足立区

2020年10月18日 (日)

谷在家アパート

今朝の天気お姉さんは、関東地方南部は曇り、北部は晴れ間もありそうとの予報。 それを聞いて妻がすかさず、『舎人ライナーで北へ行ったら』 この一言で決まり! 日暮里舎人ライナー谷在家駅から、西へ向かって埼玉高速鉄道川口元郷駅まで、約5km、1万3千歩の散歩です。




日暮里舎人ライナーの谷在家駅(やざいけえき)で下車する。 今日は日曜日、降りる人、乗る人、どちらも少ない。 『さて、東西南北いずれに参る?』、駅の案内図を見ながらチョイト考える。 名所も、大型施設も、なにもない西方の川口方面に向かい、歩くことにした。

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● 駅の西側には、昭和43年(1968)に建てられた都営谷在家アパートがある。 12棟(578戸)の集合住宅。、、、、建てられた当時、日暮里舎人ライナー(平成20年(2008)開業)は開通しておらず、都バスで最寄り駅(竹ノ塚、西新井など)に出たと思うが、きっと、陸の孤島だったであろう。 陸の孤島も40年後には駅前団地となった!

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● 都営住宅の西に浄土宗寺院の清徳寺がある。、、、、慶長16年(1611)に両国矢ノ倉(現:中央区東日本橋)に創建され、正保元年(1644)浅草に移る。 文化3年(1806)江戸の大火により類焼し、大正12年9月関東大震災のため本堂・庫裡・山門・鐘楼など、ことごとく焼失した。 昭和8年(1933)に現在地へ移転。 現在の本堂は昭和15年(1940)に建てられた。 広い墓地に比べると、本堂はチョイト小振りである。

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● 秋空の下、特に話題となるものもない道を、たんたんと西へ歩く。

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・・・・・・・・・・・・足立区加賀2丁目、首都高川口線の脇に二社、加賀稲荷神社加賀天満宮が向かいあってあった。、、、、加賀稲荷神社の創建は不詳。 嘉永の頃(1848~1853)に現在地に遷座して村の鎮守とした。、、、、小さな社の加賀天満宮は加賀稲荷神社の境外末社。

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● 首都高川口線の下を抜けると、その先は埼玉県川口市であった。 この付近は、首都高が県境となっている。

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・・・・・・・・・・・・川口市に入ると、スグに新芝川に架かる「花の枝橋」を渡る。、、、、橋の上に、何だか訳の判らんオブジェの柱が並ぶ奇妙な橋。

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・・・・・・・・・・・・川口駅に向かって歩く道、今日は日曜、工場が休みですいている。

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・・・・・・・・・・・・川口市の公園・公共施設に鋳物の柵が使われていた。 柵の中央には市章もデザインされ、さすが鋳物の街!

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● 川口元郷駅に近くに、元郷氷川神社がある。、、、、16世紀中頃の創建で、室町期の武将:平柳蔵人が大宮氷川神社を勧請したことに始まる。 創建当時は武蔵國四之宮と称されていた。 そのためか、当神社には「四ノ宮 氷川大明神」と記された社号額が存在する。 主祭神は素盞嗚尊で、相殿神は市杵島姫命。 父娘神であることから、子宝成就・子孫繁栄の神様として崇敬を集めている。 また、狛犬が安産に霊験があるとされ、狛犬の頭やお腹を撫でる妊婦もいるそうだ。、、、、今日は例大祭の日であったが、コロナのため神輿の御渡り・カラオケ大会は中止、役員のみの神事が行われていた。 役員の中には、自分のお腹を撫でる男性もいた。


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● 埼玉高速鉄道線の川口元郷駅(かわぐちもとごうえき)から帰ることにした。、、、、平成13年(2001)3月28日に開業した、島式ホーム1面2線の地下駅。 ここから隣りの東京メトロ赤羽岩淵駅までは、2.4kmで乗車3分、運賃210円、チョイト高いね!

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2020年10月 7日 (水)

最北の都営アパート

明日からは台風14号の来襲で、天気は荒れ模様。 今朝はまだ晴れているようなので、東武伊勢崎線谷塚駅から、つくばエキスプレスの八潮駅まで歩く予定で家を出た。 途中、花畑の団地で地元の人と話がはずみ、タイムオバーとなり、散歩はココまでとした。 団地からバスで谷塚駅まで戻り帰宅。 1万歩の散歩です。




● 東武伊勢崎線の谷塚駅(やつかえき)は、今から95年前の大正14年(1925)10月1日に開業した。 昭和63年(1988)から、上下線外側にそれぞれ通過線を持つ、島式ホーム1面4線の現在の高架駅となる。 現在、谷塚駅発着の電車は全て地下鉄日比谷線直通の普通列車である。 都心へ“お急ぎの人”は西新井駅・北千住駅で急行などに乗り換える必要がある。 コロナの感染予防に、“密”を避け、空いている普通列車でのんびり出勤すればいいのにね!

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・・・・・・・・・・・・・・住民の要望で、大正14年、谷塚駅は開業したそうだが、当時の駅周辺は湿地帯であったそうだ。 都心へわずか30分という立地条件から、昭和40年(1965)頃から急速に開発が進んだ。 特に、昭和37年(1962)に地下鉄日比谷線の乗り入れが始まると、利用者は急増した。 現在は、一日平均乗降客数:約39,000人の駅である。 駅前の案内プレートにあった昭和33年の谷塚駅

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● 谷塚駅の東側に広がる「瀬崎」の町を歩く。 瀬崎の町は、谷塚駅と伝右川の間に位置し、伝右川のさらに東側は東京都足立区である。・・・・・

・・・・・・・・・・・・谷塚駅東口から150m程歩くと、瀬崎浅間神社がある。 神社の創建年代は不詳だが、他所に祀られていた当社を明暦年間(1655~1657)に現在地へ遷座したと云われている。 明治6年には村社に列格、明治40年・明治42年に周辺の無格社9社を合祀したそうだ。、、、、現在の本殿は天保13年(1842)に再建されたもので、木彫は宮彫刻の粋といわれている。(本殿は網で覆われ、彫刻も判りずらい)、、、、社殿の東側には小御嶽神社(瀬崎の富士塚)と云われる、見事な富士塚がある。 高さ4m、幅10m程。 登山禁止だが、登りたくなるね!


