都電荒川線

2017年5月27日 (土)

南千住~町屋

今日は南千住駅から歩き始めたが、三ノ輪橋停留場で都電を見たら、乗ってみたくなる。 乗ったら今度は歩きたくなり、町屋駅前から町屋の町をブラブラ。 尾竹橋際にてコミュニティバスに乗り帰宅のすることに! 1万1千歩。




南千住から三ノ輪橋へ・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・ 毎度のことだが、今日も駅前で東西南北いずれに向かうか悩む。 とりあえず西に向かうことにした。、、、、ひょっとすると、一雨くるかも? いやな、空模様だ!
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・・・・・・・・・・ 裏道に小さなかわいらしい千住基督教会があった。 大正3年(1914)にこの地に設立した教会。 戦時中は、建物も壊され教会は閉鎖していた。 昭和25年(1949)に再出発したそうだ。 小さいがパイプオルガンを備えている。
 
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・・・・・・・・・・ おや、南千住一帯は来週(6/2・3・4)、千住大橋の近くに鎮座する素戔雄神社のお祭り「天王祭 」だ。 町中にはポスターが貼られている。 古い家には、除災・招福のお札が貼られている。、、、、、浅草橋駅裏の銀杏岡八幡神社 も来週お祭りだ、我が妻も町内の御神酒所の準備で忙しそう。 私はのんびり散歩をするだけ!
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・・・・・・・・・・ 三ノ輪橋の日光街道に面する浄土宗の公春院は、寛文10年(1670)に創建した古寺である。 ここには、かつて、周囲約4m、高さ14m程の樹齢500年を超える「証拠の松」と言われた大木があった。 この松は、寺の境内にあり、寺の古さを示す証拠として名づけられたそうだ。 松は昭和9年(1934)に枯死したため伐採された。

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都電荒川線 ・・・・・・・・・専用軌道を走る荒川線の線路沿いには、バラの花が咲き誇っている

・・・・・・・・・・ 現在は梅澤写真館、、、、、、昭和2年(1927)に完成した旧王子電気軌道の本社ビル。 関東大震災後の東京では、鉄筋コンクリート造、3階建てのモダンなビルだった。 正面1階をとおり抜けると奥に“三ノ輪”の停留場がある。

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・・・・・・・・・・ 三ノ輪橋停留場、、、、、沿線にはバラの手入れをする多くの人がいた、ありがとう!

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・・・・・・・・・・ 『あ~~乗りたいな!』と思ったら、乗ってしまった

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・・・・・・・・・・ 『二人が降りた! ヨシ、私も!』と、町屋駅前停留場で下車。
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③町屋2~6丁目・・・・・・・・・・都電荒川線町屋駅前停留場の北側一帯が町屋の町である。 その町の中央を南北に尾竹橋通りがある。 今日は尾竹橋通りの西側をぶらついてきた。

 
・・・・・・・・・・ 町屋2丁目、町屋駅前の飲食街のチョイト奥にある原稲荷神社は、天正18年(1590)、徳川家康の江戸入府にともなって、三河国(愛知県)の百姓が町屋に移住してきたときに創建されたと言われている。、、、、、素戔雄神社の天王祭では、神輿が泊まる御旅所となっている。

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・・・・・・・・・・ 神社の北側の裏道に入る。 道は曲がりくねり、工場・住宅が密集する下町である。 昭和の木造アパートが多い。 中には朽ちた住宅もある。 曲がる裏道は、私の方向感覚を鈍らせ、『アレ?さっき歩いた道だ!』

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●・・・・・・・・・・・・ブラブラ歩き、隅田川に架かる尾竹橋 の南詰付近で、ちょうど荒川区のコミュニティバスが来た。 瞬間見えた「町屋駅前」の文字、『アツ、これに乗れば帰れる』。 躊躇せずに飛び乗り帰宅する。

2017年5月16日 (火)

東尾久の通り

西日暮里駅から京成本線新三河島駅前をぬけて、都電荒川線東尾久三丁目停留場付近に出た。 ここから、「大門通り」と称する裏道を歩いて、尾久の原公園にぶつかる。 さらに「石門通り」を歩き日暮里舎人ライナー熊野前駅まで、1万2千歩の散歩です。



西日暮里駅 ・・・・・・・・昭和44年(1969)12月20日、地下鉄千代田線の西日暮里駅が開業し、2年後の昭和46年(1971)4月20日に乗換駅として国鉄の西日暮里駅が開業した。 現在は、近くに日暮里舎人ライナーの西日暮里駅も開業しており、朝は乗換客で混雑する。

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新三河島駅・・・・・・・・JR西日暮里駅の東側を京成本線が走る

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・・・・・・・・・・ 京成本線は常盤貨物線 を高架で越え新三河島駅へ向かう。 ちなみに、踏切は貨物線の「日暮里八丁目三号踏切」、、、、こんな名前覚えても、何の役にも立たず、ただただ鉄道オタクであるのみ!

