墨田区

2022年7月27日 (水)

押上から平井

当たり前のことだが『夏は暑い!』 今年もその暑さに、プラス“コロナ”、も一つおまけで“さる痘”。 大阪では高齢者の行動制限も検討しているとか? 最近の東京は、朝から暑く、高齢者は外出をひかえた方が良いかもね。

それでも外出したくなるのは、仕事もなく、ひまで元気な高齢者。 私もその一人で、家に籠って『終活ノート』を書く気はさらさらなし。

今日も朝一で我が家(浅草橋)の周辺を散歩、5時の始発電車を駅で見送り、熟睡中の神様に詣で、立ち喰い蕎麦の仕込み作業をチョイト見て、朝の爽やか空気を吸って帰る。、、、、家内も起きて朝食の準備中。 

朝食時、家内から『今日は涼しいよ、散歩してきたら』と一声掛かる。 『もう、町内一周してきたからいいよ』と返すと、“町内一周”ではなく、足の運動で“雅万歩”の散歩をして来いだった! 『ヨシ、行ってくる』

7時過ぎに家を出たが、『さて、どこへ行こうか、ああ ここは浅草(橋) 思案橋ブルース』、、、、乗って降りたは (暑い暑いと)哭いているよな 押上の町。



● 京成電鉄が管轄する押上駅には、同社の押上線と、東京都交通局の都営地下鉄浅草線が乗り入れている。 都営の“敬老パス”を持つ私は、都営線内無料(実質は先払い)で、ここで降りる。、、、、押上駅は大正元年(1912)11月3日に京成押上線の起点として開業、都営浅草線の乗り入れは昭和35年(1960)である。、、、、現在の押上駅は東京スカイツリーの下に地下化され、東武伊勢崎線(東京メトロ半蔵門線)も乗り入れてる。 東武伊勢崎線から都営浅草線に乗り換える乗客が多く、改札は人が途切れることはない。

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・・・・・・・・・・・・ 地上に出ると頭上には東京スカイツリーが夏空に眩しく輝いてる

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● 押上駅から裏道を歩く・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・ 健生堂病院は、大正8年(1911)に健生堂医院として開設され、下町に安心の医療サービスを提供し続けている地域密着型の病院。 診療科目は主たる内科の他に、外科、整形外科、皮膚科、眼科、歯科などがある。、、、、建物も歴史がありそうだ!

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・・・・・・・・・・・・ スカイツリーの足下を流れる北十間川から見上げる塔

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・・・・・・・・・・・・ 夏休み、水泳教室に向かう児童、、、、泳ぎの苦手な私には、辛かった思い出

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・・・・・・・・・・・・ 昭和30年代のカラーリングのリバイバルカラー車両が走る東武亀戸線の踏切。、、、、この踏切の向こう側は墨田区京島地区。

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● かつては、救急・消防車両も入れぬ典型的な「木蜜地域(=木造住宅密集地域)」と言われた墨田区京島地区。 住民・行政の努力が少しずつ実り、道路幅は広がり、木造住宅は耐火建築に変わり、“木蜜地域”から脱しようとしている。

・・・・・・・・・・・・ まだまだ残る木造長屋。 できる限り、早く耐火建築に!

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・・・・・・・・・・・・ 道路幅が広がり、両側の住宅は耐火建築に変わった処

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・・・・・・・・・・・・ 住宅が取り壊された跡は道路に変わるようだ!

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・・・・・・・・・・・・ 防火・防災に備えあちらこちらに点在する「手押しポンプ」

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● 京島地区を抜けると八広・立花地区。 墨田区の東端部に位置する家内工業の多い町。、、、、時刻は9時を過ぎ、太陽ギラギラ、汗ダラダラ、ついでに足はフラフラ。 このまま歩くと“死”へ一直線だ、近くの公園で水をかぶり頭・首を冷やす。

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旧中川に架かる「平井橋を渡り江戸川区に入る。 JR平井駅までは500m程。 『どうやら死なずに帰ることができそうだ!』一安心。

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● 「平井駅」に無事到着、、、、明治32年(1899)4月28日に総武鉄道の駅として開業した古い駅だが、私の住む浅草橋駅と同様で総武線各駅停車の駅では影がうすい方だ。 

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2022年1月12日 (水)

荒川土手は、寒い寒い

北風が吹き、雪が舞い、雨が降り、連日の寒さは高齢者の私にはチョイト厳しい。 今朝も早々と5時には目が覚め、6時には朝食を済ませたが、7時になると我慢できず散歩に出たくなった。 先日(1/8)の続きで王子駅から歩こうと思ったが、新型コロナに感染したくないので、どうしようか迷う。 朝の京浜東北線は混んでる、王子駅は乗降客が多い、王子周辺は通行人が多い、てなことで、今日の散歩は人混みを避け、東武伊勢崎線の堀切駅から荒川土手を歩き京成押上線の八広駅か、JR総武線の平井駅まで歩くつもりで家を出た。 堀切駅前の荒川土手に立つと、北風が吹き付け、超寒い! 『コリャ、風邪をひくかも! 風邪になると新型コロナと間違え、病院に隔離されるかも?』 急遽、土手歩きは止めて、土手下の墨田区墨田の町を歩き八広駅までの散歩に変わった。 1万1千歩




● 暖かい電車の扉が開きホームに出ると、寒い北風が吹き付けてきた。 近くの大学の学生も何人か降りる。 皆、寒そうに2台の自動改札を通り抜けていく! 学生がいなくなると、ホームにいるのは私だけ、寂しい駅である。 東武伊勢崎線の「堀切駅」、下町の情景が残る駅

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● 堀切駅の前を流れる荒川の土手に上る。 午前8時、『ウヮ~ 寒い、寒い!』 予想以上に寒い、この土手を歩いて行くには、チョイト辛い。 風邪をひいたら一大事、医者には新型コロナと思い隔離されるかも、『止めた、止めた、土手歩きは中止!』、、、、土手に上がると、上流側には堀切橋、目の前には隅田水門首都高、青空の下にはっきり見える。 北風の姿、形は見えないが、間違いなくココに居る!

