葛飾区

2019年11月 2日 (土)

念には念を、荒川橋梁の確認

荒川の治水上の弱点として、京成本線荒川橋梁の桁下の高さが低く、早急なる架け替えの必要性が言われている。 その話は以前から聞いて知っていたが、台風19号の脅威にさらされ再確認したくなった。 今日の散歩は東武伊勢崎線堀切駅(足立区)で下車し、荒川橋梁を見て、京成本線堀切菖蒲園駅(葛飾区)までの、9千歩。

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●気持ちいい秋晴れ! ・・・・・・・東武伊勢崎線の堀切駅(足立区千住曙町)で下車。 普段は哀愁ただよう寂しい駅。 駅前には旧綾瀬川が流れ、対岸は墨田区。、、、、私が恐れるのは、京成本線荒川橋梁付近で氾濫し、その水が近くの旧綾瀬川に流れ込むと、その先は隅田川に合流し、荒川区、台東区、中央区と浸水する可能性があることだ! この想定は国交省でも考えているシナリオと思われる。

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●グランドはまだ使用できず! ・・・・・・堀切駅前の堤防に立つと、荒川が穏やかに流れている。 でも、河川敷のグランドは足下グチャグチャ。 北側(上流側)に堀切橋が見える。 京成本線の荒川橋梁は堀切橋の後ろに在り、トラス部分がみえる。 写真左端の堤防頂部の道路面と堀切橋の路面の高さはほぼ同じ。

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●堤防は崩壊するか? ・・・・・・・昭和6年12月19日の京成本線:青砥~日暮里間開業に合わせ、同年に架けられた荒川橋梁綾瀬川橋梁。 荒川橋梁は全長446.99m、両端が6スパンの単線上路式プレートガーター橋、中間が3スパンの複線下路式曲弦ワーレントラス橋。 綾瀬川橋梁も単線上路式プレートガーター橋、中間が複線下路式曲弦ワーレントラス橋。 両橋とも、東京石川島造船所製、下部工事は大林組の施工。、、、、いまの京成本線は上野~成田空港の結び一日当たり約14万人が利用する大動脈である。、、、、橋が出来て今年で88年、米寿だ。 この間、高度成長期には地盤沈下し、その後堤防のかさ上げを行ったが、橋が架かっている部分は手つかずでかさ上げが出来ていない。 そのため、荒川橋梁の桁下が周辺堤防に比べ約3.7m程低く、増水時にはこの低い部分から水が溢れ堤防が決壊する恐れがある。 治水上の弱点となってしまった。 そこで、隣りに新しい橋を架けるべく、平成16年(2004)度から設計等が進められているが、今だ工事には至っていない。 どうしたことだ!  都民の命が係っている工事だが、どうやら、工事用地の確保が出来ていないらしい。

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・・・・・・・・・・・・・・両側の取り付け部分を見ると3.7m低いのは一目瞭然。、、、、『蟻の穴ならぬ電車の鉄橋から 堤も崩れる』とならぬように祈りたい。

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・・・・・・・・・・・・・・荒川右岸(足立区側)の堤防から眺めると、高架橋に沿って民家がビッシリ。 どこも人が住んでいるようだ、まだ工事できそうにないね!

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・・・・・・・・・・・・・・東武伊勢崎線(下)と京成本線(上)が交差する地点付近は、チョイト広いスペースが確保されているのか?
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・・・・・・・・・・・・・・堀切橋と荒川橋梁の間、堤防上の狭いスペースで高低測量が行われていた。 アレ、ひょっとするといよいよ工事が始まるのか? 何となく、嬉しくなるね!
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●早く終わらして! ・・・・・・・一刻も早く荒川橋梁の架け替えが終わることを願いつつ、堀切橋を渡り堀切菖蒲園駅から帰宅。

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2019年8月 2日 (金)

熱中症と戦う

この暑さに身体を慣らすため、今日も歩いてみた。 朝7時半に家を出て、京成押上線立石駅から、JR総武線新小岩駅まで、9千歩の散歩です。




●立石が変わる! ・・・・・・京成押上線の「京成立石駅」は大正元年(1912)11月3日に開業した。 現在は相対式ホーム2面2線の地上駅で、橋上駅舎を有している。 駅名は、“京成立石”が正式な駅名で、旅客向け案内では“京成”を省略して「立石」としている 、、、、令和5年(2023)の完成を目指し進められている京成押上線(四ツ木駅~青砥駅間)連続立体交差事業も、そろそろ佳境に入り、立石駅の高架化工事も始まるとおもわれる。 数年後には今の駅は消え、新しいモダンな駅に変わっていることだろう。

・・・・・・・・・・・・・・只今、午前7時30分。 上りホームは通勤客で行列ができた。

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・・・・・・・・・・・・・・今の駅舎に改築したのは昭和43年(1968)、50年前の駅だ! 立石駅は押上線の中では乗降客(一日平均約4万人)が最も多い駅であるが、駅舎は狭く古い 、、、、駅では改札内コンコースにトイレを造る余裕がなく、下りホーム中程に男女とも一か所あるのみ。 チョイト、ホームの真ん中の狭いトイレでは、若い女性は利用しにくいね! 新しい駅になるまで、漏らさず、我慢して!

