葛飾区

2022年9月29日 (木)

完成まで、あと何年?

再開発工事の進む京成立石駅で下車し、工事の進捗をチョイト確認して来た。 帰りは京成本線お花茶屋駅をとおり、堀切菖蒲園駅まで1万歩の散歩です。



●  京成電鉄押上線の四ツ木駅~青砥駅間の高架化により、その中間駅である「京成立石駅」は高架駅となる。 駅部の工事は大成建設・奥村組・鉄建JVにより、只今工事の真っ最中。 現在は駅の北側に仮下り線と仮ホームを設置する工事に着手している。(仮線に切り替えるまで、まだまだ時間がかかりそうだ!)、、、、事業内容は京成立石駅とその前後の線路を高架化し、踏切11カ所を解消するものである。 事業区間の距離は約2.6km。 2003年時点では施行期間を2012年度末(2013年3月31日)までとしていたが、用地買収に難航し2022年度末(2023年3月31日)まで延長していた。 しかし、その後関係者の移転先選定に難航しさらに工事が遅れ、現在は、用地買収が完了し、仮線の工事が本格化しているが、買収に応じた関係者の移転先選定に時間がかかったなどの影響を受け再び工事が遅れている。 このため施行期間がまたまた延長された。 当初の施行期間からは18年の遅れの2030年度末(2031年3月31日)に延長された。、、、、2031年に私は85歳。 完成した高架駅を見ることができるかな(?)、ユンケル黄帝液でも飲んで長生きしなくては!

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● 立石駅の高架化に合わせ、駅の南口・北口両地区で再開発の計画がある。 

・・・・・・・・・・・・“南口再開発”は、アーケードのある「立石仲見世」と「立石駅通り商店街」の二つの商店街が中心となりそうだが、まだ再開発の気配は感じられない。(朝の8時過ぎ、店の多くは営業前で、シャッターを下ろしている)

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・・・・・・・・・・・・“北口再開発”は、駅前に葛飾区役所が移転するそうだ。 しかし、こちらも駅前の飲み屋・店舗は、まだ営業中。 立ち退きの気配が薄い! 「呑んべ横丁」は線路側の約半分の店が立ち退き工事用地となっている。、、、、再開発された街は当分の間見ることはなさそうだ。

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● 京成立石駅周辺を散策したあとは、駅から北に向かって「立石さくら通り」と称する、葛飾区庁舎前の通りを北上。

・・・・・・・・・・・・写真は立石さくら通り。 その名の通りサクラ並木。 写真右には、古くは「だっこちゃん」、今は「プラレール」の玩具メーカ「タカラトミー」の本社ビル。

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・・・・・・・・・・・・立石さくら通りは、葛飾区庁舎前を抜ける。 庁舎建物(本館)は昭和37年(1962)の竣工で、だいぶ古くなった。 地震ぎ来たら危ないかも? 早く、立石駅前の再開発ビルに移転したいのだろうね(?)

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● 立石さくら通りを抜けると国道6号(=水戸街道)にでる。 京成本線に沿って、お花茶屋駅をとおり堀切菖蒲園駅まで歩く。

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2022年9月16日 (金)

小菅ジャンクション

東武伊勢崎線小菅駅で下車し、東京拘置所を半周し綾瀬川を越えて京成本線のお花茶屋駅まで、のんびりゆっくり1万歩の散歩です。 2年前に小菅駅からお花茶屋駅まで歩いているが、この時は拘置所の北側を歩いた。 今日は、拘置所の南側を歩く。



● 東武伊勢崎線北千住駅で各駅停車に乗り換え荒川を越えると隣駅の「小菅駅」に到着。 かつての小菅村は荒川(旧荒川放水路)が開削される以前まで、千住の隣村であった、今は荒川を挟んで隣町。 小菅駅も旧荒川放水路橋梁に接するように位置する、ホームからは東京拘置所がよく見える。(宿泊してる人までは見えない!)、、、、ホームは島式1面2線で、改札からは10m程のかなり高い位置にある。 エレベータの利用率も高そうだ!、、、、駅前は自転車がすれ違い出来るほどの幅で、高架下には小さなストアと歯科医院がある程度、これと言う店は何もない。 まさに、拘置所のみがある駅だ!