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● 荒川土手から土手下に下りて、墨田区墨田の町を歩くことにした。 堀切駅から南に約500m歩くと、墨堤通り沿いに“kao”と“kanebo”の物流倉庫が見える。 その広い敷地に隣り合わせて小さな「カネボウ公園」があり、園内に「鐘淵紡績株式会社 発祥の地」の石碑がある。、、、、石碑の裏には『発祥碑由来記 此の地は古くから沈鐘の伝説があり, 江戸時代に入って将軍徳川吉宗公が之の引揚げを下命しましたが成功せず鐘は毎夕月の出と共に燦然として光を放ったといわれます。  周辺の風光明媚を愛でて 徳川氏はこゝを将軍家専用の野菜畑とし御前栽と称しました。 明治二十年近代工業の先覚としてこの地に東京綿商社が設立せられ, 紡績機械ニ万九千錘を英国より輸入して東洋第一の紡績工場を建設, 明治二十二年社名を鐘淵紡績株式会社と改称しました。  爾来近代日本の進展と共に工場は拡大し, その技術は全国津々浦々に結実し製品はカネボウの名声と共に遠く欧米各国を席巻しました。 また過ぐる関東大震災, 東京大空襲当時その職に殉じて斃れた者は五十余柱に及びました。 いまこゝに時代の進運と共に工場の移転を実施するに当って鐘紡稲荷神社並びに慰霊観音像を奉安し八十余年に亘ってうけたこの地域社会の御かげを感謝すると共に老人と児童の憩いの場を設けて記念庭園とし永く先人の偉業を偲ぶよすがとなることを切願するものであります。  昭和四十年十月二十日  鐘淵紡績株式会社  社中一同』、、、、昔は世界有数の紡績会社であったが、昭和40年頃からは、チューインガムを販売したり、化粧品屋に変わったりしたが、平成19年(2007)に「カネボウ株式会社」は解散した。 現在「カネボウ」の商標権は花王の傘下となった「カネボウ化粧品」が保有しているそうだ。

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● カネボウ公園から南に200m程の処に、真言宗智山派寺院の「多聞寺」がある。 多聞寺は隅田山吉祥院と号す。 創建年代は不詳だが、天徳年間(957~960)には現隅田川神社付近にあり、大鏡山明王院隅田寺と称していたと言われてる。 天正年間(1573~1591)に本尊を毘沙門天として隅田山吉祥院多聞寺と改称した。 本尊は、隅田川七福神の一つとなっている。、、、、茅葺の山門は区内最古の現存建造物で、風情ある寺だ!

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● 下町の裏道を歩き、鐘ヶ淵駅前をとおり墨田4丁目の隅田稲荷神社へ向かう。、、、、この辺りは何度も歩いているが、狭く複雑に入り組んだ裏道を覚えられず、行ったり来たり、右へ左へ、疲れる散歩だ!

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● 『この辺りにあるはずだ?』 道案内もなく、探し探して、やっと行き着いた「隅田稲荷神社」、、、、天文年間(1532~1553)、伊豆より逃れてこの地を開拓した堀越公方政知の家臣江川善左衛門雅門が、伏見稲荷大神を勧請し氏神として祀った。、、、、現社殿は昭和18年(1943)に竣工。 周囲は下町の住宅がビッシリと立ち並び、地元の氏神様だ!

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● 四ツ木橋取付道路(=国道6号、日光街道)の下を抜けるトンネル、、、、四ツ木橋取付道路の下のトンネルは、ここと、荒川土手際の2か所にある。 長さは約22mで、現四ツ木橋竣工した昭和27年(1952)に造られたものと思われる。

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● 時刻は午前10時過ぎ、気温も上がり、北風は和らいだ。 『荒川土手に上がってみよう!』


・・・・・・・・・・・・新四ツ木橋の際に出た、、、、新四ツ木橋は、昭和48年(1973)竣工、長さ472mの鋼箱桁橋

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・・・・・・・・・・・・下流側には京成押上線荒川橋梁が架かってる。 平成14年(2002)に架け替えて、竣工したこの橋の総事業費は398億円也。

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・・・・・・・・・・・・土手から見える京成押上線の八広駅、、、、駅の先にはスカイツリーも

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● 寒い散歩の終わりは京成押上線の「八広駅、、、、八広駅はホームに屋根はあるが、全体的に風通しが良く造られている。 ホームに立っても寒い寒い!