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・・・・・・・・・・・・・・橋上駅舎から線路を見る。 線路沿いに工事用地が見える。 真下にはホームが見える。

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・・・・・・・・・・・・・・駅の周りには工事用地が確保され、駅部以外の工区では工事も進捗している 、、、、駅の北側では鉄道の高架化に合わせ、令和4年(2022)の工事竣工を目指し36階建てタワーマンションと、13階建て葛飾区庁舎の建設工事が計画されている 、、、、立石は変わります、大きく、近代的な駅に変わります、乞うご期待!

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・・・・・・・・・・・・・・駅前のこの踏切も無くなる 、、、、下り電車が行っても次は上り、高架になればイライラ解消!
 
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●汗をかきかき、ひたすら歩く! ・・・・・・立石駅から南へ、中川に架かる平和橋を目指す 、、、、街路樹のサルスベリが夏らしく赤い花を咲かせた 、、、、あまりの暑さに思考も鈍り、このままでは命が危険と判断し、日陰を求めて路地を歩く 、、、、身体じゅう汗がダラダラ、平和橋通りに出た! 、、、、でかい集合住宅は昭和50年(1975)築の公団住宅。 日射しを遮る効果なし

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●広島にもあった平和橋! ・・・・・中川に架かる平和橋 、、、、関東大震災後の昭和2年(1927)に計画された橋であるが、実際に架橋されたのは戦後の昭和22年(1947)で、しかも木製であった。 昭和32年(1957)に架け直しが決まり、昭和35年(1960)に現在の平和橋が竣工した 、、、、現橋はPC単純桁橋で、長さは134.4m、幅15.0m、、、、橋から蛇行する中川を見る。 橋は平和でも、私は熱中症と戦いの真最中。
 
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●村の鎮守! ・・・・・平和橋を渡り東新小岩地区に入ると、まず、平和橋通に面して鎮座する天祖神社がある。 綺麗に掃き清められた境内に、昭和46年に完成した社殿が堂々と迎えてくれた 、、、、創建は、鎌倉時代の源頼朝の家臣壱岐守平清重(葛西三郎)が、勧請したと伝えられ、江戸時代には皇太神宮社・葛西神明とも尊称され、明治4年(1871)に天祖神社と改称した。 江戸時代には上平井村の鎮守社であった。、、、、暑さのせいか、神社に参る人影はなし。 私の頭は、ポッカポカ。 

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●閻魔の寺! ・・・・・天祖神社から平和橋通りを南へ100m、新義真言宗の上品寺がある。 八幡山来迎院と号す。 本尊の阿弥陀如来は運慶の作とも云われている 、、、、 本堂は安政2年(1855)の地震に倒壊後、再建され、大正11年(1922)および昭和11年(1936)に修築された。 屋根の勾配が綺麗な曲線を描いている。

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・・・・・・・・・・・・・・本堂の左隣に閻魔堂があり、閻魔大王坐像があり安置されている。 閻魔大王坐像は高さ2m程で、室町時代初期の作とも云われている。 江戸十六閻魔の一つ。 地獄に住み18の将良と8万の獄卒を従え、死して地獄に落ちくる人間の生前の善悪を正し、罪あるものには、苦しみを与える冥王として信仰する人が多い 、、、、私も閻魔大王の人柄(?)には魅力を感じるね!

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●死にそうだ! ・・・・・・熱中症にならずに、どうにかこうにか新小岩駅に到着。 早く、涼しい電車に乗って帰りたい! 

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2019年6月16日 (日)

見事に咲いた菖蒲

朝食を済ませ自室でブラブラしていると、テレビを見ながら「堀切菖蒲園のショウブ、綺麗に咲いてるよ」と妻の声。 この一言で、本日の散歩は、夫婦で堀切菖蒲園に行くことになった。 

・・・・・・・・・・今年の「菖蒲まつり」は、5月27日(月)~6月16日(日)の間。 5月26日、まつりの前日とも知らず、いそいそと菖蒲園に行ってみたが、咲いているのは数える程度であった。 もちろん、観賞する人は一人・二人で寂しいかぎり、ガッカリしたね。、、、今日は祭りの最終日、こんどは枯れ萎んだショウブを見るのかと、車中で妻に確認「今朝のテレビは生中継か、録画か?」 妻「・・・?・・・」 半信半疑 コリャ、マタマタ失敗か、ショウブと勝負!、、、行って、見て、大正解! 青空の下、見事に綺麗に咲き揃ったショウブ。 花は綺麗だが、綺麗所は何処だ? いない、チョイト、残念。

 

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・・・・・・・・・・・・・・菖蒲園、入ります! (なぜか、女賭博師:昇り竜のお銀さん(江波杏子)、緋牡丹のお竜さん(藤純子)を連想していた)  泥田の中に、凛と清らに花咲くショウブ、いいね! 

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2019年5月26日 (日)

トランプで菖蒲!

今日は全国的に朝から暑く、熱中症は厳重警戒の日。 朝の散歩はひかえて、夕方にトランプ大統領を見に、我が家(浅草橋)からは隅田川を挟んで川向こうの両国国技館に行ってみようと思った。 昼のテレビニュースでは、国技館も厳重警戒中と放送された。 『国技館へ変な親爺がカメラぶら下げ、フラフラ歩いて行ったら捕まるかも!』と、妻に止められた。 変わり身の早い私は、急遽昼から、トランプさんとは無関係で、花が咲き競っているであろう堀切菖蒲園に行ってきた。、、、、、堀切菖蒲園駅で下車し、菖蒲園へ、帰りは四ツ木駅から乗車。




●賑わいのない、静かな駅? ・・・・・・・・・・昭和6年(1631)12月19日の日暮里~青砥間開業と同時に開業した京成本線の堀切菖蒲園駅。 ホームは高架相対式2面2線の構造。 駅名になっている堀切菖蒲園は、駅の南400mほどのところにある区立公園。、、、、「菖蒲まつり」の時期には、例年、ホームに提灯がぶら下がり、改札前には菖蒲の花が飾られて、賑わいがあるのだが、今日はチョイト様子が変だ? 静かだ! おかしい? 観光客が少ない! 飾り付けは中途半端?

