台東区

2022年8月12日 (金)

本の買い出し

猛暑日が終わると、大雨が降り、その中を週に一二回程は医者に通い(循環器内科、眼科、泌尿器科は月一回、整形外科は週一回、その他に歯科、皮膚科、心臓血管外科は年数回)、さらにこの春から野暮用も増え、なかなか散歩に出る機会が来ない。 基礎疾患のある私にとっては、散歩に出たいが“熱中症”・“コロナ”が怖い(今はやりの、“さる痘”・“梅毒”は“もう歳なので”心配ない) 日中は、扇風機ブンブン回し、エアコンでガンガン冷やし、畳の上で本を片手にゴロゴロ“ごろ寝”。 こんな毎日、足が退化するのは当たりまえ、週一の病院通いも辛くなる。

 

今日は、小説(井上ひさしの『十二人の手紙』)も読み終え、読む本が無くなった。 3時過ぎ、涼しくなった(?)“浅草”へ、退化した足を引きずり本を買いに行く(私の住む浅草橋では、10年ほど前から本屋が無くなり、最寄りの本屋は秋葉原か浅草か日本橋となった)

チョイト浅草寺に参り、コロナの終息を願い、さらに“サンバカーニバル”の再開を願い、合掌!

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新仲見世で、可愛い娘を見て行こう! 浅草に外人が戻ってきた、嬉しいね。

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東武浅草駅の駅ビル(=古い人は「浅草松屋」という)にある本屋さんで、ごろ寝用の小説を買って帰る。 当分の間、本を読む時間は有りそうだが、散歩する時間は無いかも? 

2022年7月21日 (木)

冷やし中華の発祥地

九段下から靖国通り沿いに歩き浅草橋(我が家)まで、1万歩の散歩です。



● 浅草橋駅から都営浅草線に乗り次の東日本橋駅(=馬喰横山駅)で乗り換え、都営新宿線の九段下駅で下車する。 今日の散歩は「九段下駅」からスタートする。、、、、、九段下駅は、東京メトロ東西線・半蔵門線、都営地下鉄新宿線の駅である。 駅名はその名のごとく九段坂の坂下に位置することに由来する。 昭和40年代頃までは、須田町方面と渋谷方面を結ぶ都電が走っており、30年代には私も通学に利用していた、懐かしの路線。、、、、地下鉄の開通は、昭和39年(1964)12月23日の東京メトロ東西線開通、昭和55年(1980)3月16日の都営新宿線、平成元年(1989)1月26日の東京メトロ半蔵門線が、順次開通した。 ホームは地下2階に相対式2面2線の東西線ホームがある、地下4階には半蔵門線と新宿線のホームが相対式2面2線の間に島式1面2線の構造で配されている。、、、、昭和47年(1972)、私が勤めるゼネコンが九段下駅~市ヶ谷駅間のシールドトンネル工事を施工しており、当時新人の私は、研修で九段下から工事現場に入らされた。 生まれて初めて、恐る恐る、ワクワク・ドキドキ、トンネルの工事現場に入った思い出ある地。

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・・・・・・・・・・・・ 地上に出ると、普段であれば『東西南北どちらに向かう?』と悩むのであるが、今日は、熱中症が心配なので寄り道せずに、靖国通り沿いに浅草橋(我が家まで)まで歩くことにする。、、、、九段下駅を出て、チョイト横丁に入ると、懐かしい構えの住宅(千代田区九段南1)があった。 2階の丸窓、最高!

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● 九段下から神保町に向かうと、まず首都高の下、日本橋川に「爼橋」が架かっている。 橋名の「爼橋(まないたばし)」は難読だ。 名前の由来は、橋が2枚の爼(まないた)を渡したような板橋であったことによるとする説と、近くに存在した台所町との関連で名付けられたとする説がある。、、、、最初の爼橋は江戸時代初期に架けられたそうだ。 関東大震災後は、大正通り(=靖国通り)の拡幅に合わせ、昭和4年(1929)に爼橋も長さ25.6m、幅42.0mの鉄筋コンクリートのアーチ橋に架け替えられた。 昭和42年(1967)上部に首都高が建設され、さらにその後、地下には地下鉄が建設されたのに伴い、昭和58年(1983)に現在の鋼桁橋に架け替えられた。