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2021年11月20日 (土)

押上から四ツ木

押上駅から、京島、八広の町を抜け、木根川橋を渡り四ツ木駅まで、1万1千歩の散歩です。



● 東京スカイツリーの足下の地下にある「押上駅」は、京成電鉄と東京都交通局の共同使用駅。 駅は京成電鉄が管轄する、島式ホーム2面4線の地下駅である。、、、、かつては、京成電気鉄道の都心乗り入れを睨んだターミナル駅として、大正元年(1912)11月3日、に開業した(開業時は地上駅)。 昭和35年(1960)の都営地下鉄乗り入れに合わせ、地下駅となる。、、、、地上駅の跡地には京成電鉄本社が移転したが、平成25年(2013)に本社は京成八幡駅前に移転した。 現在跡地は複合ビルが建ち、リッチモンドホテルやスーパーのライフが入居。 また、跡地前の北十間川には「京成橋」か架けられてる。

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・・・・・・・・・・・・北十間川に架かる「京成橋は全長18.75m、幅27.9で東京都が管理している。 業平三丁目と押上一丁目を結ぶ橋で、この橋は昭和4年(1929)に架けられたが、現在の橋は昭和37年7月に架け替えられたものである。 

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● 押上駅から都道465号(=四ツ目通り)沿いの裏通りを歩き八広駅に向かう。

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・・・・・・・・・・・押上3丁目の裏道、、、、時刻は8時近く、近くの小学校へ通う児童を地域ボランティアの方が要所要所に立ち見守る! ご苦労様です、感謝!

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・・・・・・・・・・・・東武亀戸線の踏切を越えると、押上3丁目から京島2丁目となる。、、、、亀戸行きの白い車両が行き過ぎると、黄色いレトロ塗装の東武8000系電車が来た!

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・・・・・・・・・・・・踏切を渡り墨田区京島地区に入る。 京島地区は関東大震災、第二次世界大戦での被害が少なく、区画整理ができていない裏道に昭和初期の木造長屋などが密集して残っている。 略して“木蜜地域”と言われる“木造住宅密集地域”である。

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・・・・・・・・・・・・京島地区では、最近は住民の取り組みもあり、古い家屋は耐火構造の住宅に変わったり、取り壊した跡地は公園に変わったり、道路幅も広くなり、防災を意識した取り組みが進められている。、、、、明るく広々とした町に生まれ変わっていくようだ!

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● 明治通りを横断し墨田区八広の町に入る、、、、この町も裏道は細い道がクネクネと曲がり伸びている、そんな町に質屋がある。 しっかりした大谷石の蔵にぐるりと回った塀、看板には“質”の一字。 雰囲気出てる、いいね!、、、、一度、女房を質に入れたらどうなるか、聞いてみたいね!

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・・・・・・・・・・・・墨田区八広にあって「都立日本橋高等学校」とはこれ如何に? 千葉県浦安市にあって東京ディズニーリゾートと言うがごとし!、、、、都立日本橋高校は、校名のとおり元々東京都中央区の日本橋に所在していたが、平成21年(2009)に同所から墨田区八広への移転となっても名前をそのままとした普通科のみの都立高校である。、、、、校舎の建て替えなどによる短期の移転なら校名変更は必要ないが、恒久的な移転なら校名も変更してはと思うのだがね、余計なお世話かな! “八広高等学校”より“日本橋高等学校”の方がブランド力があるかも?

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・・・・・・・・・・・・都立日本橋高等学校の前から八広駅の方向に伸びる「南龍館通商栄会」という商店街(現在は寂れ、店はほとんどない)がある。 街路灯の電灯は無くなり、ポールだけが残されている。、、、、京成押上線の曳舟駅と八広駅の中間に、かつて向島駅(駅跡は不明)があった。 その駅の周辺に
昭和初期から昭和30年頃まで南龍館という映画館があった、また映画館の近くに南龍館通商栄会があった。、、、、街路灯はその当時のものらしい。

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● 八広の町の北端に京成押上線の「
八広駅」がある。 駅の出入口は大通りに面さず、荒川土手に向かい高架下の奥まった薄暗い処にある。 しかも、駅の高架化は平成9年(1997)に改良工事が完成した、比較的新しい駅である。 なぜ、こんな奥まった処に、わざわざ出入口を造ったのか、私には謎だ!

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● 「木根川橋」を渡り荒川を越える、、、、木根川橋は、墨田区八広と葛飾区東四つ木とを結ぶ、長さ466mの美しいトラス橋。 昭和44年(1969)完成。、、、、荒川と一体となって女性的な美しさを描いている橋。

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● 「四ツ木駅」に到着、ここから帰宅!

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2021年10月 7日 (木)

浅草橋へ戻る

今日の散歩は西大島駅から浅草橋の我が家まで、1万3千歩です。




● 都営新宿線「西大島駅」は、昭和53年(1978)12月21日、新宿線の最初の開業区間である岩本町~東大島間の開業時に設けられた駅である。、、、、西大島駅は、地下1階がコンコース・改札口、地下2階が島式ホーム1面2線の地下駅である。 一日の乗降者数は、コロナ禍の昨年実績で2万人強で多くはないが、来る電車は満員でここから通勤する人は座れないね!

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・・・・・・・・・・・・西大島駅出口前の植え込みに「五百羅漢跡」の石柱が建っている、、、、横断歩道脇の植込みに石柱が建っている。碑の両側面と裏面には、『元禄八年この付近に黄檗宗松雲禅師作の羅漢像五百体を安置する広壮な羅漢寺が創立せられ五百らかんという名所として知られてきたが羅漢寺は明治二十年に墨田区へさらに同四十二年目黒区へ移転したが、なお当時の羅漢像の多くを残している 昭和三十三年十月一日 江東区第18号』と記されている。、、、、ここは、目黒の羅漢寺があった処、五百羅漢像も目黒へ引っ越した!