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・・・・・・・・・・・・・・菖蒲園に向かう商店街には、「堀切菖蒲まつり」の旗がひるがえり、街路灯にはボンボリも下がり、私の前を歩くおばさん達も菖蒲園に向かう。、、、、それにしても、日曜日だというのに活気がない。 今日は暑いので、外出をひかえているのか? 商店も開店休業かな?

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●神に見放され、菖蒲に負けた! ・・・・・・・・・・・・堀切菖蒲園のゲートに大きく掲げられた「堀切菖蒲まつり」の看板が見える。 やってるじゃないか! ドキ、左の柱に「期間 五月二十七日(月)~六月十六日(日)」の表示が見えた! 着いてビックリ、来てビックリ、見てビックリ、ガァ~~~ン! 一日早かった! 駅も、商店も、何もかも皆、菖蒲まつりは明日からだ!  

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・・・・・・・・・・・・・・会場のチラシにも明日からと明記。 事前に確かめず、思い付きの行動には、最悪の結果が待っていた!

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・・・・・・・・・・・・・・せっかく来たのだ、園内に点在するチョッピリの菖蒲を見て帰ることにした。 それにしても、「菖蒲の咲いてない菖蒲園は 女性が入浴していない露天風呂だ」、、、、菖蒲が咲いた最盛期の菖蒲園

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・・・・・・・・・・・・・・咲いていた菖蒲!

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●駅がサッカーの聖地に! ・・・・・・・・・・・・・・熱中症に注意しながら、堀切の極楽寺、四つ木の西光寺に寄り、四ツ木駅から帰る。、、、、四ツ木駅はサッカー漫画の「キャプテン翼」にラッピングされている。 ファンにとっては嬉しい駅になったようだ。

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2019年4月28日 (日)

静かな町を歩く

暇な日は雨が降り、天気が良いと病院へ行く日で、散歩の機会が遠退いていた。 今日は天気も良く暇な日で、京成本線高砂駅から常磐線金町駅に出て、金町駅周辺をブラブラ。 1万2千歩。




●たまには静かな町 ・・・・・京成本線高砂駅からなんとなく北の方向に歩いてみる。 ゴールデンウィークの始まりで、成田空港行の電車は大きなキャッリーバックを持った旅行客で混んでいた。 しかし、一般の乗降客は少なく、通勤する人も少ない、駅周辺の商店は休み、踏切で待つ人もいない、静かな町に変わった。、、、、謡曲『高砂や この浦船に帆をかけて シュラシュシュシュ まわれば 四国は讃州・・・・アレ???』

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●高砂の昭和レトロ ・・・・・特徴的な縦長の窓とドアは、きっと理髪店だったと思われる。 玄関先の小部屋の外壁は下見板張りで洋風の造り。 和風の下見板張りは下町の懐かしい住宅。

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●新しい社殿の古社 ・・・・・高砂の町から柴又2丁目の町に入ると古録天神社がある。 古録天神社の創建年代は不詳だが、かつては第六天社と称した古社で、明治維新後古録天神社と改号した。 主祭神惶根尊、相殿に菅原道真公、宇迦之魂神を加え、三柱の神を御祭神とする。 社殿は建立されてから130年以上経過したので、平成15年(2003)に木造流れ造りに建て替えられた。

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●車も人も見えない ・・・・・帝釈天のある柴又7丁目とは、京成金町線を挟んで反対側にある柴又2丁目、金町2丁目も静かなゴールデンウィークをむかえている。 走る車もなく、人影も見えない、道端のツツジを見ながら金町駅に向かう。

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●裏通りの飲み屋も休みか? ・・・・国道6号(水戸街道)を横断し、『買う街 飲む町 食べる街』の旗がなびく金町栄通り商店街を抜けると、京成金町駅・JR金町駅南口に出る。 金町駅南口から改札通路を通り北口へ出て、チョイト北口付近をブラブラすることにした。

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●水戸徳川家の祈願所 ・・・・・金町駅の北東500m程に、真言宗豊山派の金蓮院がある。 法護山金剛寺と号す。 永正年間(1504~1520)の創建で、旧門末30余ヵ寺をもった本寺格の寺院で、天正19年(1591)には徳川家から10石の御朱印を拝領した。、、、、本堂左に、宝永7年(1710)に二十六夜待講中の人々が、二世安楽を願って建てた藍染明王の石像がある。 彫のハッキリとした見ごたえある石像だ。 二十六夜待とは、特定の月の26日の夜に人々が寄り合い、飲食などをしながら月の出を待ち、五穀豊穣、商売繁盛などを願うこと。(呑み会の理由づけに、二十六夜待を利用したのかも?)

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●駅前で超便利 ・・・・・JR金町駅北口の正面に建つ公団の15階建ての高層住宅。 昭和43年(1968)に竣工、4棟1417戸からなり、かなり広い敷地をユッタリと利用した団地である。、、、、駅前で土地に余裕あり、しかも建物は築50年、そろそろ建て替えかな?

