葛飾区

2021年9月23日 (木)

栃錦の像

京成線青砥駅から、青砥橋、細田橋を渡り東へ歩き、京成小岩駅付近からは柴又街道を南下し総武線小岩駅まで、1万1千歩の散歩です。




● 今日は秋分の日、成田空港行きの電車はキャリーバッグを持った人で混んでるかと思ったが、期待に反して空いている。 青砥駅もホームに人影は少なく、皆さん自粛中か?、、、、今日の散歩はここ「青砥駅」から、出発進行!

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● 青砥駅から東へ300m程歩くと中川に架かる「青砥橋(あおとばし)」がある。、、、、青砥橋は環七通りの一部で、工事は1979年(昭和54年(1979)10月に着工し、昭和60年(1985)1月に橋梁が完成した。 橋長640.8 m、幅員23.0 m、主径間115 mの鋼連続箱桁橋(一部鋼鈑桁、およびPC桁)である。

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・・・・・・・・・・・・三層の高架駅:青砥駅ホームから青砥橋が見える、もちろん、逆に青砥橋から青砥駅も見える。

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・・・・・・・・・・・・青砥橋から上流側を眺める。 写真左端が中川上流で、ここには斜張橋の高砂橋がある。 写真右端の樹木が茂る処は新中川通水記念公園である。 この公園は中川新中川が分岐する、お股の“急所”に位置する。、、、、「新中川」は昭和13年(1938)の東京東部で発生した浸水を教訓に、計画・工事が行われた中川放水路である。 工事は昭和38年(1963)に完成した、私が高校生の頃。 何だか判らず、細長い掘削工事現場が連なる現場を見に行った記憶がある。

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・・・・・・・・・・・・「新中川通水記念公園 」には、東京都が建てた記念碑がある。、、、、記念碑の裏側にはチョイト長い文章で次のように彫られている。 『中川放水路のあらまし   この地方は昔から高潮や洪水による水害をしばしばうけてきましたので、東京府は昭和十三年に中川 綾瀬川および芝川の三角川総合政?計画をたて 二千四百十九万円の事業費をもって着工しました とくに中川改修事業は足立 葛飾および江戸川の各区と埼玉県の一部にわたる地域の洪水をふせぎ かつその排水と舟運のため着工しましたが 第二次世界大戦のため昭和一九年には工事が中止されて一部の用地買収と一部の護岸工事ができただけでした。しかしこの地方が昭和二十二年九月のカスリーン台風による洪水のため利根川の堤防がこわれて大きな被害をうけましたので ふたたび中川改修工事を再開する声がたかまり 東京都はさきの計画に再検討を加え財政上の理由から 九億九千五百万円の事業費を?つて中川放水路の…を実施する事になり昭和二四年から工事を再開しました この工事中に物価の値上り 用地の買収などといろいろ困難な問題がおきて工事はしだいにおくれ たまたま昭和三十四年の伊勢湾台風による高潮の水位が意外にたかかったことから この事業の一部を変更し事業費…額されて?ましたが ついに昭和三十八年三月十六日第一期工事を完成し通水に成功しました。この放水路は着工以来長い歳月と多額の事業費と多くの人員が投入されて完成… また祖先伝来の土地を提供された地元民の協力と 工事?当の建設業者の尽力とこの事業関係の都職員の努力によってできあがったもので この地方をながく水害から守る事ができるようになりました この放水路の概要は左記の通りですが第二期工事の完成によってその流量はさらにふえることになります。  記  一 位置(呑口)葛飾区高砂町地先中川左岸から   (吐口)江戸川区江戸川四丁目地先江戸川右岸まで   一 延長 八○八九メートル   一 計画流量 毎秒一二○トン(第一期計画)   一 巾員 河川敷一四八メートル   一 堤防 高さAPプラス五・二メートル   天端巾 六・○メートル   一 主要建造物 道路橋 一六橋   鉄道橋 二橋   排水所 四箇所   伏越 三箇所   水門 一箇所   一 総工費 五十三億八千百万円   昭和三十八年九月一日建立 』

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● 新中川通水記念公園から新中川の右岸を歩き、高砂諏訪橋細田橋を歩く。、、、、どちらの橋も、戦後、高度成長期に合わせ架けられた“昭和レトロ”の橋だ!

・・・・・・・・・・・・高砂諏訪橋(たかさごすわばし)は、新中川の最上流部に架かる長さ135mの橋で、東岸(左岸)の葛飾区高砂2丁目と西岸(右岸)の高砂1丁目を結ぶ。 昭和36年(1961)に新中川掘削工事に伴い架橋される。 幅員が4.5mしかなく、歩道のない一車線の橋。 危ないのでその後、下流側に高砂諏訪橋人道橋が設置され人車分離された。

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・・・・・・・・・・・・高砂諏訪橋から350m程下流に、同時期に架けられた橋長119.0mの細田橋がある。 東岸(左岸)の葛飾区細田3丁目と西岸(右岸)の細田2丁目を結ぶ。新中川掘削工事に伴い架橋。 昭和54年(1979)下流側に細田橋人道橋を設置。

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● 細田橋人道橋を渡り、葛飾区細田の町に入る。 まずは、細田橋の東詰に、新金貨物線細田踏切がある。、、、、平日、数本の貨物列車が走る踏切。、、、、新金貨物線の線路敷きは複線分の用地が確保さてれおり、旅客化の話は昔からあるが、いつまでたっても具体化しない! ここに電車が走る日はまだまだ先のようだ!

