葛飾区

2025年12月30日 (火)

奥戸街道

奥戸街道(おくどかいどう)は、都道60号(市川四ツ木線)のうち、平和橋通り交点(奥戸街道入口交差点・葛飾区立石1丁目)から、蔵前橋通り交点(江戸川区西小岩2丁目)まで区間の愛称として用いられている。 奥戸(おくど)は、葛飾区南部の地名である。現行行政地名は奥戸一丁目から九丁目。 地名「奥戸」の謂れは、町域西端には古くより中川が流れており、船による河川を利用した水運が発達していたことから、「奥津」となっていたものが転訛して「奥戸」になったといわれてる。
今日は京成押上線の立石駅から奥戸街道を歩きJR総武線の小岩駅まで、年末30日に1万歩の散歩です。



京成立石駅は高架化工事の真っ最中だが、年末年始は作業も休み!
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・・・・・・・・・・ 立石駅の北側は再開発で仮囲いに囲まれた更地となっている。 南側も再開発の計画はあるそうだが、「立石駅通り商店街」、「立石仲見世」の両商店街は共に健在であった。 正月の準備で、普段と比べ人出も多い!
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● 商店街を抜けると奥戸街道に出る。 この道を歩いて行けば小岩駅に着く。
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・・・・・・・・・・ 中川に架かる「本奥戸橋」の手前(西側)に、千日詣の大願成就御礼で建立した「喜多向観音菩薩」と、街道3点セットの「地蔵尊・馬頭観音・道しるべ」が祀られている。 両石仏に手を合わせ、本奥戸橋を渡り奥戸の町に入る。
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・・・・・・・・・・ 奥戸2丁目の「奥戸スポーツセンター公園」の一画に小さな社の「奥戸水神社」がある。、、、、、奥戸水神社は中川の畔に鎮座している。 この神社の創建年代は不明ですが、享保14年(1729)に幕府の勘定役が河畔に祀ったといわれてる。 奥戸水神社の御祭神は水波能売神(みずはのめのかみ)である。
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・・・・・・・・・・ 水神社から300m程東に歩くと、初詣の参拝客を迎える準備が整った「
奥戸天祖神社」がある。 伊勢皇大神を勧請し、また下総の香取・鹿島のニ神を勧請して三社明神と称し、奥戸村の鎮守である。、、、、、地元の人々が“紅白”を見た後、深夜に初詣に乙津れる神社だ!
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・・・・・・・・・・ 奥戸街道は環七道路と交差する、その奥戸陸橋の下を通り抜ける。
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・・・・・・・・・・ 奥戸8丁目に入ると妙法寺・宝蔵院と二寺がある。、、、、、日蓮宗寺院の「妙法寺」は、玄久山玄乗院と号し、天正年間(1573~1591)に創建されたと伝えられている。、、、、、 真言宗豊山派寺院の「宝蔵院」は、青旧山和光寺と号し、応永2年(1395)に創建された。
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・・・・・・・・・・ 新中川に架かる奥戸新橋を渡ると、江戸川区西小岩の町となる。 あと800m程歩くと蔵前橋通りとの合流点だ!
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・・・・・・・・・・ 蔵前橋通りとの合流点。 奥戸街道はここまで!
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● JR総武線の「小岩駅」到着!
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2025年12月19日 (金)

薄暗い日だ!