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● 小菅駅から西側(荒川側)に回り、拘置所正門、南側の面会所側まで半周する。(小菅駅は足立区、東京拘置所は葛飾区)、、、、正門側からは建物が見えないが、面会所ある南側からは拘置所のメインとなる宿泊施設のある堂々とした建物がよく見える。(内覧会、体験宿泊などがあると犯罪防止に役立つかも?)

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・・・・・・・・・・・・東京拘置所の南側には旧水戸街道がある。 荒川と綾瀬川に挟まれた300m程の直線道路で、昔の面影はチョイト薄れたが、それらしき雰囲気は残っているので、散歩にはGood!

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● 綾瀬川の真上にある「小菅ジャンクション」は、葛飾区小菅にある首都高の中になる央環状線と6号三郷線を結ぶジャンクション。、、、、見上げると凄い! 下を歩いていると、上から自動車が落ちてこないか不安になるね!

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● 「小菅神社」は小菅JCTの東側、綾瀬川水戸橋の東南、小菅水再生センターの北西隅、にある中社。 祭神は天照大神。明治2年(1869)この地域を含めて小菅県が設置された時、小菅県の県知事河瀬秀治は庁内(東京拘置所)に伊勢皇大神宮を勧請し、県下356ヵ町村の守護神としたことに始まる。 明治5年小菅県所管の葛飾郡72ヵ町村等が東京府に移管され、社は小菅村の鎮守田中稲荷神社の境内に移し、小菅大明神と称して村の氏神となる。同42年(1909)には小菅神社と改称する。、、、、現社殿は昭和54年(1979)の造営。

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● 小菅神社から京成本線の堀切菖蒲園駅の北側を歩く。 線路脇に出て「お花茶屋駅」まで向かい。 散歩はココまで。

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2022年8月 7日 (日)

鰻にニッコリ

我が妻が嫁ぐまでの20年間(戦後の昭和時代)、過ごしてきた実家の家(江戸川区南小岩)を取り壊すことにした。 両親は30年程前に他界し、その後家を守ってきた義兄も他界し、空き家となっていた。 主の居ない家は老朽化も早く、放置しておくこともできず、更地にして売却することにした。 今日は最後の見納めで、取壊しがはじまり屋根の無くなった家を、感慨深く妻と見てきた。 ボロ家といえども、思い出多い家が無くなるのは寂しいもので、妻は合掌!

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● 小岩駅に戻り、『もうすぐ昼だ、食事はどうしよう?』 『ここまで来たら、帝釈天で鰻はどうだ!』、、、、寂しさ吹っ飛び 鰻にニッコリ  妻の顔

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● 曇り空の東京、気温30℃、熱中症は心配無用、コロナはチョイト心配だった! 5千歩のミニ散歩 

2022年5月15日 (日)

青から青へ

今日の散歩は京成本線の青砥駅から、つくばエキスプレスの青井駅まで、約7㎞、1万4千歩、“青”から“青”までの散歩です。



● 日曜早朝、まだ8時前、空いてる電車の乗って「青砥駅」で下車する。 ここから散歩を始めることにした。

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・・・・・・・・・・・・青砥駅から度々歩いているので、今日は「環七通り」の西側、歩いたことのない裏道を行く。、、、、裏道には“特に記すべきものなし”、ただ歩くのみ。

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● 『あっ、以前訪れた葛西城址だ!』、、、、現在は、本丸跡の中央を“ぶち抜く環七通りがとおり、その道路の両側が葛西城址の公園となっている。、、、、環七通りを歩いて行くと、亀有駅方面出る。 このルートは以前にも歩いたことがあるので、今日は葛西城址は通過し再び裏道を歩く。

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・・・・・・・・・・・・青戸七丁目北交差点で国道6号(=水戸街道)を横断し、青戸8丁目に入る。

