散歩

2022年9月29日 (木)

完成まで、あと何年?

再開発工事の進む京成立石駅で下車し、工事の進捗をチョイト確認して来た。 帰りは京成本線お花茶屋駅をとおり、堀切菖蒲園駅まで1万歩の散歩です。



●  京成電鉄押上線の四ツ木駅~青砥駅間の高架化により、その中間駅である「京成立石駅」は高架駅となる。 駅部の工事は大成建設・奥村組・鉄建JVにより、只今工事の真っ最中。 現在は駅の北側に仮下り線と仮ホームを設置する工事に着手している。(仮線に切り替えるまで、まだまだ時間がかかりそうだ!)、、、、事業内容は京成立石駅とその前後の線路を高架化し、踏切11カ所を解消するものである。 事業区間の距離は約2.6km。 2003年時点では施行期間を2012年度末(2013年3月31日)までとしていたが、用地買収に難航し2022年度末(2023年3月31日)まで延長していた。 しかし、その後関係者の移転先選定に難航しさらに工事が遅れ、現在は、用地買収が完了し、仮線の工事が本格化しているが、買収に応じた関係者の移転先選定に時間がかかったなどの影響を受け再び工事が遅れている。 このため施行期間がまたまた延長された。 当初の施行期間からは18年の遅れの2030年度末(2031年3月31日)に延長された。、、、、2031年に私は85歳。 完成した高架駅を見ることができるかな(?)、ユンケル黄帝液でも飲んで長生きしなくては!

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● 立石駅の高架化に合わせ、駅の南口・北口両地区で再開発の計画がある。 

・・・・・・・・・・・・“南口再開発”は、アーケードのある「立石仲見世」と「立石駅通り商店街」の二つの商店街が中心となりそうだが、まだ再開発の気配は感じられない。(朝の8時過ぎ、店の多くは営業前で、シャッターを下ろしている)

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・・・・・・・・・・・・“北口再開発”は、駅前に葛飾区役所が移転するそうだ。 しかし、こちらも駅前の飲み屋・店舗は、まだ営業中。 立ち退きの気配が薄い! 「呑んべ横丁」は線路側の約半分の店が立ち退き工事用地となっている。、、、、再開発された街は当分の間見ることはなさそうだ。

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● 京成立石駅周辺を散策したあとは、駅から北に向かって「立石さくら通り」と称する、葛飾区庁舎前の通りを北上。

・・・・・・・・・・・・写真は立石さくら通り。 その名の通りサクラ並木。 写真右には、古くは「だっこちゃん」、今は「プラレール」の玩具メーカ「タカラトミー」の本社ビル。

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・・・・・・・・・・・・立石さくら通りは、葛飾区庁舎前を抜ける。 庁舎建物(本館)は昭和37年(1962)の竣工で、だいぶ古くなった。 地震ぎ来たら危ないかも? 早く、立石駅前の再開発ビルに移転したいのだろうね(?)

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● 立石さくら通りを抜けると国道6号(=水戸街道)にでる。 京成本線に沿って、お花茶屋駅をとおり堀切菖蒲園駅まで歩く。

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2022年9月25日 (日)

桐生の建物

朝食時の天気予報では台風一過の青空となりそうだ。 妻に『川越、栃木、桐生のいずれに行きたい?』と三択の質問すると、答えは『桐生』と帰ってきた。(妻は川越には数回、栃木には一回行ってる、桐生は行ったことナシ) これで、今日の妻との散歩はチョイト遠出の「桐生」に決まり!

浅草駅9時40分発の特急『りょうもう』に乗り新桐生駅で下車、桐生の古き街並み見物を開始。 幾つかの文化財を巡り歩き、上毛電気鉄道の西桐生駅を見て、最後はJR桐生駅に到着。 ここからは、両毛線、高崎線にゆられて約3時間、夜の上野に戻る。 1万7千歩の散歩 




● 11時、東武桐生線の「新桐生駅」到着。 駅は大正2年(1913)3月19日、桐生線開通と同時に開業した。 時計塔と風見鶏の外観が特徴の現在の駅舎は昭和63年(1988)に改築された。 単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線を有する地上駅。、、、、新桐生駅は間に渡良瀬川を挟みJR桐生駅とは、直線距離でおよそ3km離れている。 今日の散歩の目的地、桐生の古い町並みはJR桐生駅の北東に多く、まずはJR桐生駅の方角に歩くことにする。、、、、桐生の市街地の外れに降り立ったような印象、駅前にコンビニも無い!