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・・・・・・・・・・・・駅前の新大橋通りを挟み石柱の前に、オヤ!「羅漢禅寺」がある、、、、明治38年(1905)に都下氷川村に曹洞宗祥安寺として創立、昭和11年(1936)現在地(江東区大島3)に移転してきて、元あった羅漢寺を名乗ったもので、五百羅漢寺とは関係がない。 『チョイトお名前拝借か!』

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● 西大島駅前の「新大橋通り」を西へ歩く、、、、駅前で交差する明治通りを北へ歩けば亀戸駅に出る。

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・・・・・・・・・・・・越中島貨物線の「幹線29号架道橋」の下を西へ、、、、架道橋の設置年代は不明だが、貨物線の開通は昭和4年(1929)なのでその近辺か?

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・・・・・・・・・・・・ 「本村橋」は新大橋通りを通し、東詰めの江東区大島と西詰の江東区毛利・住吉を結び横十間川に架かる橋。 昭和4年に初代の本村橋が震災復興橋として架けられ、三代目の現橋は昭和52年(1977)に架替られた。、、、、橋の上からはスカイツリーが良く見える。

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●  本村橋の西側に広がる「猿江恩賜公園」の中をブラブラ、、、、猿江恩賜公園は、その名のごとく江東区猿江にある都立公園。 開園は昭和7年(1932 と古く、昔から貴重な緑地として周辺住民に知られていた。 元々この地は、江戸時代から続く徳川幕府による貯木場であった。 その後、明治政府御用達の貯木場になり、関東大震災後その一部が埋め立てられ「猿江恩賜公園」となった。 公園の北側の地区は、戦後しばらく貯木場として使用されていたが、貯木場は江東区潮見に移転し、昭和56年(1981)に追加開園した。、、、、広い公園で都会のオアシス! 今日はのんびりと公園を通り抜ける。

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● 猿江恩賜公園を抜けるとJR錦糸町駅までは600m程、近い!、、、、錦糸町駅・京葉道路の南側、場外馬券売り場の裏に、小さな寺、天台宗の五徳山江東寺がある。 江東寺は、昭和15年(1940)に坂東16番札所水澤観世音(伊香保町)の別院として創建された。 本尊は千手観世音で、境内には清昌稲荷、出世弁財天、水洗観音、地蔵尊、馬頭観音、戦災慰霊碑など、いろいろと祀られている。、、、、本堂は昭和55年(1980)に鉄筋コンクリート造で再建された。

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● 錦糸町駅前からは京葉道路(=国道14号)を歩く。 この道は、両国を通り浅草橋まで一直線。、、、、これより先は、歩く方向は逆さまだけど、こっち見て!

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● 両国橋を渡り、柳橋を渡ると台東区にはいる。 もう地元だ!

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・・・・・・・・・・・・地元でも、“知ってるようで 知らない 隣の家”、、、、柳橋の町に小さな古本屋「古書 みつけ」が、明日(10/8)オープンするようだ! 浅草橋(柳橋の隣り町)に生まれ育って70余年、柳橋に可愛らしい本屋ができるのは初めて、びっくりしたけど、多いに期待しよう!

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・・・・・・・・・・・・「浅草橋駅」に到着、、、、駅から我が家は300m、『ただいま!』

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2021年7月13日 (火)

ツリーの下の博物館

今朝はチョイト用事ができ、散歩に行く時間がなかった。 10時過ぎに用事は片付き解放された。 外は蒸し暑そうだ! 『サテサテ、今日はどうしよう?』 ひまな高齢者は時間の過ごし方が下手で思い悩む。 よくよく考え、夫婦で、昼食を兼ねスカイツリーの下のショッピングモール『東京ソラマチ』に行くことにした。 ここなら我が家(浅草橋)から地下鉄で4駅目、所要10分、『雨にも負けず 暑さにも負けず 空調のきいたビルの中 食事ができ 買い物OK 疲れた時にはコーヒータイム 今なら騒々しい観光客も少ない モール内で散歩をすれば一万歩達成可能 美人も多く目に優しい』 言うことなし、これで決まり!

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● ひまな夫婦は、9階にある「郵政博物館」に行ってみた。 案内では、『「心ヲツナグ 世界ヲツナグ」をコンセプトに、日本最大約33万種の切手や郵政と通信の関係資料約400点を展示します 』とある。 早い話、日本郵便が運営する、“郵便と世界の切手”の博物館。、、、、郵政博物館の起源は、明治35年(1902)に万国郵便連合加盟25周年記念祝典行事の一環として当時の逓信省が京橋区木挽町(現:銀座8丁目)に開館した「郵便博物館」にさかのぼる。 その後、郵便博物館は芝公園に移り、「単に郵便、電信、電話に限らず電気、海運、航路標識等逓信事業全般にわたる逓信省関連の参考資料の展示を」という主旨で「逓信博物館」と改称した。 麹町区富士見町(現在の千代田区)に移転した。 この時の建物は木造の洋館で、昭和39年(1964)まで博物館として使用した。 私が中高校生の頃だ、当時は切手収集が流行し、記念切手が発行されると博物館内の郵便局に買いに行ったのを記憶している。 博物館の玄関を入ると木造の階段が中央にあり、2階に上がると世界の切手が展示されていたが、木造の床がミシミシ鳴るのでチョイト怖かったのも思い出。 千代田区大手町に移り、郵政省(現在の日本郵政株式会社)、日本電信電話公社(現在の日本電信電話株式会社)、日本放送協会及び国際電信電話株式会社(現在のKDDI株式会社)四機関共同運営による「逓信総合博物館」としてオープンした。 平成の時代になると、日本郵便、NTT、NHK、KDDIとして独立し、逓信総合博物館は実質解体し、日本郵便関係はの資料は「郵政博物館」として、ここスカイツリーの下で展示されている。、、、、今日は、逓信博物館の頃を懐かしみながら、展示物を拝見!