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● 青戸8丁目の町には「修徳中学校・高等学校」がある。 学校は男女共学の中高一貫校。 歴史は古く、明治37年(1904)に、天理教東本大教会(墨田区本所一丁目に所在)を創立した中川よしが、布教の一環として教会内の住み込み人や信者の子弟のために始めた夜間学校から始まったそうだ。 戦後には教会のある本所の町から、現在地(葛飾区青戸8)に移転した。、、、、日曜日だが、グランドではサッカー部、野球部などが練習中。

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● 裏道を歩き亀有中学校前に出ると、白壁で囲まれた大きな墓地が見える。、、、、ここは真宗大谷寺院の本多山蓮光寺。 「蓮光寺」の創建年代は不詳だが、遠江国横須賀に創建され、慶長14年(1609)には江戸神田へ移転したと伝えられっている。 徳川の家臣:本多平八郎に縁ある寺。 江戸では明暦の大火(明暦3年=1657)、関東大震災(大正12年=1923)などの火災にあい、昭和3年(1928)現在地亀有1丁目に移った。 現本堂は昭和11年(1936)に落慶した。、、、、、下町の住宅地の中にある、広々としたお寺。 緑多い境内は樹木の手入れも良く、心休まるお寺だ。

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● 亀有四丁目でJRの高架橋をくぐり、常磐線の北側に出る。 ここは「西亀有4丁目」、、、、4丁目の中央に「高木神社」が鎮座する。 高木神社は、国府台の合戦に破れた里見氏の家臣武内家が当地に住み、武内氏の氏神第六天を祀ったものと考えられ、江戸時代には砂原村の鎮守社となっていた。、、、、特に書くべきこともない神社だが、境内の掃除は完璧、綺麗だ!

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・・・・・・・・・・・・高木神社鳥居前の参道には、「享保三年銘の庚申塔」がある。、、、、だいぶ劣化し、文字が読みにくい!

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● 高木神社の西側で、葛飾区から足立区に入る。 マンションの先に、東京メトロ千代田線北綾瀬支線の高架橋が見えた。、、、、ここまで歩いたら、足が疲れてきた。 『北綾瀬駅から千代田線で帰るか、もう一頑張りしてつくばエキスプレス青井駅まで歩くか、それが問題だ!』 自問自答、痔ケツにボラギノール! 『男だ、もう一頑張りしよう!』 青い駅まで歩くことにした。

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綾瀬川を越えると、そこは青井駅だった。、、、、「青井駅」は、足立区青井3にある、つくばエクスプレスの駅。 平成17年(2005)8月24日 開業。  相対式ホーム2面2線の地下深い駅。

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2022年5月11日 (水)

堀切から青戸へ

東武伊勢崎線の堀切駅(足立区)で下車し、荒川に架かる堀切橋を渡り葛飾区に入り、京成本線の北側の町を歩き抜けて青砥駅まで、1万2千歩の散歩です。



● 「堀切駅」は都会の秘境駅と呼ぶべき駅。 けして辺鄙な場所にあるわけではなく、周辺には住宅・大学・病院もある、停車する列車も多く、コロナ禍(2020年)の一日平均乗降客数は3000人弱である。 でもでも、やっぱり、都会の秘境駅だ! 荒川土手下の狭隘地に駅はあり、上下線で改札は別となっており、一度改札を通ると上下ホーム間の移動はできない。 またエスカレーター・エレベーターはもちろん設置されていない。、、、、下り線は三角屋根の小さな木造駅舎、上り線は土手の真下の木造駅舎、どちらも印象的な情景を映し出す駅。

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● 堀切橋を渡り荒川を越えて、隣の葛飾区堀切の町へ向かう(駅の“堀切”は足立区、町の“堀切”は葛飾区)、、、、堀切橋は大正13年(1923)に木桁橋として架けられたが戦時中破損し、昭和42年(1967)に現在の堀切橋に架け替えられた。 現在の「堀切橋」は、長さ 514.5 m、幅 17m、幅員 17m、最大スパン長 64mのゲルバー格子鋼鈑桁橋である。、、、、上流側には京成本線の荒川橋梁が架かっている。 荒川橋梁は堀切橋より約4m低い位置にあり、治水上のネックとなっている。 、、、、荒川のココが決壊すると東京の下町は全滅だ!