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● 新桐生駅と桐生駅の中間、渡良瀬川に架かる「錦桜橋」(きんおうばし)。 現在の“三代目錦桜橋”は、橋長268.7m、幅員21.1m、平成17年(2002)に交通量の増大に対応し架け替えられたものである。 初代の錦桜橋は、東武鉄道開通にあわせて、桐生市中心部と東武の新桐生駅を結ぶ橋として、大正4年(1915)に吊り橋で架けられた。 “初代”は大正11年(1922)に大水で流失。 翌大正12年(1923)に水戸工兵隊により新橋が起工され、大正14年に、鉄鋼製洋式ワーレントラス構造の“二代目錦桜橋”が開通した。、、、、明治時代は渡し舟があったそうだ!

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・・・・・・・・・・・・橋の手前(新桐生駅側)には、地元密着型の銭湯があった。 心身共に温まりそうだ!

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・・・・・・・・・・・・橋を渡ると(JR桐生駅側)、平成6年に新築された「桐生市産業文化会館」がある。 近未来的な白い円筒部分が印象的である、総工費約140億円也の文化ホール。 施設は地上4階地下1階。高さは30.96m、鉄筋コンクリート造。 延べ床面積約18200㎡。  大ホール(シルクホール)は、客席数最大1,517席でコンサートなどに利用されているそうだ。 

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● 「絹撚記念館」は、大正期には国内最大の撚糸会社であった旧日本絹撚株式会社の事務所棟である。 旧日本絹撚株式会社は、明治35年(1902)、当時の農商務省の殖産興業施策によって、現在のJR桐生駅南口の一帯に桐生撚糸合資会社として広大な工場を設置したことに始まるそうだ。、、、、建物は木骨石造鉄板葺(当初はスレート)で、小林力雄の設計、小川建築事務所(現:小川建設)の施工により、大正6年(1917)に竣工した。、、、、現在は、郷土資料館として利用され、大人150円で内部を拝見できる。 

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● JRの高架橋下を抜けると、「桐生織物記念館」がある。 ここは、桐生織物協同組合により昭和9年(1934)に建てられた。 木造2階建て、洋瓦葺き、外壁はスクラッチタイル張りの洋風建築。(国の登録有形文化財) 内部では地場の織物として“桐生織”が展示されている。 1階のショップでは桐生織の販売もある(チョイト高価な買い物になるかも?)

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● かつての花街を想像させるような建物、路地、廃屋が残る。 できれば、50年ぐらいタイムスリップして、華やかなりし頃の花街をゆっくり歩いて見たい! 

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● 徳川家康の命で、天正19年(1591)に桐生新町としてまちづくりが始まった。 町の中央(本町1丁目~6丁目)に本町通りが南北に伸び、通りの北端には桐生天満宮を遷座した。 本町通りの両側には短冊状の地割りをおこない計画的なまちづくりが行われた。 現在この地区は「桐生新町重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている。、、、、保存が難しそうな建物もあるが、歴史を語る建物として保存に努めてもらいたいね、ガンバレ桐生!、、、、(多すぎて一棟毎の説明は省略する。 雅万歩の手抜きです!)

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・・・・・・・・・・・・町の北に鎮座する「桐生天満宮」、、、、社伝では景行天皇の時代(71~130)に天穂日命を祀る神社として創建されたと伝えられ、当初は礒部明神といった。 南北朝時代初期に桐生綱元(桐生氏の祖)が現在の所在地に移し、菅原道真を合祀して天満宮となった。 江戸時代には徳川家の祈願所となっていた。 現在の社殿は寛政元年(1789)に建造された。、、、、縁結びの神様として御利益を期待できそうな神社(現在「縁結び大学」と称するHPにて掲載中) 私も妻と一緒に手を合わせてきたが、縁結びの祈願をしたかな?

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● 桐生天満宮の北に群馬大学理工学部のキャンパスがある。その一隅に、国の登録有形文化財である「群馬大学同窓記念会館」がある。、、、、群馬大学理工学部の前身である桐生高等染織学校の校舎・講堂として大正5年(1916)に建築された。 内部はゴシック様式のデザインらしい。(残念ながら、内部は拝見できず) 十字架のような飾りもある、教会風の建物だ!