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・・・・・・・・・・ 新三河島駅 、、、、、昭和6年(1931)に開業した京成本線の駅。 都内の京成本線の駅では最も乗降客の少ない駅。 スグ、忘れられる駅。

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尾久の原防災通り・・・・・・・・・荒川区東尾久1(明治通り冠新道入口交差点)から北へ東尾久6(都立尾久の原公園前)まで伸びる約1.36kmの道路。

・・・・・・・・・・ 手前の明治通りから北へのびる防災通り

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・・・・・・・・・・ 防災通りをチョイト歩くと、スーパーの前に「消防道路」の碑が立っている、、、、、、防災通りは、戦時中に空襲による延焼防止を目的に建物を強制疎開させ造られた疎開道路である。 その跡地を整備し昭和48年(1973)に地元では「消防道路」となった。 平成24年(2012)に荒川区は「尾久の原 防災通り」と命名したそうだ。

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・・・・・・・・・・ 防災通りが都電と交差する手前に、天台宗の寺院:満光寺(まんこうじ)がある。 創建は南北朝末か室町時代と伝えられてる、、、、、歴史ある寺院だが、建物は新しい。 現本堂は昭和44年(1969)に建て替えられた。

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・・・・・・・・・・ 都電荒川線を横切り、東尾久3丁目に入る

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・・・・・・・・・・ 東尾久6丁目の草陰に地蔵尊が寂しげに祀られていた。

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・・・・・・・・・・ 町屋4丁目では、荒川区唯一の美術館:「ぬりえ美術館」の前を通る。 館長:金子マサさんは、「きいちのぬりえ」で有名な蔦谷喜一さんの姪である。 館長は、ぬりえを文化として保存するために、平成14年(2002)に美術館を開館した。、、、、、残念であるが、本日は休館日。 一度入館してみたいものだ!

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・・・・・・・・・・ 防災通りの北の端は、大門小学校のチョイト先で都立尾久の原公園で終わる。、、、、、公園は、かつて旭電化工業(現:ADEKA)尾久工場があったところ。 昭和52年(1977)に東京都が跡地を買収し、跡地の東半分が公園として整備され平成5年(1993)に開園した。 広々とした明るい公園である。

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都電荒川線・・・・・・・・町屋二丁目停留場、東尾久三丁目停留場付近でパチリ! 

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大門通り・・・・・・・・・・・・尾久三丁目停留場の北側に「大門通り」があった。 “大門”と聞くと、吉原の大門を思い出し、“大門”=“花街”の連想しかできない私は、早速この町の銭湯のおばあさんに聞いてみた。、、、、、おばあさんの話では、昔から大門町(=大門村)と呼ぶ地名であったそうで、花街とは縁がないらしい、、、、、、南の端(尾久三丁目停留場)から、北の端(ぬりえ美術館から尾久の原公園前までは防災通りと重複)まで歩いてきた。総延長約416m。 


・・・・・・・・・・ 写真順に、、、、、、尾久三丁目停留場前、大門通りの南端、、、、、大門湯、、、、、チョイト古い医院の看板、診療科目に「気管食道科」。(奥には、新しい立派な医院がある)、、、、、道中程に祀られている子育地蔵尊、、、、曲がりくねり進むと、ぬりえ美術館の前に出る。

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石門通り・・・・・・・・尾久の原公園の西側100m程行くと、「石門通り」の北端(東尾久6-34)で、ここから南へ道は伸び、東尾久6-39が南端となる。 全長345mの道で、かつては商店街であったが、今日訪れてみると、商店街はなくなっていた。 “石門”は、近くの下尾久石尊という石を祀る社があり、その参道であったことに由来するらしい。


・・・・・・・・・・ 写真順に、、、、、、石門通りの北端、、、、、撤去されていた、かつての商工会の門柱(2013年撮影)、、、、、ここにも子育地蔵尊が祀られている、、、、、、地蔵の後ろは北豊島高等学校、、、、、、商店街の店はシャッターが閉じてる、、、、、車歩分離した道路のカラータイルが続く、、、、、、石門通りの南端

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熊野前駅・・・・・・・・・平成20年(2008)に開業した、日暮里舎人ライナーの熊野前駅。、、、、、今日の散歩はここまで!

