足立区

2024年2月15日 (木)

住みやすい谷塚

天気も良さそうなので、『歩いてくる!』と一言残し家を出る。 『さて、どこへ行こうか?』 迷える爺は、とりあえず浅草線に乗り押上で降り。 東武伊勢崎線に乗り西新井で降り。 再び伊勢崎線に乗り谷塚で降り。 ここから歩こうと決めたが、東西南北いずれに向かう? またまた迷える爺となり。 駅前の地図を眺めて、見沼代親水公園駅まで歩くことにした。 1万1千歩の散歩です。




谷塚駅は東武伊勢崎線が東京都足立区から埼玉県草加市に入って最初の停車駅。 私にとっては、『東京から埼玉に行ってきた』と言える駅だ。 我が家のある浅草橋から30分程の処にあり、お手軽に来られる駅でもある。、、、、東口は駅前ロータリーがあり、バスも停まり、スーパーや100年ショップなどもあり整備されている。 西口は駅前に空き地が広がり、車は入りずらく、これから整備するようだ。、、、、駅前の地図を眺めて、今日は県道104号線の北側を西へ向かって日暮里舎人ライナーの見沼代親水公園駅まで歩くことにした。

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● 住宅情報サイトの記事によると、谷塚駅東側は『①駅前に交番がある ②スーパーや日用品店が揃っていて買い物に困らない ⓷コンビニと飲食店は少なめ ④全体的に人通りが少なく静かな雰囲気』と書かれているが、今日歩いた西側の特徴は『①全体的に店が少なくて田舎の雰囲気 ②家賃は低いがやや古い物件が目立つ ⓷自然が多くてのどかな住宅街が広がる ④スーパーが少なくて買い物が不便』と書かれてる。 たしかに、歩いてみて西側は、まさに田舎の雰囲気が残る新興の住宅地である。 店は少なく、道路は狭く、歩く面白みに欠ける町。

・・・・・・・・・・ 駅近くで県道104号線を横断し、北側(谷塚町・柳島町)の裏道を歩く。

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・・・・・・・・・・ さっそく農地が現れた! セールストークで『高い建物がないので、見晴らしが良いです。人通りも少なく、緑が多いのどかな住宅街が広がってます』 

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・・・・・・・・・・ 新しいアパートが並ぶ! セールストークで『戸建てに混ざって、一人暮らし向けの低層アパートも多いですよ』

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・・・・・・・・・・ 畑の向こうにマンションがある! セールストーク『眺望の良い1LDK、家賃は7万円で、安いですよ』

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・・・・・・・・・・ 草加市を南北に貫く国道4号線 セールストーク『国道に出れば お店がいっぱい並んで便利です』

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・・・・・・・・・・ チョイト狭い裏道。 セールストーク『住宅街は人通りが少なく、静かな雰囲気です』

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・・・・・・・・・・ 草加南高等学校(草加市柳島町)がある。 セールストーク『学校も近く 東大受験まちがいなし』

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・・・・・・・・・・ 高等学校の西には、素朴な感じの柳島氷川神社がある。 セールストーク『お受験の神頼みもできますよ』

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・・・・・・・・・・ 氷川神社の裏には柳島コミニティセンターがある。 セールストーク『地域との触れ合いはこちらでできます 谷塚での充実した生活をおくってみてはいかがですか』

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● 東京都足立区と埼玉県草加市の境を流れる毛長川(けながかわ)に出た。 毛長川は利根川水系綾瀬川支流の一級河川。、、、、昭和23年(1948)より40年にかけて改修拡張された。 人口急増による生活排水の増加などの影響により20世紀後半に水質がきわめて悪化したが、流域の下水道の普及などにより水質は次第に改善した。 現在、埼玉高速鉄道線のトンネルを活用して荒川の水を引き込み、綾瀬川同様、毛長川に注ぐことで水質を改善する試みが行われている。、、、、川を越えたら、見沼代親水公園駅がある

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● 日暮里舎人ライナーの終着駅「見沼代親水公園駅」に到着。 東京23区内最北端の駅、平成20年(2008)の開業。

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2024年1月18日 (木)

遅めの初詣

夫婦で昨年末から風邪をひき、私は5日には快復したが、妻は長引いて三週間目にやっと快復したようだ。 この間、二人での外出も避けてきた。 今日は散歩を兼ねて二人で初詣。 初詣は西新井大師に行くことにした。(妻は、参拝後の美味しい食事を楽しみに!) 