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● 葛飾区に入ると、京成本線の北側を歩き青砥駅に向かう。


・・・・・・・・・・・・葛飾橋東詰めにある「小谷野神社」(堀切4)、、、、小谷野神社は、元禄10年(1697)の文献に当社が記載されていることから、当時すでに存していた。 昭和47年(1972)に現在の社殿が造営された。 社名は明治以来、稲荷神社と称していたが、昭和43年(1968)の住居表示の実施に伴い、小谷野の地名が焼失するのを惜しみ「小谷野神社」と改称した。、、、、300年超の歴史ある神社

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・・・・・・・・・・・・真言宗智山派寺院の宝性寺は、明王山不動院と号す。 「宝性寺」(堀切4)は、元亀元年(1570)の創建と伝えられ、当初は当地より西よりに在ったが、荒川放水路開削工事により大正4年(1915)に約600m移動し、現在地へ移った。、、、、こじんまりした、懐かしみのある寺。

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・・・・・・・・・・・・「堀切氷川神社」は、葛飾区堀切5にある氷川神社。 堀切氷川神社は、天正年間(1573~91)旧下千葉村の鎮守として創建された。 祭神は須佐之男命・東照大権現(徳川家康)  朱塗りの社殿がチョイト目立ちすぎ!、、、、境内社の八王子神社は、治承2年(1178)に創建した古社と伝えられ、江戸時代に5石の朱印地を与えられた。、、、、社殿正面の鳥居付近では、何やら工事中の為、撮影は御遠慮!

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・・・・・・・・・・・・3時間に1本/一日5本のバスが走るバス通りを東へ歩く。 23区内にあっては、運行本数が少なくチョイト不便なバスだね!

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・・・・・・・・・・・・葛飾区お花茶屋2には、「共栄学園中学・高等学校」がある。 男女共学、中高一貫教育を提供する私立中学校・高等学校。 昭和14年(1939)、前身の本田裁縫女子学校が設立され、昭和17年(1942)には共栄女子商業学校が設立された。 、、、、最近、スポーツで有名な「春日部共栄中学・高等学校」は姉妹校。

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・・・・・・・・・・・・共栄学園の斜め向かい(お花茶屋1)に「東信用組合 葛飾支店」がある、、、、築年は不明だが、全面にバルコニーのあるマンション風デザインの建物は、金融機関らしからぬ!

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● 葛飾区白鳥で水戸街道(国道6号)を横断すると「青戸第一団地」がある。、、、、日本住宅公団が青戸団地の入居者を募集したのは昭和31年(1956)である。 その後、人口増加に伴い、住環境は整備されていった。 現在の青戸団地は、総戸数 1120戸程の大規模団地である。 京成の青砥駅にも近く、住戸は建て替えられ広く新しい。 若い人が入居しているらしい。

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● 「青砥駅」のある葛飾区はウィーン市フロリズドルフ区と姉妹都市となっている。 それにちなみ、青砥駅入口にはワルツ王と呼ばれるJ.シュトラウスを模した像が設置されてる。、、、、像があるのだから、録音した曲でも流してくれるといいね!

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2022年4月10日 (日)

矢切から高砂まで

晴天の日曜日、散歩の“感”を取り戻すべく、夫婦で北総線矢切駅から『野菊の墓文学碑』を訪れ、江戸川土手を歩き常磐線の金町駅へ、金町から裏通りを歩き京成本線の高砂駅まで、久々に1万歩超えの歩きとなった。 1万3千歩の散歩

 

● 浅草橋から約25分、北総線の矢切駅で下車。 降りる人も少ない。

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● 矢切駅の北、500m程にある「矢切神社」(駅名・歌は濁って“やぎり”、地名・神社名は濁らず“やきり”)、、、、宝永元年(1704)の長雨により、江戸川氾濫し多数の死者が出た。 村人は災害から逃れるため高台に移住し、稲荷を勧請し祀ったのが矢切神社である。、、、、お賽銭をチョッピリ奮発、二人揃って『長生きできますように!』 二礼二拝一礼