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● 郵政博物館を見て、8階に下りると「千葉工業大学 東京スカイツリータウン キャンパス」がある。 ここには大学が研究している災害対応ロボット(福島原発対応)、画像認識など各種ロボット技術、「はやぶさ2」の実物大模型(想像以上に大きい!)など宇宙開発技術が展示されている。、、、、美しい女性(学生/院生?)が丁寧に解説してくれた、ありがとう!

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● 今日はのんびり、ゆっくり、7千歩の散歩(?)でした

2021年5月26日 (水)

最短ルート

“密”を避け川風に触れ隅田川テラスを歩いて浅草まで、そこから東武伊勢崎線沿いに北十間川を押上(スカイツリー)まであるいてきた。 昨年6月に整備された、浅草とスカイツリーを結ぶ最短ルートである。 1万1千歩 5km




JR浅草橋駅から隅田川(東方)に向かい高架橋沿いに歩くと、突き当りの護岸に「隅田川テラス入口」の案内が見える。 隅田川右岸を上流に向かうにはここから入る。(下流に向かう場合は、柳橋を渡り、両国橋西詰の際からテラスに出ることができる)、、、、高架橋脇の「石塚稲荷神社」は、かつての花街:柳橋の中心地にある。 玉垣には「柳橋藝妓組合」「柳橋料亭組合」、そして「亀清」「栁光亭」「深川亭」といった料亭の屋号を見ることができる。 この辺りまでは、私の小学生時代の同級生の家も多く、花街の華やかなりし頃を思い出させる神社である。 一度は芸者遊びをしてみたかった!

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● 「隅田川テラス」を、JR総武線隅田川橋梁から上流に向かって歩く。 天気は良く、川風は爽やか、人は少なく、コロナの心配無用なり! 車は走らず、信号はなし、立ち止まることなく安全歩行! 

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● 吾妻橋を過ぎると、「東武伊勢崎線隅田川鉄橋」がある。 この鉄橋に「すみだリバーウォーク」と称する歩行者専用通路が、昨年6月に増設された。 この通路は、浅草とスカイツリーを最短ルートで結ぶ観光コースの一つとして造られたそうだ。、、、、東武伊勢崎線隅田川鉄橋の下流側に、延長323m、通路幅2.5mの通路が設置された。 もちろん、車は通行できず、朝7時から夜10時まで通行可、通行料は無料。、、、、東武電車の下を覗くように歩くのだが、電車の下は見えない、覗きはダメだ!

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● すみだリバーウォークを通り対岸の墨田区に入ると、引き続き高架下に「東京ミズマチ」と称する、商業施設と宿泊施設が一体となった高架下複合施設が、こちらも昨年6月にオープンした。 東京ミズマチも浅草とスカイツリーを結ぶ最短ルートの一部である。 隅田公園北十間川の親水テラスに囲まれた場所で、浅草とスカイツリーの間で、ショップやカフェを楽しめる店舗が並んでいる。、、、、今日はオープン前の時間で、店内には入れず、店の前を空しく通過! いつか、可愛い娘と歩くと、ロマンスが期待できるかも?

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● 東京ミズマチを通り抜けると、スカイツリーの「東京ソラマチ」。 東京ソラマチの北側には東武伊勢崎線の「とうきようスカイツリー駅」、東端には都営浅草線・京成押上線と、東京メトロ半蔵門線の「押上駅」がある。、、、、私は押上駅から、“蜜”になる前に帰宅する。

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2021年5月15日 (土)

蔵前橋通りを東へ

“コロナ自粛”で散歩の機会は減り、足は退化、腹は肥大、脳は劣化、家でゴロゴロ、身体に良いわきゃナイヨ!、、、、今日は、我が家から「蔵前橋通り」を東へ、ひたすら歩いてみた。 しかし、新小岩で足が痛み、散歩はココまで! (1万5千歩、8km)

・・・・・・・・・・・・蔵前橋通りは文京区の湯島から、千代田区、台東区、墨田区、江東区、葛飾区を経由し、江戸川区の市川橋手前の国道14号(千葉街道)との交差点までの都道315号の通称。 JR総武線の北側に並行して通っている。




● 我が家(浅草橋)から徒歩2分程で、「蔵前橋通り」に面して鎮座する鳥越神社に出る。 ここから今日の散歩が始まる。、、、、何か良いめぐり逢いでもあるように祈願し、散歩に出発!

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・・・・・・・・・・・・神社の境内一隅に、こんな石碑がある。 正面に「土地区画整理測量基本標」と刻まれた、オベリスク型形の石塔。 側面には、この地点の緯度・経度「東經 百三十九度四十一分十九秒九一 北緯 三十五度四十一分三十六秒〇二」が刻まれていた。 また、反対側の側面には、大正12年に発生した関東大震災の後の土地区画整理のために置かれた旨が刻まれていた。 この石碑を起点に、土地区画整理事業が進められたようだ。 ちなみに、蔵前橋通りは関東大震災後に整備された幹線道路である。

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● 蔵前警察署前を通過し、蔵前橋を渡り、墨田区に入ると、東京都慰霊堂(震災記念堂)のある横網町公園。、、、、元気よく、スタコラサッサと通り過ぎていく!