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● 線路沿いに南へ少し歩くと、細田村が開村した元禄8年(1695)頃に細田村の鎮守社として稲荷を勧請した細田神社」がある。、、、、現在の社殿は昭和4年(1929)に修復された。

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● 細田からは、道路拡張工事が行われ歩きやすくなった都市計画道路補助264号線(長ったらしく覚えにくい道路名!)を歩き京成小岩駅を目指す。

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・・・・・・・・・・・・京成小岩駅近くに愛国学園がある。 「愛国学園」は、大学、短期大学、高等学校、中学校、保育専門学校などを設置する学校法人。 京成小岩駅近く(江戸川区西小岩)には、大学を除く各校舎がある。、、、、伝統ある女学校。

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● 京成小岩駅から帰るつもりで歩いてきたが、愛国学園の先で柴又街道に出たので、街道を歩き総武線小岩駅からJRで帰ることにした。

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・・・・・・・・・・・・JR小岩駅北口に到着。 広いコンコースには、当地出身のかつての名横綱栃錦の像がある。 待ち合わせ場所として最適!、、、、尻かげで 遅い友待ち 尻撫でる(尻滅裂)

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・・・・・・・・・・・・小岩駅は明治32年(1899)5月24日、総武鉄道の駅として開業。 明治40年1907)に国有化される。 現在は総武線緩行列車しか停車しない、開業後100年超経過した古い駅。 1面2線の島式ホームの高架駅。

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2021年9月19日 (日)

ここは旧水戸街道?

連日、コロナ感染者数減少の報道が続き、気持ちは緩みっぱなし。 早くの緊急事態宣言解除を願いつつ、『今日は、多少歩いてもいいだろう!』と、自分で自分を納得させ散歩に出た。

JR常磐線金町駅から、水戸街道沿いに都心方向に歩き、京成本線青砥駅まで、1万2千歩の散歩です。




● 今日は西日暮里で東京メトロ千代田線に乗り換えて、JR金町駅に到着。 金町駅は盛土上に1面2線の島式ホームがあり、改札は盛土下を南北に貫く穴に直結し、出入口は南北にある。 南口の駅前ロータリーは広くバス・タクシーが発着する、また京成金町駅も目の前だ!、、、、金町駅は明治30年(1897)12月27日に日本鉄道の駅として開業した。 創業124年余りの歴史を有する老舗駅。、、、、金町駅は埼玉(三郷)と千葉(松戸)に隣接している県境の駅。

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・・・・・・・・・・・・“
駅前の駅”は京成金町線の京成金町駅、、、、単式ホーム1面1線の地上駅。 ホーム長さは4両編成分しかない、小さな駅である。 しかし金町駅は、金町線の前身である帝釈人車軌道が明治32年(1899)に開業した、こちらも老舗駅。

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● 今日は、金町線とはまったく関係ないが、この京成金町駅の西側の町:葛飾区金町5丁目、4丁目、葛飾区新宿4丁目、2丁目の裏通りを中川大橋に向かって歩いてみた!

・・・・・・・・・・・・緊急車両が通り難い細い道が折れて続く“私好みの道”、ここは金町5丁目!

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・・・・・・・・・・・・緊急事態宣言下、酒場は涙を呑んで休業中。 いつまで続くこの休み。 貼り紙に貼り紙だ! 狸も退屈そうだ!、、、、店主は大変そうだ、頑張って!

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・・・・・・・・・・・・京成金町駅近くをとおり、南西に向かうと“お江戸日本橋”に着く国道6号(=水戸街道)。 その国道から北側に一本入ると旧水戸街道がある。、、、、旧東海道は街道巡りの旅人で賑わっているが、旧水戸街道は『ココが旧街道』である案内すらなく、チョイトもの足りない道である。(Googleマップには旧街道の表示あり)

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・・・・・・・・・・・・その旧水戸街道が新金貨物線(新小岩~金町間のJR貨物線)と交差する「浜街道踏切」、、、、踏切名の「浜街道」とは、現在の国道6号(=水戸街道)の旧道である「陸前浜街道」のことを指す。

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・・・・・・・・・・・・浜街道踏切から100m程都心によると、旧水戸街道の拡幅の際にここに移された「地蔵菩薩石仏群」がある。 享保、宝永といった江戸でも古い年号が彫られている13基の石仏群と帝釋道標と八大龍神碑である。 

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・・・・・・・・・・・・新宿2丁目の浄土宗寺院「浄心寺」は林光山称名院と号す。 慶長19年(1619)廓蓮社然誉潮呑和尚が開山、明呑が開基となり創建、江戸時代には両国回向院(墨田区)および小塚原回向院(荒川区)住持の隠居寺であった。 古い本堂は明治20年(1887)焼失、同22年再建されたが、昭和46年(1971)に現本堂を新築した。、、、、境内の墓地には、2・26事件で殉職し、岡田啓介元首相が建てた清水与四郎巡査の墓がある。

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・・・・・・・・・・・・旧水戸街道は中川の手前:新宿4丁目にて、国道6号(=水戸街道)とは離れ、中川橋にて中川を越え、亀有駅の南側を抜け、小菅、北千住を通り、千住大橋で国道4号(=日光街道)に合流する。




● 国道6号(=水戸街道)は、中川橋の下流に架かる「中川大橋」を渡り、四ツ木橋、言問橋をとおり、日本橋へ向かう。、、、、中川大橋は葛飾区青戸8丁目と葛飾区新宿2丁目を結び、昭和10年(1935)にカンチレバー式プレートガーダー橋として開通した。 現在の橋は昭和60年(1985)に架替え工事が開始された2代目の橋。 平成元年(1989)に竣工。

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・・・・・・・・・・・・中川を望む

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● 中川を越え、葛飾区青戸の町に入る。、、、、葛西城跡に寄り、青砥駅まで歩く

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2021年9月13日 (月)