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● 専大前交差点から駿河台下交差点までは、靖国通りの南側に平行する「さくら通り」・「すずらん通り」を歩く。

・・・・・・・・・・・・ 専大(=専修大学)前交差点の南側「さくら通り」入口前にある、うなぎ専門店「今荘」 玄関は角地を切り欠いて設けられ、正面には唐破風、その上の2階には丸窓、最上部は神社のような破風がある、遊郭のような建物。 昭和初期(昭和8年らしい)の建築。、、、、建物もいいが、蒲焼もいいね!

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・・・・・・・・・・・・ さくら通りの神保町側入り口脇に、社会鍋でおなじみの「救世軍日本本営」の建物がある。 以前の建物は、現在と同じ場所に4階建て(?)の中世のヨーロッパの城のような雰囲気の建物だった。 当時中学生であった私にとっては、軍服を着た人が出入りする建物なので、チョイト怖そうで近寄りがたかった。

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・・・・・・・・・・・・ 白山通りを横断し、すずらん通りに入ると「揚子江菜館」がある。、、、、神保町交差点を中心に、さくら通り・すずらん通り界隈は、明治・大正期から華人が住み中華料理店を営み“中華街”であった。 現在でも約30店の中華料理屋が点在する。 その内の1店が揚子江菜館だ。、、、、夏になると、ここが発祥の店と言われている「冷やし中華」を食べに行く。 今年は、先週末に家族で食べてきた。 旨い!

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・・・・・・・・・・・・ すずらん通りの駿河台下側の入口には、「文房堂(ぶんぽうどう)」がある。、、、、明治20年(1887)神田小川町に創業。 日本で初めて大学ノート、便箋、五線譜などの文房具を製造発売した。 現在は画材関係の店として有名だ! 現在の建物は大正11年(1922)に完成した名建築。

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● 駿河台下からは靖国通りを歩き浅草橋へ・・・・・そろそろ暑くなってきた、熱中症の予防に「ソルティライチ」を飲みながら歩く。 小川町、岩本町を過ぎると浅草橋の交差点。

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浅草橋駅高架下のPCR検査場、予約なし・無料にもかかわらず、いままで閑古鳥が鳴いていたが、今日は行列ができていた。 東京都の感染者3万人超となれば、怖くなったのか!

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2022年7月 9日 (土)

ポンポン船の音

昨日は、昼から衝撃的なニュースが飛び込み、夜までテレビに釘付けとなった。 安倍元首相 ご苦労様でした。



今朝4時に起床し、静かに資源ごみを出してから散歩に出た。

・・・・・・・・・・・・ ご近所の皆さん熟睡中、、、、田舎であれば、早起き鶏がコケコッコー!

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・・・・・・・・・・・・ 車の少ない江戸通り(国道6号)を横断する。 交番ではお巡りさんが二名お話中。 徹夜の勤務明けか?

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・・・・・・・・・・・・ 蔵前の「榊神社」で手を合わせる、、、、誰もいない、賽銭箱がある、チャンスか? 人間「つい、出来心」となるかも?

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・・・・・・・・・・・・ 隅田川に出る、日の出を拝み、ブラブラ、、、、昔なら、カモメの鳴き声と、ポンポン船の音が聞こえる時刻だ!

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2022年7月 2日 (土)

白鳥明神の加護

今日も猛暑日かも、熱中症が怖く日中の散歩は中止。 早朝の散歩で、鳥越神社に手を合わせてきた。、、、、蔵前橋通りを挟み、南に台東区浅草橋、北に台東区鳥越。 「浅草橋」と「鳥越」は隣町。 



・・・・・・・・・・・・ 早朝の「蔵前橋通り」は車も少ない、通りに面し緑の樹々が茂るは鳥越神社。、、、、蔵前橋通りは、文京区湯島の本郷通り(順天堂病院の北側)から、蔵前橋、亀戸天神前、平井大橋をとおり、江戸川区北小岩の千葉街道に至る延長14kmの道路。

