームは1面ずつ、東海道線列車(上・下)、京浜東北線(南行・北行)、南武線と使い分けている。 改札を出ると、コンコースも広く、駅ビル「アトレ」に直結。、、、、1日平均乗車人員は約21万人で、JR東日本の駅としては11位ぐらい。 私の住む浅草橋駅は1日平均乗車人員は約5.4万人で、91位、残念だがチョッピリ負けてる。

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・・・・・・・・・・・・東口駅前には、1番から23番までのバスの乗り場があり、久しぶりに都心から出てきた年寄りには、目的地に行くバスを探すのに一苦労。(浅草橋駅前のバス停は1系統のみ! 探すのはラク!) 私は、12番乗り場から東扇島西公園行きに乗る。
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● 直に海底トンネルへ行くのではなく、チョイト手前でバスを降り、周囲の様子を見ながら行くことにした。、、、、運河で四方を囲まれた埋立地「千鳥町」 埋め立て・造成は昭和12年(1937)から始まり戦後まで続いた。 千鳥町全体は工業用地として開発され、東京電力火力発電所、東燃化学、新日本石油化学など、エネルギー系、石油化学系の工場が並んでいる。、、、、私は千鳥町のほぼ中央に位置するバス停「千鳥町」で降り歩いた。

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・・・・・・・・・・・・少し歩くと、「川崎港海底トンネル 歩行者通行案内図」が親切にも道路脇にあった。 何だか、観光名所に行くような気分になってきた。 でも、私の視界には歩く人は一人もいない、やっぱり観光地ではないな!
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・・・・・・・・・・・・案内図によると、車はこの先でトンネルへ入るが、人と自転車は公園を抜けて換気所の脇から入るようだ。

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・・・・・・・・・・・・道路の左右に、鉄道の車輪らしきモニュメントがある。 『コリャ、何だ!』 チョイト考え、ここ千鳥町の多くの工場には神奈川臨海鉄道の貨物線が引き込まれていたので、その跡にモニュメントを置いたのだろうと推測する。

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・・・・・・・・・・・・車はここからトンネルへ入っていく。 ちなみに、私が立ち入ろうとしたら、自動化されたマイクで、人と自転車はココから入らないように警告が発せられた。 どこかに、監視カメラがあるかも?

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・・・・・・・・・・・・車の入口の脇に、人道を示す案内もある。 誰も歩いてない! 道なりに公園に入っていく。

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・・・・・・・・・・・・公園には、ココにも人道を示す案内がある。 木立を抜けると目の前に「千鳥町換気所」が現れた。

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・・・・・・・・・・・・千鳥町換気所の先から運河を挟み、対岸に東扇島が見える。 運河の幅は600m以上ありそうだ。 この下を歩いて対岸まで行くと思うと、ワクワクする。 対岸には「東扇島換気所」が見える(2枚目写真中央)

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● 「川崎港海底トンネル」は、川崎市川崎区千鳥町と東扇島を結ぶ、全長1,165mの海底トンネルである。 海底部はコンクリート製の函を沈めて繋げる沈埋工法で、陸上部はオープンカットや山留工法で作られている。 元々は一般車両の通行を禁止したトンネルであった。 平成3年(1992)に一般車両の通行も可能となった。 トンネル内の制限速度は時速50km。、、、、このトンネルは昭和47年(1972)に着工し、昭和54年(1979)に完成した。 工事費440億円。、、、、地盤は脆弱で船舶の交通量も多く、工事は難航したため、昭和54年度土木学会賞を受賞した。

・・・・・・・・・・・・まずは、川崎港海底トンネルの構造、、、、両岸から下り坂、海底部は水平。 歩道を挟み、左右に車道。

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・・・・・・・・・・・・千鳥町換気所、、、、白にブルーのラインが鮮やか、遠くからも識別しやすい!