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● 今は暗渠化され親水公園となった大横川に架かる「法恩寺橋」(大正14年(1925)架橋)を渡る。、、、、橋の先には、橋名となった法恩寺への参道がある。 スカイツリーを背にして参道正面に本堂が見える。、、、、四ツ目通りとの交差点には、オリナスという超高層ビルがある。 オフィスとレジデンス、商業施設からなる複合施設で、元々ここには、時計のセイコー(精工舎)の工場が明治26年(1893)から平成9年(1997)まで、100年以上あった。 最盛期には従業員約3,000人が働いていたそうだ。

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横十間川天神橋で渡り、墨田区から江東区に入る。、、、、亀戸天神の参道を横に見ながら通過。、、、、明治通りとの交差点も通過。 チョイト暑くなったきた。 上着を脱ぎたい、邪魔だ!、、、、東武亀戸線を越える。

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旧中川に架かる「江東新橋」を渡り、江東区から江戸川区に入る。、、、、蔵前橋通りは、JR総武線平井駅前を抜けて、平井大橋に向かう。、、、、この辺で、コロナで体力が落ちた私の足が痛みだす。 『散歩を平井で止めるか、もう少し歩くか、それが問題だ!』自問自答しながら、前を歩く可愛い娘につられ平井駅を通り過ぎる!

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荒川に架かる「平井大橋」、手前は江戸川区平井、対岸は葛飾区西新小岩。、、、、江戸川区側の河川敷にはポピーが真っ赤な花を咲かせてる。 痛い足で河川敷に降り、花を見ながらしばし休憩!

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・・・・・・・・・・・・平井大橋を渡ると、新小岩駅に近い「新小岩陸橋」がある。、、、、足が痛い、今日はココまで! 駅に向かう。

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新小岩駅に到着!、、、、駅前は賑やかだ! “密”を避けて電車に乗ろう!

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2021年5月 9日 (日)

コロナ太り?

これまでは、ライザップのお世話になることもなく美しい体型であったが、コロナ禍、長期の自粛によりチョッピリ下腹が出てきたようだ、大変だ醜い体型に変化してきた。 『今なら間に合う 早めの対応』、、、、今日は7時に浅草橋の我が家を出て、国道6号(=水戸街道、浅草言問橋までは“江戸通り”)を葛飾区青戸まで歩いてきた。 約10km、1万8千歩



● 7時05分・・・・・・・・・・浅草橋駅前を出発。 朝食がまだ消化していないのか、それともコロナ太りか、チョッピリ胃がダブつき歩きづらい気がする???、、、、国道6号(江戸通り)は空き空き!

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● 7時15分・・・・・・・・・・“蔵前一丁目交差点通過”と言いたいが、交差点で『ラッキー』叫びたくなった。 財布を拾った、中には一万円と少々、キャシュカードもある、運転免許証もある。 免許証から落とし主は30歳前後の女性。 アレアレ・コリャ、落とし主は困るだろうと、警察にお届けに参上。 婦人警官もいるので、ここは男っぷりを見せ、報労金(謝礼)・所有権などを放棄して、落とし主に財布が戻ることを願い警察をあとにする。、、、、チョッピリ良いことをしたので、足取りも軽くなった!

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● 7時40分・・・・・・・・・・駒形堂を過ぎ、東武伊勢崎線「浅草駅」前通過。、、、、駒形堂の扉は開いてる!、、、、まだ駅前の人通りは少ないね!

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● 7時55分・・・・・・・・・・「言問橋西詰交差点」通過。 「江戸通り」の愛称はココまで、言問橋を渡り墨田区に入ると、単に国道6号(水戸街道)となる。、、、、言問橋で隅田川を越えると、向島の町。 すれ違う女性は向島美人、私もチョイト振り返る!

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● 8時30分・・・・・・・・・・8時を過ぎ青空が見えるようになってきた。 明治通りと交差する「東向島交差点」通過すると、引き続き東武伊勢崎線のガードを抜ける。、、、、久しぶりの散歩、チョイト足に疲れが出てきた。 ガンバレ、雅万歩!

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● 8時55分・・・・・・・・・・四つ木橋を渡り荒川を越える。 川向こうは葛飾区四つ木。、、、、大正11年(1922)、荒川放水路開削に伴い木製の四ツ木橋(旧橋)が架橋された。 現在の四つ木橋は、昭和27年(1952)に永久橋が開通した。 橋長:507.4mである。、、、、四つ木橋の下流側に、曳舟川通りを延長する形で新四ツ木橋が架かっている。 コチラは昭和48年(1973)の竣工。

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● 9時10分・・・・・・・・・・四つ木橋を渡り、葛飾区に入ると「四つ木駅 600m」の案内板が見えた。 足の疲れに自問自答し、『まだ歩ける、死ぬことはない!』と、先を目指す!

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● 9時20分・・・・・・・・・・「新田広小路交差点」通過

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● 9時40分・・・・・・・・・・京成本線:お花茶屋~青砥間のガードを通過。 ガードの先に「白鳥二丁目交差点」がある、ここで国道6号から外れ、京成線青砥駅へ向かうことにした。 足の退化を実感し、疲れた! 