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・・・・・・・・・・・・ 前九年の役征圧のため源頼義、義家父子がこの地を通った際、白い鳥が飛ぶのを見て浅瀬を知り大川(隅田川)を渡ることができた。それを白鳥明神の加護とたたえ、鳥越大明神の社号を奉った。 江戸時代までは約2万坪の広大な敷地だったが、徳川幕府にほとんどの土地を取り上げられてしまった。 鳥越神社が土地を失ったのは、江戸城築城と隅田川や当時鳥越のすぐ近くにあった姫が池の埋め立てのためにたくさんの土が必要になり、鳥越の丘を崩して使用したそうだ。 その後、江戸城の城下町を形成するのと、旗本や大名屋敷の御用地とするために 幾度となく幕府に土地を没収された。 それまで、鳥越の山にあった鳥越大明神と熱田神社と第六天神の鳥越三所明神のうち、 熱田神社が今戸に、第六天神が蔵前にそれぞれ移動させられた。 鳥越大明神だけがその地に残されて、今の「鳥越神社」になった。 第六天神は今の「第六天榊神社」である。 第六天榊神社の紋も鳥越神社と同じ七曜紋である。、、、、今日は、まだ、ラジオ体操の時間前なので、だれもいない静かな境内

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・・・・・・・・・・・・ 「鳥越神社」の例大祭は、都内最大級を誇る“千貫神輿”と、夜に行われる宮入“夜祭りで有名。、、、、千貫≒4ton、チョイト重たすぎるね!


・・・・・・・・・・・・ 【蛇足】 鳥越には、江戸時代初期頃まで、「鳥越刑場」(現:陣内神社付近かも?)があったそうだ。 鳥越刑場はその後、小塚原刑場(南千住)へ移転した。、、、、我が家の地面を掘り起こすと人骨が出て来るかも、くわばらくわばら! 

2022年7月 1日 (金)

朝だ! 朝だよ!

猛暑日が続く東京、日中の外出は年寄厳禁。 連日、早朝散歩で足の退化を予防。 今朝も4時に起き、我が家(浅草橋)の近くをブラブラ!



・・・・・・・・・・・・ ご近所はまだ寝てるようだ、人影は見えず!

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・・・・・・・・・・・・ 我が家の氏神様「銀杏岡八幡神社」も、しっかり戸締りして爆睡中(?)、、、、賽銭盗まれないか心配だ!

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・・・・・・・・・・・・ 早朝のエンジン音は民間の廃品回収車だ、企業が出す事業系のごみ収集。 早々と仕事がはじまってる。

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・・・・・・・・・・・・ 車の少ない江戸通り(=国道6号)、人影少ない駅周辺!、、、、終電に乗り遅れた酔っ払いもいない、静かな浅草橋駅周辺だ!

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・・・・・・・・・・・・ 柳橋に回って隅田川

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・・・・・・・・・・・・ ♪♪ 朝だ 朝だよ 朝日がのぼる 空にまっ赤な 日がのぼる みんな元気で 元気で起きよ ・・・・・ ♪♪ (昭和16年、ラジオ放送で発表された国民歌謡、作詞:八十島稔、作曲:飯田信夫)

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2022年5月 5日 (木)

GWの第一京浜

ゴールデンウィークは東京で静かに過ごすつもりだが、昨日のニュースでは都内各所で最高の人出となったそうだ。 今日も五月晴れで、チョッピリ歩いてみたくなり、我が家(浅草橋)から日本橋・銀座・新橋をとおり泉岳寺まで歩いてきた。 1万9千歩の散歩



● 朝7時、『人っ子一人歩いていない』と言いたいが、一人だけ歩く人がいた浅草橋駅前から散歩をスタート。 駅前の国道6号(江戸通り)を日本橋に向かって歩く

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● ゴールデンウィークの真っただ中、人も車も少ない馬喰町の問屋街や日本橋本町のビジネス街、まだ店開きには早すぎる時刻(7時半)に日本橋三越前を通過。 

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・・・・・・・・・・・・今日は『こどもの日』、チョイト前までは『端午の節句』、いずれにしても国民の祝日。 「三越デパート」の玄関先には大きな日の丸が掲げられていた。 昭和の時代頃までは、国民の祝日に一般家庭でも玄関先に国旗を掲揚し祝ったものだが、今の時代は国旗を掲げる家は少なくなった。(我が家もその仲間)、、、、三越の日の丸を見て感動!