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◆◆◆・・・・・プロバイダーniftyが提供する、ブログ作成ソフトに障害があり、直るまでには、まだ当分時間がかかりそうです。 その障害に起因して、本来ならば一週間単位で作成されるはずのバックナンバーが一ヶ月単位で作成されてます。 また、文字の大きさなどもバラバラで表示されているようです。 しばらくの間、ご容赦願います。  (雅万歩)

2019年4月 4日 (木)

男二人が守る閘門橋

つくばエキスプレス八潮駅で下車し、潮止橋で中川を越え、チョッピリ三郷市戸ヶ崎に入り、大場川の閘門橋を渡り葛飾区水元地区に入る。 旧水元小学校校舎の近くからバスで金町駅へ出て帰る。 1万2千歩の散歩です。




●どこにある市? ・・・・・足立区の北隣の埼玉県八潮市。 「八潮市と言えば・・・・・?」と問われ、考え込んでも、名所、名物、産業、どれもこれもサッパリ思い浮かばない、存在感のない“市”である。 その町を走る唯一の鉄道はつくばエキスプレス、そして唯一の駅が八潮駅。、、、、、平成17年(2005)8月24日に開業した、島式ホーム2面4線を有する高架駅。、、、、、ちなみに市名は、昭和31年(1956)の大合併で誕生した。 “八潮市”=“八条村”+“八幡村”+“潮止村”。

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●自転車が怖い県道! ・・・・・・・中川に架かり、八潮市と三郷市を結ぶ県道が通る潮止橋(しおどめはし)。 橋名は上流にかつて潮止村があったことによる。 東京湾の潮はここで打止め!ゆえに、潮止と云ったそうだ。 、、、、、橋上の県道は交通量が多く、トラック、バスなど大型自動車が引切り無しに通る。 よそ見して歩くと、自転車に轢かれそうだ!

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●社務所もない! ・・・・・・・潮止橋を渡ると、櫛稲田姫命、須佐之男命を祭神とする大瀬氷川神社がある。 創建年代は不詳。 大瀬は猿俣(葛飾区水元)・戸ケ崎などとの水運拠点として古くから栄えたそうだ、神社は大瀬の鎮守社として祀られていた。 明治42年(1909)に浅間神社を合祀、中川河川改修のため大正9年(1920)現在地へ遷座した。、、、、、広い境内だが、社殿、鳥居、石碑の他は何もなく、実に殺風景である。 駐車場にしている様子もないね。

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●いつの間にか三郷市だ! ・・・・・・・・・大瀬氷川神社から200m程歩くと三郷市である。 八潮・三郷の両市の境界らしきものは案内標識以外にはなく、なんとなく八潮市から三郷市に入ったという感じ。、、、、、境界の三郷市側にある郵便ポスト、なんと戦前の丸型ポストで現在も使われているようだ。 このポストに投函すると、良い知らせが戻ってくるような気がするね。

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・・・・・・・・・・・・・・・三郷市戸ヶ崎の吹上天神社は、建武2年(1335)夏の暴風で吹き上げられた梅の老木と白蛇のお告げから、当地を吹上と名付け、天神を祀ったと言われている。 明治43年(1910)戸ケ崎香取神社に合祀されたが、昭和32年(1957)還座した。、、、、、大きくはない地元の神社。

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●面白い名の用水路 ・・・・・・・三郷市戸ヶ崎から南下すると、大場川(葛飾区水元公園)の手前で、二郷半領用水逃樋(にごうはんりょうようすい にげひ)と二郷半領用不動堀樋(にごうはんりょうふどうぼりひ)がある。、、、、、二郷半領用水とは、埼玉県南東部から吉川市を抜けて、三郷市戸ヶ崎で大場川に合流する、延長16.7kmのチョイト汚い用水路である。(二郷半領は地名。面白い!)

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・・・・・・・・・・・・・・・二郷半領用水逃樋、、、、、この樋管は明治43年(1910)の大洪水で大破した木製樋管を、煉瓦造りで復旧したもの。 逃樋の建設工事は、明治45年(1912)1月12日に起工し、同年3月31日に竣工した。 県の直轄工事であったが、担当は北葛飾郡技手の金子峯吉。 建設費は7,818円。 樋管長は19.1m。 現在、上部には県道が通っているが、煉瓦部分はひび割れもなく綺麗な状態である。

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・・・・・・・・・・・・・・・二郷半領不動堀樋は、逆流防止用として造られた樋管である。 こちらも、県直轄工事だが、逃樋と同じ金子峯吉が担当し、建設費約11,014円で、大正3年(1914)4月1日に着工し、同年5月30日に竣工している。 樋管の長さ22.4m。

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●像の二人はカッコいいね! ・・・・・・二郷半領不動堀樋の南側50m程に、大場川に架かる閘門橋(こうもんばし、葛飾区西水元)がある。 この橋は、明治43年(1910)に完成した、煉瓦造りのアーチ橋(上流側:4連、下流側:6連)である。 長さ30m、高さ5.5mで、上流側と下流側ではアーチの連数が異なる珍しい形式の煉瓦水門。 下流側の中央アーチ部には、堰板を落とし込む二人の男のブロンズ像が設置されている。 都内唯一の煉瓦アーチ橋で、平成25年(2013)の土木学会推奨土木遺産に選定された。

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●最古の木造校舎  ・・・・・・・閘門橋から水元公園と離れ、金町方向にバス道路を歩き水元小学校に着いた。 ここには、大正14年(1925)に建てられた水元尋常小学校の建物が保存されている。 昭和57年(1982)まで同校の校舎として使用されが、現在は使用していない。 都内に残る貴重な23区最古の木造校舎校。、、、、、大事に保存して欲しいね!

