墨田区

2021年5月26日 (水)

最短ルート

“密”を避け川風に触れ隅田川テラスを歩いて浅草まで、そこから東武伊勢崎線沿いに北十間川を押上(スカイツリー)まであるいてきた。 昨年6月に整備された、浅草とスカイツリーを結ぶ最短ルートである。 1万1千歩 5km




JR浅草橋駅から隅田川(東方)に向かい高架橋沿いに歩くと、突き当りの護岸に「隅田川テラス入口」の案内が見える。 隅田川右岸を上流に向かうにはここから入る。(下流に向かう場合は、柳橋を渡り、両国橋西詰の際からテラスに出ることができる)、、、、高架橋脇の「石塚稲荷神社」は、かつての花街:柳橋の中心地にある。 玉垣には「柳橋藝妓組合」「柳橋料亭組合」、そして「亀清」「栁光亭」「深川亭」といった料亭の屋号を見ることができる。 この辺りまでは、私の小学生時代の同級生の家も多く、花街の華やかなりし頃を思い出させる神社である。 一度は芸者遊びをしてみたかった!

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● 「隅田川テラス」を、JR総武線隅田川橋梁から上流に向かって歩く。 天気は良く、川風は爽やか、人は少なく、コロナの心配無用なり! 車は走らず、信号はなし、立ち止まることなく安全歩行! 

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● 吾妻橋を過ぎると、「東武伊勢崎線隅田川鉄橋」がある。 この鉄橋に「すみだリバーウォーク」と称する歩行者専用通路が、昨年6月に増設された。 この通路は、浅草とスカイツリーを最短ルートで結ぶ観光コースの一つとして造られたそうだ。、、、、東武伊勢崎線隅田川鉄橋の下流側に、延長323m、通路幅2.5mの通路が設置された。 もちろん、車は通行できず、朝7時から夜10時まで通行可、通行料は無料。、、、、東武電車の下を覗くように歩くのだが、電車の下は見えない、覗きはダメだ!

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● すみだリバーウォークを通り対岸の墨田区に入ると、引き続き高架下に「東京ミズマチ」と称する、商業施設と宿泊施設が一体となった高架下複合施設が、こちらも昨年6月にオープンした。 東京ミズマチも浅草とスカイツリーを結ぶ最短ルートの一部である。 隅田公園北十間川の親水テラスに囲まれた場所で、浅草とスカイツリーの間で、ショップやカフェを楽しめる店舗が並んでいる。、、、、今日はオープン前の時間で、店内には入れず、店の前を空しく通過! いつか、可愛い娘と歩くと、ロマンスが期待できるかも?

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● 東京ミズマチを通り抜けると、スカイツリーの「東京ソラマチ」。 東京ソラマチの北側には東武伊勢崎線の「とうきようスカイツリー駅」、東端には都営浅草線・京成押上線と、東京メトロ半蔵門線の「押上駅」がある。、、、、私は押上駅から、“蜜”になる前に帰宅する。

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2021年5月15日 (土)

蔵前橋通りを東へ

“コロナ自粛”で散歩の機会は減り、足は退化、腹は肥大、脳は劣化、家でゴロゴロ、身体に良いわきゃナイヨ!、、、、今日は、我が家から「蔵前橋通り」を東へ、ひたすら歩いてみた。 しかし、新小岩で足が痛み、散歩はココまで! (1万5千歩、8km)

・・・・・・・・・・・・蔵前橋通りは文京区の湯島から、千代田区、台東区、墨田区、江東区、葛飾区を経由し、江戸川区の市川橋手前の国道14号(千葉街道)との交差点までの都道315号の通称。 JR総武線の北側に並行して通っている。




● 我が家(浅草橋)から徒歩2分程で、「蔵前橋通り」に面して鎮座する鳥越神社に出る。 ここから今日の散歩が始まる。、、、、何か良いめぐり逢いでもあるように祈願し、散歩に出発!

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・・・・・・・・・・・・神社の境内一隅に、こんな石碑がある。 正面に「土地区画整理測量基本標」と刻まれた、オベリスク型形の石塔。 側面には、この地点の緯度・経度「東經 百三十九度四十一分十九秒九一 北緯 三十五度四十一分三十六秒〇二」が刻まれていた。 また、反対側の側面には、大正12年に発生した関東大震災の後の土地区画整理のために置かれた旨が刻まれていた。 この石碑を起点に、土地区画整理事業が進められたようだ。 ちなみに、蔵前橋通りは関東大震災後に整備された幹線道路である。

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● 蔵前警察署前を通過し、蔵前橋を渡り、墨田区に入ると、東京都慰霊堂(震災記念堂)のある横網町公園。、、、、元気よく、スタコラサッサと通り過ぎていく!