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● 神社近くの「矢喰村庚申塚」、、、、室町時代には、この地の地形から“谷切れ”(ヤキレ)と称したそうだ。 しかし、この地が北条氏と里見氏の国府台合戦の主戦場となったことから、この地の民は弓矢を呪い「矢切り」「矢切れ」「矢喰い」の名が生まれたそうだ。 その矢喰村に残る庚申塔群。、、、、戦乱のない安らぎと健康を願い祀り、祈られてきた庚申塔群。 中央の大きな庚申塔は寛文8年(1668)銘も庚申塔、、、、ウクライナとロシアの戦、早期終結を願い、合掌

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● 庚申塔から西へ300m程、江戸川を望む高台、真宗大谷派の西蓮寺境内に、「野菊の墓文学碑」がある。、、、、明治時代の矢切地方の風情が豊かに描かれた伊藤左千夫の処女作「野菊の墓」の文学碑。 左千夫の門人であった土屋文明の題字と小説の一説が刻まれている。(小説は15歳の政夫と、その従姉である17歳の民子の悲恋の物語。 興味あったらぜひ読んで!)

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● 農業用水の坂川に架かる矢切橋を渡り江戸川土手を目指す。、、、、暑い、暑い! 初夏の気温だ! 

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江戸川土手に上ると、菜の花がお出迎え! 散りはじめたサクラの下でお花見する家族。、、、、対岸には金町のタワーマンションが見える。

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● 金町浄水場の取水塔を見ながら、新葛飾橋で江戸川を越え金町に入る。、、、、ここまで、約8千歩、チョイト疲れた! しばらく散歩しないと、足が弱くなってきた!

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京成金町駅を通り、京成金町線の西側(帝釈天とは線路挟んで反対側)の住宅地を抜けて、柴又の「古録天神社」前を通り、京成高砂駅にでる。、、、、久しぶりの1万3千歩はキツイ!

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2022年2月22日 (火)

江北橋通り踏破

江北橋通りの残りの区間(五反野~亀有)を歩いてきた。 1万3千歩




● 朝8時、東武伊勢崎線の「五反野駅」で下車した。 五反野駅は、大正13年(1924)10月1日に開業した駅だが、一日当たりの乗降客は36,000人程と少ない。 駅周辺には、区外から人を呼び込むほどの施設もなく、まさに“地域密着型の駅”。

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● 駅から南東に歩き、「西之宮稲荷神社」(足立区足立3)に寄って行く。、、、、西之宮稲荷神社の創建年代は不詳だが、弥五郎新田村(五反野付近の旧地名)には東之宮稲荷、本田之宮稲荷、西之宮稲荷、氷川社があったと言われている。 この西之宮稲荷が当社に該当、明治時代初期には、東之宮稲荷、氷川社とともに本田之宮稲荷の境外社となっていたものの、本田之宮稲荷が荒川放水路河川敷として買収されたため、当社に本田之宮稲荷社を合祀、現在に至っているといいます。 昭和20年(1945)戦災により社殿焼失、同30年(1955)再建。 現在の社殿は平成12年(2000)の造営である。、、、、境内は広くはないが、立派な神社(?)

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・・・・・・・・・・・・西之宮稲荷神社から50m程南に「江北橋通り」に出た、『今日は、この道を歩くぞ!』

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・・・・・・・・・・・・江北橋通りが東武伊勢崎線と交差するガード脇に、比較的新しい六地蔵を彫った碑がある。 碑には「建碑の疏
」と彫られてる。、、、、謂れは?

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● 江北橋通りを東へ歩き西綾瀬3丁目に入ると、江北橋通り沿いに素朴な感じで心和む寺がある。 新義真言宗の「長性寺」で真光山荘厳院と号す。 長性寺は、当地の名主である岡村紀宿元春を開基として寛永元年(1624)に創建した。 本尊は不動明王(立像)。 現在の本堂は大正13年(1924)に建てられた。

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● 江北橋通りを通す「五兵衛新橋」で綾瀬川を渡る。 橋から綾瀬川を見ると、周辺の住宅より水面の方が高い! 氾濫すれば、一発でお陀仏、怖い!