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● お江戸の中心「日本橋」に到着。 チョイト「道路元標」を見て行くことにした。 丸いプレート状の本物は橋の中央に嵌め込まれてる(車道中央で写真を撮るには死を覚悟)、複製は橋のたもとにある。 日本橋の頭上を走る首都高にも道路元標がある!

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● 日本橋の「高島屋」では、玄関に国旗の掲揚をしていない。 デパート近くの「日本橋三丁目八日通り」では、街路灯に国旗がなびいてる。 いいね!

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● 時刻は8時、銀座一丁目から八丁目まで営業中の店は無く、キョロキョロすることもなく通過。、、、、資生堂の横の「花椿通り」でも国旗が掲げられていた!、、、、日の丸ではなく旭日旗にすると、韓国人は銀座に来ないかも?

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● 新橋から大門交差点・三田駅前と国道15号(第一京浜)を歩く。 時刻は9時、行き交う車は少なく『ゴールデンウィークだから』と感じる。 

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・・・・・・・・・・・・途中、金杉橋際の「浜松町交番」でも日の丸が出ていた。、、、、連日「ウクライナ侵攻」のニュースを見ていると、国旗への思いが深まり、今まで以上に国旗に敬意を示したいものだ! 

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● 都営浅草線泉岳寺駅の北端に「高輪大木戸跡」がある。 宝永7年(1710)、東海道から江戸府内の入口として、また南の出入口として設けられた大木戸の跡である。 東海道から江戸府内に出入りする人・物を管理するため、道の左右に土塁を設け、その間に柵と門が造られた管理用のゲートである。 その土塁の片側が残されている。

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・・・・・・・・・・・・この土塁の石垣に「几号水準点」がある。 几号水準点は車道側の石垣にあり、チョイと危険なので、見るには勇気がいる。、、、、付近には、清正公山門前西光寺などに几号水準点が残っている

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・・・・・・・・・・・・大木戸跡から高輪ゲートウェイ駅側に10m程行くと、駅前再開発用地を囲むフェンスが目に入る。 その中では、明治5年(1872)にわが国初の鉄道が開業した際に、高輪付近の海上に線路を敷設するために築かれた「高輪築堤」の発掘現場がある。 チョイト、フェンスの隙間からその現場を覗いてきた。 

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● 都営浅草線の「泉岳寺駅」は、昭和43年(1968)6月21日に開業した。 JRの高輪ゲートウェイ駅とは至近で、駅前再開発の最寄り駅となる。 現在はホーム幅の狭い2面4線の地下駅であるが、ホーム幅を大きく広げ、地下コンコースも設ける大改良工事が始まった。

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2022年2月 3日 (木)

ワクチン接種

連日各地で“過去最多”の記録を更新している新型コロナの感染者数。 私は、正月過ぎあたりから外出が怖くなり、家に籠ってパソコンゲームと写真整理で時間をつぶし、外に出るのは医療機関とコンビニに行く程度。 しかし、今週はチョイト忙しくなりそうだ。 三日前と昨日は、母を介助して病院へ、帰ってからは自分のリハビリで整形外科へ。 今日は午後から夫婦そろってワクチン接種、家の近くの区民館へ。 明日は上野の病院で泌尿器科の検診、明後日は中野の病院で眼科検診。 連日家に籠っての暗い自粛生活に比べると、医療機関が多いけど暇な年寄りには“良い気分転換”となる。