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● 最後はマンサード屋根の上毛電気鉄道「西桐生駅」、、、、昭和3年(1928)の上毛電気鉄道の創業時に建てられた駅舎。 国の登録有形文化財であるが、この駅舎は2018年に「上毛電気鉄道関連施設群」の一部として、土木学会選奨土木遺産にも選ばれてる。、、、、今日は、ここから電車で前橋に出て帰ろうかと思ったが、時間がかかりそうだ! 妻の一言『桐生駅からJRで高崎出て帰ろう!』 私の応え『ハイ、従います!』

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● 西桐生駅から300m程歩くとJR「桐生駅」、、、、明治21年(1888)に両毛鉄道の駅として開業。 日本鉄道を経て明治39年(1906)に国有化され、現在はJR両毛線とわたらせ渓谷鐵道が乗り入れる高架駅です。 島式ホーム2面4線の高架駅。 一日当たりの乗降客数は4000人弱で、ナントナク寂しい駅だ!

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・・・・・・・・・・・・・夜8時、浅草橋の我が家に到着。 今日(9/25)はチョイト疲れた。 家に着くなり熟睡モード、このブログは翌日(9/26)に書きました。

 

2022年9月16日 (金)

小菅ジャンクション

東武伊勢崎線小菅駅で下車し、東京拘置所を半周し綾瀬川を越えて京成本線のお花茶屋駅まで、のんびりゆっくり1万歩の散歩です。 2年前に小菅駅からお花茶屋駅まで歩いているが、この時は拘置所の北側を歩いた。 今日は、拘置所の南側を歩く。



● 東武伊勢崎線北千住駅で各駅停車に乗り換え荒川を越えると隣駅の「小菅駅」に到着。 かつての小菅村は荒川(旧荒川放水路)が開削される以前まで、千住の隣村であった、今は荒川を挟んで隣町。 小菅駅も旧荒川放水路橋梁に接するように位置する、ホームからは東京拘置所がよく見える。(宿泊してる人までは見えない!)、、、、ホームは島式1面2線で、改札からは10m程のかなり高い位置にある。 エレベータの利用率も高そうだ!、、、、駅前は自転車がすれ違い出来るほどの幅で、高架下には小さなストアと歯科医院がある程度、これと言う店は何もない。 まさに、拘置所のみがある駅だ!

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● 小菅駅から西側(荒川側)に回り、拘置所正門、南側の面会所側まで半周する。(小菅駅は足立区、東京拘置所は葛飾区)、、、、正門側からは建物が見えないが、面会所ある南側からは拘置所のメインとなる宿泊施設のある堂々とした建物がよく見える。(内覧会、体験宿泊などがあると犯罪防止に役立つかも?)

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・・・・・・・・・・・・東京拘置所の南側には旧水戸街道がある。 荒川と綾瀬川に挟まれた300m程の直線道路で、昔の面影はチョイト薄れたが、それらしき雰囲気は残っているので、散歩にはGood!

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● 綾瀬川の真上にある「小菅ジャンクション」は、葛飾区小菅にある首都高の中になる央環状線と6号三郷線を結ぶジャンクション。、、、、見上げると凄い! 下を歩いていると、上から自動車が落ちてこないか不安になるね!

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● 「小菅神社」は小菅JCTの東側、綾瀬川水戸橋の東南、小菅水再生センターの北西隅、にある中社。 祭神は天照大神。明治2年(1869)この地域を含めて小菅県が設置された時、小菅県の県知事河瀬秀治は庁内(東京拘置所)に伊勢皇大神宮を勧請し、県下356ヵ町村の守護神としたことに始まる。 明治5年小菅県所管の葛飾郡72ヵ町村等が東京府に移管され、社は小菅村の鎮守田中稲荷神社の境内に移し、小菅大明神と称して村の氏神となる。同42年(1909)には小菅神社と改称する。、、、、現社殿は昭和54年(1979)の造営。

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● 小菅神社から京成本線の堀切菖蒲園駅の北側を歩く。 線路脇に出て「お花茶屋駅」まで向かい。 散歩はココまで。

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2022年9月12日 (月)

赤いポストに緑の電話

東武伊勢崎線草加駅から日暮里舎人ライナーの舎人駅まで、草加市谷塚、足立区北部の新興住宅地を歩く、1万3千歩、約7㎞の散歩です。



● 浅草橋から都営浅草線で押上へ、押上からは半蔵門線から乗り入れる南栗橋行き急行に乗り換える。 今日の散歩の目的地は未定、車中で『どこで降りようか?』思案橋。 遠くに行ってもしょうがないので、草加駅」で降りる。、、、、通勤ラッシュの時間だ、上りホームは混んでる。 座れそうもないね!、、、、急行の停車駅でもあり、バスは各本面にでており、駅周辺には多くのショッピングセンターがあり、市役所が近くにあり、住みやすそうな街だ。 でも噂では、夜は客引きが多い駅前、暴力団もいるそうで、チョイト治安は悪そうだ。、、、、今日は駅前から南西方向に、日暮里舎人ライナーの駅に向かって歩くことにした。