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●お帰りです ・・・・・・チョイト疲れたので、「水元四丁目」からバスで金町駅に向かうことにした。、、、、、今日の散歩はココまで!

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2019年3月 8日 (金)

高砂や~ 高砂や~

三日ぶりの晴天、チョイト寒いが、京成本線の高砂駅から、総武線小岩駅まで、9千歩の散歩です。、、、、、高砂~小岩間は度々歩いてるので、今日も、かつて歩いたルートを、再び歩いてきた。
 
 
 
●高砂や この浦舟に帆を上げて ・・・・・・・・高砂駅は、大正元年(1912)11月3日に、「曲金駅」(まがりかねえき)として開業した。 「曲金」は駅開業当時の村名である。 「高砂」は明治9年(1876)地租改正のとき地元有志の発意で、めでたい言葉の一つとして謡曲「高砂」から借用して、つけられた字名である。 翌、大正2年(1913)、「曲金駅」は縁起も、語感も良くないと云うことから、字名であった「高砂駅 」に改称した。、、、、昭和30年代までは、結婚式で仲人・長老がご祝儀に謡曲「高砂」を謡ってくれたものだが、今や「高砂」を謡ってくれる結婚式は無くなったみたい。 仲人のいない結婚式も当たり前となったそうだ。、、、高砂を謡った時代は、「高砂祝って誓った初夜が 婆と爺とになる門出」
 
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●高砂や この団地の土地空けて ・・・・・・・・・・高砂駅から南東に約600m、京成本線線路沿いに都営高砂四丁目アパートがある。、、、、現在、線路側は公園と空き地が広がっているが、以前は空き地にも都営住宅が建ち並び、都営高砂アパートと称していた。
 
・・・・・・・・・・・・現在の「高砂四丁目アパート」案内図と、5年前の「高砂アパート」案内図(2014年撮影)、、、、、現在は北側の26号棟、18号棟の2棟が高砂アパート時代の棟として残っているが、住宅部分は閉鎖され1階の店舗部分に郵便局・ケアセンター・整骨院・八百屋・クリーニング店が営業しているだけ。
 
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・・・・・・・・・・・・・現在の高砂四丁目アパートは、平成20年(2008)~平成23年(2011)に立てられた1011戸の団地である。、、、、、5階建ての棟が住宅部分に入居者が居なくなった、18号棟、26号棟。
 
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・・・・・・・・・・・・・北側には高砂アパート跡の広い空き地が残る。、、、、、丸い土俵状のものは、かって給水塔がたっていた跡。、、、、、芭蕉の心情で、「夏草や 兵どもが 夢の跡」
 
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●高砂や この裏道に尻向けて ・・・・・・・・・・・・葛飾区細田鎌倉の裏道を歩いて小岩へ向かう。 途中、シャレた校舎の愛国学園前を通る。
 
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●高砂や 小岩の駅にお着きです ・・・・・・・・・総武線小岩駅到着。 今日は、我が愛する人の誕生日、GODIVAのチョコレートを買って、おまけに船橋屋のくず餅買って帰る!
 
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2019年1月21日 (月)

環七の下に葛西城址

今朝はチョイト風が強く寒い。 都営浅草線の浅草橋駅に入ってきたのは、青砥行の普通電車、これで決まり、今日は青砥で降りて歩くことにした。
青砥駅から環七通り沿いに歩き、中川大橋を渡り、金町駅までの散歩です。
 
 
 
●散歩のスタート・・・・・・・・・浅草橋でも、青砥でも、帽子にマフラーにジャケットを身につけ、最後はマスクで顔を隠し、北風の中、皆さん出勤。、、、、呑気な雅万歩は青砥駅 に着いた、電車は終点。 『ヨシ、歩くぞ!』
 
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●少なくなったトタン張りの住宅・・・・・・・・・・青戸7丁目、数軒の波型トタン張りの木造住宅が視界に入る。 昭和の匂いが漂い、チョイト覗いてみたくなる、空き家かと思うと、誰かいるようだ!、、、、、アパートだった建物は、ポストを縛り『入れないでね!』
 
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●武士はスッポンで戦う・・・・・・・・・・・青戸7丁目の中央を南北に走る環七通り。 その環七通りを挟むように、二つの公園が向かい合わせにある、「御殿山公園」と「葛西城址公園」である。 この両公園は葛西城の主郭があった場所で、周囲には堀も廻っていた。 昭和47年(1972)に環七通り建設に伴う発掘調査が行われ、戦国期の陶磁器、漆器、人骨など様々な遺物が発掘された。 また、中世末期から近世初頭の多数のスッポン遺体が出土しており、近世に西日本から新たにもたらされた食文化と考えられている。 なお、道路建設のため城跡は道路下に埋め戻された。、、、、葛西城は、築城者、築城年代は不明だが、桓武平氏の流れをくむ葛西氏が鎌倉時代に城館として築いたとされる。 東側を流れる中川の蛇行部を天然の堀として背後に持つ平城である。 天正18年(1590)の秀吉による小田原征伐の際には攻められ落城する。 廃城となるが、家康が江戸に入府後は城跡に「青戸御殿」と呼ばれる陣屋が建てられ、三代家光の頃まで鷹狩の宿舎として利用された。、、、、今は、当時を偲ぶものは何もなく、城址の碑と案内板があるのみ。 せめて、公園で『葛西城址まんじゅう』でも売れば、SNS映えし人気が出るかも。
 