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・・・・・・・・・・・・瀬崎の裏道を行く、、、、秋晴れの下、気持ちよく歩く!

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・・・・・・・・・・・・特筆すべきものがない、浄土宗寺院の松林山西往寺に立ち寄る。 西往寺は、三蓮社宝誉義山が開山となり、元和6年(1620)西性寺と号して創建したそうだ。

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・・・・・・・・・・・・西往寺のチョイ先には追手風部屋がある。 遠藤・大栄翔・大翔鵬・翔猿などの力士がいるのだが、誰も見えない、巡業中か?、、、、それにしても、両国(国技館)からは、チョイト遠いね、場所中、通うのが大変そう!

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・・・・・・・・・・・・谷塚駅からはか、大分外れた伝右川に近い場所にある。 洲崎稲荷大神は、語り伝えによると、「この稲荷様は、大雨の時、伝右川に御神体が流れ着いたので、それを奉った」ことが、始まりとらしい。(ホントか?)

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・・・・・・・・・・・・草加市の南東端(瀬崎6)となる伝右川沿いに、東京ガス草加整圧所の巨大なガスタンクが二基並んでいる。 川の向こうは東京都足立区となるので、草加市の外れに近い。 同じ敷地内に、何やら鉄塔も立っており、見上げてるとゴジラとか怪獣が登場しそうな雰囲気である。、、、、もし、このタンクが爆発したらその被害はどれ程になるのか? 怪獣が暴れないことを願う! 
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・・・・・・・・・・・・伝右川(中央)岸に立つ鉄塔、左手前の建物は草加市スポーツ健康都市記念体育館

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・・・・・・・・・・・・花畑第四アパートから見る東京ガスのガスタンク(中央の体育館の後ろに球形のタンクが見える)

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● 伝右川を越えると、足立区の北端である花畑第四アパート(はなはただんち)がある。、、、、花畑第四アパートは、足立区花畑の綾瀬川と伝右川に挟まれた足立区最北端の地にあるアパートです。 昭和46年(1971)の建設、管理戸数1004戸(全22棟)の都営住宅。、、、、花畑地区には、この他にも複数の「花畑〇〇アパート」と称する都営住宅がある。 また、旧住宅公団(現:UR都市機構)が運営する花畑団地(80棟、2700戸)と称する大規模団地もある。、、、、今日の散歩は八潮駅まで歩く予定であった、それ故、花畑第4アパートを見るつもりもなかったが、通りかかった次いでにチョイトお立ち寄り!(これが予定を狂わせた) 

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・・・・・・・・・・・・草加市スポーツ健康都市記念体育館から、伝右川の対岸に見える花畑第四アパート(団地)

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・・・・・・・・・・・・10階から北側のアパートを見る、、、、団地の後ろは八潮市。 左端の鉄塔は草加市。

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・・・・・・・・・・・・団地の中をウロウロ、、、、人影は少ない。 みんな、会社・学校・保育園、年寄りは老人ホーム・デイサービス。 居るのは空き巣かな?、、、、そんな団地の中で、団地の住人(高齢男性)と話が合い。 中高年の病気自慢合戦となった。 病気自慢なら自信があるので、時間を忘れ勝負する。 もちろん、私の勝ち。 続いて、病院(医者)の悪口、これには地元の病院を知らない私は聞き役。 終わってみれば、1時間のタイムロス!

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・・・・・・・・・・・・もう、八潮駅へ行くことはあきらめた! 最北端の都営住宅:花畑第四アパートの22号棟を見て帰ることにした。 この建物の北側は八潮市である。

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・・・・・・・・・・・・団地内の「花畑桑袋団地」バス停から、谷塚駅へ戻り帰る。

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2020年9月13日 (日)

獣一面観音って?

昨日、新しい『東京都シルバーパス』が送られてきた。 このパスは年間2万円程払うと、東京都交通局のバス・地下鉄・都電・日暮里舎人ライナーと、都内を走る主要路線バスが乗り放題となる。 早速、パスが使えるか試すため、日暮里舎人ライナーで見沼代親水公園まで乗ってきた。 チャンと自動改札機も通過し、パスが偽物でないことも確認でき、ひと安心!

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今日の散歩は、見沼代親水公園駅(東京都足立区)から、北に向かい峯ヶ岡八幡神社に近い“川口市大字東貝塚”まで歩き、「大竹」バス停から川口駅にでて帰宅。



● コロナ禍の日曜日、日暮里舎人ライナーは空いていた。 終点、都内最北端の駅、見沼代親水公園駅の改札を新しいシルバーパスで無事通過。、、、、なんだか、もう2万円分乗車した気分で、シルバーパスの元を取った!

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・・・・・・・・・・・・ここからは、東へ(草加・竹ノ塚方面)、西へ(鳩ヶ谷方面)、度々歩いているので、今日は北へ向かうことにした。 駅から200m程北へ歩くと埼玉県草加市、さらに150m程歩くと埼玉県川口市に入る。 ここ見沼代は足立区・草加市・川口市の交点である。 

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● 川口に入り、「川口市 榛松(はえまつ)一丁目」(今まで知ることも無かった住所)の住所表示前の裏道を北上する。、、、、どこに行くのやら、本人も半信半疑で、ただただ歩く!

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● 裏道の五差路に出た。 その角(川口市大字東本郷727)に庚申塔が並ぶ、小堂が立っている。 小堂の中には5基の庚申塔が並び、いずれも風化が進んでいるが、年号の読めるものがある。 享和3年(1803)、元文元年(1736)、天明8年(1788)、元禄2年(1689)など、200~300年前の川口の歴史を語っている。、、、、“江戸時代の川口の農村”て、いわれても想像できないね!