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● 草加駅から徒歩5分程の処に草加神社はある。 草加神社の創建年代は不詳。 天正年間(1573~1592)に大宮氷川神社を勧請、氷川社と称して創建、南草加村の鎮守社であった。、、、、明治42年(1909)に谷古宇稲荷神社、高砂八幡神社、宿篠葉神明神社など近隣の11社を合祀し、草加神社と改称した。(神社の合併で、生き残り戦略か?) 明治の合併から100年経過し、現在は兼務神社も20社以上となり、手広くネットワークを構築したようだ!、、、、七五三詣では、ぜひ当社で! “県民割”があるといいね!

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● 氷川神社から300m程歩くと、商店の隅に数基の馬頭観音・庚申塔がある。 「長沼庚申」と言うらしい。

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● 草加市を南北に走る国道4号(=日光街道)を横断する。 さすが、国道だ、交通量が多い。、、、、信号があっても、押しボタン式の信号は色がなかなか変わらない。 人をイラつかせる信号だ!

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● 草加市谷塚町の住宅地の奥に「兎田稲荷神社」があった。 この神社は、草加神社に11社ある兼務神社の一つである。、、、“兎田(うさぎだ)”は旧地名のようだ。

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● 草加南高等学校の南で一級河川「辰井川(たついかわ)」を越える。、、、、この辰井川は昭和56年(1981)から6年がかりで開削された人工の川。 総事業費109億1300万円、川幅10m、深さ2.5m、市内延長は2.4km。 かつて草加には、「辰井堀」という、川口市から苗塚町に入り、西町を経て、谷塚町で河内堀と合流する幅1.8mほどの用水があった。 辰井川は、苗塚町からこの辰井堀の流れを南に変え、柳島町、谷塚上町、谷塚仲町を下り、毛長川に合流する。 市街化が急激に進行した草加市谷塚の西部一帯は、主要な排水路を持たないことから、少しの雨でも浸水の被害があり、治水対策として整備された。 

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● 草加市立両新田小学校の西50m程の処に、昭和の赤いポストと緑の公衆電話が道路際に設置されてた。 ポストも公衆電話も昭和を懐かしむ置物としてたまに目にすることもあるが、ここのはセットで両方とも利用できる現役だ! 

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● 埼玉県草加市と東京都足立区の境を流れる毛長川(けながかわ)に架かる「毛長橋」を渡り足立区に入る。、、、、毛長川は利根川水系綾瀬川支流の一級河川である。 かつては毛長堀と呼ばれていた。 昭和23年(1948)より昭和40年(1965)にかけて改修拡張された。 人口急増による生活排水の増加などの影響により20世紀後半に水質がきわめて悪化したが、流域の下水道の普及などにより2000年代から次第に改善した。現在、埼玉高速鉄道線のトンネルを活用して荒川の水を引き込み毛長川に注ぐことで水質を改善する工夫が行われている。 水質改善の効果が出てきたそうで魚類の生息が確認されたそうだ。 アユが釣れる川に生まれ変わって欲しいものだ!(欲か?)

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● 毛長橋から西へ約1㎞、日暮里舎人ライナーの「舎人駅」がある。、、、、平成20年(2008)3月30日に開業。 終点の見沼代親水公園駅の一つ手前の駅。 もう一方の終点:日暮里駅までは11駅ある、車窓から東京を見下ろしながら、ゆっくり帰る。

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2022年9月10日 (土)

船橋の田園

秋らしい風が吹いてきた! 今日は夫婦で北総線小室駅から、庚申塔、馬頭観音を見ながら田園地帯(千葉県船橋市の北端部)を歩いて来た。、、、、田畑の続く道を庚申塔を探し地図をたよりに西・東、いつのまにか道に迷って北・南、行ったり来たりで1万2千歩あるいたら、妻は疲れてギブアップ。 郊外の総合病院前からバスに乗り、新京成線の三咲駅経由で帰宅。