京成本線の青砥駅から新中川沿いに歩きJR総武線の小岩駅まで、1万歩の散歩です。


三層構造の青砥駅は1階が出口、中2階が改札口、2階は上り(上野方面、都営浅草線方面)のホームで1面2線、3階は下り(成田方面)のホームで1面2線。 私は朝7時45分頃に、3階ホームに降り立った。 早朝の下り列車(成田方面、北総線方面)は通勤通学客も少なく、乗客の大半は着席できる程度の混雑度。 2階の都心に向かうホームは、乗車する通勤通学客で人があふれてる。 もちろんホームに入ってくる列車も、すべて満員状態で座って通勤はとても無理。
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・・・・・・・・・・ 中2階の改札口は行き交う人でぶつかりそうだ!
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・・・・・・・・・・ 今日は東口から駅を出る
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● 冬至に近いからか、まだスカッとした夜明けにはならず、薄暗い空模様。 チョッピリ寒いが青砥橋を渡る。、、、、、青砥橋は昭和54年(1979)10月に工事着手、昭和60年(1985)1月に橋梁が完成した。 橋長640.8 m、幅員23.0 m、主径間115 mの鋼連続箱桁橋(一部鋼鈑桁、およびPC桁)である。 橋上は環七通りである。 下に流れるのは中川。
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・・・・・・・・・・ 青砥橋から見る中川の分岐点。 写真左から流れ下る中川は、中央で中川新中川に分岐する。 右奥(木立の背後)に流れ下るのは新中川。 中川は手前に流れてくる。 (木立の処は新中川通水記念公園
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● 青砥橋を渡ると高砂1丁目。 高砂1丁目は、なぜか、高砂駅、高砂2~8丁目とは新中川で隔てられ、チョイト飛地のような状態となっている。 その高砂1丁目、中川と新中川が分岐する先っぽに新中川通水記念公園がある。、、、、、東京都(東京府)は、戦前から中川の洪水対策として中川放水路(現:新中川)の建設を計画し、一部着工していた。 戦後、カスリーン台風による洪水で甚大な被害をこうむり、放水路建設を再着工した。 新中川は昭和38年(1963)に第一期工事が完成し通水に成功した。 その時の記念に、公園内に立派な記念碑が建てられている。 碑には、細かい字でウンジャラ・カンジャラ・ゴチャゴチャ書かれているが、その概略は『放水路の
位置(呑口)葛飾区高砂町地先中川左岸から (吐口)江戸川区江戸川四丁目地先江戸川右岸まで  放水路の延長は8089m  計画流量は毎秒120t  放水路の巾員は河川敷148m  堤防の高さAPプラス5.2m  天端巾6.0m  主要建造物として、道路橋16橋、鉄道橋2橋、排水所4箇所、伏越3箇所、水門1箇所  総工費は53億8千1百万円』と記されている。、、、、、戦後の大工事であったことがうかがえる。
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● 新中川通水記念公園から右岸の土手上を歩く。
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・・・・・・・・・・ 高砂諏訪橋は新中川掘削工事に伴い昭和36年(1961)に架橋された。 後に下流側に人道橋を設置され人車分離された。 架け替え計画があると以前聞いたが、いまだ実現していない。(葛飾区の予算不足?)
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・・・・・・・・・・ 高砂諏訪橋の350m程下流には、諏訪橋と同様の細田橋が架かっている。 こちらも人道橋が併設されている。 
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● 細田橋を渡り葛飾区細田の町に入る。 新金貨物線の脇に真言宗豊山派の寺院、東覚寺(とうがくじ)がある。 東覚寺は、元和3年(1617)法印慶雄の開基である。 新金貨物線を挟み向かえ側の細田神社の別当寺であった。  寺宝として、葛飾区の文化財に指定されている「紙本着色十王図」がある。、、、、、素朴な感じの小さな寺
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・・・・・・・・・・東覚寺の前を走る新金貨物線。 新金貨物線とは、江戸川区にある小岩駅と葛飾区にある金町駅を結ぶ8.9㎞の総武本線の貨物支線である。 現在は一日に数本の貨物列車が運行されているだけだが、この路線の旅客路線化構想があり、成り行きが注目されている。
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・・・・・・・・・・ 細田神社は、その名のごとく葛飾区細田にある神社。 細田神社は、曲金村(現:葛飾区高砂)から分村して細田村が開村した元禄8年(1695)頃に細田村の鎮守社として稲荷社を勧請したものといいます。 現在の社殿は昭和4年に修復されている。,、、、、神社は初詣の準備で忙しそうだ!
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● JR総武線小岩駅まで歩き帰宅する。 今日は、冬至も近く、なんとなく薄暗い陰気な天気で、歩く足取りもチョイと重たかった!
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2025年6月 5日 (木)

青砥から関屋まで

京成本線の青砥駅から本線沿いに歩いて京成関屋駅まで、1万1千歩の散歩です。



● 青砥(あおと)駅開業以前は、立石~高砂間には駅は設置されていなかった。 昭和3年(1928)11月1日の日暮里~青砥間開通時に分岐駅として開業した。 青砥駅の開業により、現在の押上線(押上~立石~青砥)は当駅で京成本線(上野~青砥~成田)から分岐することになる。、、、、、青砥駅は昭和48年(1973)から、昭和61年(1986)まで高架化工事が進められた。 現在の青砥駅は、ホームが二層構造の高架駅となっている。 2階と3階にそれぞれ島式1面2線のホームを持ち、2階が上野・押上方面に向かう1・2番線、3階が成田・千葉方面に向かう3・4番線となっている。 改札口は中2階の1カ所のみである。

・・・・・・・・・・ 朝の3階ホームは成田・千葉方面に向かう乗客が点在する程度。 2506050801550
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・・・・・・・・・・ 都心に向かう2階ホームは人・人・人でラッシュ状態
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・・・・・・・・・・ 2階ホームからさらに階段を下りると中2階の改札口。 乗る人、降りる人で8台の自動改札機はフル活動。
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・・・・・・・・・・ 中2階から階段を下りると高架下の青砥駅出口がある。 1階はショッピングセンター。 その入口前にはバイオリンを弾く男性の像がある。 台座に「ワルツの塔」と刻まれている。 ウィーンの音楽家ヨハン・シュトラウス2世の像だ。
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・・・・・・・・・・ 下町にある狭い駅前の通りから見上げるとデカイ、邪魔な駅だ!
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京成本線沿いに上野方面に向かって歩く、、、、、暑い! 今日の東京は夏日、汗を拭いながらの歩き、暑い!
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● 葛飾区の中央部に位置する、普通しか止まらない下町の駅がお花茶屋駅である。 駅は相対式ホーム2面2線で、橋上駅舎を有する地上駅である。 昭和6年(1931)12月19日開業。、、、、、駅の前には地元密着型の商店街があり、昭和の雰囲気も味わえる。
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● 線路に沿って歩く。 暑い、汗が流れてきた! 
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● 5月末から始まった葛飾 菖蒲まつり」が開かれている堀切菖蒲園、その最寄り駅である「堀切菖蒲園前駅」。、、、、、当駅は昭和6年(1931)12月19日開業。 ホームは高架相対式2面2線構造。 改札口・出口は1ヶ所のみで高架下の地上1階にある。、、、、、今日は菖蒲園に寄らず、素通り。 
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● 堀切菖蒲園駅を出た電車は、京成本線荒川橋梁にて荒川を越える。 その京成本線荒川橋梁は、桁下が荒川上下流の周辺の堤防に比べて、約4mも低い。 もし、荒川が氾濫するとしたら、この位置からといわれており、治水上の弱点といわれてる。 この京成本線荒川橋梁の架け替え工事が始められている。 東京の下町が浸水することが無きよう、一刻も早く完成することを願うのみ!
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● 本日の散歩の終点は「京成関屋駅」。 京成関屋駅は昭和6年(1931)12月19日に開業。 相対式ホーム2面2線の高架駅。 改札は高架下の1か所。、、、、、暑い暑い散歩であった。 汗臭さい身体で、電車に乗るのはチョイト気が引けた!
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2025年4月20日 (日)