飯塚富士は登山禁止

緊急事態宣言は、本日から延長期間に入り、9月30日までとなった。 何だかんだと いつまで続く “緊急事態” 聞き飽きた(今日も、コッソリ散歩する)

東京メトロ千代田線「北綾瀬駅」から、東に向かい、飯塚橋で中川を越え葛飾区にはいる。 東京理科大の金町キャンパスを抜けて、常磐線「金町駅」まで、1万3千歩の散歩です。




綾瀬駅は千代田線それとも常磐線(?)どちらでもいいけど、北綾瀬に行くには、綾瀬駅で北綾瀬行きの電車に乗り換える。 綾瀬駅1番・2番線ホームの東端に綾瀬行きの0番線ホームがある。 ここから3両編成の北綾瀬行きワンマン運転の電車でGoー!、、、、『つぎは終点北綾瀬』、一駅間の短い千代田線支線に乗り換える。

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● 「北綾瀬駅」(昭和54年(1979)開業)は、環七通りの南側に設置された単式ホーム1面1線の高架駅。 ホームは西側の線路に取り付けて設置されている。 平成31年(2019)からは、これまでの区間運転用の3両編成の列車以外に、代々木上原方面直通の10両編成の列車も停車できるようにホームが延長された。、、、、1面1線のホーム構造を持つ駅は、都区内ではここの他に大師前駅京成金町駅の三駅だけで、珍しい駅の一つ。

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・・・・・・・・・・・・北綾瀬駅は「環七通り」に面している。、、、、今日の散歩では、この環七通りを東に向かい歩き始める!

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● 環七通りを東へ歩くと「大谷田橋交差点」がある。 大谷田橋交差点は、足立区東和・大谷田にある交差点で、主要道路は、環状7号線と都道307号線などで、7本の道路が集中する、“七差路”、“七辻”となっている。 環七がオーバーパスになっており、道路幅も広いので、この場所を通った人でも、ここが“七差路”であることに気づきにくい。、、、、疑い深い人は地図で調べて、現地に行って!

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・・・・・・・・・・・・この大谷田交差点の一角に、高さ26mの「銀河の塔」がある。 葛西用水親水水路完成を祈念して、平成8年(1996)に建てられたシンボルタワーであり、交差点を挟み東和4丁目と大谷田1丁目を結ぶ歩行者・自転車用の地下道の出入口を兼ねている。 塔の中程まで階段で登ることができるが、登る人を見ることはなかった!

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● 大谷田交差点で環七通りからはずれ都道を東に歩く。 中川に架かる「飯塚橋」を渡る。 飯塚橋は東岸の葛飾区南水元2と、西岸の足立区大谷田1・中川5を結び架けられた。(両区を結び人・車が通れる唯一の橋である)、、、、橋長:303.0m 幅員:20.2m 形式:鋼箱桁、鋼鈑桁 開通:平成4年(1992)、、、、江戸時代よりここには、両岸を結ぶ渡し舟「飯塚の渡し」があった。 近隣地域では中川両岸を結ぶ唯一の連絡交通手段として重宝されたが、夜間は運行されず、時に急患を対岸の病院へ搬送するために特別に出されることもあった。 昭和30年(1955)に旧飯塚橋が架橋されたため廃止された。(現橋は二代目)

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・・・・・・・・・・・・橋の先(葛飾区)には葛飾清掃工場の煙突が見える

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・・・・・・・・・・・・橋から上流側を眺める。 右に葛飾区、左に足立区、目ぼしい建物は何もない!

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● 葛飾区に入り、中川の土手沿いに南下し、金町駅方面に向かうと、比較的新しい神社がある。 これぞ、葛飾区南水元の「富士神社」(飯塚富士)である。 神社は、木花咲耶姫命を祭神として、正慶元年壬申(1332)6月創建といわれ、江戸時代には旧飯塚村(現在の、水元、南水元、西水元、水元公園あたり)の鎮守だった。 2010年代(平成)に整備工事が行われ、社殿や富士塚は一新された。 、、、、高さ約20m、東西径約22mの富士塚は拝殿の裏にある浅間山の上に、さ らに盛土をして築かれ、まるで古墳である。 立派だ!

・・・・・・・・・・・・中川の土手上から見る富士神社

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・・・・・・・・・・・・広々とした境内に富士神社はある、、、、飯塚富士は登山禁止!

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● 中川沿いに歩き常磐線線路の手前(旧三菱製紙工場跡地)に「東京理科大学 葛飾キャンパス」がある。 理科大の神楽坂キャンパスが手狭になってきたため葛飾キャンパスが計画され、平成25年(2013)竣工した。 キャンパスは周囲を「葛飾にいじゅくみらい公園」に囲まれ、公園とキャンパスの敷地境界には何もなく、まさに公園と一体となって、地域に開かれたキャンパスとなっている。、、、、今日は、公園の芝生を歩かず、キャンパス内を歩き抜けた!

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● 理科大から徒歩10分、JR金町駅北口に到着。、、、、広い駅前ロータリー、その奥には高度成長期の公団住宅、高架下には南北通り抜け通路、通路に沿って券売機が並び改札がある、なんだか見るもの全てに“昭和”の香り。、、、、私の住む浅草橋と同様で、駅ビル・駅ナカのない駅。 今時の都心の駅とは思えない!

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2021年8月31日 (火)

荒川で足慣らし

アリャリャ、いつの間にか8月も末となり夏休みも終わりだ! 今月は四回目の緊急事態宣言が発せられ、しばらく我が家で“おとなしく自粛生活”。 前回の散歩から約20日が過ぎ、足の衰えが気になり、今日はチョックラ足慣らしの散歩をしてきた。

コロナを避け、京成四ツ木駅から荒川土手を歩き、総武線新小岩駅まで、1万歩の散歩です。




● 早朝の浅草橋に秋風が吹き、久々の地下鉄乗車は心浮き浮き。 青砥行きの空き空き電車で四ツ木に向かう。

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四ツ木駅到着、時刻は7時半。 駅前商店街を、これから出勤の人が来る。 駅前でチラシを配る某党の人。 アレ、都議会選挙は終わったばかりだが、今度は?・・・・自民党の総裁選挙か?