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2016年12月12日 (月)

王子~西巣鴨

京浜東北線王子駅から、都電沿いに都営三田線西巣鴨駅まで、1万歩、7kmの散歩です。



王子駅前停留場 ・・・・・・・・・新幹線の高架下に都電荒川線の王子駅前停留場がある。 JRの王子駅は、日本鉄道の駅として明治16年(1883)に開業した。 都電の王子駅前停留場は大正4年(1915)に王子電気軌道(現:都電荒川線)によって設置され、今年で101年経ったことになる。、、、、、、、“昭和の光景”が残る荒川線を、ぜひとも、文化財として登録したいね。
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・・・・・・・・・・・JRのガードを抜け、明治通り(大坂)を上り、飛鳥山交差点から専用軌道となる。

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飛鳥山停留場・・・・・・・・・・・・飛鳥山交差点から専用軌道に入ったところに、明治44年(1911)に開業した飛鳥山停留場がある。

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酒類総合研究所・・・・・・・・・・・・・飛鳥山停留場近くの酒類総合研究所東京事務所に寄ってみた。 なんと貼り紙では、研究所の東京事務所は広島に移転し、広島事務所と統合された。 つまり、只今は空き家状態である。 日本橋を手掛けた妻木頼黄(つまきよりなか)の設計で、明治35年(1902)に竣工した、貴重な煉瓦造の酒造工場ははどうなるのだ? 急に心配になり、隣地に事務所を構える日本醸造協会の方に聞いてみたら、『煉瓦造の建物は当協会が管理を委託され、今後、内部を整備し一般公開します』と云うことで、一安心。

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滝野川一丁目停留場・・・・・・・・・・・明治44年(1911)年8月20日に開業

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西ヶ原四丁目停留場・・・・・・・・・・・明治44年(1911)年8月20日に開業。 開業当初は滝野川停留場と呼ばれた

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善養寺・・・・・・・・・・・・西ヶ原四丁目停留場から裏道を歩き豊島区西巣鴨4丁目に入ると、天台宗の善養寺がある。 天長年間(824~833)に上野山内に創立したと伝えられ、上野東叡山寛永寺末。 本堂には高さ約3mの江戸三閻魔の一つ木造閻魔王坐像(豊島区登録有形文化財)が鎮座し、手を合わせる信者の心の内を見つめている。 チョイと見、怖いが、じ~~いと見、ユーモラスな顔である。、、、、、ちなみに三大閻魔のあと二つは、杉並区松ノ木の華徳院、新宿区新宿の太宗寺 の閻魔である。

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・・・・・・・・・・・・境内には、江戸時代中期に陶工・絵師として活躍した尾形乾山の墓もある。、、、、、京都生まれの乾山だが、晩年は江戸下谷の入谷村に移り住んだ。 そのころ善養寺は、下谷坂本にあり、死後善養寺に葬られたそうだ。

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妙行寺・・・・・・・・・・善養寺の隣に法華宗陣門流の妙行寺がある。 妙行寺は寛永元年(1624)に赤坂で起立し、四谷へ移転し、明治40年(1907)に現在地へ移転した。

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・・・・・・・・・・・・・・境内に浅野家遥泉院供養塔がある。 妙行寺は赤穂浅野家の菩提寺で、浅野長直の室高光院(写真:中央)、浅野長広の室蓮光院の墓(右)があり、そして左端に 浅野長矩の室瑤泉院の供養塔がある。、、、、、一週間前には瑤泉院の墓に参り、今日は供養塔に参る。 私と瑤泉院は、不思議な赤い糸で結ばれていたのか?

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・・・・・・・・・・・・・・浅野家の墓の後ろには、四谷怪談のお岩さんの墓がある。 こちらは、田宮家の墓で、お岩様が夫伊右衛門との折合い悪く病身となり、その後亡くなったのが寛永13年2月22日である。 爾来、田宮家ではいろいろと「わざわい」が続き、菩提寺妙行寺四代目日遵上人の法華経の功徳により一切の因縁が取り除かれたそうだ。、、、、一段高い処にお岩さんの墓があり、その手前に田宮家の墓がある。、、、、お岩さんの墓は、瑤泉院の供養塔より立派に見える。、、、、、(こちらは、四谷のお岩さん霊岸島のお岩さん

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新庚申塚停留場・・・・・・・・隣の庚申塚停留場は明治44年(1911)に開業したが、新庚申塚停留場は昭和4年(1929)4月19日に開業した。

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●・・・・・・・・・・・・・西巣鴨駅より帰宅