平和橋通り

昨日から羽田空港アクセス線の整備工事により、JR山手線、京浜東北線が運休している。 浅草橋の我が家からは、JR総武線で新宿方面には行けるが混みそうだ、隣駅の秋葉原から山手線・京浜東北線に乗換え、東京・上野方面には行けない。 また、都営浅草線を利用して銀座・品川・羽田方面は振替輸送で混みそうだ。・・・・・と言う自己判断で、今日の散歩は京成電鉄の沿線からスタートすることにした。  久しぶりに四ツ木駅で下車し、南東の新小岩方面へ、いつものように裏道を歩くことにした。 ところが、駅前から裏道を南東方向(新小岩方面)に向かっていると思ったら、北東方向に向かって歩いてた。 間違いに気付いたのは、「平和橋通り」(=都道308号)という大通りに出た時である。 『アリャコリャ失敗だ! 新小岩に行くはずが遠ざかってる!』 『ならば裏道散歩は諦めて、この道(平和橋通り)を真直ぐ歩き新小岩に行こう!』 結局、新小岩駅まで平和橋通りを歩いてきた。 9千歩



アニメ「キャプテン翼」でラッピングした派手な四ツ木駅で下車し、散歩をはじめる。 裏道を歩き、目指すは新小岩駅。
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● 駅前の寂れた商店街を歩き、銭湯の煙突を目指し裏道を歩き、タワマンを見上げて路地を歩き、町工場の油の匂いに懐かしみ、錆びた非常階段に恐怖を感じ、出てきたところは、平和橋通りの「東立石水道道路入口」交差点(長ったらしい名前だ!)、、、、、平和橋通りを歩けば、新小岩駅前に出るので、裏道散歩は諦め、このまま道なりに新小岩駅に向かうことにした。
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● 平和橋通りを歩き見つけた、これ何?
・・・・・・・・・・ 東四つ木2丁目にあった道祖神、、、、、平和橋通りを歩き、交差点を渡ろうとすると、地蔵さま(?)か思われる石仏らしきものの後ろ姿が見えた 正面に向かうと、ナント、スカーフをかぶり、シャツを着こみ、顔の一部しか拝めない石仏だ! 地蔵様か?、庚申塔か?、道祖神か?、案内の立札もなく、道端で服を脱がすとセクハラになるのも困るので、とりあえず写真だけ撮ってきた。、、、、帰宅後、Googleマップで調べて判明したのは、道祖神と言うことだ。 (造立年、経緯は不明)  どなたか知らねど、花を添え供養されているようだ!
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・・・・・・・・・・ 道祖神からチョイト南に歩くと、UR都市機構の「アクシス東四つ木」がある。 その角に石で組まれた井戸のようなものがあった。 昔の井戸かな?、、、、よく見て考えてみたら、どうやら幼児が水遊びするジャブジャブ池のように見える。 井戸から水が出て、周囲の円形の石組み部分に溜り、幼児が遊ぶ。 でも、井戸の角に頭をぶっけて怪我するね! 単なるオブジェかも?