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● 四ツ木駅は都心の方から来ると、荒川を越え、平行して流れる綾瀬川を越えるとすぐにホームがある。 荒川と綾瀬川の間には、両川を隔てる土手がある。 四ツ木駅からこの土手に上がると、この景色を一望できる。、、、、写真中央が、右側(東側)の綾瀬川と左側(西側)の荒川を隔てる土手。 京成押上線は荒川をトラス橋(写真左側)で越え、引き続き綾瀬川を越えると首都高速中央環状線(写真右端)の下に四ツ木駅がある。

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・・・・・・・・・・・・京成押上線の荒川橋梁から約190m下流側に木根川橋(きねかわばし)が架かっている。 昭和42年(1967)に着工し、昭和44年(1969)2月に完成した、長さ466mの美しいトラス橋。 墨田区八広と葛飾区東四つ木を結んでいる。、、、、さだまさし作詞・作曲の『木根川橋』の舞台である。 私には、戦後、高度成長期の下町(倍賞千恵子の『下町の太陽』)を思い出させる橋だ! 

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・・・・・・・・・・・・葛飾区四つ木の町で洪水が発生したとき、荒川の土手上に避難できるように綾瀬川に架けられた「東四つ木避難橋」、、、、真正面にスカイツリーが見える、絵になる橋。

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・・・・・・・・・・・・今日の散歩は、コロナ感染を避け、歩く人の少ない、この荒川左岸の土手上をのんびり歩く。 新小岩に向かい、右手には荒川とスカイツリーが見つめてる! 左手は綾瀬川に首都高速!

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・・・・・・・・・・・・向かう先には、首都高速の「かつしかハープ橋」と「上平井水門が待っている。

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・・・・・・・・・・・・上平井水門の上流側に中川と綾瀬川の交流地点がある、そこに建設された水門。 水門は、台風などの大雨で高潮や津波が発生して河川の水位が上昇した際に、遡上により水害が発生するのを防ぐ役割があります。 上平井水門は昭和45年(1970)に、当時の金額で約23億円、期間約3年9ヶ月をかけて完成。 中川と綾瀬川は、荒川と江戸川とに挟まれた葛飾区と江戸川区の低湿地帯を流れる排水河川です。 上平井周辺は特に地盤が低く、約7.5km離れた東京湾で生じた高潮により水害が発生するため、水門が建設されました。、、、、写真は、かつしかハープ橋の直下にある手前の綾瀬川と奥から流れ「上平井橋」の下を流れ交流する中川。(綾瀬川はココまで、これより下流側は中川)

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・・・・・・・・・・・・上平井水門から約160m下流側に、荒川と中川をつなぐ「中川水門」がある。、、、、荒川の水が中川に逆流して水害が起きることを防ぐために造られた水門。 旧中川水門は大正13年(1924)に竣工し、平常時は対岸の木下川水門とともに新旧中川の舟運に利用されていた。、、、、現水門は昭和57年(1982)の完成(施工:大林組)

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・・・・・・・・・・・・かつしかハープ橋からは、首都高速は荒川と中川の間の土手上を走る。

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・・・・・・・・・・・・蔵前橋通りがとおる「平井大橋で、土手歩きは終了し、新小岩駅へ向かう。、、、、その平井大橋を中川岸の高層住宅から眺める。 絶景かな絶景かな!

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新小岩駅到着。 久しぶりの散歩で、やっぱり足が疲れた、衰えた!、、、、早く、緊急事態宣言解除になってほしいね!

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2021年6月 9日 (水)

柴又の鎮守さま

ワクチン接種が済んでないので、“蜜”を避けての散歩。 寅さんの柴又駅で下車し、帝釈天とは線路を挟んで反対側の柴又八幡神社に寄り、さらに南下し、北総線新柴又駅に近い宝生院と医王寺に参り、京成小岩駅まで、1万歩の散歩です。




● 我が家(浅草橋)から京成押上線直通の電車に乗り、「高砂駅」で金町線(高砂~柴又~金町)に乗り換える。、、、、朝7時半過ぎ、金町からの電車は通勤通学客で満員だ。 終点の高砂駅ホームは一瞬のあいだ人であふれる。 折り返し金町行きとなった電車は、空席ありの楽々電車。

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柴又駅の駅前は、昨年まで、小さなコーヒスタンド・居酒屋・立ち喰い蕎麦など昭和レトロな店舗が並んでいたが取り壊された。 変わってコーヒーチェーン・コンビニと従来の今川焼/焼きそば・居酒屋・立ち喰い蕎麦は、新しいい建物となった。、、、、駅前広場が狭くなった! 寅さんさくらの像も、通行の妨げになるかもね?

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● 帝釈天参道の手前を西に曲がり、踏切をわたると「柴又八幡神社」がある。 柴又八幡神社の創建年代は不詳。、、、、社殿は寛永11年(1633)以降、数回の改築が行われ、昭和45年(1970)に現在の鉄筋コンクリート造の社殿となった。 柴又八幡神社は境内全体が古墳上に鎮座する社で、江戸時代には柴又村の鎮守社であった。 円墳は直径30m、6世紀~7世紀の築造であることが判明した。 社殿裏の「島俣塚」は、昭和40年(1965)、本殿下の古墳出土の人骨を集めて埋め、其の上に石畳の塚を築き、前に自然石に「島俣塚」と刻んだ石を建て、柵を巡らしてある。

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● 柴又八幡神社から柴又駅の西側(帝釈天とは線路を挟み反対側)をぬけ、帝釈天の南側の柴又4丁目の町を歩く。、、、、下町の住宅街、朝8時過ぎ、食事中か? まだ寝てる人もいるかも? 静かな町だ! コロナに感染する心配はなさそうだ!