● 東京湾から北東に伸びて広がる船橋市、その伸びた先が北総線の小室駅を完全にカバーする。 「小室駅」は船橋市にある駅で、市内の駅としては最も北に位置する。 昭和54年(1979)3月8日に開業した、島式ホーム1面2線と単式ホーム1面1線、計2面3線の地上駅で、橋上駅舎を有する。、、、、駅の出入口は北口のみである。東西に線路が伸びる小室駅は掘割の中にあり、南側に行くにはいったん北口に出て線沿いに歩き跨線橋を渡り南側に向かう。 面倒くさい駅だ!(今日の散歩は南側を歩き、東葉高速鉄道の駅に向かう予定だった)

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● 北総線の南側に広がる田圃、ここも船橋市。 “船橋”と言えば、「船橋ヘルスセンター」、「ららぽーと」、「西武百貨店」に「若松劇場」を思い出す。 田圃の広がる景色は、私には想像できない!

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● 船橋市からチョイトはずれて八千代市小池にある「安房神社」、、、、安房神社の創建年代等は不詳。 当地浅野七郎左ヱ門家の氏神として祀られていた。 明治維新後は村社として、小池地区の鎮守と定められた。 現社殿は明治8年(1875)の改築によるもの。、、、、蜘蛛の巣をよけて、チョイト階段を上ると社があった!

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● 安房神社の南西、道路沿いに「馬頭観音」、「庚申塔」が並ぶ。(八千代市小池)、、、、全て古い石仏かと思ったら、なんと平成31年(2019)建立の庚申塔が2基あった!(庚申信仰、いまだ健在なり!)

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● 竹藪を抜け、船橋市車方町の集落に入ると、日蓮宗「法井寺」(法華経寺末、由緒不詳)がある。 小さな山寺という感じ、チョイト、手を合わせて行く。

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・・・・・・・・・・・・法井寺から50m程西側に入ると、大きな榎の下に小さな道祖神が祀られてる。

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・・・・・・・・・・・・道祖神の50m程先には「馬頭観音」と「庚申塔群」がある。

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● 色づき始めた柿を見て秋を感じ、南の東葉高速鉄道の駅に向かって歩く。

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・・・・・・・・・・・・歩く先に大きな病院が見えた、キットここには患者のためにバスが運行しているはずだ! 1万2千歩あるいた妻は疲れと空腹で『バスに乗ろう!』 女性に優しい私は、素直に了解する。、、、、バスの行先は新京成線の三咲駅行き。 今日の散歩はココまで。 帰りは途中で食事して・・・・・食事を済ますと元気な妻(?)

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2022年9月 4日 (日)

成宗電気軌道跡

“サボり癖がついてしまった!” “コロナ”、“熱中症”、“大雨”で、今年の夏は外出の機会が減り、遠出の散歩より、家でゴロゴロ・ごろ寝がいいね! そんなこんなで、カレンダーは9月に突入。

今朝の食事時、妻に『北総線沿線に、秋風を求め、散歩に行こう!』と誘ってみた。 返事は『行く、行く、行こう!』・・・・・9時過ぎ、浅草橋から電車に乗ると、『日射しが強そう、日傘持って来ればよかった』と言い出した。 汗をかきかき、田んぼの畦道を歩くのは、妻はイヤみたいだ。 車内で急遽行先変更を提案された『暑そうだから、成田詣でにしようよ! ウナギもあるよ!』・・・・・と言うことで、高砂駅で北総線に乗らず、京成本線に乗って“成田詣で”。 私は“ウナギ”に負けた! 久々に1万歩の散歩



● 現在の「京成成田駅」は3面3線の地上駅で、昭和34年(1959)に建て替えられた寺院風の2階建て駅舎。、、、、京成成田駅の歴史は、大正15年(1926)12月24日、現在駅から400m程、公津の杜駅に寄った位置に、津田沼から成田へ延伸した終着駅として「成田花咲町駅」が開業したことに始まる。 昭和5年(1930)には、路線が延伸され、成田花咲町駅を廃止し、本設駅として成田駅が誕生した。 昭和6年(1931)、駅名を京成成田駅に改称。 昭和53年(1978)5月、当駅~成田空港駅(初代、現在の東成田駅)間が延伸開業し、中間駅となる。、、、、JR成田駅とは、表参道に繋がる大通りを挟み向かい合う配置となっている。、、、、我が家のある浅草橋から成田までは、午前9時半過ぎに出発すると、浅草線(押上経由)京成線では所要時間1時間29分、切符利用で970円。 JRでは総武線各停(千葉乗換)成田線で所要時間1時間33分、切符利用で1170円。 時間は大差なし! 料金は200円違い、微妙な差! 