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● 都道308号は、足立区足立1丁目と江戸川区臨海町を結ぶ主要地方道である。 その一部、足立1丁目から千葉街道までを「平和橋通り」の愛称で呼ばれている。 その平和橋通りが中川を越える橋を「平和橋」と呼ぶ。、、、、、平和橋が架けられたのは、終戦間もない昭和22年(1947)である。 橋長144.2 m、幅員6 mの仮設木製であった。 2代目の現橋は、昭和35年(1960) 5月に竣工した。 全長134.4 m、幅15.0 mのPC単純桁橋である。、、、、橋名の由来は不明だが、戦後間もなくして架けられた橋であることから、平和を願い名付けられたのかも? 橋の親柱、欄干に鳩がいる。
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● 平和橋を渡ると左側に天祖神社がある。 天祖神社は鎌倉時代 源頼朝の家臣 葛西三郎が創建したと言われてる。 江戸時代には「皇太神宮社」・「葛西神宮社」と称し、明治4年(1871)に「天祖神社」と改称された。 社殿は昭和46年(1971)5月造営。
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● 天祖神社からチョイト南へ歩くと、「上品寺」・「ゑんま大王安置堂」と書かれた二本の大きな石柱がある。 ここは、真義真言宗にして八幡山 来迎院という。 上品寺の創建年代は不詳だが、室町時代以前からの古刹とのこと。、、、、、この閻魔堂に安置する閻魔大王坐像は、高さ206cmあり、かつては江戸16閻魔の一つとして栄え、区内最大のものである。 閻魔大王は、地獄に住み18の将良と8万の獄卒を従え、死して地獄に堕ちくる人間の生前の善意を正し、罪あるものには、苦しみを与える冥王として信仰する人が多い。 当寺の閻魔は、江戸中期にもっとも盛んに信仰され、昭和47年(1972)に閻魔堂は新築された。 見ごたえのある閻魔像だ!
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新小岩駅に到着、JR総武線で帰る
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2025年3月 7日 (金)

高砂から小岩

ここ数日の寒さで、歩くことが無く家でゴロゴロ、足が退化しそうだ。 『今日は晴れる』とお天気お姉さんが言っていた。 とりあえず、散歩することにした。 家を出て地下鉄に乗ったが、散歩の行先決まらず、京成本線の高砂駅で下車。 天気予報は当たった、空は青く澄んでる、しかし風は強い。 気温10℃、風速10m/s、差し引き体感気温0℃、『コリャ寒い!』 寒い寒い北風の中、高砂駅から裏通りを南に向かい、JR総武線の小岩駅まで歩いてきた。 8千歩



● 「京成高砂駅」は京成本線・金町線・成田空港線と、北総鉄道の北総線が乗り入れている。 本線・成田空港線・北総線は、2面4線の地上島式ホームを利用。 金町線は高架ホーム1面1線を専用。、、、、地上ホームでは、多くの電車が行き交う中で、北総線へ乗り入れる電車や、当駅止まりの電車では、乗務員交代が行われ、素人の私が見ていると時間に追われ忙しそうな駅である。 駅員・乗務員の手慣れた行動に感服!
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● 京成高砂駅は、京成本線と金町線および北総線の分かれる一大ジャンクションで、加えて高砂検車区への入出庫線もあるために非常に多くの線路が交錯している。 出入りする電車も多く、駅の東側にある「高砂1号踏切」・「高砂2号踏切」は常に人や車の滞留が発生している状況で、いわゆる“開かずの踏切”である。、、、、“開かずの踏切”解消について、高架化・地下化などの案があるが、駅の東には高砂車両基地が広がっており、この基地の扱いが最大の問題点であるらしい。 隣接する都営高砂団地建替え整備後の跡地に、基地を移転するかも? いずれにしても具体的な計画が定まっておらず、“開かずの踏切”解消は10年以上先になるかも?
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● 京成高砂駅から南(小岩方面)に向かって裏通りを歩く。 特筆する程の施設・工場などは無く、一般の商業地・住宅地である葛飾区細田の町を歩く。 ときおり北風が強く吹き付け、チョイト寒いね! でも花は咲き、春はやって来た!
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・・・・・・・・・・ 細田の町に寺院があった! 寛永5年(1628)に創建された、真宗大谷寺院派の宗念寺である。、、、、墓地には、嘉永年間、江戸品川の台場築造に功績を残した旧細田村の名主杉浦与右衛門の墓があるそうだ。
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● 北風がより強く吹き、寒さは増してきた。 JR総武線の「
小岩駅」に到着。 寒い、早く家でコーヒーを飲みたい!
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2024年12月 6日 (金)

変わる京成立石駅

去る11月30日、京成押上線の連続立体化工事に伴う、四ツ木~青砥間の下り線切り替えが行われた。 それにより京成立石駅では、これまでの下りホームが閉鎖され、新たに仮下り線ホームが利用されるようになった。 今日の散歩は、立石駅の様子を見たのち亀有まで歩く、1万1千歩の歩きです。



京成押上線の「京成立石駅」は大正元年(1912)11月3日に開業した。 先月までは相対式ホーム2面2線の地上駅で、橋上駅舎を有していた。 駅名は、“京成立石”が正式な駅名で、旅客向け案内では“京成”を省略して「立石」としている 。、、、、午前8時前、通勤時間にはチョイト早い、下り電車から降りる人はまだ少ない。、、、、私は初めて降りた、仮の下りホーム。 幅が狭くて、危ないな!
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京成押上線高架化事業は、四ツ木~青砥間(約2.2㎞)を連続立体高架化し、11か所の踏切をなくし、あわせて側道を整備するもの。 京成立石駅では、下り線の切り替えが行われ。 11月30日の始発から、これまで上下線を合わせ、相対式ホーム2面2線の構造であったホームから、これまでの下り線ホームに背を合わせるように仮の下り線ホームを設置し、ホームの切り替えが行われた。
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・・・・・・・・・・ 仮下りホームの前は、仮囲いで囲まれた広大な駅前北口再開発の用地がド~~ンと広がり、立石の風景が一変した!、、、、ここには2棟の高層ビルが建ち、葛飾区役所も入る予定だ! 駅前にあった「呑んべ横丁は跡形もなくなくなった。
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・・・・・・・・・・ 現在、立石駅は上下線それぞれ改札(出入口)が別になっており、上下線の行き来はできない。、、、、以前使用していた橋上駅舎も閉鎖され、取壊しが進められている。
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・・・・・・・・・・ 踏切で足止めをくらい遮断機が上がると、上りの改札口へ一斉に向かう通勤通学客。
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・・・・・・・・・・ 駅前北口再開発は、敷地面積 約2.1haで、42階建ての住宅棟、20階建ての公益サービス棟を建設する構想で、現在既存建物の解体が仮囲いの中で進められている。
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● 立石から亀有までは、概ねバス通りをひたすら歩く。