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・・・・・・・・・・・・長性寺の近くに立つ電柱。 上部の赤いテープ、判るかな?、、、、目の前には「最大5.0m  想定浸水深」の文字!

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● 五兵衛新橋を渡り綾瀬4丁目に入ると、大地主のような門構えの住宅がある。 門前には足立区教育委員会の名で、「金子家文書」と記した案内板が立てられている。、、、、この金子家は金子五兵衛(橋名の由来となった人物)の家である。、、、、そして、金子文書とは、新撰組近藤勇が流山で捉えられる前、慶応4年(1868)3月14日から4月1日までの19日間、あの新撰組が、金子家や近くの観音寺に分宿していた。 総勢227人もの大集団で、世情柄精神的な負担や、その世話(経費)などで大層迷惑を蒙った上に、後日明治政府から、強い叱責があったという。 近藤勇らが五兵衛新田の金子家に滞在した事は、その賄方の記録として金子家文書に残っている。 現在近藤勇として一般に知られている袖内に腕組みした写真も、金子家が所蔵しているらしい。

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● 江北橋通りを挟み向かい側の足立区綾瀬4丁目に、真言宗豊山派の「
観音寺」がある。 観音寺は稲荷山蓮華院と号す。 観音寺は、賢智上人が開山、当地を開拓した金子五兵衛(法名開田院)が開基となり、17世紀初頭に創建された。 本尊は十一面観世音菩薩で江戸時代初期の作。 、、、、、慶応4年(1868)3月には江戸から退却する新撰組の一隊が金子家とこの寺院に宿泊した。、、、、山門は閉ざされており、横の勝手口から入って参拝してきた。  綾瀬駅に近いが静かで落ち着いた雰囲気の寺だ。 庭の手入れが行き届いていて美しく、石仏も多い。

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● 江北橋通りに戻り、東へ東へ歩く、、、、綾瀬駅前、東京メトロ千代田線(北綾瀬支線)のガード、下河原公園の庚申塔、常磐線のガード、を通過。 これより、江北橋通りは常磐線の南側(葛飾区)を通ることになる。

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● 西亀有3丁目の交差点手前で、江北橋通りに小菅方面からの旧水戸街道が合流する。 その地点には「旧水戸佐倉道」の碑が建てられている。、、、、葛飾区教育委員会が建てた石碑。 旧水戸街道のルートを明示して、“
町歩き”、“街道巡り”の活性化につながるといいね。

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● 江北橋通りと曳舟川親水公園通りが交差する「道上小学校東交差点」から、環七通りにぶつかるまでの約500mの間は、史跡・石像・モニュメントなどが並んでいる。

・・・・・・・・・・・・まずは、「曳舟古水上橋跡地」、、、、曳舟川親水公園の北端で、曳舟川の橋跡地です。 親水公園はここから四つ木方面へ約3㎞伸びている。

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・・・・・・・・・・・・「旧水戸街道 亀有上宿石碑」(亀有1)、、、、亀有上宿町(現:亀有1・2・3丁目の複合域)の北部を西から東に貫いているのが「旧水戸街道」。 現在の江北橋通りである。

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・・・・・・・・・・・・続いて「一里塚と水戸黄門」(亀有1)、、、、亀有の一里塚は、千住宿から1里、江戸日本橋から3里に位置する。一里塚は現在地から東へ10mほど先にあり、明治の末頃までは塚の跡が残っていた。 一里塚碑の隣には、助さん・格さんを従えた水戸黄門のモニュメントが建っている。

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・・・・・・・・・・・・「上宿七福神」、、、、旧水戸街道(江北橋通り)が拡幅され西亀有から環七を越え、新宿へと続く道も昨年完成した。 沿線の上宿商店会はこれからの更なる発展へと動き出す中で、上宿を中心とした、亀有および葛飾地域のますますの発展を願い、守り神様として商店会内の7つの拠点に七福神を安置し祀ることとした。 亀有1~3丁目の商店の玄関先、植え込み、店の角などに、小さな七福神の石像が置かれている。 七福神を探し歩くと面白い。(私は、全てを見つけてきた!)