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● 今は暗渠化され親水公園となった大横川に架かる「法恩寺橋」(大正14年(1925)架橋)を渡る。、、、、橋の先には、橋名となった法恩寺への参道がある。 スカイツリーを背にして参道正面に本堂が見える。、、、、四ツ目通りとの交差点には、オリナスという超高層ビルがある。 オフィスとレジデンス、商業施設からなる複合施設で、元々ここには、時計のセイコー(精工舎)の工場が明治26年(1893)から平成9年(1997)まで、100年以上あった。 最盛期には従業員約3,000人が働いていたそうだ。

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横十間川天神橋で渡り、墨田区から江東区に入る。、、、、亀戸天神の参道を横に見ながら通過。、、、、明治通りとの交差点も通過。 チョイト暑くなったきた。 上着を脱ぎたい、邪魔だ!、、、、東武亀戸線を越える。

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旧中川に架かる「江東新橋」を渡り、江東区から江戸川区に入る。、、、、蔵前橋通りは、JR総武線平井駅前を抜けて、平井大橋に向かう。、、、、この辺で、コロナで体力が落ちた私の足が痛みだす。 『散歩を平井で止めるか、もう少し歩くか、それが問題だ!』自問自答しながら、前を歩く可愛い娘につられ平井駅を通り過ぎる!

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荒川に架かる「平井大橋」、手前は江戸川区平井、対岸は葛飾区西新小岩。、、、、江戸川区側の河川敷にはポピーが真っ赤な花を咲かせてる。 痛い足で河川敷に降り、花を見ながらしばし休憩!

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・・・・・・・・・・・・平井大橋を渡ると、新小岩駅に近い「新小岩陸橋」がある。、、、、足が痛い、今日はココまで! 駅に向かう。

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新小岩駅に到着!、、、、駅前は賑やかだ! “密”を避けて電車に乗ろう!

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2021年5月 9日 (日)

コロナ太り?

これまでは、ライザップのお世話になることもなく美しい体型であったが、コロナ禍、長期の自粛によりチョッピリ下腹が出てきたようだ、大変だ醜い体型に変化してきた。 『今なら間に合う 早めの対応』、、、、今日は7時に浅草橋の我が家を出て、国道6号(=水戸街道、浅草言問橋までは“江戸通り”)を葛飾区青戸まで歩いてきた。 約10km、1万8千歩



● 7時05分・・・・・・・・・・浅草橋駅前を出発。 朝食がまだ消化していないのか、それともコロナ太りか、チョッピリ胃がダブつき歩きづらい気がする???、、、、国道6号(江戸通り)は空き空き!

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● 7時15分・・・・・・・・・・“蔵前一丁目交差点通過”と言いたいが、交差点で『ラッキー』叫びたくなった。 財布を拾った、中には一万円と少々、キャシュカードもある、運転免許証もある。 免許証から落とし主は30歳前後の女性。 アレアレ・コリャ、落とし主は困るだろうと、警察にお届けに参上。 婦人警官もいるので、ここは男っぷりを見せ、報労金(謝礼)・所有権などを放棄して、落とし主に財布が戻ることを願い警察をあとにする。、、、、チョッピリ良いことをしたので、足取りも軽くなった!

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● 7時40分・・・・・・・・・・駒形堂を過ぎ、東武伊勢崎線「浅草駅」前通過。、、、、駒形堂の扉は開いてる!、、、、まだ駅前の人通りは少ないね!

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● 7時55分・・・・・・・・・・「言問橋西詰交差点」通過。 「江戸通り」の愛称はココまで、言問橋を渡り墨田区に入ると、単に国道6号(水戸街道)となる。、、、、言問橋で隅田川を越えると、向島の町。 すれ違う女性は向島美人、私もチョイト振り返る!

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● 8時30分・・・・・・・・・・8時を過ぎ青空が見えるようになってきた。 明治通りと交差する「東向島交差点」通過すると、引き続き東武伊勢崎線のガードを抜ける。、、、、久しぶりの散歩、チョイト足に疲れが出てきた。 ガンバレ、雅万歩!

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● 8時55分・・・・・・・・・・四つ木橋を渡り荒川を越える。 川向こうは葛飾区四つ木。、、、、大正11年(1922)、荒川放水路開削に伴い木製の四ツ木橋(旧橋)が架橋された。 現在の四つ木橋は、昭和27年(1952)に永久橋が開通した。 橋長:507.4mである。、、、、四つ木橋の下流側に、曳舟川通りを延長する形で新四ツ木橋が架かっている。 コチラは昭和48年(1973)の竣工。

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● 9時10分・・・・・・・・・・四つ木橋を渡り、葛飾区に入ると「四つ木駅 600m」の案内板が見えた。 足の疲れに自問自答し、『まだ歩ける、死ぬことはない!』と、先を目指す!

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● 9時20分・・・・・・・・・・「新田広小路交差点」通過

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● 9時40分・・・・・・・・・・京成本線:お花茶屋~青砥間のガードを通過。 ガードの先に「白鳥二丁目交差点」がある、ここで国道6号から外れ、京成線青砥駅へ向かうことにした。 足の退化を実感し、疲れた! 