・・・・・・・・・・ 立石駅前のバス通りからスタート
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・・・・・・・・・・ 京成本線の青砥~お花茶屋間の高架下を抜ける
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・・・・・・・・・・ 国道6号(水戸街道)を横断
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・・・・・・・・・・ 天台宗寺院の延命寺に立ち寄り手を合わせる。 延命寺は、三圍山真珠院と号す。 近江国三井寺の大僧都源慶(~1352)が三囲神社の別当寺として創建、寺社地が御用地となったため元禄6年(1693)小梅村へ移転した。 明治維新後の神仏分離令により、三囲神社と分離、関東大震災に罹災し、昭和2年(1927)当地へ移、、、、当山の山号「三圍山」は墨田区本所三圍神社に由来する。
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・・・・・・・・・・ UR都市機構の「すまいる亀有」前を通過
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・・・・・・・・・・ 亀有駅前の「亀有 上宿商店会」を抜ける
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● 人気マンガのキャラクターが迎えてくれる亀有駅、、、、鉄道開業の当初は隣接する新宿地区に「新宿駅」(にいじゅくえき)を設ける予定だった。 しかし、亀有~新宿間にある中川にかかっていた有料橋を利用する客が激減するとの理由で同地区の者が亀有地区への設置を主張し、その一方で亀有地区の地主が土地を寄贈したため、この地に駅が置かれることになったそうだ。 駅の開業は明治30年(1897)5月17日。 明治39年(1906)に、日本鉄道が国有化され、国有鉄道の駅となる。
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2024年11月16日 (土)

中途半端に四福神

3日前に足立区梅田の「ゆめろーど千代田商店街」を歩いてきたが、“千代田”の名がつく商店街が葛飾区鎌倉にもあることを思い出し、久々に行ってみたくなった。 朝の掃除も終えて、夫婦で京成小岩駅から柴又帝釈天まで歩いてきた。 9千歩