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・・・・・・・・・・・・・・環七通りから見た、「御殿山公園」と「葛西城址公園」
 
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・・・・・・・・・・・・・・案内板にあった上空写真。 写真上側が南(青砥駅方面)、下側は北(亀有駅方面)  点線内が葛西城の範囲
 
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●城内の寺社?・・・・・・・・・・葛西城址公園の東側に青砥神社がある。 天正4年(1576)に、三社明神として創建し、青戸村の鎮守さま。 昭和に入り、近くの6社を合祀している。
 
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・・・・・・・・・・・・・・青砥神社の鳥居前には、神社の別当寺であった真言宗豊山派の観音寺がある。 寺は両鎮山慈眼院と号す。 天正4年(1578)の創建。 現在の本堂は昭和41年(1966)に建て替えられた。
 
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●シンプルな橋・・・・・・・・・・・・青戸の町と同じ葛飾区の新宿の町を結ぶ中川大橋 を渡る。 水戸街道(=国道6号)が通るこの橋は、昭和10年(1935)に開通し、現在の橋は平成元年(1988)に竣工した二代目の橋。 橋長は134.4m。、、、、、橋の上は、北風で寒い!
 
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●ウメが咲いていた!・・・・・・中川大橋を渡り、新宿2丁目の中川沿いに、浄土宗寺院の西念寺がある。 覚林山宝樹院と号す。 文安5年(1448)僧浄円が結んだ草庵を起源とし、天文元年(1532)に寺院として創建した。 江戸時代には門末7ヵ寺を擁する小本寺格の寺院であった。、、、、、ウメがほころび、寒さの中に春を感じる一刻。
 
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●整列!・・・・・・・・・新宿4丁目、道がY字に分岐する三角地に、十三体の石仏と帝釋道標と八大龍神碑がある。 新宿4丁目の川っ縁にあったものを、川の埋め立てと道路拡張工事のため移転してきたそうだ。 十三仏は全て地蔵12基と庚申塔1基、それに帝釋道標と八大龍神碑。そしてこれらを集めたことの記念碑。、、、、、園児が整列し迎えてくれてるてようだ。
 
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●たまには見たい通過列車・・・・・・・・・新金貨物線浜街道踏切を渡り金町駅へ向かう。、、、、一日2~3本の貨物列車が往復するだけの踏切り。、、、、列車が通過する写真を撮るのは難しい!
 
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●早いのどっち?・・・・・・・金町駅到着。 浅草橋(我が家)までは、JRより京成の方が早い、帰りは京成金町線にしよう!
 
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2019年1月15日 (火)

面白くない冬の曳舟川親水公園

昨日は、曳舟川(ひきふねがわ)通りを、押上から新四ツ木橋を渡り、「曳舟川親水公園」の入口まで歩いた。 これだけ歩くと、続きの曳舟川親水公園も踏破したくなるのが人情である。 真冬で、草木は緑を脱いで冬眠中、親水公園の“水”も抜かれてカラカラ、花なんて咲いておらず自分の鼻に“ミズッパナ”が咲くだけだ! これだけ、判っていながら、あえて親水公園の踏破に男魂が燃えて挑戦してきた。
四ツ木駅で下車し、水戸街道(=国道6号)から親水公園に入り全長3kmの公園を踏破し、亀有駅までの散歩です。 1万2千歩也
 
 
 
●通勤時間です・・・・・・・・朝8時、四ツ木駅では通勤のお時間です。 直出で、朝一、客先訪問の日は遅刻しないように気は焦る、電車が遅れようなら駅員を怒鳴りたくなる、電車が遅れたらタクシー拾って飛ばす、こういう時に腹痛が襲う、腹痛は下痢となりトイレに駆け込みたい、されどトイレは満員、静かに並んで待てず、足踏みしながら限界に近づく、冬だというのに冷や汗ダラダラ・・・ア・ア・アー、もう駄目だ!、、、、こんな経験サラリーマン時代一度はあるはず、雅万歩は10年程前にリタイヤ、今は毎日が日曜日、通勤が懐かしくなってきた。
 
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●さすが国道です・・・・・・・・・さて、四ツ木駅から水戸街道を越えて、曳舟川親水公園に向かう。、、、、さすが水戸街道は国道だ! 交差点か歩道橋でないと横断できないように、中央分離帯に柵がある。 柵を飛び越えてまで、無理な横断はしたくないので、渋々歩道橋を利用することにした。 年とると階段が辛い! こんな時、婦人警官が手をつないで階段の上り下りをサポートしてくれるといいね。 愛される警察官だ!
 
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●水のない親水公園・・・・・・・・・四つ木から亀有まで、南北に約3kmの長~~い「曳舟川親水公園」。
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、江戸時代後期に牛馬に縄をかけ小舟を曳いて渡っていたことから「曳舟川」と呼ばれるようになった。 その曳舟川は、安政4年(1857)、初代歌川広重の「名所江戸百景 四ツ木通用水引ふね」に描かれている。(写真は、葛飾区「郷土と天文の博物館」の壁に貼ってあった絵をパチリ!)
 