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● 今日の“成田詣で”は突然決めたことであるが、以前から歩いて見たいと思っていた「成宗電気軌道(せいそうでんききどう)」の軌道跡を歩くチャンスが訪れた。、、、、成宗電気軌道とは、明治43年(1910)から44年(1911)にかけ、成田山新勝寺と宗吾霊堂を結ぶ参詣路線として開通した、不動尊~宗吾間5.3㎞の軌道である。 戦時下の昭和19年(1944)不要不急線として廃止となった。 この軌道跡が京成成田駅前から成田山新勝寺の門前まで、2本のトンネルとともに「電車道」として残されている。、、、、『行きは電車道を歩こう、帰りは鰻屋と羊羹屋が並ぶ表参道を歩こう』と、妻に言い聞かせ“出発進行!”


・・・・・・・・・・・・京成成田駅前のバス停脇に「会社創立百周年記念碑 千葉交通株式会社」がある。 碑文には『千葉交通は明治四十一年十一月、成田山新勝寺と宗吾霊堂を結ぶ成宗電軌鉄道㈱として設立されました。 県内初の電車として明治四十三年に成田山門前〜成田駅前間、翌年に成田駅前〜宗吾間が開業しましたが、昭和十九年に太平洋戦争の資材提供のため廃線となり、以降、バス専業会社として現在に至っています。 この度、会社創立百周年を迎えるにあたり、成宗電車に名残のある当地に記念碑を建立します。 平成二十年十一月十六日』、、、、太陽の光と御影石の黒光り、なんとも読みにくい碑文だ。 「電車道」はここから始まる。

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・・・・・・・・・・・・電車道は京成成田駅前から左に、線路に沿って坂を下る。

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・・・・・・・・・・・・電車道は、かつて電車が走っていた築堤上に出る。 築堤からは京成成田駅から東成田駅に向かう線路が見える。

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・・・・・・・・・・・・築堤の先には「成宗電車第二トンネル」、「成宗電車第一トンネル」と続く。 二つの短い(全長約12m)トンネルは、ともに明治43年(1910)の竣工。 施工は野村組(現・フジタ)だが、設計者は不明。 このトンネルは「明治43年に建設された煉瓦造の鉄道トンネルで、形態的にほぼ同一な2つのトンネルが連続している姿は趣がある貴重な土木遺産」として平成26年度に指定された。

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・・・・・・・・・・・・二つのトンネルの中間に「幼稚園下停留所」があったそうだ。 その付近を走る電車の写真がトンネル脇にあった。 風雨にさらされた写真で、チョイト残念!

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・・・・・・・・・・・・トンネルの先に電車道は続くが、遺構らしきものは見つけることができず、成田山新勝寺「総門」前の参道に突き当たる。 この辺りが成宗電気軌道の終点か?

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● 8年ぶりの「成田詣で」、、、、前回来たのは、私が大動脈解離で手術し、退院後の御礼参りであった。 我が夫婦と、当時91歳の母の三人で訪れた。 我が母は杖も使わず足腰元気に歩いて来たが、今春他界した。 今日は夫婦二人で参詣。、、、、各堂を一巡し、母の弔いと、二人の延命福寿を祈願する。

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● 帰りは表参道を歩く。 ちょうど時間となりました、ウナギの匂いに誘われて。 

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2022年8月20日 (土)

美女“手児奈”

一週間ぶりの外出は、北総線矢切駅からJR総武線市川駅まで、1万3千歩の散歩です。


北総線「矢切駅は、平成3年(1991)に開業した、島式ホーム2面4線の地下駅である。 地下から階段を上がると、駅前にはバス停があるのだが、なぜかバス停に背を向け、何もない民家の空き地側に出るような配置となっている。 階段の取り付け方向を間違えた設計か?

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● 今朝の天気予報では、最高気温30℃、湿度60%、終日曇り空であった。 熱中症の心配はなさそうだが念のため、途中で倒れても誰か(できたら若い女性が)助けてくれるように住宅地を歩くことにした。 そこで国際医療福祉大学 市川病院」の東側をぬけ、「国分尼寺跡」、「国分寺」、京成本線「市川真間駅」まで歩く(この道は昨年3月に歩いたルートとほぼ同じ)。 、、、、暑くないと思い歩いていたが、途中から汗が吹き出し、あわててペットボトルを買い、頭から水をかぶる(服はビショビショ)。 冷えてたので気持ちいいこと、Good! 

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・・・・・・・・・・・・ 途中に点在する庚申塔、、、、襲われると怖いので、“ちかんに注意”して歩く!