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・・・・・・・・・・・・・玄関先のアジサイは、今が見ごろ

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● 北総線「新柴又駅」の近くに、「柴又七福神」の大黒天:宝生院と恵比寿天:医王寺がある、チョイト寄ってみる。

・・・・・・・・・・・・北総線の新柴又駅(葛飾区柴又5)は、平成3年(1991)に開業した。 駅の1階にはスーパーマーケット、2階に改札口、3階に相対式ホーム2面2線を有する高架駅。 駅前には柴又街道(金町~小岩~江戸川)が通っている。 一見、チョイト見、生活しやすそうな町だ!

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・・・・・・・・・・・・新柴又駅の北150m程に、真言宗智山派寺院の宝生院がある。 宝生院は大黒山と号す。 寛永元年(1624)常陸国大聖寺末宝性院として京橋付近に創建。 その後、下谷谷中、池之端茅町へ移転し、関東大震災で罹災した後、昭和2年(1927)現在地へ移転した。、、、、柴又七福神の一つとなっている大黒天は、江戸期から信仰を集めていたと伝えられまている。、、、、行事もない平日の午前中、訪れる人もなく、だだっ広い境内が印象的だ。 本堂の戸は閉まり、大黒天は拝むことができず、残念!

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・・・・・・・・・・・・新柴又駅から北東へ100m程歩くと、真言宗豊山派の医王寺がある。 医王寺は、薬王山瑠璃光院と号す。 応永14年(1407)に創建、下総国分寺下の薬王寺と呼ばれたと伝えられます。 本尊は薬師如来(秘仏)。 当時流行した赤目病平癒の祈願所として建立された。 建立後間もなく、小田原の北條氏と安房の里見氏が利根川(現在の江戸川)を挟んで対峙し、天文7年(1538)・永禄7年(1564)の2度国府台合戦に、北條方の陣屋として使用されたため什物の大部分が失われた。 その後、中興されたが、しばらくすると、寺は無住となり多くの資料が散逸した。 寛永年間(1624~1644)金蓮院の僧某が再興し医王寺と改めた。、、、、柴又七福神の内、恵比寿天を祀る。 こちらも、本堂は閉じられ恵比寿天との御対面は叶わず!

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● 「京成小岩駅」(江戸川区北小岩2)に到着。、、、、京成小岩駅は昭和7年(1932)に開業した、島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。、、、、JR総武線の小岩駅は、京成小岩駅の南約500~600mほどのところにある。 両駅間を歩くと20分程をかかり、乗り換える人はいないと思う!

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2021年5月15日 (土)

蔵前橋通りを東へ

“コロナ自粛”で散歩の機会は減り、足は退化、腹は肥大、脳は劣化、家でゴロゴロ、身体に良いわきゃナイヨ!、、、、今日は、我が家から「蔵前橋通り」を東へ、ひたすら歩いてみた。 しかし、新小岩で足が痛み、散歩はココまで! (1万5千歩、8km)

・・・・・・・・・・・・蔵前橋通りは文京区の湯島から、千代田区、台東区、墨田区、江東区、葛飾区を経由し、江戸川区の市川橋手前の国道14号(千葉街道)との交差点までの都道315号の通称。 JR総武線の北側に並行して通っている。




● 我が家(浅草橋)から徒歩2分程で、「蔵前橋通り」に面して鎮座する鳥越神社に出る。 ここから今日の散歩が始まる。、、、、何か良いめぐり逢いでもあるように祈願し、散歩に出発!

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・・・・・・・・・・・・神社の境内一隅に、こんな石碑がある。 正面に「土地区画整理測量基本標」と刻まれた、オベリスク型形の石塔。 側面には、この地点の緯度・経度「東經 百三十九度四十一分十九秒九一 北緯 三十五度四十一分三十六秒〇二」が刻まれていた。 また、反対側の側面には、大正12年に発生した関東大震災の後の土地区画整理のために置かれた旨が刻まれていた。 この石碑を起点に、土地区画整理事業が進められたようだ。 ちなみに、蔵前橋通りは関東大震災後に整備された幹線道路である。

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● 蔵前警察署前を通過し、蔵前橋を渡り、墨田区に入ると、東京都慰霊堂(震災記念堂)のある横網町公園。、、、、元気よく、スタコラサッサと通り過ぎていく!

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● 今は暗渠化され親水公園となった大横川に架かる「法恩寺橋」(大正14年(1925)架橋)を渡る。、、、、橋の先には、橋名となった法恩寺への参道がある。 スカイツリーを背にして参道正面に本堂が見える。、、、、四ツ目通りとの交差点には、オリナスという超高層ビルがある。 オフィスとレジデンス、商業施設からなる複合施設で、元々ここには、時計のセイコー(精工舎)の工場が明治26年(1893)から平成9年(1997)まで、100年以上あった。 最盛期には従業員約3,000人が働いていたそうだ。

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横十間川天神橋で渡り、墨田区から江東区に入る。、、、、亀戸天神の参道を横に見ながら通過。、、、、明治通りとの交差点も通過。 チョイト暑くなったきた。 上着を脱ぎたい、邪魔だ!、、、、東武亀戸線を越える。

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旧中川に架かる「江東新橋」を渡り、江東区から江戸川区に入る。、、、、蔵前橋通りは、JR総武線平井駅前を抜けて、平井大橋に向かう。、、、、この辺で、コロナで体力が落ちた私の足が痛みだす。 『散歩を平井で止めるか、もう少し歩くか、それが問題だ!』自問自答しながら、前を歩く可愛い娘につられ平井駅を通り過ぎる!