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● 10時10分・・・・・・・・・・国道6号から外れ、青戸第一団地内を抜けて青砥駅に到着。、、、、コロナ感染には注意しなければならないが、コロナ太りにも要注意!

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2021年4月19日 (月)

カネボウからミツワ石鹸へ

“緊急事態”が終わり、今度は“まん防”と忙しく変わり、自粛生活にも飽きがきて、そろそろ世間さまについていけなくなった! 今日もナイショで散歩。 東武伊勢崎線の鐘ヶ淵駅からほぼ南の方向に歩きJR総武線の平井駅まで、1万3千歩の散歩です。




● 私の好きな典型的な下町の駅「鐘ヶ淵駅」で下車する。 小田急線・東横線沿線の駅のようなシャレッ気はまるでない駅で、下駄履きで乗降しても恥ずかしくない雰囲気の鐘ヶ淵駅。

・・・・・・・・・・・・早朝の鐘ヶ淵駅では、館林行きの区間快速(北千住までは各駅停車)に乗降する人は少ないようだ。

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・・・・・・・・・・・・上下線それぞれに、木造平屋の駅舎がある、、、、ここは、カネボウ(旧鐘淵紡績)の創業の地

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・・・・・・・・・・・・・上り(曳舟・半蔵門線・浅草・銀座線)は踏切の反対側にある東口駅舎から乗降の為、踏切前に人が溜まる!

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● 町のあちらこちらから子供が集まり、登校時間だ!

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● 今も残るカマボコ兵舎、、、、、墨田区墨田3の「日本オープンバイブル教団 墨田聖書教会」は昭和29年(1954)創設。 創設の当初から米軍のかまぼこ型兵舎をリノベーションした、かわいらしい教会である。、、、、現在の牧師さんは地元出身らしい。

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● 「玉の井いろは通り商店街」に出てきた。 昭和の作家:永井荷風が足繁く通った玉ノ井私娼街。 玉ノ井の地名は今は無くなり、商店街名、町会名などに残るのみ。 商店街から裏道に入って行くと、少なくなったが、まだ赤線時代の面影を残す建物がある。、、、、戦後生まれの私は経験がないが、『チョイト、お兄さん・・・・』と声かけられる街だったようだ。 もう少し、早く生まれていたら・・・・残念!

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・・・・・・・・・・・・いろは通りの真ん中あたりから北側にチョイトはいると曹洞宗の東清寺がある。 門前には「玉の井稲荷 豊川稲荷尊天 身代わり不動尊 東清禅寺」と書かれている。 鉄筋コンクリートの寺は、本堂の階段を上がると一対のお狐様が鎮座ましましている。 こちらは、昔は娼婦達の駆け込み寺であったそうだが、今はそれらしき面影を残すものは見えない。

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● 墨田区八広で京成押上線の高架下を抜けると、今はシャッターの下りた店が並ぶ八広新中商店街がある。 かっては、映画館「南龍館」があり商店街は「南竜館商栄会」と呼んでいたそうだ。 また、現在の押上線高架橋脇の八広5丁目都営住宅の所には、♪♪ ワワワ 輪がみっつ ワワワ 輪がみっつ ミツワ ミツワ ミツワ石鹸 ♪♪の工場があり、商店街は昭和60年代までは大いに賑わっていた。

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・・・・・・・・・・・・東郷元帥を描いた東郷ハガネの看板、こんにゃく稲荷の三輪里稲荷神社、などを見ながら、墨田区八広の町を抜けて行く。

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● 八広の町から旧中川岸の東墨田に入ると、平成10年(1998)に333億9千万円の建設費をかけて開所した「墨田清掃工場」の高さ150mの煙突が天を突いてる。 デカイ、高い!

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・・・・・・・・・・・・清掃工場の前を流れる旧中川。 川の両岸は「旧中川岸辺公園」(墨田区東墨田~立花、2.8km)として整備され、綺麗な水と豊かな緑の親水公園となっている。 コロナを避け、公園を歩き平井駅に向かう。

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・・・・・・・・・・・・ 「立花白髭神社」付近にて旧中川から離れる。、、、、立花白髭神社は、葛西川村の鎮守社として天和2年(1682)に創建した。 現本殿は大正12年(1923)の造営。、、、、住宅地の中にあるが、長い参道、緑の多い境内には癒しの効果がありそうだ!

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・・・・・・・・・・・・平井橋は、昭和55年(1980)架橋で墨田区立花と江戸川区平井を結んでいる。 橋を渡ればJR平井駅はすぐ。

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● JR総武線平井駅から我が家の最寄り駅:浅草橋までは、4駅、所要9分。 近い!