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● さらに、道なりに北上すると、東本郷氷川神社(川口市大字東本郷1249)の正面に出た!、、、、アリャ・コリャ、神社に御挨拶しないと!、、、、当社は、もともと東本郷の南方にある本郷谷下に鎮座していたが、大風が吹き、北の本郷の水田に飛ばされ、現在地に鎮まったと云われている。 風に吹き飛ばされるほど軽い神社だったらしい。(御利益も軽いかも?)、、、、覆屋内の本殿は室町時代の建造、現拝殿は大正14年(1925)の建造。、、、、神社入口には、辰井堀の架橋である享保四年の宮前橋という小さな石橋が残っている。

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● 道は徐々に坂を上っていく。 明治時代に開校した「新郷小学校」、昭和36年から給水を開始した「新郷浄水場」の前を行く。、、、、今日の気温は30℃以下、坂道も楽に上れ、助かった!

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● 坂をあがると、曹洞宗寺院の長久山宝泉寺(川口市大竹)がある。 宝泉寺は、安行吉岡金剛寺四世高庵永薫大和尚を開山に迎え、新井太郎右エ門勝行(慶長15年1610年歿)が開基となり創建したといわれてる。、、、、境内には水子地蔵尊があり、水子供養はぜひ当寺にて!

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・・・・・・・・・・・・境内では、「獣一面観音」に手を合わせてきた。、、、、仏の姿をし、やさしい童顔だが、頭には二本の角がはえた竜らしき顔がのっている。 “十”と“獣”をもじった仏である。

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● 宝泉寺からさらに北へ、川口市安行の近く、川口市大字東貝塚に「新郷貝塚」がある。 縄文時代後期の大規模な貝塚。 原形を留めている数少ない遺跡で、1m以上貝殻が堆積している部分もあり、竪穴住居跡や縄文人の骨も発見されているらしい。、、、、行ってはみたが、“貝塚”は地下に埋め戻され、見えるのは雑草の生えた地べただけ! 面白くない! 帰ろう!

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● 貝塚に近い、大竹バス停から川口駅にでて、帰る。

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2020年7月19日 (日)

糞尿を運んだ運河

新型コロナの感染が拡大しているなか、自分が感染しないためには、散歩の行き先も慎重に選ばなくてはならなくなった。 今日は、久しぶりに「つくばエキスプレス」乗ったが、行き先を決めてない。 空いた車中、『どこで降りようか?』と悩んだが決まらず、斜め前に座っていた女性が「八潮駅」で降りたので、私もつられて降りてみた。

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・・・・・・・・・・・・・とりあえず、電車とホームをカメラに収め、改札を出て『さて、どっちへ歩こうか?』 しばらく地図とにらっめっこ。 数年前に歩いた花畑運河に行って、六町駅から帰ることにして、朝8時、八潮駅から散歩をスタート。 

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・・・・・・・・・・・・雨上がり、靄がモヤモヤ。 中川右岸の土手に出る。 八潮駅から南へ約1kmの、この土手には「古新田(こしんでん)」と云うバス停があった。 現在のこの地は、八潮市古新田といい、中川の対岸も同じ地名である。、、、、当地は、江戸初期に大瀬村字新田と唱え、寛永4年(1627)に大瀬村から村切りした当時は大瀬新田と称し、正保年中(1644~1648)に古新田となった。 一般に、“古新田”とは元禄~享保の間に検地した耕地を言うそうだ、ちなみに元禄以前に検地した耕地は“本田畑”、享保以後の検地した耕地は“新田”と云うそうだ。(チョイト、知ったかぶりして書いた!)


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・・・・・・・・・・・・古新田バス停付近から中川の対岸(左岸)を望むと、水色のゲートの大場川水門が見える。 水門の左側は埼玉県八潮市古新田、右側は東京都葛飾区西水元。 水門は埼玉県と東京都の境にあるのだ!

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・・・・・・・・・・・・中川右岸の土手を歩き、対岸に大場川水門の正面が見える位置付近に来ると、垳川(がけがわ)排水機場がある。 垳川の東端、中川との接続点に昭和54年(1979)に完成したのが埼玉県の垳川排水機場。 現在の垳川は、北から八潮市を貫いて流れ下る葛西用水路の溜め池となっている。 大雨などによる増水時には水害防止の為、垳川の両端部の排水施設により、綾瀬川や中川に排水する機能を有している。 その一端が、埼玉県の管理する垳川排水機場。 5台のポンプで1秒間に40立方メートルの水を中川に排水する能力を有している。、、、、「垳川」の北側は埼玉県八潮市、南側は東京都足立区で、垳川が都県境の一部となっている。


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・・・・・・・・・・・・中川土手を、もう少し南へ歩くと花畑運河がある。 東京近郊農村地帯と都心を連絡する舟運の利便化のために昭和6年(1931)に、第一級河川「中川」と「綾瀬川」を結ぶ、全長1.4kmの運河として開削された。 終戦直後は都心の下肥(糞尿)を農業用肥料として近郊の農家へ、運河をとおり舟で運んでいた。 現在は、舟の通行はほとんど無くなり、真っ直ぐに伸びた細長い釣り堀となっている。、、、、名前は綺麗なんだが運河沿いには、花壇があるわけでもなく、サクラ並木があるわけでもない、花に縁のない運河。 また、“釣り堀”と云っても、愛好家が勝手に河岸で釣りを楽しんでいるだけ。 もうすこし住民がよろこびそうな運河の有効利用は考えられないかな?

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・・・・・・・・・・・・内匠橋綾瀬川を越え、足立区南花畑地区に入る。 この辺りはつくばエキスプレスが開通する以前は“陸の孤島”で、畑が多かった。 今は完全に新興住宅街となり、新しい住宅が建ち並んでいる。、、、、どこを歩いても、花畑は無い、大根畑も無い!、、、、【チョイト一言】 “花畑”は“はなはた”と読む、“はなばたけ”と読むと、私のように綺麗な花が咲いている土地を期待してしまう。

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・・・・・・・・・・・・南花畑の町を抜けると、つくばエキスプレス六町駅。 平成17年(2005)8月24日に開業した地下駅。、、、、六町駅から秋葉原駅までは、約16分。 速いね! 秋葉原駅から浅草橋の我が家までは、徒歩15分。 でも、つくばエキスプレスの秋葉原駅は「ヨドバシカメラ」の地下深くにあり、電車を降りてから地上に出るまでチョイト時間を要す。 さらに、“ヨドバシ”に寄ってブラブラすると、この時間が最も長くなる。

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・・・・・・・・・・・・今日の散歩は1万歩。 車中以外はマスクなしで歩くことができ、楽だった!