西新井大師・・・・・西新井大師は五智山遍照院總持寺(ごちさん へんじょういん そうじじ)といい、真言宗豊山派の寺院である。 西新井大師総持寺は、826年弘法大師が創建したと伝えられ、本堂の西側に加持水の井戸があったことから当地周辺が西新井と呼ばれるようになったといわれてる。 慶安元年(1648)寺領25石の御朱印状を拝領、近郷に数多くの末寺・門徒寺を擁する中本寺格の寺院だった。 川崎大師平間寺、観福寺大師堂(前橋厄除大師)と共に関東三大師の一つである。




● 浅草橋の我が家から、浅草橋→押上→西新井→大師前と乗り継いで、約30分で東武大師線大師前駅に到着。(意外と近いものだ!)、、、、もう松の内も終わり、電車もガラガラと思って来たが、二両編成の電車の座席がチョウド埋まるほどの混雑度であった。 客は中高年が多いね!

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● 西新井大師は駅のスグ前。 西新井大師はまだ“初詣”の態勢で営業中。 正月飾りもある、大きな賽銭箱もある、護摩祈願も受け付けてる、露店も出ている、まさにチョイト遅めの初詣となった。、、、、年の始めで、まずは家内安全、身体堅固を祈願。 ついでに、宝くじ当選も祈願。、、、、今日は、近隣の爺さん、婆さんと、中高年ばかりが目に入る。 浅草の浅草寺のように、若い娘や外人さんの姿は無く、遠方からの観光客はいないようだ、チョイト華やかさに欠け、つまらないね!

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・・・・・・・・・・ 境内のウメが咲き始めた!

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・・・・・・・・・・ 参拝も終わり、参道を戻る。 門前の草だんごに行列。

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● 帰りは尾久橋通りの西新井大師西駅(日暮里舎人ライナー)から乗車。、、、、今年初めて、夫婦での外食は懐石料理でスタート。(食べることは忘れない!)

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2024年1月15日 (月)

寒~い! 五反野~六町

テレビの天気予報では、青空を背景にスカイツリーが映ってる、予想気温は11℃と表示。 風の予報は見過ごして、『今日は散歩日和かも』と、勝手に思いこみ散歩に出る。、、、、家を出ると北風が強い! 寒い! あわてて、地下鉄駅に向かう。 地下ホームは風も吹かず暖かく、外は寒いということを忘れ、路線図みながら『今日はどこの駅で降りようか?』 特段の思い、考えもなく、ただただ何となく『五反野で降りよう』と決めた。

今日の散歩は、東武伊勢崎線の五反野駅から適当に歩いて、つくばエキスプレスの六町駅まで、1万歩の歩き。




● 浅草から東武伊勢崎線に乗って、北千住駅の次は東京拘置所のある小菅(こすげ)駅、その小菅駅の次が五反野(ごたんの)駅。 知名度は低く、五反野を五反田(品川区)と間違える人もいる、五反田を五反野と間違える人はいない。 五反野駅の1日平均乗降人員は約35,000人ぐらいで、普通列車しか停まらない駅。 駅前には“銀座”と名乗る、「五反野駅前通り銀座会」という商店街がある。、、、、五反野駅の開業は大正13年(1924)10月1日と古い。、、、、昭和40年頃までは、五反野北町(現:青井、弘道)、五反野南町(現:足立)があったが、現在は“五反野”の地名は無くなり、駅名に“五反野”が残るのみ。 ちなみに、小学校名も平成25年(2013)までは“五反野小学校”が存在していたが、現在は小学校の統廃合で足立小学校と名を変えてしまった。 地元出身の方は、チョイト寂しいね!