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荒川に架かる「平井大橋」、手前は江戸川区平井、対岸は葛飾区西新小岩。、、、、江戸川区側の河川敷にはポピーが真っ赤な花を咲かせてる。 痛い足で河川敷に降り、花を見ながらしばし休憩!

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・・・・・・・・・・・・平井大橋を渡ると、新小岩駅に近い「新小岩陸橋」がある。、、、、足が痛い、今日はココまで! 駅に向かう。

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新小岩駅に到着!、、、、駅前は賑やかだ! “密”を避けて電車に乗ろう!

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2021年5月 9日 (日)

コロナ太り?

これまでは、ライザップのお世話になることもなく美しい体型であったが、コロナ禍、長期の自粛によりチョッピリ下腹が出てきたようだ、大変だ醜い体型に変化してきた。 『今なら間に合う 早めの対応』、、、、今日は7時に浅草橋の我が家を出て、国道6号(=水戸街道、浅草言問橋までは“江戸通り”)を葛飾区青戸まで歩いてきた。 約10km、1万8千歩



● 7時05分・・・・・・・・・・浅草橋駅前を出発。 朝食がまだ消化していないのか、それともコロナ太りか、チョッピリ胃がダブつき歩きづらい気がする???、、、、国道6号(江戸通り)は空き空き!

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● 7時15分・・・・・・・・・・“蔵前一丁目交差点通過”と言いたいが、交差点で『ラッキー』叫びたくなった。 財布を拾った、中には一万円と少々、キャシュカードもある、運転免許証もある。 免許証から落とし主は30歳前後の女性。 アレアレ・コリャ、落とし主は困るだろうと、警察にお届けに参上。 婦人警官もいるので、ここは男っぷりを見せ、報労金(謝礼)・所有権などを放棄して、落とし主に財布が戻ることを願い警察をあとにする。、、、、チョッピリ良いことをしたので、足取りも軽くなった!

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● 7時40分・・・・・・・・・・駒形堂を過ぎ、東武伊勢崎線「浅草駅」前通過。、、、、駒形堂の扉は開いてる!、、、、まだ駅前の人通りは少ないね!

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● 7時55分・・・・・・・・・・「言問橋西詰交差点」通過。 「江戸通り」の愛称はココまで、言問橋を渡り墨田区に入ると、単に国道6号(水戸街道)となる。、、、、言問橋で隅田川を越えると、向島の町。 すれ違う女性は向島美人、私もチョイト振り返る!

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● 8時30分・・・・・・・・・・8時を過ぎ青空が見えるようになってきた。 明治通りと交差する「東向島交差点」通過すると、引き続き東武伊勢崎線のガードを抜ける。、、、、久しぶりの散歩、チョイト足に疲れが出てきた。 ガンバレ、雅万歩!

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● 8時55分・・・・・・・・・・四つ木橋を渡り荒川を越える。 川向こうは葛飾区四つ木。、、、、大正11年(1922)、荒川放水路開削に伴い木製の四ツ木橋(旧橋)が架橋された。 現在の四つ木橋は、昭和27年(1952)に永久橋が開通した。 橋長:507.4mである。、、、、四つ木橋の下流側に、曳舟川通りを延長する形で新四ツ木橋が架かっている。 コチラは昭和48年(1973)の竣工。

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● 9時10分・・・・・・・・・・四つ木橋を渡り、葛飾区に入ると「四つ木駅 600m」の案内板が見えた。 足の疲れに自問自答し、『まだ歩ける、死ぬことはない!』と、先を目指す!

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● 9時20分・・・・・・・・・・「新田広小路交差点」通過

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● 9時40分・・・・・・・・・・京成本線:お花茶屋~青砥間のガードを通過。 ガードの先に「白鳥二丁目交差点」がある、ここで国道6号から外れ、京成線青砥駅へ向かうことにした。 足の退化を実感し、疲れた! 

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● 10時10分・・・・・・・・・・国道6号から外れ、青戸第一団地内を抜けて青砥駅に到着。、、、、コロナ感染には注意しなければならないが、コロナ太りにも要注意!

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2021年1月29日 (金)

見破られた!

昨日は、2ヵ月ぶりに循環器内科の定期診断を受けてきた。 医者は私の姿を見るなり『肥ったね!コロナ肥りかな?』 一目で見破られた。 先生自ら体重計を持ってきて『量ってみな』 表示された体重を見て『73㎏なら服の重さを引いて71㎏だね。 それほどでもないか、でも腹が出てるので、もう少し痩せなさい!』・・・・・と云われ『はい』と応えたが、簡単に痩せられるものではない! 少しずつ、散歩をはじめれば、そのうち以前のスリムな体型に戻るだろう! 

今日も体力を取り戻し、体型を戻すため、ご近所周辺を散歩しようと家を出た。 浅草橋駅前に来たら、地下鉄に乗りたくなり、そのまま四ツ木駅まで行って、京成立石駅まで歩いてきた。 約1時間、3km程の散歩。(不要不急の外出となってしまった! ゴメン!)

 

● サッカー漫画のキャプテン翼」にラッピングされた四ツ木駅で降りた。 久しぶりに“散歩の気分”になり、沿線の裏道を歩く。、、、、電柱脇の庚申塔に、体型が戻るよう手を合わせてきた。、、、、この庚申塔は「宝永三丙戌(1706)」の造立らしい。 江戸幕府、将軍綱吉の時代である。 庚申塔が造立された翌年には、富士山の大噴火があり、江戸でも数センチの降灰があったそうだ。 灰に埋もれることもなく、今日まで約300年、ここ四つ木に立っていた庚申塔、御利益ありそうだ!