● 我が家の在る浅草橋からは、都営浅草線に乗り入れてる京成本線経由特急成田空港行きに乗ると、乗り換えなしで「京成小岩」まで行ける。、、、、京成小岩駅からJR小岩駅までは歩ける距離であるが、チョイト離れている。(年寄りにはキツイね!) 駅自体は柴又街道の裏手に位置し、地元以外の人には解りづらい奥まった場所にある。 駅前には20分間隔で、亀有行きの「京成タウンバス」が発着してる。、、、、山手の駅前に多い、大型ショッピングセンター、タワーマンション、綺麗に整備された街路などは一切見あたらない。 ここ京成小岩駅は何故か懐かしい下町の私鉄駅って感じがする。
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● 京成小岩駅前から北に向かい「京成小岩商栄会」という商店街が伸びている。 長さ300m程の商店街はバスも通る道路の両側に、約60店舗の店が並んでいるが、シャッターの下りている店、住宅なども点在し、チョイト寂しい。 交通量は少なく、電柱の地中化もされており年寄りには歩きやすい道路であった。、、、、この商店街の北端まで、江戸川区北小岩の町
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● 京成小岩商栄会の商店街が終ると、その先に引き続いて「千代田通り商店街」となる。 ここからは葛飾区鎌倉の町でなる。 つまり、商店街は京成小岩駅から北に伸びているが、区境が商店街の境でもあり名称も道路幅も雰囲気も変わる。、、、、千代田通り商店街は昭和32年(1957)に設立され、後に葛飾区で第一号となるモデル商店街となった。 約300mの長さ、道幅は車1台分程の商店街は、アーケードがなくほぼ同様の構えの店が30店舗程ズラリと並び、自然発生的な商店街ではなく、おそらく計画的に作られた商店街と思われる。 浅草の「仲見世通り」を地元密着型の商店街にした感じである。、、、、ここもシャッターを下ろした店舗が目立つが、年に数回のイベントが催され、多くの買い物客で賑わっているらしい。、、、、戦後誕生した昭和レトロな商店街、頑張って続けて欲しいね!
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● 千代田通り商店街を通り抜けて北へ進むと、北総線新柴又駅の近くに、真言宗豊山派の医王寺がある。、、、、医王寺は、薬王山瑠璃光院と号す。 応永14年(1407)に創建、下総国分寺下の薬王寺と呼ばれたと伝えられます。 本尊は薬師如来(秘仏) 当時流行した赤目病平癒の祈願所として建立された。 建立後間もなく、小田原の北條氏と安房の里見氏が利根川(現在の江戸川)を挟んで対峙し、天文7年(1538)・永禄7年(1564)の二度の国府台合戦に、北條方の陣屋として使用されたため什物の大部分が失われた。 その後、中興されたが、しばらくすると、寺は無住となり多くの資料が散逸した。 寛永年間(1624~1644)金蓮院の僧某が再興し医王寺と改めた。、、、、この寺には、七福神の一つ、恵比寿天を祀っているが、正月の「柴又七福神巡り」で顔見世するためか(?)、本堂に閉じられ御対面は叶わず!
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● 北総線の高架下を抜けて柴又帝釈天に向かうと、柴又七福神の一つ大黒天を祀る真言宗智山派寺院の宝生院がある。 宝生院は大黒山と号す。 寛永元年(1624)常陸国大聖寺末宝性院として京橋付近の創建、下谷谷中への移転を経て、明暦年間に池之端茅町へ移転したといわれてる。 関東大震災で罹災し、昭和2年(1927)に当地へ移転した。 柴又七福神の一つとなっている本尊の大黒天は、江戸期から信仰を集めていたそうだ。、、、、ここでも、本堂の引き戸は閉じられ、ガラス戸越しに大黒様はいずこにおるや? 
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● 宝生院からさらに北へ向かうと、またまた柴又七福神の一つ福禄寿を祀る曹洞宗寺院の聖閣山万福寺がある。 この寺は、昭和3年(1928)の創建で新しい。 こちらにある柴又七福神の福禄寿は、年代不明であるが、宍戸家(?)に伝えられた家宝仏で、奉納され万福寺で祀っている。、、、、ここも本堂は閉じられ、福禄寿はいずれにいるや?
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● 柴又帝釈天に着いた、、、、日蓮宗寺院の題経寺は、経栄山と号し、柴又帝釈天として著名です。 題経寺は市川市中山法華経寺第19世禅那日忠が当地にあった草庵を一寺とし成し、寛永6年(1629)開山したといいます。 本堂改築に際して、梁の上から日蓮聖人自刻と伝えられる帝釈天像の板木(板本尊)を安永8年(1779)の庚申の日に発見、柴又帝釈天として著名となり、現在に至るまで庚申の日を縁日としています。、、、、ここにも柴又七福神の内の一つ、毘沙門天が祀られている。 七福神の内、四福神の寺に来たが、どこもかしこも御尊顔を拝せず。 『賽銭もって、正月のお越しをお待ちしてます!』と、言われてるようだ! 今日は七福神巡りに来たわけではないが、何となく中途半端な気持ちで帰ることにした。
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・・・・・・・・・・ 帰りは参道を通り、鰻を食し、草だんご買って、柴又駅へ。 2411161216240
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2024年7月17日 (水)

古代東海道を歩く

今朝の東京は、雨は止んだが太陽は顔を出さずの曇り空、湿度が高く歩きはじめると、スグに服の中は汗でびっしょりとなる。 気温は28度ぐらい熱中症を心配しながら、京成小岩駅から立石駅まで歩いてきた。 1万1千歩




● 久しぶりに京成本線の「京成小岩駅で下車し歩くことにした。、、、、京成小岩駅は島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。 出口は駅前にバス停がある北口と路地の奥にある裏口のような南口の2ヵ所。 駅の開業は、90年以上前の昭和7年(1932)5月15日。(開業当時はおそらく畑の中の駅だったと思うね?)、、、、JR総武線の小岩駅と京成小岩駅は、直線距離で1.0㎞程離れており、乗換は現実的ではない。 乗換えるなら、隣のJR市川駅と京成の市川真間駅で乗り替えた方が楽だ!

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● 京成小岩駅北口を出て『さて、どっちへ歩こうか?』 北口付近から西に向かって奥戸橋を渡り、京成押上線の立石駅方面に伸びるバス通りがある。 歩いてる途中で雨が降ってきたらバスに乗れそうなので、今日の散歩はこの道を歩くことにした。 

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● 京成小岩駅から数分の所に「愛国学園」(江戸川区西小岩)の中学校・高等学校がある。 学校は昭和13年(1938)設立の女子校。 千葉県四街道市には系列の大学もある。、、、、『ちょいと、女学生のお顔を拝見!』と校門近くに行ってみたが、時刻は8時数分前、まだ通学時間には早すぎる、誰もいないので校舎だけ拝見して早々に立ち去る。

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● 愛国学園正門から50m程西に歩くと、「鎌倉かなえ通り」と交差する角に「古代東海道道標」なるものがある。 石碑自体は比較的新しいものと思われる。 碑文には『日本は七世紀以降、都を中心に畿内参道の整備を行いました。都から東国へは東海道と東山道の二本の官道が敷設され、人や文物が往来していました。墨田区隅田と江戸川区小岩を結ぶ道は、武蔵国と下総国を連絡する古代東海道の一部と考えられます。』と彫られてる。