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2021年2月 5日 (金)

閻魔さまに祈願

“緊急事態宣言”が延長され自粛生活がさらに続くこととなった。 家に籠る毎日に飽き、立春も過ぎ暖かくもなり、歩きたい! 今日は、チョイト禁を破り、我が家から錦糸町までナイショで不要不急の散歩をしてきた。

我が家(浅草橋)から、江戸通りを厩橋まで、厩橋からは春日通りを東へ向かい横川一丁目交差点まで、その後南へ折れて錦糸町駅から電車で帰宅。 1万3千歩




● まずは、毎度おなじみの江戸通りを厩橋交差点に向かう。

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・・・・・・・・・・・・厩橋交差点にある「東京厚生信用組合浅草支店」、、、、この建物は昭和4年(1929)に、安藤組(現:安藤ハザマ)の設計・施工で建てられた。 外観はほぼ竣工時の姿を残している、レトロな建物である。、、、、シャッターが下りているのは、まだ営業時間前(am7:45)のため。

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・・・・・・・・・・・・もう一つ、厩橋の西詰(台東区側)、交番の隣りに人​の​顔​を​デ​ザ​イ​ン​し​た​、遊び心のある​公​衆​ト​イ​レがある。 ​顔​の​あ​る​側​に​、​男​、​女​別​れ​て​入​り​口​が​あ​る、チョイト寄ってみたくなるね。 でも、内部は普通のトイレ、隣りにお巡りさんも居るので、安心してゆっくり用を済ませてね。、、、、平成4年(1992)台東区の「まちかど賞」受賞

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● 隅田川に架かり、台東区蔵前・駒形と墨田区本所を結ぶ「厩橋(うまやばし)」、、、、橋名は西岸にあった「御厩河岸(蔵前の米蔵のための荷駄馬用の厩があった)」に因む。 もともと元禄年間ごろから続いていた「御厩の渡し」のあった処。、、、、現在の橋は、3径間下路式タイドアーチ橋、橋長 151.4m、幅員 22.0m。 工費114万5千円にて、大正15年(1926)に着工し、昭和4年(1929)に竣工した、震災復興橋の一つ。 橋の所々には、馬を連想させるレリーフなどが施されている。、、、、橋の下の川底には都営大江戸線が走っているが、上下線は厩橋を挟むように、橋台を避けて迂回している。 たぶん、古い橋の橋台に影響を生じないように避けたものと思われる。 

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● 厩橋を渡り、春日通りを東へ歩き、本所1丁目と2丁目の交差点に来ると、大通りの角に小さな「厩橋交番」がある、、、、現在は“交番”ではなく、「厩橋地域安産センター」に変わっている。 小さな三角形の角地に合わせ昭和3年(1928)に建てられた、小さく狭い交番建築である。 石造りを模したコンクリート造の交番は、チョビ髭のお巡りさんが警棒を持って立っているような、懐かしい雰囲気を漂わせている。

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● 本所2丁目の若宮公園の一角に摂社若宮牛嶋神社がある。 その鳥居前の木陰に隠れるように満州事変忠魂碑がある。 おそらく、戦前はもう少し目立つところに堂々と置かれていたと思われるが、今は目立たぬようにか(?)木の陰にひっそりと置かれている。、、、、昭和6年(1931)に始まった満州事変では本所区から700余名が出征した。 その中で戦死した霊を祀り昭和10年(1935)に遺族が碑を建てたものだ、塔頂部は満州らしい七重塔が飾られている。

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華厳寺は本所2丁目にある浄土真宗大谷派の寺。東本願寺の末の名刹で、権大僧正光円法印が慶長8年(1598)に本所中之郷に創建し、延享4年(1774)に本所の現在地へ移転した。、、、、華厳寺のお閻魔様は、延宝7年(1679)から境内に安置され、江戸六十六ヶ所えんま詣り第二十番目にあたり、「厄除けえんま堂」として広く庶民に信仰されてきた。 堂には、室町時代中期の作と思われる老婆の鬼「奪衣婆の像」もまつられている。 “怖い”というより、愛嬌を感じ、親しみの湧く2体の像が閻魔堂に祀られている。、、、、本堂は、只今工事中!、、、、今日は閻魔さまに、日本全国民の代表として小銭38円を賽銭箱に投じ、コロナ退散を祈願してきた。

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● 本所4丁目には、勝海舟の父親の小吉が参拝していた日蓮宗の能勢妙見山別院がある。、、、、“能勢の妙見さん”と聞くと勝海舟を思い出し、昭和49年(1974)のNHK大河ドラマ「勝海舟」を思い出す。 大河ドラマでは、松方弘樹が海舟(勝麟太郎)で、二代目尾上松緑が父親の勝小吉。 松緑の小吉が素晴らしい“江戸っ子”だった。、、、、小吉は麟太郎の病(犬にチン玉を喰われた)の時、ここ本所の妙見さんで水垢離をして祈ったと言われている。、、、、妙見山別院は小ぢんまりとした小綺麗な寺で、境内には四季の野草などが花を咲かせている。 境内の海舟の像が花を楽しんでいるようだ!