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● 四ツ木駅から青砥駅までは、只今、高架による連続立体化工事が進められている。 一部仮線路も敷設され、着々と進んでいるようだ!、、、、しかし、“緊急事態宣言”により、工事現場は閉鎖され、誰一人いない。 寂しい現場!


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● 四ツ木駅と立石駅の中間に、区立「渋江公園」がある。、、、、公園は、1.6ヘクタール以上の面積を有し、テニスコート6面を備え、この付近では大きな公園である。 公園の敷地は、大正3年(1914)に設立した「千種セルロイド四ツ木工場」の跡地である。 公園は、昭和27年(1952)にセルロイド工場の跡に開園した。 園内には、三人の児童が腰かけている「葛飾区セルロイド工業発祥記念碑」がある。(三人の児童とセルロイド工業の関係は意味不明)、、、、セルロイド製の人形・筆箱などがあったが、プラスチックが出てセルロイドは見なくなった、今では懐かしの素材である! 

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● 半分以上の店はシャッターが下りている「立石仲見世」商店街を抜けて、立石駅から帰宅。、、、、駅は、高架駅建て替え工事に着手しており取り壊される。 仲見世は駅の高架化に伴い、再開発が予定されている。 立石駅周辺は、赤線時代名残の横丁・下町の下駄履き駅舎・飲み屋が並ぶ横丁など、全て取り壊されガラリと様相が変わるのも時間の問題だ!

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2020年12月12日 (土)

高砂からお花茶屋

『我慢の三週間』の三週目、家で“ウジウジ・グズグズ”、やっぱりストレスが溜まる。 今日は、“密”を避け、観光地とは縁遠い葛飾区高砂から葛飾区お花茶屋まで歩いてきた。 1万歩




● 「雅万歩」では、毎度おなじみの「京成高砂駅」、、、、土曜日の今日は通勤・通学客も少なく、すいた電車で朝8時に到着。 駅前の大通り沿いに青戸・白鳥方向に歩くことにした。、、、、この付近、人通りも少なく、マスクなしでも感染の恐れなし!

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● 京成高砂駅より西へ徒歩5分の地に鎮座する高砂天祖神社。 中世、当地が葛西御厨だった頃、領主が勧請したと伝えられている。、、、、現在の社殿は、昭和36年(1961)の造営である。 大きくはないが、総檜・神明造の拝殿は端正で整っている。

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・・・・・・・・・・・・境内には、東京23区では珍しくなった火の見櫓が残っている。 チャンと、半鐘もぶら下がっている。 東京では、見られなくなった懐かしい風景。、、、、高さ約14m、昭和初期の設置と思われる。

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● 中川に架かり、高砂と青戸を結ぶ「高砂橋」は、初代が昭和7年に架けられ、二代目の現橋は平成15年(2003)に架け替えられた。、、、、橋長186.5m、有効幅員15.8mの2径間連続鋼斜張橋。

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・・・・・・・・・・・・上流側には京成中川橋梁が架かっている。、、、、京成線の撮影スポットとして、いいね!

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● 環七通りを横断し青戸の町に入ると、総戸数1119戸の青戸第一団地(UR都市機構)がある。 京成の青砥駅が開設されたのは昭和3年(1928)である。 しかし、青戸が町として発展したのは戦後のことで、日本住宅公団が青戸団地の入居者を募集した昭和31年(1956)からだ。

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・・・・・・・・・・・・周辺には都営住宅も建ち並び、人口増加に伴い、住環境は整備されていった。

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● 青戸の団地を抜けると、国道6号(水戸街道)が走っている。 国道を横断すると葛飾区白鳥(しらとり)の町で、お花茶屋駅前の通りまで続く。

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・・・・・・・・・・・・「白鳥」の由来は、、、、大正ころまでお花茶屋駅の北方に沼地があり白鳥が群棲していた。 安永2年(1773)将軍家治が亀有の鶴狩のとき、沼の白鳥を捕らえようとしたところ何処からともなく白髪の老人が現れて目的を果たすことができなかった。 そこで四ツ木の白髭神社に願を掛けて再び挑むと今度は多くの白鳥を得る事ができた。 この霊験に驚いた鳥見役たちは、鷲が白鳥を咥えた構図1m四方の大絵馬(現存)を奉納してご利益に感謝した。 裏面に福島八左衛門ら11名の名が連ねてある。 以来人々はこの沼を「白鳥沼(しらとりぬま)」呼ぶようになった。 白鳥沼は埋め立てられて今はないが、2丁目の白鳥小学校・白鳥公園からお花茶屋駅の辺りにかけてあったようだ。 沼は市街地化によって次第に縮小し、大正の初め頃までに消滅したと云われている。 現在は、「白鳥」という綺麗な名のみが残っている。

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・・・・・・・・・・・・白鳥の町にある「東京博善四ツ木斎場」は民営の葬儀場。 現建物は平成28年(2016)にリニューアルオープンした超近代化した火葬場である。 最高クラスの火葬料金は一体28万円也。 ちなみに、一般の普通料金は5万8千円ぐらいらしい。、、、、値段違いは、施設の造りの違いだ。 けして、レア、ミディアム、ウエルダンなど、焼き方の違いではないよ!

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お花茶屋駅は、相対式ホーム2面2線の地上駅で、橋上駅舎を有している。 昭和6年(1931)12月19日に開業した、私の住む浅草橋駅より古い。 JR浅草橋駅は昭和7年(1932)の開業、負けた!

