堀切菖蒲園から亀有へ
京成本線の堀切菖蒲園駅から、裏道を北東に向かいJR常磐線の亀有駅までの散歩です。 今日は、裏道を歩く覚悟で家を出る前に、道に迷わないよう亀有までの途中ポイントとなる三寺(正王寺・九品寺・普賢寺)について、あらかじめ地図で位置を確認しておいた。
● 先日お花茶屋駅まで歩いたので、今日は隣の堀切菖蒲園駅から歩いてみようと思う。、、、、、堀切菖蒲園駅は高架下に1か所だけ改札口がある手狭な高架駅である。 駅周辺は、かつて複数の映画館があった葛飾区内屈指の繁華街であった。 今は映画館もなくなったが、賑やかであった頃の雰囲気が残る駅周辺には、間口の狭い商店・飲食店が並んでいる。 この駅は、昭和の下町が残る駅!、、、、、毎年堀切菖蒲園で開かれる「菖蒲まつり」の期間は、駅周辺の人出も多い。


● 堀切菖蒲園駅から裏道を500m程歩くと、真言宗豊山派の正王寺(葛飾区堀切5)がある。 正王寺は清滝山金長院と号す。 治承2年(1178)八王子社(現:堀切氷川神社)別当として法印俊義が創建したといわれてる。 朱塗りの山門から一般に赤門寺と呼ばれてる。 緑に囲まれて落ち着いた雰囲気で参拝できる。


・・・・・・・・・・ 正王寺から東へ150m程歩くと、正王寺が別当であった堀切氷川神社がある。 堀切氷川神社は、天正年間(1573~1591)旧下千葉村の鎮守として創建された。 境内社の八王子神社は、治承2年(1178)に創建した古社で、江戸時代に5石の朱印地を与えられた。
● 正王子から北東に直線距離で約400m、曲がりくねった道を歩くと600m以上(?)、真言宗豊山派の九品寺がある。 九品寺は、建久4年(1192)、宥真法印によって創立されて以来、800年に近い法灯を伝えているが、一時荒廃し、また享和2年(1802)および明治元年の火災と幾たびかの水害により、寺宝・記録散失して詳しい由緒は不明。、、、、、 現在の本堂は昭和35年5月の改築である。 広い境内には露像が多く、聖観音立像・阿弥陀如来坐像・弘法大師行脚立像・延命地蔵像・九品仏像などがある。 満開の桜も!




・・・・・・・・・・ 九品寺境内の脇に「鈴懸の径(すずかけのみち)」という、小道(通学路となっている)がある。 この道の九品寺側の入り口に、作詞家佐伯孝夫が作詞した「鈴懸の径」の作詞が刻まれた石碑が建っている。 佐伯孝夫の墓が九品寺にあり、この歌碑は九品寺の住職が佐伯孝夫氏を偲び平成12年(2000)に建てたものだ。
● 九品寺から約800m歩くと普賢寺(葛飾区東堀切3)がある。、、、、、普賢寺は真言宗豊山派の寺院。 平安時代末期、葛西清重の開基である。 その後の戦乱で伽藍は焼失したが、弘安6年(1283)に法空によって中興した。 北条氏や千葉氏の庇護の下、順調に発展していったが、天文7年(1538)の国府台合戦の戦火により再び焼失、慶長2年(1597)になり斎海によって中興された。 当寺は付近の九品寺とともに区内有数の古刹である。


● 普賢寺から亀有駅へ向かう途中に、上千葉砂原公園がある。 葛飾区西亀有にある区立の公園である。 ここでは、ウマ、ヤギ、ウサギなどに触れられる「ふれあい動物広場」と、「交通公園」がある。 今日は土曜日の午後、子供連れの家族で公園は大賑わい。 80歳に近い私一人、チョイト場違いな感じだ!

・・・・・・・・・・ 交通公園の片隅に、D51502機関車が保存されている。、、、、このD51は、昭和16年(1941)に国鉄鷹取工場で製造され、奈良・広島第一・小郡・新鶴見・新津・直江津と各機関区を走り、最後は昭和47年(1972)に酒田機関区で廃車となった。 約30年間で全国約190万km走行した。 ひょっとしたら、私もどこかでこの機関車が牽く列車に乗っていたかも?
● 亀有駅に到着。 今日は散歩日和で久しぶりに汗をかいた。、、、、、駅前から、のんびりバスで帰ることにした。

















































































































































