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● 10時10分・・・・・・・・・・国道6号から外れ、青戸第一団地内を抜けて青砥駅に到着。、、、、コロナ感染には注意しなければならないが、コロナ太りにも要注意!

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2021年4月19日 (月)

カネボウからミツワ石鹸へ

“緊急事態”が終わり、今度は“まん防”と忙しく変わり、自粛生活にも飽きがきて、そろそろ世間さまについていけなくなった! 今日もナイショで散歩。 東武伊勢崎線の鐘ヶ淵駅からほぼ南の方向に歩きJR総武線の平井駅まで、1万3千歩の散歩です。




● 私の好きな典型的な下町の駅「鐘ヶ淵駅」で下車する。 小田急線・東横線沿線の駅のようなシャレッ気はまるでない駅で、下駄履きで乗降しても恥ずかしくない雰囲気の鐘ヶ淵駅。

・・・・・・・・・・・・早朝の鐘ヶ淵駅では、館林行きの区間快速(北千住までは各駅停車)に乗降する人は少ないようだ。

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・・・・・・・・・・・・上下線それぞれに、木造平屋の駅舎がある、、、、ここは、カネボウ(旧鐘淵紡績)の創業の地

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・・・・・・・・・・・・・上り(曳舟・半蔵門線・浅草・銀座線)は踏切の反対側にある東口駅舎から乗降の為、踏切前に人が溜まる!

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● 町のあちらこちらから子供が集まり、登校時間だ!

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● 今も残るカマボコ兵舎、、、、、墨田区墨田3の「日本オープンバイブル教団 墨田聖書教会」は昭和29年(1954)創設。 創設の当初から米軍のかまぼこ型兵舎をリノベーションした、かわいらしい教会である。、、、、現在の牧師さんは地元出身らしい。

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● 「玉の井いろは通り商店街」に出てきた。 昭和の作家:永井荷風が足繁く通った玉ノ井私娼街。 玉ノ井の地名は今は無くなり、商店街名、町会名などに残るのみ。 商店街から裏道に入って行くと、少なくなったが、まだ赤線時代の面影を残す建物がある。、、、、戦後生まれの私は経験がないが、『チョイト、お兄さん・・・・』と声かけられる街だったようだ。 もう少し、早く生まれていたら・・・・残念!

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・・・・・・・・・・・・いろは通りの真ん中あたりから北側にチョイトはいると曹洞宗の東清寺がある。 門前には「玉の井稲荷 豊川稲荷尊天 身代わり不動尊 東清禅寺」と書かれている。 鉄筋コンクリートの寺は、本堂の階段を上がると一対のお狐様が鎮座ましましている。 こちらは、昔は娼婦達の駆け込み寺であったそうだが、今はそれらしき面影を残すものは見えない。

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● 墨田区八広で京成押上線の高架下を抜けると、今はシャッターの下りた店が並ぶ八広新中商店街がある。 かっては、映画館「南龍館」があり商店街は「南竜館商栄会」と呼んでいたそうだ。 また、現在の押上線高架橋脇の八広5丁目都営住宅の所には、♪♪ ワワワ 輪がみっつ ワワワ 輪がみっつ ミツワ ミツワ ミツワ石鹸 ♪♪の工場があり、商店街は昭和60年代までは大いに賑わっていた。

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・・・・・・・・・・・・東郷元帥を描いた東郷ハガネの看板、こんにゃく稲荷の三輪里稲荷神社、などを見ながら、墨田区八広の町を抜けて行く。

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● 八広の町から旧中川岸の東墨田に入ると、平成10年(1998)に333億9千万円の建設費をかけて開所した「墨田清掃工場」の高さ150mの煙突が天を突いてる。 デカイ、高い!

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・・・・・・・・・・・・清掃工場の前を流れる旧中川。 川の両岸は「旧中川岸辺公園」(墨田区東墨田~立花、2.8km)として整備され、綺麗な水と豊かな緑の親水公園となっている。 コロナを避け、公園を歩き平井駅に向かう。

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・・・・・・・・・・・・ 「立花白髭神社」付近にて旧中川から離れる。、、、、立花白髭神社は、葛西川村の鎮守社として天和2年(1682)に創建した。 現本殿は大正12年(1923)の造営。、、、、住宅地の中にあるが、長い参道、緑の多い境内には癒しの効果がありそうだ!

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・・・・・・・・・・・・平井橋は、昭和55年(1980)架橋で墨田区立花と江戸川区平井を結んでいる。 橋を渡ればJR平井駅はすぐ。

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● JR総武線平井駅から我が家の最寄り駅:浅草橋までは、4駅、所要9分。 近い!