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・・・・・・・・・・・・・江戸時代の用水は、明治以降になると都市化も進み、用水の不要も招いた。 戦後は、用水ではなく排水路となり、投入物や悪臭問題を生じることになった。 曳舟川もその一つで、昭和28年(1953)から用水の統合・整理と暗渠化が始まった。 その暗渠の上に造られた公園が「曳舟川親水公園」である。、、、、現在の公園の様子を、四つ木側から亀有までの全区間、一挙堂々公開!
 
・・・・・・・・・・・・・四つ木4丁目、水戸街道から分岐点が、曳舟川親水公園の起点である。、、、、、この寒い時期に公園でブラブラしている人はいない、あたり前田のクラッカー。
 
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・・・・・・・・・・・・・・かつて曳舟川に架けられていた橋の地点には石碑が建てられている。 親水公園内だけでも、19カ所程あったようだ。 「曳舟一橋」~「曳舟十五橋」、他に、「曳舟橋」、「お花茶屋橋」、「宝青橋」、「曳舟古上水橋」である。
 
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・・・・・・・・・・・・・・園内の清掃は行届いているようでゴミは無く、気持ちよく歩ける。 暖かくなり、草木が芽吹いてくれば、もっといいね!
 
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・・・・・・・・・・・・・冬は花のない公園と思っていたが、スイセンがチョコット咲いていた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・荷下ろしする堀のイメージで水路が作られ、脇には休憩所・便所も作られている。、、、、、冬は水を流していないようだ、温泉を流して足湯にしたら、近所のお年寄りが利用するかも! その時は「曳舟川親湯公園」に変更!
 
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・・・・・・・・・・・・・・ナント・ナント、サギがいました。 剥製か? 生きているのか? 本物か? 疑い深く近づくと、飛んで行った。 詐欺ではなかった。 
 
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・・・・・・・・・・・・・半分程歩いたところで、親水公園を京成本線が横切る。 ここには踏切がある。 写真の左側に、京成本線のお花茶屋駅 がある。
 
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・・・・・・・・・・・・・踏切を渡ると、曳舟川親水公園も大きく広がる。 公園に隣接して地下には大きな駐輪場がある。 
 
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・・・・・・・・・・・・・・白鳥2丁目付近の親水公園は幅も狭く公園と云うより、単なる歩道だ!、、、、誰も歩いていない、面白くないね。 若い娘でも歩いていたら、チョイト楽しいのだがね。
 
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・・・・・・・・・・・・・・公園の中に田圃があった。 コメの収穫は誰が?
 
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・・・・・・・・・・・・・・その先には、鷹匠の像があり、江戸時代の鷹狩りと、この地が鷹場であったことをあらわしている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・鷹匠の像の前には、葛飾区の「郷土と天文の博物館」がある。 『チョックラ覗いて行こう!』と、入館料100円で葛飾区の歴史を楽しんできた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・石組の間を清流が流れ、噴水からは水が落ちるはずの公園に水が無い! 断水か? 節水か? 寒いからか? 葛飾区はケチなのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・・そろそろ親水公園も終点に近づくと、また公園らしくなってきた。
 
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・・・・・・・・・・・・・・「曳舟古上水橋」の碑がある、道上小学校東交差点が「曳舟川親水公園」の終点。、、、、、全長3kmの公園は、“水”の少ない“親水公園”であった。 今度来るときは、夏にしよう! 
 
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●・・・・・・・・・・・・・亀有駅に到着。 男の意地で、冬の面白くない(本音)曳舟川親水公園を踏破した。 ご苦労様!
 
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2019年1月14日 (月)

スカイツリーの足下、曳舟川通り

曳舟川(ひきふねがわ)は、徳川幕府が本所開拓に伴う上水として、明暦3年(1657)の大火(振袖火事)の後、万治2年(1659)に開削したもの。 当時は、本所上水、亀有上水などと呼ばれ、瓦曾根(越谷市)の溜井から分水して、亀有から四ツ木をへて本所と深川の各地に飲料水として配水されたそうだ。 その後、業平橋以南の曳舟川は埋め立てられ、小梅村(墨田区)から亀有村(葛飾区)に至る約7.4kmは、通船運河として改修された。 この川が「曳舟川」と呼ばれるようになったのは、「ザッパコ」と呼ばれる田舟のような舟に旅人を乗せ、岸から引かせたことによるものだ。 明治期になると、人力車なども横行し、曳舟の様子も変わってきた。 明治末期には、荒川放水路(現:荒川)の開削工事により、墨田区側と葛飾区側に分断された。 そして、大正期の震災に遭い、川は流域の都市化とともに汚れ、悪臭、蚊・ハエの発生源となる。 両側の幅6mの道路の間を流れる、川幅5.5mの曳舟川も、戦後になると暗渠化された。 墨田区側は幅18mの立派な舗装道路となり「曳舟川通り」と命名した。 荒川には「新四つ木橋」が架かり、曳舟通りと共に水戸街道のバイパス的役割を担っている。 葛飾区側は暗渠の上に「曳舟川親水公園」を造り、四つ木からお花茶屋・亀有まで伸びる長~い親水公園となっている。
 
今日の散歩は、本所吾妻橋駅から、曳舟川通りを歩き曳舟川親水公園の入口まで行き、四ツ木駅から帰宅した。 1万3千歩
 
 
 
●雅万歩の通った駅・・・・・・・・・都営地下鉄浅草線の本所吾妻橋駅は、東京スカイツリーの西側(墨田区吾妻橋)に位置する。 昭和35年(1960)12月4日に開業した、相対式2面2線の地下駅。、、、、雅万歩が大学生の頃、家庭教師として通っていた駅である。 この辺りは結構詳しかったのだが、いつの間にか時代も変わり、私が知る店・住宅はマンションに変わってしまった。 
 