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● 現在は暗渠化し、その上に親水公園が整備された大横川に架かる2橋に寄った・・・・・

・・・・・・・・・・・・妙見山別院の東側にある紅葉橋、、、、石原4丁目と横川1丁目を結ぶ橋で、昭和5年(1930)に架設された。 全長35.11m・幅11m。 紅葉橋という名は、このあたりに楓川という細い流れがあったので、それにちなんで付けられた。 アールデコ風の親柱が印象的だ!

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・・・・・・・・・・・・紅葉橋の上流側(北側)に架かる横川橋、、、、橋上は春日通り、本所4丁目と横川1丁目を結ぶ橋で、昭和3年(1928)に架設された。 全長32.65m・幅22.7m。 親柱には外灯・装飾などがあったと思われる台座が残っているが上部は無い!

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● 横川1丁目、日本たばこ産業の正門前で南に折れ、スカイツリーを背にして錦糸町駅に向かう。、、、、散歩中の濃厚接触者はいないと思う。 コロナに感染していないと思うね!

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2020年12月17日 (木)

コロナ避けて平井まで

“3密”を避け、浅草橋の我が家から、歩く人も少ない「蔵前橋通り」を東へ歩きJR総武線の平井駅まで、1万4千歩の散歩です。

・・・・・・・・・・・・・「蔵前橋通り」は、文京区本郷の順天堂病院の北で国道17号(本郷通り)から東に伸び、末広町交差点、蔵前橋、亀戸天神の前を通り、旧中川、荒川を渡って、江戸川区西小岩1丁目で奥戸街道に接続する路線。 その先、奥戸街道をそのまま進むと、市川橋の手前で国道14号(千葉街道)に接続する。 今日、散歩した鳥越神社前から平井駅前まで(約5.5km)は、都道315号御徒町小岩線の一部である。




● 我が家から北に歩いて4分程で、蔵前橋通りに面する「鳥越神社」前に出る。 “道中の無事”と“コロナ撲滅”を願い手を合わせる。 どうも、“コロナ撲滅”の願いは、賽銭が少ないのか、いつまで経っても願いは叶わない!

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● 蔵前一丁目交差点で江戸通りを横断し、家を出発して25分経過、蔵前橋を渡り墨田区に入る。、、、、隅田川の空は晴天、風はなし、気温は寒し、私の懐も寒し!

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● 蔵前橋を渡ったら、チョイト、震災・戦災の犠牲者を悼む東京都慰霊堂にお立ち寄り。、、、、ついでに、厠にもお立ち寄り、冷えると回数も多くなるんです! いずれは、オムツのお世話になりそうだ!

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●東京都慰霊堂前の清澄通り、冷え冷えの寒さの中、小学生が集団登校する。 時刻は朝8時、20人程の元気な子供たちだ!

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● 蔵前橋通りは錦糸町の町の手前で、大横川に架かる法恩寺橋を越える。、、、、現在、大横川は暗渠化され川底は親水公園となっているが、大正14年(1925)に竣工した震災復興橋の法恩寺橋は健在である。、、、、橋長32.8mのアーチ型ラーメン橋台付き鋼桁橋

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・・・・・・・・・・・・法恩寺橋を渡ると、橋名となった日蓮宗の寺院「平河山法恩寺」がある。、、、、法恩寺は長禄2年(1458)大田道灌が江戸城を築城時、丑寅の方角に城内鎮護の祈願所として建立された。 境内には、大田道灌の墓や平河清水稲荷大明神、鐘楼三重塔などがある。 現住所の“太平”は、太田道灌と平河山法恩寺の頭文字から命名された。 蔵前橋通りから入る参道沿いには、4か寺の子院が並んでいる。、、、、本堂の後ろからは、日蓮上人に変わりスカイツリーが参拝人を見下ろしているような寺だ!

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● スカイツリーを正面に見る「タワービュー通り」、錦糸町駅前を通る「四ツ目通り」を過ぎ、横十間川に架かる「天神橋」(橋を渡ると江東区)を渡り、亀戸天神にも寄って行く。、、、、学問の神様:天神さまに、是が非でも年末ジャンボ一等当選が叶うよう手を合わせてきた。 これで、年明けには億万長者になっているかも? その折はブログ『雅万歩』は静かに終わり、私はヨーロッパ旅行で長期不在。

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● 「明治通り」との交差点を過ぎ、東武亀戸線の線路を越えると、旧中川に架かる「江東新橋」を渡る。 橋を渡れば江戸川区なり!、、、、江東新橋の下流250m程には、並行するJR総武線の橋梁が見える。

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● 江東新橋を渡ると平井駅は近い。 “3密”を避けて、鳥越神社前から歩いてきたが、「平井駅出口交差点」で蔵前橋通りから外れ、駅に向かう。、、、、駅も、電車も、空いている。 今日も、コロナに感染せずにすんだようだ!

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2020年9月 4日 (金)

また踏切が無くなる!