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2021年2月 5日 (金)

閻魔さまに祈願

“緊急事態宣言”が延長され自粛生活がさらに続くこととなった。 家に籠る毎日に飽き、立春も過ぎ暖かくもなり、歩きたい! 今日は、チョイト禁を破り、我が家から錦糸町までナイショで不要不急の散歩をしてきた。

我が家(浅草橋)から、江戸通りを厩橋まで、厩橋からは春日通りを東へ向かい横川一丁目交差点まで、その後南へ折れて錦糸町駅から電車で帰宅。 1万3千歩




● まずは、毎度おなじみの江戸通りを厩橋交差点に向かう。

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・・・・・・・・・・・・厩橋交差点にある「東京厚生信用組合浅草支店」、、、、この建物は昭和4年(1929)に、安藤組(現:安藤ハザマ)の設計・施工で建てられた。 外観はほぼ竣工時の姿を残している、レトロな建物である。、、、、シャッターが下りているのは、まだ営業時間前(am7:45)のため。

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・・・・・・・・・・・・もう一つ、厩橋の西詰(台東区側)、交番の隣りに人​の​顔​を​デ​ザ​イ​ン​し​た​、遊び心のある​公​衆​ト​イ​レがある。 ​顔​の​あ​る​側​に​、​男​、​女​別​れ​て​入​り​口​が​あ​る、チョイト寄ってみたくなるね。 でも、内部は普通のトイレ、隣りにお巡りさんも居るので、安心してゆっくり用を済ませてね。、、、、平成4年(1992)台東区の「まちかど賞」受賞

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● 隅田川に架かり、台東区蔵前・駒形と墨田区本所を結ぶ「厩橋(うまやばし)」、、、、橋名は西岸にあった「御厩河岸(蔵前の米蔵のための荷駄馬用の厩があった)」に因む。 もともと元禄年間ごろから続いていた「御厩の渡し」のあった処。、、、、現在の橋は、3径間下路式タイドアーチ橋、橋長 151.4m、幅員 22.0m。 工費114万5千円にて、大正15年(1926)に着工し、昭和4年(1929)に竣工した、震災復興橋の一つ。 橋の所々には、馬を連想させるレリーフなどが施されている。、、、、橋の下の川底には都営大江戸線が走っているが、上下線は厩橋を挟むように、橋台を避けて迂回している。 たぶん、古い橋の橋台に影響を生じないように避けたものと思われる。 

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● 厩橋を渡り、春日通りを東へ歩き、本所1丁目と2丁目の交差点に来ると、大通りの角に小さな「厩橋交番」がある、、、、現在は“交番”ではなく、「厩橋地域安産センター」に変わっている。 小さな三角形の角地に合わせ昭和3年(1928)に建てられた、小さく狭い交番建築である。 石造りを模したコンクリート造の交番は、チョビ髭のお巡りさんが警棒を持って立っているような、懐かしい雰囲気を漂わせている。

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● 本所2丁目の若宮公園の一角に摂社若宮牛嶋神社がある。 その鳥居前の木陰に隠れるように満州事変忠魂碑がある。 おそらく、戦前はもう少し目立つところに堂々と置かれていたと思われるが、今は目立たぬようにか(?)木の陰にひっそりと置かれている。、、、、昭和6年(1931)に始まった満州事変では本所区から700余名が出征した。 その中で戦死した霊を祀り昭和10年(1935)に遺族が碑を建てたものだ、塔頂部は満州らしい七重塔が飾られている。

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華厳寺は本所2丁目にある浄土真宗大谷派の寺。東本願寺の末の名刹で、権大僧正光円法印が慶長8年(1598)に本所中之郷に創建し、延享4年(1774)に本所の現在地へ移転した。、、、、華厳寺のお閻魔様は、延宝7年(1679)から境内に安置され、江戸六十六ヶ所えんま詣り第二十番目にあたり、「厄除けえんま堂」として広く庶民に信仰されてきた。 堂には、室町時代中期の作と思われる老婆の鬼「奪衣婆の像」もまつられている。 “怖い”というより、愛嬌を感じ、親しみの湧く2体の像が閻魔堂に祀られている。、、、、本堂は、只今工事中!、、、、今日は閻魔さまに、日本全国民の代表として小銭38円を賽銭箱に投じ、コロナ退散を祈願してきた。

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● 本所4丁目には、勝海舟の父親の小吉が参拝していた日蓮宗の能勢妙見山別院がある。、、、、“能勢の妙見さん”と聞くと勝海舟を思い出し、昭和49年(1974)のNHK大河ドラマ「勝海舟」を思い出す。 大河ドラマでは、松方弘樹が海舟(勝麟太郎)で、二代目尾上松緑が父親の勝小吉。 松緑の小吉が素晴らしい“江戸っ子”だった。、、、、小吉は麟太郎の病(犬にチン玉を喰われた)の時、ここ本所の妙見さんで水垢離をして祈ったと言われている。、、、、妙見山別院は小ぢんまりとした小綺麗な寺で、境内には四季の野草などが花を咲かせている。 境内の海舟の像が花を楽しんでいるようだ!

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● 現在は暗渠化し、その上に親水公園が整備された大横川に架かる2橋に寄った・・・・・

・・・・・・・・・・・・妙見山別院の東側にある紅葉橋、、、、石原4丁目と横川1丁目を結ぶ橋で、昭和5年(1930)に架設された。 全長35.11m・幅11m。 紅葉橋という名は、このあたりに楓川という細い流れがあったので、それにちなんで付けられた。 アールデコ風の親柱が印象的だ!

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・・・・・・・・・・・・紅葉橋の上流側(北側)に架かる横川橋、、、、橋上は春日通り、本所4丁目と横川1丁目を結ぶ橋で、昭和3年(1928)に架設された。 全長32.65m・幅22.7m。 親柱には外灯・装飾などがあったと思われる台座が残っているが上部は無い!

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● 横川1丁目、日本たばこ産業の正門前で南に折れ、スカイツリーを背にして錦糸町駅に向かう。、、、、散歩中の濃厚接触者はいないと思う。 コロナに感染していないと思うね!

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