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・・・・・・・・・・・・ 国分寺から南へ、国府台の台地を下ると、手児奈(てごな)という美しい女性を祀った、「手児奈霊堂」がある。、、、、 今から1300年ほど前、真間の井(亀井院)に水を汲みに行く一人の女性がいた。 名は手児奈。 身なりはそまつだったが、とても美しい女性だったそうで、多くの男性からプロポーズされたそうだ。 「私の心はいくつでも分けることはできます。でも、私の体は一つしかありません。もし、私が誰かのお嫁さんになれば、ほかの人を不幸にしてしまいます。」となやみ、海に身を投げてしまった。(当時は真間山(台地)の下は海だった) 多くの人が、これを悲しみ手児奈霊堂を建てて祀ったと言われてる。、、、、女性が不細工であったなら、この話は無かったと思うよ! 

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● 市川真間駅から南の千葉街道に出る途中に、国登録有形文化財の「西洋館倶楽部(渡辺家住宅)」がある。、、、、大正時代の東京株式取引所の仲買人であった丸水渡辺商会の店主・渡辺善十郎により、日本家屋の母屋に隣接するゲストハウスとして建てられたもの。 かつてこの地域一帯には、黒松林の中に洋館が点在していたが、時とともに姿を消し、完全な形で残っているのは、この建物だけとなっている。 建物は昭和2年(1927)に建てられた木造3階建て洋館。 玄関ホールはベイウインドウ状に張り出しており、その上には手摺りを廻らせたバルコニーが設けられている。また、南・西・北側の3面は、破風の拝みを押さえた袴腰型切妻破風を中心とする屋根で、側面の軒先に千鳥屋根を設けた構成の特徴ある外観を備えている。、、、、現在はギャラリーやコンサートに利用されてるそうだ。

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JR総武線「市川駅は島式ホーム2面4線と快速ホーム(3・4番線)外側に本線2線を有する高架駅。 明治27年(1894)7月20日に総武鉄道(私鉄)の起点駅として開業。 明治40年(1907)に鉄道国有法により買収され、国有鉄道の駅となる。、、、、久しぶりに1万歩超歩いたので、駅到着時にはチョイト足が痛い、男は我慢!

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2022年8月 7日 (日)

鰻にニッコリ

我が妻が嫁ぐまでの20年間(戦後の昭和時代)、過ごしてきた実家の家(江戸川区南小岩)を取り壊すことにした。 両親は30年程前に他界し、その後家を守ってきた義兄も他界し、空き家となっていた。 主の居ない家は老朽化も早く、放置しておくこともできず、更地にして売却することにした。 今日は最後の見納めで、取壊しがはじまり屋根の無くなった家を、感慨深く妻と見てきた。 ボロ家といえども、思い出多い家が無くなるのは寂しいもので、妻は合掌!

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● 小岩駅に戻り、『もうすぐ昼だ、食事はどうしよう?』 『ここまで来たら、帝釈天で鰻はどうだ!』、、、、寂しさ吹っ飛び 鰻にニッコリ  妻の顔

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● 曇り空の東京、気温30℃、熱中症は心配無用、コロナはチョイト心配だった! 5千歩のミニ散歩 

2022年8月 5日 (金)

30年ぶり

猛暑日が数日続き、その後は大雨、やっと今日は曇りだが30℃以下の散歩日和。 鉄道オタク、京急ファンの孫に誘われ今日は、京急で三崎口駅まで“乗り鉄”。 “孫に引かれて三浦海岸へ”



● 泉岳寺駅で京急“快特”の先頭車両の先頭に座り、一気に終点:三崎口駅を目指す。 三崎口駅で降りるつもりが、チョイト海も見たくなり、一つ手前の三浦海岸駅で下車。

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● 時刻は12時過ぎ、チョイト“まぐろ丼”で腹ごしらえ。 海まで5分、私には30年ぶりの三浦海岸。 遊泳禁止で泳いでる人はいないが、チョイト水遊び!

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● 海をあとにして三浦海岸駅へ戻るつもりが、コレまたチョイト脇道のカフェに立ち寄り“一休み”。 店を出て駅に向かったつもりだが、歩けども歩けども駅に近づかない・・・・・・チョイト、ヤバイな・・・・・・気づいたときは、すでに三崎口駅の方に歩いていた。 こうなりゃ、三崎口駅まで歩こうヤ! これが失敗であった、海抜0メータの海岸から、京急の駅の中では最も高い処にある三崎口駅は標高32m。 急な上り坂と“三浦スカイ”の畑の中を約3㎞の散歩。 ぐったり、ばったり、疲れたり! “熱中症”にならずよかった!