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・・・・・・・・・・・・千鳥町換気所脇の入口、、、、ココから出る人は出口(念のため)

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・・・・・・・・・・・・入口からしばらくは階段となっている、、、、エレベーターはない(関門海峡の関門国道トンネルの人道などは海底部の高さまではエレベーターで下りることができた)、、、、下りは良い良い、上りは辛い!

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・・・・・・・・・・・・車道の高さになると、斜路となる、、、、斜路ー水平ー斜路となるため、人道の端から端までは見通すことができない! 人道部だけで約1km程。、、、、自転車に乗った人とすれ違う。 すれ違ったのは、この人のみ。

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・・・・・・・・・・・・人道の左右には、壁を隔て車道があるので、要所要所に車道とつながる扉がある。

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・・・・・・・・・・・・東扇島換気所と換気所脇の出口(入口?)

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・・・・・・・・・・・・人道内には、お高そうな富士通製の監視カメラが付けられている。 これで、痴漢には安心。、、、、定規のようなものは、海底部の沈下を計測するそうだ。 トンネルが折れて水没を防ぐため?、、、、この他、一酸化炭素濃度の測定器などもあった。

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● 東扇島換気所前から千鳥町を眺めると、『この海底を歩いてきたのだ!』と、チョッピリ感動!、、、、写真、対岸中央付近に千鳥町換気所が見える。

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・・・・・・・・・・・・東扇島は物流関係の倉庫が並ぶ、そのためか、トラックが多く道路は渋滞!

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・・・・・・・・・・・・「東扇島十七番地」バス停より、川崎駅行きに乗る。、、、、このバスは川崎港海底トンネルの車道をはしり抜ける。

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2020年10月14日 (水)

梨は無し

北総線大町駅から船橋法典駅に向かって歩いてみた。 途中で、買い物に行く二人ずれの地元のおばさんに道を尋ねたのが運の尽き、“何処行くの?”、“わざわざ遠くからお散歩?”、“ファイタース・スタジアムへ行ってみた?”、“この辺はバスの便悪いよ!”、“もう梨は無し!”、いろいろ話してタイムオバー。 途中からバスで船橋法典駅に向かい、帰宅。 1万歩の散歩です。




● 我が家のある浅草橋駅から、都営浅草線・京成線・北総線と乗り換えなしの直通電車でぴったし40分、千葉県市川市の最北端の駅「大町駅」で下車。 時刻は朝8時、通勤時間帯なのに、乗る人も、降りる人もまばら、チョイト寂しい!、、、、大町駅は平成3年(1991)3月31日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。 まもなく開業30周年である。 一日当たりの平均乗降客数は1700人程と少なく、北総線内でもワースト3にランクイン。

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● 大町駅前の通りは「大町梨街道」と呼ばれ、梨農家が点在する。、、、、『おや?こんなところに大名屋敷!』と言いたくなる、堂々たる構えの長屋門、主屋はこの奥だ! これぞ『梨御殿!』 この辺りの梨農家はコロナ禍の中でも、しっかり稼いだのかな?、、、、それにしてもデカイ門だ、我が家はこの門の中にすっぽり収まりそうだ!

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・・・・・・・・・・・・梨の収穫は終わり、直売場も営業終了。 梨園の木には一個の梨も無く、農家は翌年の収穫準備(農薬散布、ネットの補修)に入っていた。
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・・・・・・・・・・・・梨街道からはずれ、フィールドアスレチックを楽しむ「ありのみコース」前を行く。、、、、70超えた私には、アスレチックをやる気力・体力なし。
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・・・・・・・・・・・・この先、市川霊園の手前から狭い農道を歩く。 右手は霊園のコンクリート塀、左手は鎌ケ谷カントリークラブ。 プレーする人は少ないようだ!
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・・・・・・・・・・・・ゴルフ場と霊園の間を抜けると、視界がひろがる。 梨園の木を切り倒したようだ。 ピクニック気分になったが、一人じゃチョイト侘しいね! カップルなら、この辺りでチョイト御休憩となるのだが、、、、
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・・・・・・・・・・・・「ファイターズ鎌ケ谷スタジアム」を見下ろす台地の上に出た。 グランドまでは距離も、高さあり、選手は誰がいるのかサッパリ判らん!、、、、この後、道路の関係で、この球場の外周を大きく半周することになった。