● 先週(1月下旬)、高齢者のワクチン接種券が送られてきた。 早速、予約センターに電話すると、『ファイザーは3月以降になります。モデルナは2月以降の接種が可能です』との返事。 我が夫婦は1回目・2回目はファイザーであった、モデルナを打つと交互接種となり、チョイト怖かった。 『急がば回るな、すぐに行け!』で、『何でもいいから打ってくれ!』と、今日の接種予約となった。 会場は我が家(台東区浅草橋)から、ゆっくり歩いても15分程の区民館(台東区台東)、接種会場には医師・看護師も含め、年寄りばかりで色気なし、14時の予約で40分程の時間で接種完了。、、、、このブログを書いている、只今時刻は22時、いまだ夫婦ともに副反応は出ていない。 いろいろ心配してみたが、終わってしまえば、ハイそれまでよ~~。 




● 接種会場となった「台東一丁目区民館」は、蔵前橋通りと凸版印刷本店の間に位置する複合施設。 低層階が台東地区センター、図書館、老人ホームなどで上層階はUR賃貸住宅のアクシス台東(106戸)になっている。、、、、この地は、平成2年(1990)に廃校となった二長町小学校の跡地である。 植え込みには、二長町小学校の校歌の碑がある。、、、、「二長(二丁)町」の由来は、この地が江戸時代より「二丁町」と呼ばれていたが、明治5年(1872)に、対馬の宗家厳原藩と伊勢国の久居に陣屋を構えた久居藩の邸地そして周辺の武家地を合併して「下谷二長町」とした。 「にちょう」とは、この地を東西に横切る小路に付けられたとされているが、その謂れは明らかではない。、、、、二長町の名は、昭和39年(1964)に消滅し、現在は台東区台東となっている。

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・・・・・・・・・・・・区が設置した案内板には旧町名:二長町の町域が緑で示されている。

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● 区民館の南側には、凸版印刷本社がある。 この地には江戸時代の芝居小屋「市村座」があった。、、、、凸版印刷の向いがわには、東京帝国大学附属病院の跡地で、明治39年(1906)に三井家総代三井八郎右衞門により設立した「三井慈善病院」(現:三井記念病院)がある。 私の腹を切り開いてくれた病院。

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● 三井記念病院の東側(千代田区神田和泉町2)には、終戦時まで「国立衛生試験所」があった。、、、、現在はスパーの「
LIFE」が建っている、、、、歩道に設置された案内板には、『国立衛生試験所発祥の地  国立衛生試験所(現、国立医薬品食品衛生研究所)は、わが国最初の国営の医薬品試験研究機関、東京司薬場として、1874年(明治7年)3月、現在の中央区日本橋馬喰町に発足し、1875年(明治8年)に現在の千代田区神田和泉町2番地で本格的業務を開始しました。 1945年(昭和20年)3月の東京大空襲に罹災し、世田谷区上用賀に移転したのち、2017年(平成29年)10月に川崎市に移転しています。』と記されている。、、、、写真では立派な建物だ、残念ながら、戦後生まれの私には記憶に無い建物である。

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・・・・・・・・・・・・三井記念病院の西側には、大正11年(1922、関東大震災の前年)に建てられた鉄筋コンクリート造2階建てを、煉瓦造り風に改修した「東京都下水道局和泉町ポンプ所」がある。、、、、建物は古いが、重要なインフラ施設。

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● 今日の東京の感染者は20,679人、身の回りに感染者がいても、おかしくない状態になってきた。 まだしばらく自粛は続きそうだ!

2022年1月 5日 (水)

寅さんの柴又へ

この正月は、元旦から昨日まで家にこもって寝正月。 人混みの中を歩きコロナに感染し死ぬのはイヤだ!、、、、でもそろそろ、今日あたりは仕事始めの企業も多く初詣の人も少なくなったと思い、夫婦で柴又の帝釈天に行ってきた。



● 浅草橋駅裏の「銀杏岡八幡神社」の創建年代は不詳だが、源頼義・義家が奥州征伐に向かう途中、小高い丘だった当地に銀杏の枝を差して戦勝祈願し、その帰途、康平5年(1062)に当社を創建したと伝えられている。 江戸時代には、福井藩松平家屋敷地となり、松平家の邸内社となったが、享保10年(1725)公収され町内(福井町、現:浅草橋1・2丁目)の産土神となった。 神社は我が家の氏神様である。 まずは氏子として、神社に新年の挨拶をしてから、帝釈天に向かう。(神様を怒らせると天罰が怖いからね!)