2020年6月20日 (土)

牛田から梅島

大きな私鉄:東武鉄道になると当然駅も多い、日本人なら大往生するまでに一度は乗り降りしたことがある浅草駅、行ったことがなくても駅名は聞いたことがある北千住駅、どこにあるのかサッパリ判らん梅島駅、駅名を聞くのは生まれて初めて牛田駅など、ピンからキリまで選り取り見取り。 今日の散歩は、知名度の低い牛田駅から歩きはじめ、西新井橋を渡り梅島駅まで、1万5千歩の散歩です。




駅の向かいに駅 ・・・・・・・・浅草~北千住間の各駅に停車する普通か、区間準急、区間急行(浅草~北千住間は各停)に乗らないと牛田駅に下車することができない。 牛田駅は北千住駅の隣り駅だが、周辺にはめぼしい建物・施設はない。 京成電鉄本線の京成関屋駅とは道路を挟んで向かい側にあり乗り換えが楽な連絡駅となっている。、、、、牛田駅は昭和7年(1932)9月1日開業。 相対式ホーム2面2線の地上駅。

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・・・・・・・・・・・・駅の向かいに駅。 京成関屋駅がある、それぞれ乗り換える人が道路を横断していく!、、、、京成関屋駅は、昭和6年(1931)12月19日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。
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●墨堤通り! ・・・・・・・牛田駅から墨堤通り(都道461号)を西へ向かって歩くことにした。

・・・・・・・・・・・・踏切の先は、半円状に道路が整備された柳原地区。 墨堤通りは踏切の手前を左側(西側)に折れてる。

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・・・・・・・・・・・・東武伊勢崎線から分岐し、墨堤通りを横断していた岡田商事引込線跡。 京成本線の高架下を抜けた先(隅田川岸)に旧千住貨物駅があった。

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・・・・・・・・・・・・墨堤通りの南側に京成本線が並行する。 その先で、墨堤通りは常盤線・つくばエキスプレス・東京メトロ日比谷線の下をくぐり、千住宮元町交差点にて日光街道(国道4号)と交わる。

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●マスクした狛犬! ・・・・・・・・千住宮元町交差点近くに、千住青物市場の守護神としてであった河原町稲荷神社がある。 創建年代は不詳だが、千住市場が開かれた天正年間(1573~93)に遡ると云われている。、、、、昭和20年(1945)の空襲で社殿と社叢が全焼したが、御神体ならびに神輿庫は類焼を免れた。 昭和22年(1947)、トタン葺の木造社殿にて復興し、昭和41年(1966)に現社殿(鉄筋コンクリート造)が造営された。、、、、当神社の狛犬は足立区内最大の大きさを誇っているが、今年は“新型コロナ”の影響でマスクを使用している。 “安部のマスク”は貰えなかったので、自腹で特大のマスクを買ったらしい。 顔が見えない!

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●再び、墨堤通り! ・・・・・・・千住宮元町交差点を過ぎると、墨堤通りは徐々に北に向かう。 私は、墨堤通りに並行する裏通りを歩く。 

・・・・・・・・・・・・只今、午前9時。 「ゆうやけ通り みどりちょう」と標された商店街に足を踏み入れたが、まだ夕焼けには時間があり、何処の店も開いてない! つまらないので、脇道を歩く。

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・・・・・・・・・・・「都営千住桜木一丁目アパート」の前に出た。 隅田川岸にたつ、平成13年(2001)竣工、総戸数:260戸(14階建て)の大きな都営住宅である。、、、、アパート裏の護岸に上ると、大きく蛇行する隅田川を眺めることができる。

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・・・・・・・・・・・・再び、墨堤通りを歩く。

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・・・・・・・・・・・・かつて、東京電力の守護神と云われたこともある元宿堰稲荷神社。 第116代桃園天皇の御代、宝暦4年(1754)の創建と伝えられるが、詳細は不明。
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・・・・・・・・・・・・墨堤通りが尾竹橋通りにぶつかる千住桜木町交差点、これより先は尾竹橋通りとして西新井橋を渡る。
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●スカット爽やか! ・・・・・・・・・・・尾竹橋通り(東京都道461号)を通す、橋長: 444.6mの西新井橋。、、、、今日は散歩日和で、橋の上を歩いても暑くない。 荒川の風も優しく吹き、気持ち良い散歩だ!

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●コロナか、霊気か?・・・・・・・・西新井橋を北詰から梅島駅に向かう。 途中、梅田6丁目にある、天照大神を祭神とし、慶長年間(1596~1615)の勧請という梅田神明宮に立ち寄る。 地主神が祭られていた当地に、神明宮を創建したそうだ。 また、井上正鐡が伝道した禊教発祥の霊場だと云われている。、、、、なんとなく、ジメットした境内は、コロナが居るのか?霊気が漂っているのか?

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●油断大敵! ・・・・・・・・梅島駅に到着! まだまだ油断できない“新型コロナ”、それでも外出したい人が多いようだ、駅にも人が出てきた!

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2020年5月31日 (日)

行きも帰りもガラガラ!

三密を避け、ガラガラの電車に乗って、東京拘置所のある小菅駅から散歩を始める。 裏道を歩き、綾瀬駅前をとおり、お花茶屋駅まで、1万3千歩の散歩。 帰りの電車もガラガラ!




●電車も楽し! ・・・・・・浅草橋から都営浅草線で押上へ。 押上で東武電車の準急:久喜行きに乗り、北千住で普通に乗換え、隣り駅の小菅まで。 短い距離だが、久しぶりにのんびりと電車に乗り、楽しんだ気分がした。 

・・・・・・・・・・・・浅草橋から都営浅草線で押上へ、、、、羽田・成田の両空港を利用する観光客がいない! 電車も、ホームもガラガラだ!