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● 球場を半周すると、日蓮宗寺院「延壽山萬福寺」がある。、、、、境内は「萬福寺遺跡」とも言われ、鎌倉時代から室町時代の墓地であったことがわかっている。 萬福寺前の道路「根郷梨通り」から階段を上り本堂に参る。 地形的には、萬福寺の高台を利用した砦の跡かも?

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・・・・・・・・・・・・本堂の手前には立派な鐘楼がある。 年末に、この高台から聞こえる除夜の鐘の音は、きっと、素晴らしいものだと思う。

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● 萬福寺をあとにして、船橋法典に向かい歩くが、途中で、地元のおばさんにチョイト道を尋ねた。 これが、神のいたずらか、時間をついやし、歩くことを断念し、「戸崎交差点」からバスに乗る。

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2020年10月12日 (月)

赤ちゃん寺

台風一過の青空とはならず、熱帯低気圧に変身し、曇り空で夜が明けた。 今日は王子駅で下車し、石神井川の最下流である隅田川付近から遡り歩く予定で家を出た。 王子駅に着いたら計画は変わり、王子駅から板橋駅へ向かって歩くことにした。 この計画も散歩の途中で変わり、最終的には、西巣鴨駅までの散歩となった。、、、、散歩の目的地が無く、気ままに歩くので、計画変更は毎度のこと!




● 京浜東北線の王子駅南口(東京駅寄りの出入口)は、いま一つ存在感が薄い。(我が家の最寄り駅、浅草橋駅西口と同じだ) 駅前は狭く、道はそのまま裏通りとなり、住宅密集地へ伸びている。、、、、南口は、間違いなく、王子駅の裏口である。

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・・・・・・・・・・・・南口から西側の東北本線の線路側に向かうと、跨線橋が見える。 この跨線橋を渡ると飛鳥山公園の中央に出ることができる。 この跨線橋は「飛鳥山下跨線人道橋」と名付けられて、橋上の通路はJR東日本の管理下となっていてあくまで王子駅の施設の一部であり、道路としては認定されていない。 大正14年(1925)竣工で、今は少なくなった古レールを再利用した跨線橋。 橋は中路ブレースドリブ固定アーチ橋と云う形式で、橋長 41.0m、幅員 2.74m。

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● 跨線橋を渡ると、王子1丁目と西ヶ原2丁目に跨る区立飛鳥山公園の中だ。 飛鳥山は滝野川村の範疇だったが王子権現に寄進されたため王子村となった。 公園は、八代将軍徳川吉宗の指示で1270本の桜を植え大岡越前の時代、江戸庶民のためにこの地を花見の地としたのが始まりといわれる。 まさに、日本最初の公園で、桜の名所でもある。、、、、現在も桜の名所はかわらないが、園内に北区飛鳥山博物館・紙の博物館・渋沢史料館が並んでいる。、、、、公園内には、多くの石碑・像がある。 石碑は漢文調の文章で読めない、像はココに置かれている意味不明?など、チョイト整理して欲しいね! 

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● 飛鳥山公園の西、北区滝野川2丁目に醸造試験所跡地公園がありその一角に国重要文化財である「旧醸造試験所第一工場(赤煉瓦醸造工場)」が保存されている。 、、、、明治37年(1904)大蔵省醸造試験所として設置された。 建物は明治35年(1902)施工の煉瓦造3階建て。 設計の妻木頼黄(つまきよりなか、大蔵省営繕課)は日本酒の仕込みを四季を通じて行えるようにするため、ドイツ留学時のドイツの近代化されたビール工場を参考に設計したそうだ。 妻木は、コンドルに学び、横浜赤レンガ倉庫や日本橋を造った。、、、、醸造試験所は、国税庁から独立して行政法人となった平成7年(1995)に、主力は最新設備を備えた広島に移った。
、、、、3枚目の写真は、酒類総合研究所広報誌【NRIB】に載っていた創立当初の醸造試験所。 周囲には畑があったようだ!