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・・・・・・・・・・ 駅前の「五反野駅前通り銀座会」商店街、、、、昭和40年代前半に、駅前通りに沿って存在していた用水路(俗称:どぶ川)が暗渠化され、駅前道路周辺に商店も増え昭和45年(1970)に商店会が発足した。、、、、駅に向かう人も風で寒そうだ!

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● 五反野駅前通り銀座会商店街の北端は、六叉路の「四家(よつや)交差点」、、、、弘道1丁目と中央本町2丁目・3丁目と青井1丁目・2丁目が接する交差点で、6か所の信号が混乱なく点滅する六叉路だ。 パノラマ写真で撮影したが6本の道路、判るかな?

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・・・・・・・・・・ 四家交差点の “四家”とは、江戸時代この地域に住んでいた四家族、鶴飼、市川、高橋(兄弟)からついたと言われている。




● 四家交差点から東へ300m歩くと、足立区立第十一中学校がある。 その敷地の角(弘道1-39-8)に、小さな地蔵堂がある。 左側の駒型庚申塔は宝暦8年(1758)の庚申講中による造立。 右側の舟型の地蔵菩薩像は古く寛文11年(1671)の造立。、、、、260年前の庚申塔と350年前の地蔵尊、長い年月を経たが、ともに彫の劣化が少なく保存状態良好である。

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● 第十一中学校の正門前の裏道を北に歩いて行くと、住宅地の奥に「四ツ家稲荷神社」(青井2-15)がある。、、、、四ツ家稲荷神社の祭神は、宇迦之御魂命と徳川家康です。 江戸時代から四ツ家のある次郎左衛門新田には、東の宮と西の宮の二つの稲荷社があった。 東の宮は青井3-18付近にあったそうだが、近代になって、1村1社政策が進められ、現在地にあった西の宮に東の宮が合祀された。 その際、四家の一つ鵜飼家の屋敷神だった徳川家康(権現さま)も合祀されたと言われてる。、、、、タヌキ(家康)とキツネ(稲荷)を祀る神社。 蕎麦屋には御利益ありそうだ!

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● 青井2丁目から青井1丁目の裏道を歩いていると、駐車場の奥に社殿の屋根が見えた。 チョイト、寄って行こう!

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・・・・・・・・・・ 青井1丁目、住宅地の奥にひっそりと祀られている愛宕神社、、、、祭神は、火の神である火産霊命、水の神で安産の神でもある罔象女命、戦の神である日本武尊の三神。 元々は旧家の屋敷神だったそうだ。 神社の例大祭は秋の「彼岸の中日」という珍しい神社だ。

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● 雲は北風で吹っ飛び、空は真っ青! 風で帽子が吹き飛ばされそうだ! 手で押さえながら環七通りを横断する。 冷たい風が頬にあたる、寒いね! 

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・・・・・・・・・・ バス通りを歩き、つくばエキスプレスの六町駅に向かう。 寒くてバスに乗ろうと思ったが、バス停が判らず諦めた!

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六町駅に着いた。 今日は早く帰りた~い!、、、、六町駅は地下駅なので、駅の中は暖か~い!