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・・・・・・・・・・・・押上駅は、都営・京成の駅も、東武・東京メトロの駅も、スカイツリー見物の観光客がおらず、これまたガラガラ!

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・・・・・・・・・・・・東武押上駅から久喜行きの準急に乗る、、、、次は、隣り駅の曳舟、その次は北千住までノンストップ!

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・・・・・・・・・・・・北千住で普通に乗換える

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・・・・・・・・・・・・着いたところは、東京拘置所前の小菅駅。 降りる人、乗る人も少ない、哀愁おびた都心のローカル駅。 高架下の大空間に改札があり、風通しはバツグン! 冬は寒い! 今は換気充分、コロナは居ない!

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●3000名収容! ・・・・・・駅前の東京拘置所は、敷地の北と西に古隅田川とよばれる小川が流れ、東は綾瀬川が流れる、四角い広い城塞のような土地である。 その中央に、地上12階/地下2階建て、高さ50mの平成18年(2006)頃に完成した新舎房が堂々とたっている。 3010名収容できる立派な施設だが、私はまだ泊まったことがない、チョイト残念!、、、、新舎房を取り囲むように、官舎・公務員住宅が配され、素人の私には事前に脱走経路を調べるのは無理である。

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●謎の事件! ・・・・・・東京拘置所の北側にJR常磐線の高架橋がある、その高架橋脇(足立区西綾瀬1)に「下山国鉄総裁追憶碑 」がある。 昭和24年(1949)に起きた下山事件の記念碑だ!、、、、下山事件は昭和24年7月5日、初代国鉄総裁の下山貞則が、朝、公用車で出勤した。 途中、銀行等により日本橋三越で車を降りた後、消息が途絶えた。 翌日の午前0時30分頃、この碑がある北千住~綾瀬間において汽車に轢かれた下山総裁の遺体が発見された。 遺体からは生活反応が見られなかった事から、列車に轢かれた時に総裁が生きていたか、死んでいたかが問題となった。 警察からは公式の捜査結果が発表されないままに捜査が打ち切られた。 当時は高インフレにあえぐ経済の立て直しのために緊縮財政がとられ、6月には行政機関職員定員法が施行された。 これにより国鉄に対し10万人近い人員削減が求められていた時代の事件である。 いまだに、自殺か?他殺か?謎!、、、、その後も、7月15日には三鷹事件、8月17日には松川事件が発生している。

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●コロナに強い! ・・・・・・・綾瀬川を越えると常磐線の南側(足立区綾瀬1)に綾瀬神社がある。 元の氷川神社に胡録神社を合祀し、社名を綾瀬神社とした。、、、、本社はさいたま市大宮の氷川神社、武蔵野国の一ノ宮でその神徳を仰ぎ、明暦5年(1659)に勧請した。 また一方の胡録神社は氏子区域にもう一社あった神社で、宝暦5年鎮座との社伝がある。 こっちは疫病退散を祈願する神社で、ぜひともコロナを撲滅して欲しいものだ!

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●銀座だ! ・・・・・・・「TOKYO 2020」の旗がもの悲しくなびく「綾瀬中央銀座」の商店街を抜けると綾瀬駅にでた。、、、、喉が渇きお茶が欲しく、銀座でショッピングしたかったのだが、“銀座”にはコンビ二が見当たらない!

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●千葉から香取へ! ・・・・・・・・綾瀬駅から南東へ向かい、葛飾区堀切8丁目の上千葉香取神社に出た。 神社は旧上千葉村の鎮守。、、、、当地区は中世、千葉氏一族の領地であり、付近には古城址と思われる地名が残っているので、当社は葛西氏または千葉氏が下総国香取神宮を勧請したものと推測されている。 社号は明治5年社格制定の時、「千葉神社」と改めたが、昭和32年旧名に復して「香取神社」とした。

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●泥棒のように! ・・・・・・・・気の弱い泥棒のように人との接触を避け裏道を歩き、京成本線お花茶屋駅に向かう。 
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●帰りもガラガラ! ・・・・・・・・お花茶屋駅から青砥経由で我が家(浅草橋)へ帰る。 帰りもガラガラ!

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2020年3月16日 (月)

護摩でコロナをコロリ!

新型コロナ撲滅を祈願して各処の寺社に参っている。 今日は、「病気平癒」に絶大な御利益が期待できることで知られている西新井大師に行ってきた。 大師の帰りは、日暮里・舎人ライナーの舎人公園駅まで散歩。




●護摩で新型コロナをコロリと! ・・・・・・・新型コロナの撲滅祈願に、はるばる遠く浅草橋の男一匹、やって来ました西新井!

・・・・・・・・・・・・東武鉄道大師線の「大師前」駅から、早朝の人通りの少ない参道を歩く。、、、、マスク嫌いで、マスクはカバンに入れて持ち歩いている私には、人とのすれ違いも少なく安心して歩ける参道だ。 これならコロナはうつらんだろう!

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・・・・・・・・・・・・西新井大師は、真言宗豊山派の寺で、山号を五智山と称し、寺名は詳しくは五智山遍照院總持寺(ごちさん へんじょういん そうじじ)と称する。 「西新井大師」は通称。 空海(弘法大師)が関東巡錫の途中、西新井を通った際に、本尊である観音菩薩の霊託を聞き、本尊の十一面観音を彫り天長3年(826)に寺院を建立したことに始まる。 江戸時代の本堂は昭和41年(1966)の火災により焼亡したが本尊は難を逃れた。 現本堂は昭和46年(1971)に、大関徹建築設計事務所の設計、清水建設の施工で再建された。、、、、川崎大師、観福寺大師堂と共に「関東厄除け三大師」の一つに数えられ、毎年の正月には初詣の参拝客で賑わう。

・・・・・・・・・・・・山門、、、、江戸後期の建立。 両脇に金剛力士像を祀る。 新型コロナに勝てそうな面構えだが、山門に隔離され腹が出ている姿は動きが鈍そうだ! 