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● 赤煉瓦醸造工場から西へ100m程歩くと、浄土宗寺院「正受院」の長い参道がある。 参道途中に、第二次大戦の戦禍を免れた、明治35年(1902)建立の竜宮門形式の鐘楼門が出迎えてくれる。 鐘楼門の下部は大谷石造で特徴的。 本堂は大正3年(1914)築。、、、、正受院は、弘治年間(1555~1558)大和国に住み不動即我の密法を修していた学仙房という僧が霊夢によって武蔵国に来て開いたといわれ、本尊阿弥陀如来像は行基の作と伝えられている。

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・・・・・・・・・・・・本堂前には、江戸時代に北方(択捉島)を探検した近藤重蔵の甲冑姿石像がある。、、、、顔がチョイト崩れているが、イメージは掴めるね! 韓国で整形してもらうと、韓流スター並みの顔になるかも? 

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・・・・・・・・・・・・本堂横の慈眼堂は平成に建て替えられた、赤子供養の仏堂。 ここを「赤ちゃん寺」と云うそうだ、『北区史』によると由来は、江戸時代から札所として独立した観音堂を持っていたことから、昭和23年の優生保護法施行を機に、昭和29年頃に東京都の衛生局と、赤子の納骨及び供養をする寺として話がまとめられたことに由来するという。、、、、慈眼堂にはおもちゃ・お菓子・ぬいぐるみが供えられている。 供養される赤子が多いのか?、、、、慈眼堂の横に、「地蔵大菩薩 赤ちゃんの供養塔」もある。

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・・・・・・・・・・・・本堂裏の不動の滝にあった不動明王像を祀る不動堂。 建物は昭和初期の建造。

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● 正受院の北側を流れる石神井川に出てみた!、、、、松橋・紅葉橋から見ると、昨日までの雨で水量は多そうだ。 しかし、川底は周囲に比べ深い位置にあるね。 昔はもっと浅い位置に川底があり、周囲の景観と調和した親しみある川だったと思うね。

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● 紅葉橋の際(滝野川3)にある真言宗豊山派の寺院「金剛寺」、、、、弘法大師が遊歴した際に創建したと伝えられており、治承年中(1177~1181)に源頼朝がこの辺りに布陣したとも記されている。 この寺の弁財天は、「岩屋弁天」「松橋弁天」とも呼ばれ、多くの信仰を集めた。 また、紅葉の名所であったことから「紅葉寺」とも呼ばれている。

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・・・・・・・・・・・・山門の後ろに、外から見えないように、石造の仁王像が恥ずかし気に立っている。 二神ともに筋肉隆々、力強く、たくましく神からは、ほど遠い! ここの仁王は、身体ブヨブヨ、背丈は短く、チョイト弱々しい、一刻も早くライザップで身体を整えることを薦める!

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● 金剛寺の南に、大小15棟(762戸)が建ち並ぶ「都営滝野川3丁目アパート」がある。 昭和40年代の建物だ。、、、、建物のデザインに統一性が見られない団地だ!