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2023年12月19日 (火)

寒い堀切

京成本線の堀切菖蒲園で下車し、常磐線(地下鉄千代田線)の綾瀬駅まで、チョイト寒い裏通りを歩いて、1万歩。




● 京成本線堀切菖蒲園駅の1日平均乗降人員は約20,000人で、京成線全69駅中19位である。 想像していた以上に乗降客の多い駅だ! おそらくこの付近には他の鉄道は無く、バスは複数路線あるが都心方面に向かうには不便な路線ばかりだ。 通勤客の多くはこの京成本線を利用して、日暮里・上野経由で都心に向かうのかも? 1ヶ所しかない高架下の改札口には通勤・通学客がゾロゾロ。

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● まずは堀切5丁目を北東方向に亀有駅を目指して歩く。 下町の雰囲気漂う裏通りを歩く。

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● 曲がりくねった通りの奥に、赤い山門の寺がある。 真言宗豊山派の正王寺は、清滝山金長院と号す。 正王寺は、治承2年(1178)八王子社(現:堀切氷川神社)別当として創建されたらしい。 朱塗りの山門があることから「赤門寺」と呼ばれているそうだ。 住宅地の中にある静かな寺だ!

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● 近くには正王寺が別当であった堀切氷川神社がある、こちらも住宅地に佇む神社。 堀切氷川神社は、天正年間(1573~91)旧下千葉村の鎮守として創建された。 祭神は須佐之男命・東照大権現(徳川家康)。、、、、境内社の八王子神社は、治承2年(1178)に創建した古社と伝えられ、江戸時代に5石の朱印地を与えられた。、、、、境内には、年末の大祓で茅ノ輪あり、私も8の字にくぐって厄払い。

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・・・・・・・・・・ 境内社の八王子神社

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●  亀有駅を目指して歩いていたが、堀切の裏通りはよそ者の私にとっては迷路のように複雑怪奇、気づいたときは綾瀬駅に向かってた。

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● 葛飾区小菅4丁目を歩いてたら、日蓮宗の寺院の蓮昌寺(れんじょうじ)があった。 チョイト、手を合わせて行こう! 蓮昌寺の山号は法光山。、、、、正安2年(1300)阿闍梨日念が創建した道昌寺を慶長19年(1614)に蓮昌寺に改名した。 明暦2年(1656)再興され、万治3年(1660)七面大明神を勧請、寛政4年(1792)11代将軍徳川家斉が鷹狩で使用し以来将軍家の御膳所に指定された。 歴史ある寺だ!、、、、参拝後知ったのだが、当蓮昌寺は北野武(映画監督)の実家の菩提寺で、北野武の母が亡くなった際には葬儀・告別式は本寺で営まれたらしい。 また、いかりや長介(ドリフターズ)家の菩提寺でもあり、いかりや長介自身もここに眠っているそうだ。

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綾瀬駅(足立区)に到着、今日の散歩はココまで!

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2023年12月11日 (月)

谷塚から六町へ

東武伊勢崎線の谷塚駅(埼玉県草加市)から、つくばエキスプレスの六町駅(東京都足立区)まで、1万3千歩の散歩です。




● 朝7時半、谷塚(やつか)駅はすでに通勤通学の時間帯に入ってる。 “普通”しか停まらないホームには、多くの乗客が地下鉄の日比谷線に乗り入れる上り電車を待っている。 やって来た電車は既に満員状態、座れる余地はナシ、チョイト辛いね!

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・・・・・・・・・・ 駅前ロータリーに設置されてる案内板には、旧谷塚駅の写真と共に、『東武伊勢崎線谷塚駅は、1925(大正14)年10月に開設された駅です。1920(大正9)年3月に西新井・草加間が複線化された後、地元の人たちの要望と路線の電化により誕生しました。駅名は旧村名によるものです。 開業当初、付近は低湿地帯でした。1962(昭和37)年に地下鉄日比谷線の乗り入れ後、都心へわずか30分という立地条件から急速に開発が進み、利用者が急増しました。1988(昭和63)年8月、鉄道高架複々線化事業にともない高架ホームが完成しました。』と記されてる。

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● 谷塚駅入口交差点の角に浅間神社がある。 これまでに何度か参拝してるので、今日は手を合わせるだけ。

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● 浅間神社から裏通りを歩き、花畑大鷲神社を目指す。 毛長川を挟み東京都足立区接する草加市瀬崎は、住宅の中に工場が混在する町。、、、、私の興味を引き付けるものは少なく、ひたすら歩くだけ!