日本の上空は異常気象に覆われ、今日も猛暑! 「散歩は止めて、またごろ寝」と思ったら、妻からスカイツリーのある『ソラマチに行こう』とお誘い。 買い物とランチを兼ねて行ってきた。 買い物・食事も終え、折角来たからチョイト、スカイツリーの周辺をブラついてきた。




● 「ソラマチ」は、スカイツリーの足下に約300店の店舗で展開する商業施設。 オープン後、早8年、平成24年(2012)の開業である。 我が家からは、地下鉄で4駅目、片道15分程で行ける、便利なショッピングタウンである。、、、これまでは外人観光客が多く、人を掻き分け、煩わしい処であった。 只今は、日本人ばかりで、お店も空き・空き・空き、可愛い店員さんも大好き!

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● たまには、スカイツリーをじっくり撮ってみた!、、、、御存知、高さ634mはどこから見ても高い! 下から見上げる撮影はチョイトしんどいね! エスカレーターで同じ姿勢をしたら逮捕!

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● スカイツリーの脇には、東武伊勢崎線の「とうきょうスカイツリー駅」がある。、、、、とうきょうスカイツリー駅は、明治35年(1902)4月1日に吾妻橋駅として開業した。 昭和6年(1931)に、業平橋駅(なりひらばしえき)に改称。 平成24年(2012)、スカイツリーの開業に合わせ「とうきょうスカイツリー駅」に改称。 駅は、築堤上に島式ホーム1面2線を有する高架駅。


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・・・・・・・・・・・・ホーム東端の先では高架から地上に下り、本線の脇に数本の電留線がある。

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・・・・・・・・・・・・電留線の端部には、区道(桜橋通り)と交差する伊勢崎線第2号踏切がある。 この踏切は“開かずの踏切”まではいかないが、“重大事故の起きそうな踏切”である。

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・・・・・・・・・・・・東武鉄道、墨田区では、「とうきょうスカイツリー駅」から、伊勢崎線第2号踏の先まで高架化し、渋滞緩和することとした。 とうきょうスカイツリー駅を東へ約150m移設する工事を含めた高架化事業が、2024年度の完成を目指して着工した。 事業費315億円のうち東武が80億円、墨田区が国費と都費を含めて235億円を負担する。、、、完成すると、浅草駅から鐘ヶ淵駅手前までは高架となる。 踏切がまた無くなる、踏切好きの私にとっては、チョイト寂しいね!

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2020年8月30日 (日)

消えていく玉ノ井

立秋はとうに過ぎ、残暑の厳しさもおさまる処暑も過ぎた、二学期が始まるというのに、一向に秋風が吹いてこない、猛暑はいつまで続くのか? 連日、我が家でゴロゴロ・ごろ寝も、もう飽きた!、、、、今朝は、私の好きな堀切駅から、鐘ヶ淵駅、東向島駅と歩くつもりで、早朝に家を出た。 しかし、乗換の曳舟駅のホームに立つと、すでに日は昇り、ギラギラ太陽が眩しい。 『コリャ、散歩の途中で熱中症になるかも? 今朝、下着取り換えてこなかったので、病院に運ばれ看護婦さんに下着見られると恥ずかしい!』と、自問自答。 熱中症を避けて、急遽、堀切駅下車は止め、鐘ヶ淵駅から東向島駅までと短縮した。、、、、鐘ヶ淵駅から、かつての“玉ノ井”をブラブラ・ぶらつき、東向島駅まで、8千歩の散歩。


● 墨田区の最北端に位置する東武伊勢崎線の駅が、鐘ヶ淵駅である。 鐘ヶ淵駅は明治35年(1902)4月1日に開業した。 駅名の鐘ヶ淵は、近くの隅田川が大きく曲がる処を“曲ヶ淵(かねがふち)”と呼んでいたところから頂戴したらしい。、、、、中央の通過線2本を挟み、両側に相対式ホーム2面2線の地上駅。 両ホームの南端に、西口駅舎(下り線側)、東口駅舎(上り線側)がある。 ホームは大きくカーブして、電車の撮影には良いが、乗り降りには要注意!

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・・・・・・・・・・・・駅前には鐘ヶ淵通り(補助第120号線)がとおり、駅前踏切で伊勢崎線と平面交差している。 現在、1時間当たりの踏切の最大遮断時間が41分で、120号線の拡幅工事が進むと、交通量も増え、増々危険な踏切となる。 私自身も、この踏切で危険な思いをしたので“納得できる!” 地元では立体交差化を求めているそうだ。

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・・・・・・・・・・・・私が転んだ時、救急車を呼んでくれた踏切前(写真の三角地帯にあった)の交番も取り壊され、チョイト脇(三角地帯の後ろ)に移転した。

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・・・・・・・・・・・・拡幅される鐘ヶ淵通り。 既に更地となった商店もある。