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・・・・・・・・・・・・「こち亀銅像」は、亀有駅を中心に各所に建立されている、漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の登場人物の銅像群の総称。 駅周辺に15体の像がある。 江北橋通りには2体の像。

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● 『ゴール!』 江北橋通りの東端「環七通り」と交わる「亀有二丁目交差点」に着いた。、、、、今日はココまで。

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2022年1月 5日 (水)

寅さんの柴又へ

この正月は、元旦から昨日まで家にこもって寝正月。 人混みの中を歩きコロナに感染し死ぬのはイヤだ!、、、、でもそろそろ、今日あたりは仕事始めの企業も多く初詣の人も少なくなったと思い、夫婦で柴又の帝釈天に行ってきた。



● 浅草橋駅裏の「銀杏岡八幡神社」の創建年代は不詳だが、源頼義・義家が奥州征伐に向かう途中、小高い丘だった当地に銀杏の枝を差して戦勝祈願し、その帰途、康平5年(1062)に当社を創建したと伝えられている。 江戸時代には、福井藩松平家屋敷地となり、松平家の邸内社となったが、享保10年(1725)公収され町内(福井町、現:浅草橋1・2丁目)の産土神となった。 神社は我が家の氏神様である。 まずは氏子として、神社に新年の挨拶をしてから、帝釈天に向かう。(神様を怒らせると天罰が怖いからね!)

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● 都営浅草線の浅草橋駅から約40分で京成金町線の柴又駅に到着。、、、、高砂駅から乗った乗客の9割は当駅で下車。 電車がホームから走り去ると、一斉に構内踏切を横断する乗客、その光景を見て『コリャ、混んでいるかも?』 チョイト、不安がよぎる。

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・・・・・・・・・・・・駅前に出ると、多少の人出はあるが、不安に思った程ではない。 駅前の寅さん像もゆっくり見れる。 『寅さんとツーショットもできる!』

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・・・・・・・・・・・・参道は空いてるでもなく、混んでるでもなく、初詣にちょうど良い人出だ。 また、天気は良く、店は賑わい、正月らしい。 『いい時に来たね!』

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・・・・・・・・・・・・時刻は12時チョイ前、『帰りは混みそうだから、参拝前に食べて行こう!』、、、、『正月だ、“”だ!』

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・・・・・・・・・・・・参道では、「はしご乗り」も行われ、正月気分は上々!

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・・・・・・・・・・・・団子屋、飴屋、佃煮屋、どこの店も売り子はマスク美人! 客は顔半分しか見えず残念、売り子は半分隠れて一安心!

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・・・・・・・・・・・・山門前から行列が始まった、お堂前まで10分程の待ち時間、、、、三ヶ日は寺の境内を囲むように行列ができたらしい!

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・・・・・・・・・・・・帝釈堂も祖師堂も、黄色い仮囲いに囲まれて屋根しか見えない『何じゃコレは?』 目の前にあるのは賽銭箱のみ!

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・・・・・・・・・・・・駅前の「さくらの像」に別れを告げて、我が夫婦の初詣はココまで!

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2021年12月28日 (火)

荒川も寒い!

東京の朝は零下、今朝も5時に起床したが外は寒く、散歩に出る勇気なし! 家でブラブラするも、チョイト退屈、午後3時過ぎになると夕陽を見たくなり、荒川へ行ってきた。

京成押上線の四ツ木駅で下車し、荒川土手(京成押上線荒川橋梁)で写真を撮ってきた。、、、、川風が吹き、手は冷たく、マスクでメガネは曇り、底冷えと歳でおしっこは近くなり、厳しく辛い夕暮れの散歩となった! 5千歩

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2021年11月20日 (土)

押上から四ツ木

押上駅から、京島、八広の町を抜け、木根川橋を渡り四ツ木駅まで、1万1千歩の散歩です。



● 東京スカイツリーの足下の地下にある「押上駅」は、京成電鉄と東京都交通局の共同使用駅。 駅は京成電鉄が管轄する、島式ホーム2面4線の地下駅である。、、、、かつては、京成電気鉄道の都心乗り入れを睨んだターミナル駅として、大正元年(1912)11月3日、に開業した(開業時は地上駅)。 昭和35年(1960)の都営地下鉄乗り入れに合わせ、地下駅となる。、、、、地上駅の跡地には京成電鉄本社が移転したが、平成25年(2013)に本社は京成八幡駅前に移転した。 現在跡地は複合ビルが建ち、リッチモンドホテルやスーパーのライフが入居。 また、跡地前の北十間川には「京成橋」か架けられてる。