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● 都営浅草線の浅草橋駅から約40分で京成金町線の柴又駅に到着。、、、、高砂駅から乗った乗客の9割は当駅で下車。 電車がホームから走り去ると、一斉に構内踏切を横断する乗客、その光景を見て『コリャ、混んでいるかも?』 チョイト、不安がよぎる。

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・・・・・・・・・・・・駅前に出ると、多少の人出はあるが、不安に思った程ではない。 駅前の寅さん像もゆっくり見れる。 『寅さんとツーショットもできる!』

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・・・・・・・・・・・・参道は空いてるでもなく、混んでるでもなく、初詣にちょうど良い人出だ。 また、天気は良く、店は賑わい、正月らしい。 『いい時に来たね!』

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・・・・・・・・・・・・時刻は12時チョイ前、『帰りは混みそうだから、参拝前に食べて行こう!』、、、、『正月だ、“”だ!』

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・・・・・・・・・・・・参道では、「はしご乗り」も行われ、正月気分は上々!

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・・・・・・・・・・・・団子屋、飴屋、佃煮屋、どこの店も売り子はマスク美人! 客は顔半分しか見えず残念、売り子は半分隠れて一安心!

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・・・・・・・・・・・・山門前から行列が始まった、お堂前まで10分程の待ち時間、、、、三ヶ日は寺の境内を囲むように行列ができたらしい!

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・・・・・・・・・・・・帝釈堂も祖師堂も、黄色い仮囲いに囲まれて屋根しか見えない『何じゃコレは?』 目の前にあるのは賽銭箱のみ!

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・・・・・・・・・・・・駅前の「さくらの像」に別れを告げて、我が夫婦の初詣はココまで!

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2021年12月31日 (金)

今日も浅草へ

年越し蕎麦」を食べないと、一年が終わらない! 我が家では、数年前までは、毎年大晦日の夕暮れになると、浅草寺へ一年のお礼参りを兼ね、蕎麦屋へ行っていた。 しかし只今は、来年「白寿」の我が母と、「喜寿」に近づいた我、「還暦」は数年前に通り越した我が妻、老老老の三人暮らしである。 頭は呆けて、口は達者で、足はヨタヨタの母を残して蕎麦屋に行けず、蕎麦を買って家で食することにした。、、、、と言うことで、今日は私が浅草へ蕎麦を調達に行ってきた。 



・・・・・・・・・・・・こちらの「並木 藪蕎麦」は、おそらく1時間以上の待ち行列。 細く長く生きたいが、行列並んでノビないように!

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・・・・・・・・・・・・・今日も人出は多そう、、、、、昨日と比べると、着物姿の日本人は少なく、ミニスカにブーツ姿の韓国女性、着物姿のベトナム女性が目立つね! 皆さん、寒波の直撃で寒そうだ!

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・・・・・・・・・・・・ナント! 昨日までの賽銭箱を囲むように大きく衝立で仕切られ、白い布を被せて巨大賽銭箱に変身! 何億円入るのか(?)知りたいね

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・・・・・・・・・・・・浅草寺裏の駐車場に「はとバス」が並んでる! 久しぶりに見る光景

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・・・・・・・・・・・・「六区」の旧映画館街を抜けて、蕎麦屋で「年越し蕎麦」を買い、雷門通りに出ると、ラッキー我が家(浅草橋)の近くに停まるバスが来た!

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2021年12月30日 (木)

浅草、賑わい戻れ!

新年を迎える準備もほぼ終わり、あとは妻におまかせ! 今年もあと一日を残しているが、夕刻、ブラリ散歩を兼ねて浅草寺参りしてきた。、、、、近隣諸国の観光客は少なく日本語の会話が多いので安心し、年末だからか(?)コロナのせいか(?)若い人が多い特に女性が多く楽しいね、店の前には長い行列が商売繁盛で良かったね。 来年はかつての“浅草”が戻ってくる予感がする、景気回復も期待できそうだ、チョイト嬉しくなってきた。 



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