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● 鐘ヶ淵駅から東向島駅までの間、今日は熱中症を意識して、裏道・路地を歩いてみた。 かつて「玉ノ井」と呼ばれた、戦後の私娼街(墨田3丁目の赤線)のあった処を歩いた。、、、、【基礎知識】 「玉ノ井」が私娼街であったことは、永井荷風の小説『墨東奇譚』、滝田ゆうの漫画『寺島町奇譚』に描かれている。 詳しく、興味深く、文学的に知りたい人は一読するとよい!(私は三読した。 しかし戦後生まれの私には、実体験の機会も無く、書物の知識だけではチョイトものたりない、残念無念!) ところで、「玉ノ井」の私娼街は、戦前には、現在の東向島5丁目(一部は6丁目にも)にあったが、東京大空襲で壊滅した。 当時を物語る建物・遺構などは何も残っていない。(あるのは写真だけ、想像するのみ) 戦前の「玉ノ井」で商売をしていた者は、戦後、近くの鳩の街(東向島1丁目付近)か、空襲で焼け残った墨田3丁目に移った。 「玉ノ井」の所在地は、戦前の「旧玉ノ井」(東向島5丁目)と戦後の「新玉ノ井」(墨田3丁目)に分けられ、別物である。 その東向島5丁目と墨田3丁目の境は、「いろは通り」と呼ばれる商店街である。

・・・・・・・・・・・・戦後75年、昭和32年(1957)の売春防止法施行、昭和33年(1958)の赤線廃止から62年、当時の建物はドンドン取り壊され、モダンな住宅、マンションに変わってきた。 狭かった道幅も、区の指導で徐々に広げられ車も通れるようになる。 (写真2枚目と3枚目は同じ通り。左側のそば屋の看板が同じ。商店街が消えた! 3枚目の写真は9年前に撮影)

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・・・・・・・・・・・・戦後の赤線時代の雰囲気を残す建物も少なくなったが、まだポツリ・ポツリと残っている。 どの店も、警察の指導により、強制的にカフェー風の店に改めさせられたそうだ! 当時の建物の特徴として、庇・柱などの出隅が丸みをあるデザインとなっている。 丸柱などもある。 建物の隅を切り欠いて、縦長の出入口が造られている。 タイル張りの意匠が多い。 (写真は全て墨田3丁目にて)

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・・・・・・・・・・・・新旧の玉ノ井を分ける「いろは通り」 通りの南側が旧玉ノ井のあった東向島5丁目、北側が新玉ノ井のあった墨田3丁目。、、、、商店街は、廃業した店も多そうだ。 また、商店街を歩いても、「玉ノ井」の名は街路灯の柱に残るだけとなった! 消えていく「玉ノ井」、寂しいね!
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● いろは通りを抜け東向島駅に着いた。 汗で、下着までビッショリ、搾ったら汗が水滴がして落ちるかも? これ以上歩くと、熱中症になること間違いなしと自己判断し、散歩は予定通り止め!、、、、東向島駅は明治35年(1902)4月1日、白鬚駅として開業。 明治38年(1905)には、白鬚駅の営業を休止し、明治41年(1908)に白鬚駅は廃止される。 大正13年(19024)10月1日、「玉ノ井駅」として営業を再開。 戦時中は、東京大空襲で被災し営業休止し、昭和24年(1949)に再び営業再開。 昭和62年(1987)12月21日、東向島駅に改称。、、、、玉ノ井駅改称後、23年経過したが、今でも駅名の表示では脇に小文字で「旧玉ノ井」と表示されている。 有名な私娼街「玉ノ井」に愛着があるのかも?、、、、駅ホームは相対式2面2線構造の高架ホーム。 改札口・出口は1階の1ヶ所のみ。

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2020年8月17日 (月)

夜の亀戸線

猛暑日が続き、熱中症が恐い! 感染者が連日100人超え、コロナが恐い! どちらに罹っても、多くの人に迷惑をかけるので、散歩を自粛していた。 しかし一週間、家でゴロゴロしていると、そろそろ限界に近づき歩きたくなった。 日中の散歩は怖いので、夕方6時過ぎに東武亀戸線沿いに、亀戸から曳舟まで歩いてきた。 1万1千歩の散歩。、、、、、亀戸線沿いの散歩はこれまで何度も歩いている。 こちらを見て!


● 亀戸駅・・・・・頭端式1面2線の地上ホームは、いつ来ても、何とも言えない雰囲気がある。 私の好きな駅の一つ。

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●隣駅「亀戸水神駅」に向かう・・・・・亀戸駅と亀戸水神駅の駅間距離はわずか0.7kmだが、亀戸水神駅は暗闇の中。 

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● 次の駅は「東あずま駅」・・・・・亀戸水神、東あずまの両駅には、珍しくなった構内踏切がある。 ローカル色が残る駅!

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● チョイト読みにくい「小村井駅」・・・・・“小村井”は“おむらい”と読む。 亀戸線の途中駅、全3駅で最も乗降客の多い駅、なんと一日当たり約12,000人が乗り降りする。、、、、駅舎は明治通りに面し、出入口は1か所のみ。 駅前で待ち合わせをしても、間違えることはない、安心!

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● スカイツリーの下を走って「曳舟駅」へ・・・・・2両編成の電車は亀戸~曳舟間を約10分間隔で行ったり来たり。 

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2020年6月26日 (金)

再び北斎通り!