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・・・・・・・・・・・・北十間川に架かる「京成橋は全長18.75m、幅27.9で東京都が管理している。 業平三丁目と押上一丁目を結ぶ橋で、この橋は昭和4年(1929)に架けられたが、現在の橋は昭和37年7月に架け替えられたものである。 

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● 押上駅から都道465号(=四ツ目通り)沿いの裏通りを歩き八広駅に向かう。

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・・・・・・・・・・・押上3丁目の裏道、、、、時刻は8時近く、近くの小学校へ通う児童を地域ボランティアの方が要所要所に立ち見守る! ご苦労様です、感謝!

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・・・・・・・・・・・・東武亀戸線の踏切を越えると、押上3丁目から京島2丁目となる。、、、、亀戸行きの白い車両が行き過ぎると、黄色いレトロ塗装の東武8000系電車が来た!

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・・・・・・・・・・・・踏切を渡り墨田区京島地区に入る。 京島地区は関東大震災、第二次世界大戦での被害が少なく、区画整理ができていない裏道に昭和初期の木造長屋などが密集して残っている。 略して“木蜜地域”と言われる“木造住宅密集地域”である。

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・・・・・・・・・・・・京島地区では、最近は住民の取り組みもあり、古い家屋は耐火構造の住宅に変わったり、取り壊した跡地は公園に変わったり、道路幅も広くなり、防災を意識した取り組みが進められている。、、、、明るく広々とした町に生まれ変わっていくようだ!

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● 明治通りを横断し墨田区八広の町に入る、、、、この町も裏道は細い道がクネクネと曲がり伸びている、そんな町に質屋がある。 しっかりした大谷石の蔵にぐるりと回った塀、看板には“質”の一字。 雰囲気出てる、いいね!、、、、一度、女房を質に入れたらどうなるか、聞いてみたいね!

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・・・・・・・・・・・・墨田区八広にあって「都立日本橋高等学校」とはこれ如何に? 千葉県浦安市にあって東京ディズニーリゾートと言うがごとし!、、、、都立日本橋高校は、校名のとおり元々東京都中央区の日本橋に所在していたが、平成21年(2009)に同所から墨田区八広への移転となっても名前をそのままとした普通科のみの都立高校である。、、、、校舎の建て替えなどによる短期の移転なら校名変更は必要ないが、恒久的な移転なら校名も変更してはと思うのだがね、余計なお世話かな! “八広高等学校”より“日本橋高等学校”の方がブランド力があるかも?

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・・・・・・・・・・・・都立日本橋高等学校の前から八広駅の方向に伸びる「南龍館通商栄会」という商店街(現在は寂れ、店はほとんどない)がある。 街路灯の電灯は無くなり、ポールだけが残されている。、、、、京成押上線の曳舟駅と八広駅の中間に、かつて向島駅(駅跡は不明)があった。 その駅の周辺に
昭和初期から昭和30年頃まで南龍館という映画館があった、また映画館の近くに南龍館通商栄会があった。、、、、街路灯はその当時のものらしい。

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● 八広の町の北端に京成押上線の「
八広駅」がある。 駅の出入口は大通りに面さず、荒川土手に向かい高架下の奥まった薄暗い処にある。 しかも、駅の高架化は平成9年(1997)に改良工事が完成した、比較的新しい駅である。 なぜ、こんな奥まった処に、わざわざ出入口を造ったのか、私には謎だ!

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● 「木根川橋」を渡り荒川を越える、、、、木根川橋は、墨田区八広と葛飾区東四つ木とを結ぶ、長さ466mの美しいトラス橋。 昭和44年(1969)完成。、、、、荒川と一体となって女性的な美しさを描いている橋。

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● 「四ツ木駅」に到着、ここから帰宅!

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