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・・・・・・・・・・・・本堂、、、、鉄筋コンクリート造、2階建て、延床面積は約2,330m2、昭和46年(1971)5月竣工。、、、、早朝なので人影もまばら。

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・・・・・・・・・・・・内陣、、、、御本尊の十一面観音・弘法大師像は共に秘仏、姿は見えず仏壇の扉越しにゆっくり手を合わせる。 天長年間(824~834)に、弘法大師が流行り病や災厄に苦しむ人々を救うために、自らの手で十一面観世音尊像をつくり、二十一日間もの間祈りをささげ続けたのです。その後、この地から泉が湧き出て、人々を病や災厄から救ったといわれている。 これ以降、西新井大師では、家内安全、無病息災、病気平癒を祈願する参拝者が絶えず、篤い信仰を集めているそうだ。 護摩をガンガン焚いて新型コロナを焼き尽くして欲しいものだ!、、、、ここは中野の「新井薬師」ではないので、薬師如来は不在、間違えないで!

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・・・・・・・・・・・・不動堂、、、、関東三十六不動の第26番札所。 建物は歴史あるものではなさそうだ。

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・・・・・・・・・・・・三匝堂(さんそうどう)、、、、明治17年(1884)建立。 都内に残る唯一の栄螺堂(さざえどう)である。古くは登ることができたが現在は内部非公開。 一匝に八十八体大師像(隙間から覗くと小さな仏像が並んでいる)、二匝に十三佛、三匝に五智如来と二十五菩薩をまつっています。

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・・・・・・・・・・・・・・山門脇に塩地蔵、、、、江戸時代からいぼ取りなどに霊験あるお地蔵さん。 功徳あれば塩を倍返しする。 もし、ご利益無ければ、砂糖の倍返し。(嘘だよ~~ん)

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●普通の団地! ・・・・・・・西新井大師をあとにして、西側の裏通りを北に歩く。、、、、少し行くと、都営住宅「西新井六丁目アパート」があった。 特に変わった建物でもなく、歴史あるものでもなく、何処にでもある団地。 昭和48年~昭和49年に建てられた、広さ約40㎡の2DK~3DKの間取り、全193戸(7棟)の団地。

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●送電線に沿う! ・・・・・・裏道を北の方角に歩く、町の風景には特筆すべきものはない! 上空を這う、送電線と鉄塔を見ながら歩く。 鉄塔の形を見て楽しんでいる、写真を撮っている、変な親爺は私のことか?

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●公園抜けたら駅! ・・・・・・・上を見ながら、着いた所は舎人公園。 舎人公園を抜けたら舎人公園駅

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・・・・・・・・・・・・・・日暮里・舎人ライナー舎人公園駅から帰宅。

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2020年2月14日 (金)

観梅の穴場

連日のポカポカ・ポッカレモン陽気で、ウメが咲き、サクラがほころび、チンチョウゲも咲いて、ひょっとすると間違ってヒマワリも咲きそうな暖かさ。 ウメが散らないうちに観ておこうと、夫婦で観梅に行くことにした。 人混みは、新型コロナに感染するかも(?)と思い、交通機関も空いていそうな処で、“知る人ぞ知る 知らない人は黙ってろ”、観梅の穴場「足立区都市農業公園」に行ってきた。 日暮里・舎人ライナーの西新井西駅から西へ歩き、足立区鹿浜にある「足立区都市農業公園」に行き、さらに西へ歩いて埼玉高速鉄道の川口元郷駅まで、1万3千歩の散歩です。




●寺から西へ1km! ・・・・・・・日暮里駅から先頭車両の一番前の席に、還暦はとっくの昔に過ぎた夫婦が座り、遊園地気分で「西新井大師西駅」でライナーから降りる。、、、、西新井大師西駅から西新井大師の山門までは、直線距離で約1.0km。 普通に歩けば約20分以上はかかる。 駅名に騙されて、当駅から西新井大師へ参拝するのは後々後悔することになる、高齢者は“死の行進”となるかも? 後悔する人が多いようだ、駅の壁に西新井大師行きのバス乗り場までの案内があった!、、、、駅は平成20年(2008)3月30日に開業。

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●西へ、西へと歩く! ・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・まずは、駅前にある、URの江北六丁目団地の中を通り抜ける。、、、、昭和46年(1971)に竣工した、総戸数:860戸の団地。 数年前にリニューアルされ綺麗だ!、、、、駅出入口の真ん前にあるので、会社帰りのチョイト一杯は家の前を通ることになるので行き難いね!

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・・・・・・・・・・・・つづいて、都営の上沼田第3アパート。 昭和43年(1968)に建てられた総戸数:569戸の団地。 築50年経過し、住民の多くは高齢化し寂しくなったそうだ。、、、、団地内の商店は店を閉じたようだ!

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・・・・・・・・・・・・鹿浜4丁目の民家の軒先に立つ“出世の狸”、、、、立て札にいろいろ書いてるね。


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・・・・・・・・・・・・鹿浜3丁目、真言宗智山派の寶蔵寺は、医壷山福寿院と号す。 寶蔵寺は、弘安年間(1278~1288)、良算和尚によって鹿浜村南部に創建され、江戸時代には末寺8ヶ寺を擁する小本寺格の寺院だった。 荒川水除堤(熊谷堤)の造成により堤外となり、また水害も多いため、寛保2年(1742)以降に当地に移転した。 現在の堂宇は大正14年(1925)に再建されたもので、江戸期の隆盛を偲ぶべくもないが、風情ある寺だ!

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・・・・・・・・・・・・寶蔵寺の裏(北側)に北鹿浜公園があり、そこに昭和2年(1927)に製造され、昭和46年(1971)まで現役で走り続けた蒸気機関車:C5075(中距離用小型テンダ機関車)が保存されている。 塗装は剥げ、車体は劣化し、ボロボロ。 可哀そうで泣きたくなるね! 