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・・・・・・・・・・・・・・団地の一画に、チョイト薄暗く、荒れたような「四本木稲荷神社」がある。 “四本木”は“よもとぎ”と読む。 境内の石碑によると、滝野川3、4丁目にかかるこの辺り一帯は「雷汞場(らいこうば)」と呼ばれた陸軍第一造兵廠滝野川工場の跡らしい。 神社は、十条工場の北東隅(稲荷公園)に建っていた東京陸軍第一造兵廠の守護神社で、滝野川にあるこの社はその分祠だが、戦中に本祠が焼失したためここだけが残り、戦後本祠も遷したそうだ。 鳥居は「昭和12年建立」とあり、この神社が戦争一色の時代に建てられたことが判る。、、、、“四本木”の地名の由来は、簡単!、ここに四本の大木があったから工場の人たちが命名した。


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● 滝野川5丁目に入り、滝野川八幡神社に参る。 八幡神社は旧滝野川村の鎮守。 祭神は品陀和氣命(ほんだわけのみこと・第15代 応神天皇)で、創建は建仁2年(1202)と云われてるが、詳細は不明。  社殿の裏手からは縄文時代後期の住居址が発見されており、考古学的にも貴重な遺跡に立地しています。 神仏分離以前は金剛寺が別当寺であった。 本殿は総欅造り、明治18年(1885)に改築されており、拝殿は大正11年(1922)に修築された。、、、、地元の人が、ひっきりなしに参拝に来るので、実入りの良さそうな神社と“お見受けした”

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● 八幡神社の脇から、半分シャッター商店街となった思われる「八幡通り商店街」を歩いて板橋駅に向かう。、、、、商店街を抜けると、国道17号(中山道)に出た。 ここで、前を歩く数人の人は板橋駅とは反対方向に曲がった。 『アレ、みんな駅へ行かないのか』、チョイト気になり地図を見ると、板橋駅へ行くより、都営三田線西巣鴨駅が近くに在ることが判り、納得! 私も、板橋駅まで歩くのは止めた、西巣鴨駅から帰ることにした。

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2020年10月 7日 (水)

最北の都営アパート

明日からは台風14号の来襲で、天気は荒れ模様。 今朝はまだ晴れているようなので、東武伊勢崎線谷塚駅から、つくばエキスプレスの八潮駅まで歩く予定で家を出た。 途中、花畑の団地で地元の人と話がはずみ、タイムオバーとなり、散歩はココまでとした。 団地からバスで谷塚駅まで戻り帰宅。 1万歩の散歩です。




● 東武伊勢崎線の谷塚駅(やつかえき)は、今から95年前の大正14年(1925)10月1日に開業した。 昭和63年(1988)から、上下線外側にそれぞれ通過線を持つ、島式ホーム1面4線の現在の高架駅となる。 現在、谷塚駅発着の電車は全て地下鉄日比谷線直通の普通列車である。 都心へ“お急ぎの人”は西新井駅・北千住駅で急行などに乗り換える必要がある。 コロナの感染予防に、“密”を避け、空いている普通列車でのんびり出勤すればいいのにね!

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・・・・・・・・・・・・・・住民の要望で、大正14年、谷塚駅は開業したそうだが、当時の駅周辺は湿地帯であったそうだ。 都心へわずか30分という立地条件から、昭和40年(1965)頃から急速に開発が進んだ。 特に、昭和37年(1962)に地下鉄日比谷線の乗り入れが始まると、利用者は急増した。 現在は、一日平均乗降客数:約39,000人の駅である。 駅前の案内プレートにあった昭和33年の谷塚駅

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● 谷塚駅の東側に広がる「瀬崎」の町を歩く。 瀬崎の町は、谷塚駅と伝右川の間に位置し、伝右川のさらに東側は東京都足立区である。・・・・・

・・・・・・・・・・・・谷塚駅東口から150m程歩くと、瀬崎浅間神社がある。 神社の創建年代は不詳だが、他所に祀られていた当社を明暦年間(1655~1657)に現在地へ遷座したと云われている。 明治6年には村社に列格、明治40年・明治42年に周辺の無格社9社を合祀したそうだ。、、、、現在の本殿は天保13年(1842)に再建されたもので、木彫は宮彫刻の粋といわれている。(本殿は網で覆われ、彫刻も判りずらい)、、、、社殿の東側には小御嶽神社(瀬崎の富士塚)と云われる、見事な富士塚がある。 高さ4m、幅10m程。 登山禁止だが、登りたくなるね!