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・・・・・・・・・・ バス通りに出てしばらく歩き、新中川に架かる「三和橋」を渡ると「奥戸小学校」がある。 小学校の正門の脇に、同様の要旨の案内図がある。 地図は南北逆さまであるが、京成小岩駅の先から隅田川岸まで赤い線で古代東海道が標されてる。(地図はクリックすると拡大します)、、、、今日の散歩は、まさしく古代東海道を歩いてた。

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● 新中川に架かる「三和橋(さんわばし)」は、昭和36年(1961)の新中川掘削工事に伴い架橋された。 その後、橋の劣化も進み、 平成24年(2012)現在の橋に架け替えられた。 橋の形式は、3径間連続プレビーム合成桁橋、橋長119.0m、幅員18.0m。

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● 三和橋に続き、中川に架かる「奥戸橋(おくどばし)」を渡る。、、、、奥戸橋は、右岸 (西詰) の東京都葛飾区立石八丁目と左岸 (東詰) の奥戸七丁目の間を結んでいる。 現在の橋は、昭和47年(1972)竣工であり、過去に幾度かの架け替えが行われている。 現橋は、旧橋の下流に、6億7500万円で建設された。 形式はゲルバー式鋼I桁 + 活荷重合成I桁・H鋼桁 + PCホロースラブ橋、全長299.6m、幅11.0m。

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● 奥戸橋の西側に、創祠は平安時代中期の長保年間(999~1003)に、陰陽師阿部晴明の勧請によると伝えられている「熊野神社」がある。 葛飾区内で最も古い神社の一つである。 本殿は総公孫樹材を用いて明治12年(1879)に、幣拝殿は昭和36年(1961)に、夫々改築造営された。、、、、古代東海道沿いの古社なので、チョイト参拝していく。

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● 「立石」の地名は、葛飾区立石八丁目にある立石様という石に由来する。 この立石様は、現在児童公園に併設する祠の中に鎮座している。 付近にかつて古墳があったことやその材質(房州石という凝灰石の一種)から、古墳の石室などと同様、千葉県鋸山付近より当地に持ち込まれたと推定される。 また、奈良・平安時代には立石付近を横断していた古代東海道の道標として転用されていたらしい。 江戸時代には高さ60センチ以上の大きさだったらしいが、後に、立石様を欠いて持つと病気に効くという信仰や日清・日露戦争時に弾よけのお守りとして欠いて持つ人が現れたこと、また地盤沈下などの結果、現在では地表に頭だけだしてる、チョイト悲しい状況だ。

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● 古代東海道の一部を歩き、工事中の京成押上線「立石駅に到着。 今日はここまで! 

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2024年4月13日 (土)

京成立石から京成関屋

今日の散歩は、京成押上線の京成立石から京成本線の京成関屋まで歩いてきた。 1万1千歩




● 京成押上線の四ツ木~京成立石~青砥間では、11か所の踏切の解消と、京成立石駅の高架駅化を目指し、只今、高架化工事が行われている。 今日の散歩は工事の進行状況の確認を兼ね、京成立石駅から歩くことにした。

・・・・・・・・・・ 京成立石駅で下車

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・・・・・・・・・・ 京成立石駅の橋上駅舎は既に閉鎖され、ホームから橋上の改札に向かう階段も閉鎖されてる。 改札口は上下線別に仮の改札口が設けれてた。

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・・・・・・・・・・ 下りホームの北側には、仮の下り線となる線路を敷設中。 立石名物であった「呑んべい横丁」の跡にも仮の下り線が敷かれる。

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・・・・・・・・・・ 駅から葛飾区役所に向かう商店街も立ち退き、道の両側は白い仮囲いで隠された。 いずれこの仮囲いの中に新しい葛飾区役所(葛飾区総合庁舎)が建てられ、移転する予定。

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● 京成立石駅前へ移転を予定している葛飾区総合庁舎。 現在の本館(4階建て)+議会棟(3階建て)は昭和37年(1962)竣工。 新館(7階建て)は昭和53年(1978)竣工。 現在は、スペース不足、耐震性能不足、災害対策拠点としての機能不足などなどで、早く移転できることを祈るばかり。

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● 葛飾区役所前の通りを歩き、水戸街道(国道6号)を横切り、都営白鳥一丁目アパート前を通り過ぎると、曳舟川親水公園に出る。 曳舟川に沿って長く伸びる公園には、まだ花が咲き残る桜並木が続いてる。 花見は今日・明日が最後、来週は完全に葉桜になっていると思うね!

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● 宝町(たからまち)二丁目に「宝町八幡神社」がある。 江戸時代初期に開村した宝木塚(ほうきづか)村の鎮守として創建されたそうだ。 創建年代は不詳。 現在の社殿は昭和5年(1930)に造営されたもので、屋根は傾き、やや朽ち果てた感がある。 歴史を感じるかな?、、、、台風・地震で倒壊しないうちに修理して欲しいね!