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●ウメも、サクラも、満開! ・・・・・・・足立区の端(鹿浜2)にある「足立区都市農業公園」に来た!、、、、ウメの木は40本弱ぐらいで、梅林というほどではないが、静かに観梅することのできる穴場である。、、、、初めて来た妻は、綺麗に咲いたウメに感動し、ウメの花の香に爽やかさを感じ、再び感動。、、、、また、ウメに魅せられ、負けじと咲いたカンザクラは既に満開、一部散り始めた。

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・・・・・・・・・・・・・・せっかく来たのだから、古民家長屋門などもチョイト拝見。

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●さらに西へ、川口へ! ・・・・・・・・・・・公園の脇を流れる芝川は、東京都足立区と埼玉県川口市の境である。 荒川への注ぎ口である芝川水門の近くで芝川を越えて川口市に入る。、、、、降りだしそうな、いやな空模様、気持ちはあせって、足はヨタヨタ、埼玉高速鉄道の川口元郷駅へ向かう。

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2020年2月12日 (水)

小台と宮城

日暮里・舎人ライナー足立小台駅で下車し、荒川と隅田川に挟まれた中洲状の町:足立区小台・宮城を歩いてきた。 帰りは豊島橋を渡り、豊島五丁目からバスで帰宅。 1万1千歩




●お客は少ない! ・・・・・・・荒川と隅田川に挟まれた、“狭い土地”と言うべきか、“広い土手上”と言うべきか、どちらにしても住宅からはチョイト離れた尾久橋の北詰(足立区小台1)に、日暮里・舎人ライナーの足立小台駅はある。 平成20年(2008)3月30日のライナー開業と同時にできた。 平成30年(2018)度の一日平均乗降人員は3,931人であり、日暮里・舎人ライナー13駅中最下位だった。、、、、朝の足立小台駅では、乗降客が少ないにもかかわらず、2名の警備員がホームにいた。 『いやに、厳しいな!』と思ったら、ライナーが超満員で入線してきた、ココ足立小台駅では乗れない人もいるようだ。 その人達のための、“尻押し”をしているらしい。 押すところ間違えないように!

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・・・・・・・・・・・・ホームは、隅田川・荒川を見下ろす高い位置にある。

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●車窓は絶景! ・・・・・・・足立小台駅の北側、荒川に日暮里・舎人ライナー荒川橋梁扇大橋が架かっている。、、、、日暮里・舎人ライナー荒川橋梁は、橋長610.8m、4径間鋼箱桁の構造で、平成18年(2006)に竣工した。 何と云っても、日暮里・舎人ライナーが橋の北側で首道路中央環状線の上を跨ぐため、ライナー高架橋の最高地点で、高さは約30mあり、眺めは最高!、、、、扇大橋は、尾久橋通り(都道58号台東川口線)を通す。 こちらは、長さ445.4m、幅員26.0mの3径間連続鋼ゲルバー式桁/連続箱桁橋。 昭和49年(1974)竣工。、、、、日暮里・舎人ライナーに乗り、ココを通過する時、いつも思うのは、絶景に感動し、電車の停止に怯えること。 もし、橋上で電車が止まったら、約30mの橋上を歩いて退避することになる、怖~~い!

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●昔は台地、今は土手下! ・・・・・・・足立小台駅から西へ、足立区小台の町を歩く。、、、、小台も、隣りの宮城も、大正時代に荒川放水路開削事業で河道となるため住民が立ち退かされた町である。 それまでは、さほど高くはない台地で、畑地であったそうだ。 そこで“小さな台地”ということから「小台」と呼ばれたらしい。、、、、荒川放水路(現:荒川)ができたため、小台・宮城の町は中洲のような細長い狭い町となってしまった。 現在は工場がが多く、下町の工業地帯。

・・・・・・・・・・・・まずはブラブラ。 建設関連の、〇〇建設、〇〇工業、〇〇塗装などの会社名が多いね!

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・・・・・・・・・・・・小台2丁目に曹洞宗の寺:珠明院がある。 金龍山と号し、本尊は聖観音像(浅草の浅草寺も、金龍山で本尊は聖観音像、似てるね!) 珠明院は、然室存廓(弘治元年(1555)寂)が開山となり創建した。、、、、本堂前には、板碑型庚申塔、地蔵菩薩がある。 地蔵には『六地蔵弐番目武州江戸講中 元禄十二己卯年七月十五日』の銘がある。

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・・・・・・・・・・・・珠明院の北東、荒川土手の前に立派な庚申塔が七基ある。、、、、説明板には、 小台七庚申  庚申信仰は、大陸から伝来した儒・仏・道の三教の内、道教を軸に平安時代の初め僧侶によって貴族社会に伝わり、のち次第に庶民に及んで固有の民俗信仰と習合し、広まったものである。ここ一か所に集まっているのは、大正初期にはじまった荒川放水路の開削工事で、立退きの対象となった地から下川家と共にここに移転安置したものである。承応三年(1654)から元文元年(1736)に造立された堂々とした造りで、江戸期庚申信仰が盛んであったことを物語っている。武州下足立郡淵江領宮城村の刻銘があるが、ここの地名をとって小台の七庚申と呼ばれ、人々の信仰を集めている。多くの民俗資料が消滅していくなかで、区民の努力によって保護保存されている代表的なものである。 平成4年3月 東京都足立区教育委員会 』と、記されている。 、、、、昔は、道端にこんな立派な庚申塔が多く祀られていたであろう。 今では、お宝だ!

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●豪族の館があった町! ・・・・・・小台の隣りは足立区宮城の町、こちらもブラリ散歩、、、、三方を荒川・隅田川に囲まれ、残る一方は小台の町に隣接する。、、、、町名の由来は、豊島氏の一族で太田資正に仕えた宮城政業の居館が現在の江北橋側の氷川神社にあり、寛永の頃には宮城の村落が出来ていたとそうだ。

・・・・・・・・・・・・町をブラブラ、こちらも小台と同じで下町の工業地帯。

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・・・・・・・・・・・・・・・町中にあるはずの、真言宗の福壽山地蔵院。 あまり広くない境内に墓石がポツンと残り、堂宇は一切ない。 アレ? 寺の夜逃げか? 本堂があったと思われるところは整地されジャリ・ジャリ。 どうしたのかな?、、、、残されている墓石を見ると、どの墓も「下川家」だ、一族か? チョイト、ミステリアスな寺。

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・・・・・・・・・・・・・・江北橋の橋詰めに宮城氷川神社がある。 氷川神社は、豊島重信の子重中が南北朝時代に足立郡宮城の地を開発、守護神として武蔵国一宮氷川神社の分霊を勧請して創建、北條氏滅亡時に宮城氏も滅亡したものの、江戸時代初期の村落成立時に改めて村落の鎮守社として祀ったと言われている。、、、、この地には、豪族宮城氏の居館があったそうだ。 “砦”と言う程度のものか?