錦糸町へ買い物に、帰りは「北斎通り」を歩き両国へ、両国では久しぶりにガラガラ空き空きの江戸東京博物館に立ち寄り、浅草橋の我が家まで歩いて帰る。



●うんこオブジェ! ・・・・・・・・・JR総武線「錦糸町駅」北口を出ると、目の前のロータリー中央に、ワイヤーで吊るされた大きな輪っかのオブジェが目に飛び込んでくる。 普段は通り過ぎるだけのオブジェだが、今日はチョイト興味を持ち、正体を調べてみた!、、、、説明板によると、これは「“ECHO”エコー」と名付けられ、ヘ音記号を2つ組み合わせたものなんだとか。 へー、屁音記号だったのか、どうりで“うさんくさいオブジェだ”。 さらにオブジェを吊るすワイヤーは五線譜をあらわしている。 墨田区は昭和62年(1987)、「音楽都市」をめざして街づくりをすることを宣言し、北口再開発事業で交通広場の吸気・排気塔を利用して、音楽都市を象徴するモニュメントを設置することにした。 その結果、平成9年(1997)に、米国の作家:ローレン・マドソンの作品“ECHO”を設置した。、、、、このモニュメント、巷では色・形状を見て、“うんこオブジェ”と云うそうだ、同じ墨田区には、アサヒビールの“うんこビルもある。

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●マスク邪魔だ! ・・・・・・・駅前の“ECHO”モニュメント北側の通りが「北斎通り」である。 度々歩いているこの道を、今日も両国駅方向に歩く。、、、、日中は30℃超の気温、暑い暑い、コロナ予防に熱中症予防、マスクの中はムレムレ!

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・・・・・・・・・・・・駅前からチョイト西側にズレるとスカイツリーを正面に望む通りがある。、、、、今日は青空も見え、視界良好!

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・・・・・・・・・・・・駅前から300m程西へ歩くと、かつて津軽藩下屋敷内にあった「津軽稲荷神社」がある。、、、、神社のあるこの一帯はその昔、津軽為信の時代に1万坪の下屋敷があったそうだ。 明治以降は管理ままならず、明治43年(1910)の大水害後に地元町会に払い下げられた。 関東大震災と米軍の空爆で2度焼失したものの、昭和35年(1960)に拝殿・社務所・会館、同44年(1969)に鳥居が再建・復興した。、、、、赤い幟がなびく参道の先に、戦後に造られた鉄筋コンクリート造の社がある。 

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・・・・・・・・・・・・津軽稲荷神社から50m程、西へ歩くと「大横川親水公園」がある。 「北斎通り」から公園に入る処に、2基の親柱とトラス形状の鉄骨で造られたモニュメントがある。 かつて、ここに架かっていた「長崎橋」を記念したものだ!、、、、ここにあった長崎橋は、元禄10年(1697)当時の本所奉行鈴木兵九郎、島屋久五郎両名によって、墨田区亀沢4丁目より錦糸1丁目に架けられた。 最初は長さ10間(18m)、幅2間半(4.5m)の木橋でしたが、その後何回となく架け替えられ、昭和4年6月には鋼製トラス橋になった。 この橋は、大横川親水河川整備事業によりその役目を終えて撤去された。 橋の名前は、当時西側に隣接した本所長崎町の地名に因んで長崎橋と名付られ、永い間親しまれた。、、、、北の津軽に、南の長崎、錦糸町には各地の侍が住んでいたようだ!

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・・・・・・・・・・・・北斎通りを西へ 、、、、 そろそろ名残りのアジサイか

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・・・・・・・・・・・「野見宿禰神社」、すみだ北斎美術館の前を行く。

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●北斎通りはココまで! ・・・・・・・北斎通りは、江戸東京博物館前で清洲通りにぶつかり、ハイ・ココまでヨ~~。

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・・・・・・・・・・・・今日は江戸東京博物館の中を拝見することにした。、、、、巨大な建物は、建築家:菊竹清訓の設計により、平成4年(1992)に竣工した、地上7階建ての博物館。 高さは約62m程あり、高い! 竣工時は建物のデザインに批判的な人もいたようだ。、、、、巨大な吹き抜け部分の空間、毎度思うのだが『我が家が何戸ぐらい入るスペースだ?』 優に500戸分以上ありそうだ!

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・・・・・・・・・・・・老人割引のチケット(300円)買って、マスクをさせられ、長いエスカレーターで3階から6階へ。 マスク美人のおねえさんが、『手の消毒お願いします!』、、、、入場者より、博物館関係者の方が多い館内は、ガラガラ、『ご自由に、好きなだけ見てください』と云う感じだ!  何度か訪れている博物館だが、展示室に入り、大きな模型、実物大の家屋など、その大きさに今回も圧倒された。

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●以下省略! ・・・・・・この後、両国橋を渡り、浅草橋の我が家へ帰る!

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