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・・・・・・・・・・ 住宅地の中にある公園で、絵になるような2本の大木(?)を見つけた

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・・・・・・・・・・ 毛長川に架かる大鷲(おおとり)さくら橋を渡ると、東京都足立区に入る。、、、、大鷲さくら橋は、令和2年(2020)に開通し、足立区花畑地区と埼玉県草加市を結ぶ、橋長:34.9m、幅員:16.8mの鋼単純合成床版橋。 事業費約17億円で架けられた。

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● 毛長川を越えて足立区に入ると、花畑大鷲神社(はなばたけおおとりじんじゃ)がある。、、、、大鷲神社の創建は古く、平安時代、新羅三郎義光が奥州の役に赴く途中、社前に戦勝を祈願したと伝えられるゆかりの社である。 台東区千束の鷲神社(おおとりじんじゃ)と同様に、応徳(1084)の頃から毎年11月の酉の日に例祭が行われ大変なにぎわいを呈しているそうだ。、、、、現在の本殿は嘉永7年(1854)に上棟、明治8年竣工、総欅方3間四方唐破風造りである。、、、、大鳥居をくぐると、チョイト長めの参道が伸び、途中に和風の庭園もある、緑豊かな静かな神社です。 

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● 大鷲神社の東側で毛長川は綾瀬川に合流する。 綾瀬川は南に流れ、つくばエキスプレスと平行して北千住方面に流れ下る。 私は、大鷲神社入口のバス停付近から綾瀬川沿いに歩き、約3㎞先の六町駅に向かう。

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● 足が棒になってきた頃、六町駅が見えた!、、、、六町駅は平成17年(2005)8月24日に開業した、島式ホーム1面2線の地下駅。 ホームは地下3階にあり、チョイト深い!、、、、駅周辺の開発が進み、住宅地域が広がっているらしい。 電車の利用者も増えているようだ。 開業時の平成17年の一日平均乗車人員は約5000人であったが、昨年令和4年(2022)の乗車人員は3倍の約15,000人となった。 

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2023年11月21日 (火)

消えた遊郭跡

今日は京成本線の千住大橋駅から歩きはじめ、日光街道(=国道4号)の西側、かつて千住遊郭のあった千住柳町と、その周辺の千住龍田町、千住元町、千住寿町界隈を気ままに歩いて、帰りは北千住駅まで。 1万2千歩の散歩です。

 

 

● 京成本線の千住大橋駅(せんじゅおおはしえき)で下車する。 千住大橋駅は昭和6年(1931)に開業し、現在は島式ホーム2面4線の高架駅である。、、、、戦後から平成にかけては、駅周辺にこれと言った集客力のある施設もなく、ゴク普通の薄暗い高架下の駅であった。 近年になり、駅前の再開発が行われ商業施設もでき、駅もリニューアルして、明るく綺麗になった! 乗降客も増えてきたそうだ。

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● 「千住遊郭」は大正中頃までは、旧日光街道(JR線と国道4号の中間を平行する街道)の千住宿の中に点在してた。 関東大震災前の大正10年、警視庁により宿場町に散在していた女郎達を、現在の日光街道を跨いでさらに西へ進んだ場所(現:千住柳町)に移転させ、「千住遊郭(柳新地)」とした。 戦後は千住の赤線地帯として売春防止条例が発布されるまで繁栄したそうだ(私は、まだ8歳ぐらいで知る由もない)。  この付近には、「大門通り」、「いろは通り」、「仲通り」などといった、いかにも遊郭・赤線チックな名称の商店街存在する。 しかし、今日歩いて見ると、当時の面影を残すような建物は消え、路地も整理され、商店街は寂れ、“遊郭”・“赤線地帯”は“知る人ぞ知る”世界となった。

・・・・・・・・・・ 千住柳町周辺で懐かしさを感じる建物

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・・・・・・・・・・ チョイト寂れた商店街、、、、“ニコニコ商店街”は名前も消えた!