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今日は1万1千歩の散歩、疲れた寝るぞ!

2022年7月27日 (水)

押上から平井

当たり前のことだが『夏は暑い!』 今年もその暑さに、プラス“コロナ”、も一つおまけで“さる痘”。 大阪では高齢者の行動制限も検討しているとか? 最近の東京は、朝から暑く、高齢者は外出をひかえた方が良いかもね。

それでも外出したくなるのは、仕事もなく、ひまで元気な高齢者。 私もその一人で、家に籠って『終活ノート』を書く気はさらさらなし。

今日も朝一で我が家(浅草橋)の周辺を散歩、5時の始発電車を駅で見送り、熟睡中の神様に詣で、立ち喰い蕎麦の仕込み作業をチョイト見て、朝の爽やか空気を吸って帰る。、、、、家内も起きて朝食の準備中。 

朝食時、家内から『今日は涼しいよ、散歩してきたら』と一声掛かる。 『もう、町内一周してきたからいいよ』と返すと、“町内一周”ではなく、足の運動で“雅万歩”の散歩をして来いだった! 『ヨシ、行ってくる』

7時過ぎに家を出たが、『さて、どこへ行こうか、ああ ここは浅草(橋) 思案橋ブルース』、、、、乗って降りたは (暑い暑いと)哭いているよな 押上の町。



● 京成電鉄が管轄する押上駅には、同社の押上線と、東京都交通局の都営地下鉄浅草線が乗り入れている。 都営の“敬老パス”を持つ私は、都営線内無料(実質は先払い)で、ここで降りる。、、、、押上駅は大正元年(1912)11月3日に京成押上線の起点として開業、都営浅草線の乗り入れは昭和35年(1960)である。、、、、現在の押上駅は東京スカイツリーの下に地下化され、東武伊勢崎線(東京メトロ半蔵門線)も乗り入れてる。 東武伊勢崎線から都営浅草線に乗り換える乗客が多く、改札は人が途切れることはない。

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・・・・・・・・・・・・ 地上に出ると頭上には東京スカイツリーが夏空に眩しく輝いてる

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● 押上駅から裏道を歩く・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・ 健生堂病院は、大正8年(1911)に健生堂医院として開設され、下町に安心の医療サービスを提供し続けている地域密着型の病院。 診療科目は主たる内科の他に、外科、整形外科、皮膚科、眼科、歯科などがある。、、、、建物も歴史がありそうだ!

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・・・・・・・・・・・・ スカイツリーの足下を流れる北十間川から見上げる塔

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・・・・・・・・・・・・ 夏休み、水泳教室に向かう児童、、、、泳ぎの苦手な私には、辛かった思い出

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・・・・・・・・・・・・ 昭和30年代のカラーリングのリバイバルカラー車両が走る東武亀戸線の踏切。、、、、この踏切の向こう側は墨田区京島地区。

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● かつては、救急・消防車両も入れぬ典型的な「木蜜地域(=木造住宅密集地域)」と言われた墨田区京島地区。 住民・行政の努力が少しずつ実り、道路幅は広がり、木造住宅は耐火建築に変わり、“木蜜地域”から脱しようとしている。

・・・・・・・・・・・・ まだまだ残る木造長屋。 できる限り、早く耐火建築に!

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・・・・・・・・・・・・ 道路幅が広がり、両側の住宅は耐火建築に変わった処

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・・・・・・・・・・・・ 住宅が取り壊された跡は道路に変わるようだ!

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・・・・・・・・・・・・ 防火・防災に備えあちらこちらに点在する「手押しポンプ」

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● 京島地区を抜けると八広・立花地区。 墨田区の東端部に位置する家内工業の多い町。、、、、時刻は9時を過ぎ、太陽ギラギラ、汗ダラダラ、ついでに足はフラフラ。 このまま歩くと“死”へ一直線だ、近くの公園で水をかぶり頭・首を冷やす。

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旧中川に架かる「平井橋を渡り江戸川区に入る。 JR平井駅までは500m程。 『どうやら死なずに帰ることができそうだ!』一安心。

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● 「平井駅」に無事到着、、、、明治32年(1899)4月28日に総武鉄道の駅として開業した古い駅だが、私の住む浅草橋駅と同様で総武線各駅停車の駅では影がうすい方だ。 

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