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● 帰りの電車もすいていたので、コロナには感染しなかったと思うね。

2020年12月 6日 (日)

密を避け新宿へ

“密”を避け新宿周辺を歩いてきた!、、、、と云っても、新宿区の新宿でなく、葛飾区の新宿(にいじゅく)である。 京成本線高砂駅で下車し、高砂駅の西側を流れる中川に沿って北上し金町駅まで、1万3千歩の散歩です。




● 浅草橋から空いている印旛日本医大行きの電車に乗って、『さて、どこで降りるか?』、、、、“コロナ”は避けたいので、中川の土手上を歩けば感染の恐れなしと、自問自答し高砂駅から歩くことにした。、、、、今日は日曜の朝、通勤・通学の人影も少ない駅から散歩を始める。

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● 中川土手に出る手前に、新小岩と金町を結び、一日数本の貨物つ列車が走る貨物専用の「新金貨物線」がある。 この貨物線、最近、何だか騒々しくなってきた。 葛飾区は去年・今年と、新金貨物線旅客化の検討資料を公表した。 JRは旅客化について何も公表していないが、線路の整備・信号機の整備などを行ってるようだ。、、、、旅客化が実現するまでは早くても10年ぐらいはかかると思うのだが、下衆の勘繰りで何かざわついてるように思うね! ひょっとすると、10年後にはLRT(ライトレール)がここを走っているかも?

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● 新金貨物線の小松川街道踏切を越えると、「青龍神社」の石碑がある。、、、、青龍神社は、中川の土手のすぐ傍に鎮座する、創建年代不詳の小社。 神社の横には、「怪無沼(けなしぬま)」と云われる池があり、いつ来ても、スイレン、水草が青々と茂っている。 当社には、噂の類いのものが相当あり、境内の怪無沼の名の由来も、「この池でけが人が出ないことからの怪我無し池」、「若い女性が下の毛が生えないことに苦しみ池に身を投げてしまったことから毛無し池」など、諸説あるようだが、どれがホントか不明。 しかし、諸説の中でも、『ご利益として陰毛が生えてくる』と云う話もあるらしい。

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● 青龍神社の後ろから中川土手に出る。、、、、本日は晴天、風も無し、チョッピリ寒いが、男は我慢! コロナに感染する心配はない、マスクもはずして、しばらく歩く。 
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● 中川土手をしばらく行くと、国道6号(水戸街道)が走る、中川大橋がある。、、、、この橋の南側(高砂寄り)400m程のあたりから、住所は「葛飾区新宿(にいじゅく)」となる。 新宿の町は、中川左岸に沿いに常磐線を越え東京理科大学葛飾キャンパスの付近まで伸びてる。 もちろん、こちらの“新宿”には、ゴールデン街・花園通りに似た、夜の繁華街はないので、寂しい人も多いかも?

・・・・・・・・・・・・中川大橋は右岸の葛飾区青砥と左岸の同区新宿を結び中川に架かる橋。 昭和10年(1935)に初代の中川大橋が開通した。 現在の橋は昭和60年(1985)に着工し、平成元年(1988)に竣工した2代目の橋で、長さ134.4m、幅員30.8mの連続箱桁橋。

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・・・・・・・・・・・・中川大橋の東詰には、合掌形の破風を架した朱塗りの山王鳥居が出迎える、新宿の日枝神社がある。 永禄2年(1559)頃に創建された、江戸時代には新宿町の鎮守、明治5年には郷社に列格した。 現社殿は明治44年(1910)、幣殿は昭和11年(1936)、神楽殿は昭和6年(1931)の造営。

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・・・・・・・・・・・・日枝神社の北側には、浄土宗寺院の西念寺がある。 西念寺は
覚林山宝樹院と号します。 文安5年(1448)に開基、天文元年(1532)覚蓮社法誉が寺院として創建した。 境内は、よく掃き清められた綺麗な寺。、、、、本堂前の祠には、弘法大師が旅僧の姿でサバ1匹を請うたのに、商人または馬子が荷物のサバを与えなかったために罰せられたという伝説にちなんだ、小さな「鯖大師」の像がある。

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● 続いて、中川大橋の上流側に架かる「中川橋」、、、、この地には、新宿の渡しがあったが、明治17年(1884)に明治天皇の行幸に合わせて橋が完成した。 2代目の橋は、昭和8年(1933)に架設されたが、老朽化、交通量の増大に対応するため、車道の拡幅などを行う架替工事が、平成5年(1993)に着工され、事業費28億円をかけた末、平成20年(2008)3月10日開通した。 橋長 120.6m、幅員 15.0m。

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・・・・・・・・・・・・中川橋の東詰、上流側に日蓮宗寺院の長遠山立増寺がある。 日蓮聖人の大檀越だった駿河国松野の郷士松野六郎左衛門重正が開基、永正年間(1504~1521)に創建した。、、、、本堂は昭和43年の新築である。 デザイン的には、シンプルで飾り気のない昭和の雰囲気が出ている本堂だ。

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・・・・・・・・・・・・立増寺から北東へ200m程行くと、浄土宗寺院の慶円寺がある。 慶円寺は、当地の村民五郎右衛門夫婦が、飯沼弘経寺の住僧南誉雲念の下で出家した後、当地に創建したと云われてる。 飯沼弘経寺の南誉雲念は後に増上寺二十世となった僧で、彼を勧請開山とします。、、、、本堂前には枝ぶりの見事なクロマツが、歌舞伎の「見得」を演じてる、『ヨ!クロマツ屋!』


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● どこにでもあるような住宅地の「新宿」を歩き、再び新金貨物線を越えると、JR金町駅に出る。 今日の散歩はココまで!、、、、お帰りは、空いている京成金町駅から!

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