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● 堀切菖蒲園駅近くには、「堀切天祖神社」が鎮座する。 天祖神社は、永万元年(1165)伊勢の神宮の神領であった葛西御厨〔かさいのみくりや〕の堀切村の鎮守として、皇大神宮より勧請したという。 現在の社殿は昭和41年(1966)に建てられた鉄筋コンクリート造。、、、、境内には八幡宮、稲荷社、天神社が祀られ、また境外末社として菖蒲七福神、菖蒲十二支神があり、多くの神さまを集め、地元の神明さんとして幅広く尊崇をあつめてる。

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● 堀切橋で荒川を越える。 堀切橋の上流側に平行する京成本線荒川橋梁の架け替え工事が始まった。 京成本線荒川橋梁は昭和6年(1931)12月19日に供用を開始した。 以来、京成本線の橋梁として、現在では1日に約14万人以上の利用がある空港アクセスの主要路線の一部として活躍してる。 しかし、京成本線荒川橋梁は、桁下が荒川上下流の周辺の堤防に比べて、約4mも低いのが特徴で、治水上の弱点といわれ、橋梁のかさ上げが求められていた。 その荒川橋梁の架け替え工事が始まった。

・・・・・・・・・・ 堀切橋から見る京成本線荒川橋梁。 道路橋より低い位置に架かっているのが判る。

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・・・・・・・・・・ 荒川が氾濫しないよう工事の早期完成を望む。 ここから氾濫すると、台東区浅草橋の我が家は床下浸水するかも?

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京成関屋駅は京成本線の日暮里~青砥間の開業と同時である、昭和6年(1931)12月19日に開業した。 相対式ホーム2面2線の高架駅。 改札は高架下の1か所。、、、、各駅停車しか停まらない小さな駅だが、駅の向かい側に東武伊勢崎線の牛田駅があり、乗り換え客が多い。

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2024年2月20日 (火)

リベンジで市川まで

昨日は何となく、いつの間にか小岩まで歩く予定になり、平井まで歩いてギブアップ。 今日はそのリベンジで、平井から歩き、新小岩、小岩と通り過ぎ、隣の千葉県に入って市川まで、1万5千歩の散歩となった。




● 昨夜降った雨でまだ道路は濡れているが、今日の午前中は晴天となる予報を信じて、平井駅(総武緩行線)に降り立つ。、、、、昨日痛かった足も、今日は調子良さそうだ!

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● 今日も蔵前橋通りを東(小岩方面)へ歩くつもりだ。 蔵前橋通りに出る。

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● 荒川に架かる平井大橋は歩道の幅員を2mから3mに広げる工事が進められている。 工事は橋の中間部分まで完成したようだ、中程で施工前と施工後の違いがよく判る。 歩行者も自転車も快適に通れるようになった! 完成は来年の春らしい。

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● 平井大橋を渡ると、大きな新小岩公園がある。 園内にはまだ水溜りが残ってる。 私のお腹に残った水溜りは溢れそうだ、緊急事態! チョイト、トイレを拝借。

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● 新小岩駅前、通勤で小走りに駅に向かう人も見える。 「北口商店会」を横切る。 

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● 暗渠化されコンクリート造の欄干だけ残された巽橋。 その巽橋跡がある「たつみ橋交差点」 こちらも、新小岩駅に向かう多くの人が信号待ち!、、、、、ここまで平井駅から約40分歩いた。 私の足は快調だ、この状態なら次の小岩駅までは楽勝だ! 

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● 葛飾区東新小岩の町を蔵前橋通りが貫いていく。、、、、通りの両側はカーディーラーと、ファミレス、マンションが並び、歩く私には面白みが無い! 単調な歩きで疲れてきたかな? 

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● 一日2~3本の貨車しか通らない新金貨物線のガードを抜ける。 ガードは昭和33年(1958)に熊谷組の施工で竣工した。
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● 続いて新中川に架かる上一色橋(かみいっしきばし)を渡る。 橋は昭和41年(1966)に架橋(既に50年以上経過した)、、、、この橋を渡ると小岩駅がある。 季節外れの暖かさ、歩く私は汗ばんできた。

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● 小岩駅に向かう商店街「西小岩通り会」の曲がり角。 『ここを曲がれば小岩駅、今日の目標を達成する。 でも、次の市川駅まで歩くと、さすが男だ、よく頑張ったと妻の一言! 市川まで歩くか、ここで止めるか、これが問題だ!』 心の葛藤があったが、市川まで歩くことにした。(チョイト、足と腰が痛くなってきた。 我慢、我慢、やせ我慢!)

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● 小岩駅前の通過は9時半、平井駅からは1時間半ほど経過した。 柴又街道との交差点を通過する。、、、、『もう少しで市川橋だ、ガンバレ!』チョイト疲れた自分にいいきかせる。

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● 市川橋の西詰(小岩側)で、蔵前橋通り千葉街道(国道14号)とぶつかる。 ここが蔵前橋通りの東端になる。 道路名を表示している案内板も、蔵前橋通りを示す矢の方向が一方だけとなっている。(ヤ~ね!)

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● 江戸川に架かる市川橋まで来た! 全長399mの橋は、歩いて渡るには長~~い。 『歩けど 歩けど 橋の上 川に飛び込みたくもなるね』 

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● 市川橋を渡り市川市に入ると、高宮山観音寺がある。天正17年(1362)に開山した真言宗豊山派の寺。 『疲れたが、駅まであと少し、無事帰れますように(合掌)』

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● 足・腰の痛みこらえて市川駅に到着。 1万5千歩、歩いたぞ!

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