浅草寺を裏から
連日の大寒波、老いた足は外出を嫌い家に籠って休足状態。 とは言え、予約済みのクリニックには行かざるを得ず、寒さの中「馬道(うまみち、浅草寺の北東に位置する交差点)」のクリニックに行ってきた。 今日は、腎臓のエコー検査があり、もちろん“異状なし”。
帰りは、浅草寺本堂の裏側から境内に入り仁王門・雷門まで一直線に抜けて帰った。
● 浅草寺本堂の北側(裏側)は広い広場になっており、時おり、野外イベント、臨時の駐車場などの用途で使用されている。 この辺りまで入り込む観光客は少なく、浅草寺境内にあって比較的静かな場所である。
・・・・・・・・・・ 本堂の回廊は建物を囲う様に一周ぐるりと作られているが、裏側から回廊伝いに参拝することはできない。
・・・・・・・・・・ 東側の階段を上り参拝する。、、、、、国宝に指定されていた浅草寺の旧本堂は昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲により焼失したため、昭和33年(1958)に現在の本堂が再建された。 本堂再建の工事期間:昭和26年起工式~昭和33年落慶、設計:大岡實、構造設計:小野薫・日下部東一郎、施工:清水建設、構造:鉄筋コンクリート造である。 また規模は、建坪:1,368.8m2(414.8坪)、間口:34.5m、奥行:32.7m、軒高:29.4mで、デカイ!
・・・・・・・・・・ 一般の参拝客は床面積478.5m2(145坪)の本堂外陣で手を合わせる。,、、、、外陣の正面には幅4m程の額「施無畏」が掛かってる。 施無畏(せむい)とは、他者から不安や恐怖を取り除き、恐れのない状態にすることを指す。 観音さまはこの「施無畏者」と称され、誰しもが持つ不安や恐れを和らげる存在とされている。 健康や生活費不安の多い私には頼れる仏様だ。 できれば、高所恐怖症も取り除いてほしいものだ!


・・・・・・・・・・ 本堂の向拝には「志ん橋」と書かれた大提灯が架かっている。 志ん橋は「新橋」の異表記で、東京大空襲で焼失した本堂が再建された昭和33年(1958)から東京新橋組合(銀座に本部を置く花街の組合)により奉納されている。 本堂の大提灯は令和2年(2020)に9回目の掛けかえが行われており、高さ4.5m、幅3.5m、重さ約600㎏である。 浅草寺の提灯の中で最も大きい提灯らしい、我が家にぶら下げたら天井が抜け落ちるであろう!
● 本堂を後にして、昭和39年(1964)に大谷重工業社長:大谷米太郎夫妻の寄進により、鉄筋コンクリート造り、本瓦葺きで再建した「宝蔵門(仁王門)」を通り抜ける。 宝蔵門の高さは21.7m。 本堂よりチョイト低いが、一般のビルの7階に相当する高さだ。、、、、、このに架かる「小舟町」の提灯は、日本橋小舟町の信徒から寄進されたのが最初で、以来、日本橋小舟町奉賛会によって奉納が続けられ、ほぼ10年ごとに新調されている。 この提灯は重さ450㎏、このサイズでも我が家にはつるせない!

● 本堂から仲見世通りを歩いてくると、先に雷門の裏側が見える。 裏側をじっくり見る人は少ないと思う。、、、、、中央には「風雷神門」と書かれた、重さ700㎏の大提灯が架かってる。 両脇には、昭和53年(1978)松下グループ有志により寄進された、高さ約2.8m前後の天龍像(男性の姿)と金龍像(女性の姿)が奉安されている。 表側に奉安されている風神・雷神の像は知っているが、裏側の天龍・金龍の像を知る人は少ないであろう!


・・・・・・・・・・ 雷門の表側はこちら!
・・・・・・・・・・・・ 雷門から我が家まで歩いて40分

















































































