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・・・・・・・・・・・・瀬崎の裏道を行く、、、、秋晴れの下、気持ちよく歩く!

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・・・・・・・・・・・・特筆すべきものがない、浄土宗寺院の松林山西往寺に立ち寄る。 西往寺は、三蓮社宝誉義山が開山となり、元和6年(1620)西性寺と号して創建したそうだ。

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・・・・・・・・・・・・西往寺のチョイ先には追手風部屋がある。 遠藤・大栄翔・大翔鵬・翔猿などの力士がいるのだが、誰も見えない、巡業中か?、、、、それにしても、両国(国技館)からは、チョイト遠いね、場所中、通うのが大変そう!

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・・・・・・・・・・・・谷塚駅からはか、大分外れた伝右川に近い場所にある。 洲崎稲荷大神は、語り伝えによると、「この稲荷様は、大雨の時、伝右川に御神体が流れ着いたので、それを奉った」ことが、始まりとらしい。(ホントか?)

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・・・・・・・・・・・・草加市の南東端(瀬崎6)となる伝右川沿いに、東京ガス草加整圧所の巨大なガスタンクが二基並んでいる。 川の向こうは東京都足立区となるので、草加市の外れに近い。 同じ敷地内に、何やら鉄塔も立っており、見上げてるとゴジラとか怪獣が登場しそうな雰囲気である。、、、、もし、このタンクが爆発したらその被害はどれ程になるのか? 怪獣が暴れないことを願う! 
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・・・・・・・・・・・・伝右川(中央)岸に立つ鉄塔、左手前の建物は草加市スポーツ健康都市記念体育館

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・・・・・・・・・・・・花畑第四アパートから見る東京ガスのガスタンク(中央の体育館の後ろに球形のタンクが見える)

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● 伝右川を越えると、足立区の北端である花畑第四アパート(はなはただんち)がある。、、、、花畑第四アパートは、足立区花畑の綾瀬川と伝右川に挟まれた足立区最北端の地にあるアパートです。 昭和46年(1971)の建設、管理戸数1004戸(全22棟)の都営住宅。、、、、花畑地区には、この他にも複数の「花畑〇〇アパート」と称する都営住宅がある。 また、旧住宅公団(現:UR都市機構)が運営する花畑団地(80棟、2700戸)と称する大規模団地もある。、、、、今日の散歩は八潮駅まで歩く予定であった、それ故、花畑第4アパートを見るつもりもなかったが、通りかかった次いでにチョイトお立ち寄り!(これが予定を狂わせた) 

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・・・・・・・・・・・・草加市スポーツ健康都市記念体育館から、伝右川の対岸に見える花畑第四アパート(団地)

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・・・・・・・・・・・・10階から北側のアパートを見る、、、、団地の後ろは八潮市。 左端の鉄塔は草加市。

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・・・・・・・・・・・・団地の中をウロウロ、、、、人影は少ない。 みんな、会社・学校・保育園、年寄りは老人ホーム・デイサービス。 居るのは空き巣かな?、、、、そんな団地の中で、団地の住人(高齢男性)と話が合い。 中高年の病気自慢合戦となった。 病気自慢なら自信があるので、時間を忘れ勝負する。 もちろん、私の勝ち。 続いて、病院(医者)の悪口、これには地元の病院を知らない私は聞き役。 終わってみれば、1時間のタイムロス!