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●曳舟川通りを行く・・・・・・・・・・・・・
 
・・・・・・・・・・・・・まずは、東武伊勢崎線の「とうきょうスカイツリー駅」に仁義を切って!、、、、、この駅、スカイツリーができる前までは「吾妻橋」、「浅草」、「業平橋」と、3回も名を変えていた。 今は、シャレた名前で出ています。 特急も停まる駅となり、お客の指名も増えました。
 
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・・・・・・・・・・・・・・駅のとなりのスカイツリー
 
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・・・・・・・・・・・・・ときょうスカイツリー駅の北側、交差点の角に曳舟川由来碑がる。 この交差点から曳舟川通りは新四ツ木橋へのびて行く。、、、、けして古い石碑ではない、平成5年(1993)に地元墨田区が建てたもの。 曳舟川の由来とこの辺りの昔の地名「小梅」の由来が述べられている。
 
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・・・・・・・・・・・・・・曳舟川由来碑がある一画に、都営住宅の押上二丁目アパートがある。 昭和45年(1970)以降に建てられた161戸の団地である。、、、、団地の前はとうきょうスカイツリー駅、さらにその隣にスカイツリー。 スカイツリーから立ち小便をされたら、もろに当たりそうな団地だ。 展望台はガラス窓がシッカリ閉められていて、ヨカッタ!
 
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・・・・・・・・・・・・・続いてその先(押上2-12)にあるセントル中之郷は、日本最初の近代的アパート「同潤会中之郷アパートメント」の跡地に、昭和65年(1990)に建てられた。、、、、震災後の東京の各地に建てられた同潤会アパートの一つ。 鉄筋コンクリート造の建物は、上野下アパート を最後に全て取り壊された。
 
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・・・・・・・・・・・・・・そのセントル中之郷の前に、同潤会建築もどきの建物「墨田民主商工会」がある。 おそらく、戦前の建築と思われる木造の看板建築だが、正面の柱のデザインはチョイト味があるね!、、、、正面の玄関ポストに「移転しました入れないでください」の貼り紙があった。 取り壊しか? また一つ、昭和の建築が消えるのか?
 
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・・・・・・・・・・・・・・東向島4丁目付近の曳舟川通り。 奥のタワーマンションは、東武亀戸線と京成押上線が交差する地点にたつ「イーストコア曳舟」(墨田区京島1)。
 
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・・・・・・・・・・・・・・応仁2年(1468)の創立と伝えられる高木神社(押上2)、昔は第六天社と称した、旧寺島村大字新田の鎮守。 明治15年村社に列格した。 祭神は、男女の「むすび」を象徴する神として、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)である。 縁結びの神として、絵馬は“おむすび”形である。、、、、社殿は昭和42年に鉄筋コンクリート造で建て替えられた。
 
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・・・・・・・・・・・・・東武伊勢崎線の曳舟駅 前を歩く。 駅前の東京曳舟病院の1階は通り抜けができ、駅の改札、改札挟んで反対側の西口に行くことができる。
 
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・・・・・・・・・・・・・歩いてきた道を振り返ってみると、スカイツリーが良く見える。 ここは京島1丁目、曳舟文化センター前。 
 
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・・・・・・・・・・・・・明治通りを越え、左は東向島6丁目・右は八広1丁目の町に入る。 でも、特に変わったこともない。
 
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・・・・・・・・・・・・・・交差点角の喫茶店に置かれていたサボテンに心惹かれ、しばし眺める。  「吹雪柱」という名のサボテンらしい。 なんだか、見る人の見方、意識によって、動物のようにも見え、人体の一部のようにも見え、手に持ってコチョコチョしたくもなり、イロイロ頭の中で連想してしまった。
 
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・・・・・・・・・・・・・・東向島6丁目の長浦神社では、成人式の晴れ着で両親と参拝する姿が見られた。 いいね!、、、、、長浦神社の創建年代は不詳だが、第六天社として創建し、明治維新後地名より長浦神社と改称したといわれている。 祭神は神皇産霊神、登由宇気神。
 
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・・・・・・・・・・・・・そろそろ曳舟川通りの終点。 交差点の先に新四ツ木橋が見える。
 
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●渡れば葛飾区・・・・・・・・・・墨田区八広と葛飾区東四つ木を結び、荒川に架かる新四ツ木橋。 昭和27年(1952)にそれまでの木橋に変わり、新四ツ木橋(現在の四ツ木橋)が永久橋として開通した。 しかし、橋の前後で慢性的に渋滞が発生したことから、曳舟川通りを延長する形で国道6号に平行して新橋「新々四ツ木橋」(現在の新四ツ木橋)を建設した。 昭和48年(1973)に竣工し、供用を開始し。 全長547.8mの鋼連続箱桁橋。
 
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・・・・・・・・・・・・・・下流側には京成押上線の荒川橋梁が架かる。
 
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・・・・・・・・・・・・・・上流側には、四ツ木橋が架かり、水戸街道(=国道6号)と並行する。
 
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・・・・・・・・・・・・・新四ツ木橋を渡り、水戸街道と合流すると、スグ、その先で道路は分岐する。 直進(写真右側)するのは水戸街道、左側に分岐するのは「曳舟川親水公園」のある道路で、亀有方面に向かう。
 
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●・・・・・・・・・・・・・・・・四ツ木駅 から、『おひとり様 お帰りです~』
 
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