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●北区から帰宅! ・・・・・・・・豊島橋を渡り足立区から北区に入る。 豊島五丁目団地の前からバスでに乗る。 北区から帰宅。

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2020年1月20日 (月)

足立区の下町

草加あたりで降りるつもりで、押上で久喜行きの準急に乗る。 電車は、乗客全員がチョウド座れる程度で、立っている人は一人・二人ぐらい。 次の曳舟から、私の右隣りに女子高生が大きなカバンを抱きしめて座った。 電車が走り始めると、私の隣りの左手でカバンを抱いて、あいている右手でカバンの中をゴソゴソ。 カバンの中の右手が私の腰のあたりに伸びて来てゴソゴソ、アリャ、女子高生の痴漢か?、被害者は私、70を超えた親爺か?。 大きなカバンの中、隅の方の何かを探しているようだ、痴漢ではなかった、チョッピリ残念! カバンから丸い手鏡を取り出した、再びゴソゴソ。 次に、カバンから手が出た瞬間、ピンクの丸いケースが床に落ち、コロコロ。 女子高生は慌てて立つが大きなカバンが邪魔で動作が鈍い。 電車はゴトゴト、ケースはコロコロ、空いてる電車の中を、ケースがアッチへ、コッチへ、女子高生は追っかける。 ドアの隅でやっと拾い上げた。 席へ戻った女子高生、今度はペンシルのようなものをだし、化粧を始める。 隣に座る親爺はイライラ、何処で降りるか集中して考えられず、頭にきて北千住で降りてしまった。 親爺は、普通電車に乗り換え、今日は“2”0日なので、北千住から“2”駅目の五反野駅で下車した。

東武伊勢崎線の五反野駅から、常磐線の綾瀬駅前をとおり、京成本線の堀切菖蒲園駅まで、今日は1万2千歩の散歩。




●テキトウに東へ! ・・・・・・・・テキトウに五反野駅で降りた! 『さて、東西南北、右左、いずれに行こうか?』 チョイト考え、これまであまり歩いていない、東へ向かうことにした。 “東”と言っても、テキトウで、大雑把に言えば綾瀬方面に向かうことにした。

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●戦後の下町! ・・・・・・・・駅の東側「西綾瀬」(足立区)の町は、戦後の下町という感じ、町は区画整理されておらず、道はクネクネ、トタン張りの建物がポツポツ残る、アパートが立ち並ぶ、ヨタヨタ歩いているのは爺さん婆さん、ママチャリで脇をすり抜けていくのは若いママ、狭い道に車が入ってくるゴミ収集車とデイサービスの送迎車。

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●屋根のカーブがいいね! ・・・・・・・西綾瀬3丁目に新義真言宗の長性寺がある。 真光山荘厳院と号し、寛永元年(1624)に創建した。 本尊は不動明王(立像)。、、、、本堂の素朴な感じがいいね! 境内は約1000坪あるそうだ。、、、、ご近所の方か(?)、境内の石仏に花を供えていた。 

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●長~い水路! ・・・・・・・長性寺の東側、綾瀬川に「五兵衛新橋」が架かっている。 五兵衛橋の名は、江戸時代の初め、武蔵国入間郡金子村(現:埼玉県入間市)からこの地に転入し、この付近を開拓した金子五兵衛に由来する。 付近一帯はその名をとって五兵衛新田村となった。 寛永年間(1624~1644)に綾瀬川が内匠橋から伊藤谷橋あたりまで新川として開削されたため村は東西に分断されたので、代償として長さ12間、幅9尺の土橋が幕府によって設置された。これが初代の五兵衛橋。 その後、橋は何度か架け替えられた。 昭和に入ると綾瀬川の護岸も整備され、高さも高くなってきた。 平成10年(1998)、高くなった護岸をまたぐように、歩道橋のような形状の現在の橋に架け替えられた。

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・・・・・・・・・・・・橋上から南を見ると、小菅の東京拘置所の大きな建物が見える。 また、後ろにはスカイツリーもチョイト見える。

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●綾瀬の一寺一社! ・・・・・・・橋を渡ると、綾瀬の町である。 そこには綾瀬稲荷神社が鎮座する。、、、、綾瀬稲荷神社の創建年代は不詳だが、五兵衛新田の鎮守社であったと言われ、明治7年(1874)に五兵衛神社と、昭和42年(1967)年に綾瀬稲荷神社と改称した。

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・・・・・・・・・・・・綾瀬稲荷神社と隣り合わせに、真言宗豊山派の観音寺がある。 観音寺は稲荷山蓮華院と号す。 観音寺は、賢智上人が開山、当地を開拓した金子五兵衛(法名開田院)が開基となり、17世紀初頭に創建した。 本尊は十一面観世音菩薩で江戸時代初期の作らしい。、、、、慶応4年(1868)、江戸から流山へ退却する新撰組の一隊が金子家とこの寺院に宿泊したそうだ。

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●歩くぞ! ・・・・・・・綾瀬駅に着いたが、帰る時間にはまだ早い。 駅前の「綾瀬川通り」をまっすぐ歩けば、京成本線の堀切菖蒲園駅に行ける。 『よし、堀切菖蒲園まで歩こう!』自分に言い聞かせ歩くことにした。、、、、駅構内を素通りして行く。

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・・・・・・・・・・・・ひたすら歩いて堀切菖蒲園駅に向かう。、、、、ほぼ予定の時間内で到着、息はゼイゼイ、足はパンパン、腹はペコペコ、チョイト電車の中でひと休み。

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