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・・・・・・・・・・・・もう、八潮駅へ行くことはあきらめた! 最北端の都営住宅:花畑第四アパートの22号棟を見て帰ることにした。 この建物の北側は八潮市である。

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・・・・・・・・・・・・団地内の「花畑桑袋団地」バス停から、谷塚駅へ戻り帰る。

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2020年10月 3日 (土)

上石神井と上井草

今日は、西武新宿線の上石神井駅から散歩はスタート。 西武新宿線の上石神井車両基地を一回りしてから、進路を南に取りJR中央線西荻窪駅まで、1万1千歩の散歩です。




● 高田馬場で西武新宿線の急行に乗って、二駅目、上石神井駅で下車した。(この駅に来た特段の目的は無い。 ただ次の田無駅まで乗ると、散歩の時間が少なくなるので、下車しただけ)、、、、昭和2年(1927)4月16日、西武村山線(西武新宿線の前身)高田馬場~東村山間の開業と同時にできた駅。 駅は、島式ホーム2面3線の地上駅で、橋上駅舎を有している。、、、、町名:上石神井(練馬区)の北には下石神井(練馬区)がある、元々は上・下合わせて石神井村であった。 明治の町村制で“上”と“下”に分かれた。 ちなみに“上”は京都に近い方を指す。 西武池袋線の石神井公園駅は下石神井のさらに北側の石神井町にあり、当駅とは直線で2.3km程離れている。(近くはないよ!)

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・・・・・・・・・・・・・・駅の上井草寄りには上石神井車両基地がある。 ここまで来たら、車両基地を一巡り!、、、、現在、西武新宿線(井荻~西武柳沢駅間)の連続立体交差化計画が検討されており、案においては当車両基地は高架化され、上下本線の間に5本、下り本線の南側に2本の計7本の車庫線が整備されるそうだ。 いつになったら実現するのか不明?

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● 練馬区上石神井の町には、西武新宿線の上石神井駅があるが、その他には“これと言ったもの”は無い。 東隣の杉並区上井草の町も似ている上井草駅はあるが、その他には話の種になるものが無い。 あるのは、高級住宅でもなく、バラックでもなく、中流サラリーマンが住んでいそうな住宅である。 “上石神井”と“上井草”似てるね、間違えないで要注意!、、、、あまり、キョロキョロすることもなく町を抜け、都立杉並工業高校の前をとおり早稲田通りに出た。

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● 早稲田通りの向こうは、杉並区今川の町。 “今川”と云えば観泉寺だ! 今日は、あえて寄らずに、早稲田通りを西へ向かい、杉並区善福寺の「井草八幡宮」に寄ってみた。、、、、青梅街道と早稲田通りの交差点にある。 都内でも有数の広大な社叢を誇る井草八幡宮の創建年代は不詳だが、建久年間(1190~1199)の創建といわれている。 源頼朝や太田道灌が戦勝を祈願、慶安2年(1649)には、江戸幕府より社領6石の御朱印状を拝領した。 昭和3年郷社に列格し、昭和41年(1966)には別表神社に列格。、、、、明治神宮とは比べられないが、かなり広い境内である。 スケールの大きな神社だが、歴史ある建物、話題の少ない神社だ!

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● 杉並区善福寺1丁目の住宅地を抜け、善福寺川を越えれば西荻窪駅

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2020年10月 2日 (金)

観音堂はどこだ?

『天気も良さそうだ、チョイト、田圃を見に行こう!』と、妻をさそい北総線千葉ニュータウン中央駅の北にあるという「宝珠院観音堂」へ行ってきた。 千葉ニュータウン中央駅から寺を巡り再び駅にもどる、全行程約7kmの散策です。




● 線路・駅など鉄道施設を保有する千葉ニュータウン鉄道の路線に、北総鉄道と京成電鉄の車輛が乗り入れ利用している北総線。 その北総線の千葉ニュータウン中央駅で下車した。、、、、昭和59年(1984)3月19日、千葉ニュータウン中央駅開業時は、駅の施設は住宅・都市整備公団によって建てられた。 その後、平成16年(2004)に構造物の所有は、京成電鉄の100%子会社である千葉ニュータウン鉄道に移った。 なお、駅の運営は北総鉄道が行っている。(鉄道各社は、いろいろ、ややっこしい関係にあるので、詳細は自習してね!)、、、、中止となった成田新幹線用の広い掘割状の敷地内に駅はある。 一日当たり約3万人の乗降客が利用している。

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● 千葉ニュータウン中央駅の北側に広がる、新興の町を抜ける。 駅前はイオンなどの商業施設、そのさらに北側にUR都市機構の住宅団地、東側にはカッコイイ銀行の事務センター、企業の研究所等が建ち並ぶ。 間違いなく、私の住む下町:浅草橋と比べると、近代的でオシャレな町だ、負けたかな?!

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● 千葉ニュータウンの町を抜けると、少々車が頻繁に通りうるさいが、雰囲気は一変し、懐かしい田舎町に入った。 茅葺き屋根を鉄板で覆った勾配のキツイ屋根の家も点在する、納屋もある、畑も見える。 道端には、ズラリと並んだ庚申塔がお出迎え。 古びた鳥居(鳥見神社)の奥には朽ちてきた祠が一つ、二つ、三つ。 この辺りは“印西市小倉”と云う地名らしい。

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● しばらく歩くと集落があり、天台宗の寺院「泉倉寺(せんぞうじ)」の前に着いた。 泉倉寺は、大同2年(807)飢餓民救済のため平城天皇の命を受け、空海の弟子である慈観上人によって建立された古刹。 かつては、延命院勝光寺と称し本埜村(現:印西市)にあったそうだ。 延喜17年(917)には天龍山龍腹寺と称し、永禄6年(1563)に現在地(印西市和泉)に移転した。 その後、地名の“和泉”、“小倉”から一字頂戴し「泉倉寺」となる。 本尊は阿弥陀如来。、、、、本堂は、青磁色の“重層銅板葺き”の阿弥陀堂形式。 堂の優美な姿は庭の緑と一体となり、“Wonderful  Beautiful!” 

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● 私の持つタブレットでGoogleマップを見ると、泉倉寺の西側100m程の処に、今日の目的地「宝珠院観音堂」があるのだが? 下調べせずに来たので、参道が判らない、困った! 何度地図を見てもそれらしき参道がない。 航空写真を見ると、堂は写っているが、周囲は森のような樹々に囲まれ参道が見えない、集落の誰かに尋ねたくとも人影がない、ますます困った! “ポツント一軒家”みたいだ! とりあえず妻と二人で、周囲を歩き廻り堂への参道を探す、見つからず元の泉倉寺前に出た。 妻は『あきらめよう!』と云うが、ここは男の意地で探すことに・・・・・・・
・・・・・・・・・・・あきらめられぬ男が、泉倉寺前で再び地図を取り出した時、、、、ふと、脇を見ると、塀の横の古びた石柱の後ろに、かすれた文字で『国宝光堂入口』と読める案内が見えた。 『これだ、ここだ、これだ!』 思わす叫んだ。 誰が見ても、国の重要文化財がある寺への参道とは思えない、民家の裏へ抜ける路地のような道があった。

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・・・・・・・・・・・・・・木立の奥に、さほど広くはない平坦な境内に、宝珠院観音堂(光堂)が静かに表れた。 感動した一瞬である。 寺務所のような建物はあるが、施錠し誰もいない、居るのは私達夫婦だけ。、、、、宝珠院は貞観年間(859~877)の開基と伝えられる古刹である。 しかし、現在はこの観音堂のみとなっているらしい。 境内の隅で、庚申塔が並んで、悪さする者を見張っているようだ!


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・・・・・・・・・・・・・・観音堂正面には、これが正面の参道かと、これまた首をかしげたくなる道があった。 急な下りの階段坂、幅は狭く、手摺もない。 下っていくと、ケモノ道のようになり、田圃の前の農道に出た!、、、、これじゃ~、いくら参道を探しても見つからないね、二人で納得!

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● 宝珠院観音堂からは田圃の中を歩く。 暑い日射しの下、野の花を見ながら、カマキリ・トンボと遊び、夫婦で健脚を競う。 道の先に駅前の高層ビルが見えてきた。 千葉ニュータウン中央駅はスグそこだ!

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