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● 今日歩いた千住柳町周辺の神社を5社紹介する。

・・・・・・・・・・ まずは、千住大橋駅に近い河原町稲荷神社(千住河原町)、、、、国道4号線に面して鎮座している。 千住青果市場(=足立市場)の守護神として市場の旦那衆の信仰の対象。 神社の創建年代は不詳だが、市場が開かれた天正年間(1573~93)に遡るのではないかと思われる。 昭和20(1945)年4月13日の空襲で社殿と社叢が全焼したが、御神体ならびに神輿庫は類焼を免れた。 昭和41年(1966)に現社殿が造営された。、、、、金銅の金具で一面に装飾された木造漆喰の大型神輿(高さ2.38m、通称:千貫神輿 )は自慢の神輿である。 祭りも半端じゃないらしい!、、、、千住七福神の福禄寿が祀られている。 まもなく、七福神の稼ぎ時がやって来るね!

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・・・・・・・・・・ 続いて、白幡八幡神社は千住宮元町にある国道沿いの小さな神社。 白幡八幡神社は、源義家が奥州征伐に赴く際、渡裸川の渡し場に白幡を立て戦勝祈願をし、その白幡が名称の起源となり祀られることになったそうだ。 七福神は毘沙門天が祀られている。

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・・・・・・・・・・ 次は千住神社、国道から奥に入り、こちらも千住宮元町にある神社だ。 千住神社は、延長4年(926)に創建された千崎稲荷神社と、弘安2年(1279)に創建された氷川神社が明治6年に合祀された西森神社を起源とし、明治7年には(足立区最高・唯一の)郷社に列格した。大正4年(1915)に千住神社と改称した。 千住七福神の恵比寿神を祀る。、、、、社殿は、昭和20年の空襲で焼失したが、氏子の厚い信仰と熱誠により昭和33年(1958)に現在の社殿が完成した。、、、、境内には、昭和20年に造った防空壕が残されている。 私の想像する防空壕と比べると、思った以上に浅く、狭いので、こんな所で爆撃を受けたらイチコロかも? 怖かったと思うね。

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・・・・・・・・・・ 千住元町にあり、倉稲魂命、素盞嗚尊を祀る元宿神社(もとじゅくじんじゃ)にも参る、、、、当社は古くは元宿八幡社と称した。 明治末年、八幡社は千住四丁目の氷川神社に合祀されたが、昭和5年(1930)稲荷社を合祀して独立、村社に列格して再び元宿の鎮守となったという。、、、、昭和6年(1931)地名の“元宿”が元町(翌年には千住元町)と改められたことにより、“元宿”の名を残すために、社号を元宿神社と改称した。 守り通した地名に敬意!、、、、千住七福神は寿老人を祀る。

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・・・・・・・・・・ 帰りがけ、北千住駅の近くに鎮座する千住本氷川神社、、、、千住本氷川神社は、徳治2年(1307)に千葉氏によって、牛田に千葉山西光院と共に、氷川神社として創建された。 千住が宿場町として栄え始めた江戸時代の初期、現在地に地主の土地奉納によって分社が建てられた。 その後、明治43年(1910)荒川放水路建設のため、牛田氷川神社を合祀し、さらに昭和45年(1970)に社殿を新築して現在に至っています。 千住七福神は大黒天。

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・・・・・・・・・・ まだ正月にはチョイト早い! 七福神巡りは散歩の予定にないため、今日は5社(五福神)で、ここまで。 ちなみに、残りの布袋尊は千住大川町の大川町氷川神社に、弁財天は千住仲町の仲町氷川神社に祀られている。 お近くの人は、正月の七福神巡りにぜひ参拝を!!



北千住駅から、東武伊勢崎線で帰る。

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2023年10月 8日 (日)

竹ノ塚~西新井大師西

東武伊勢崎線の竹ノ塚駅から南西方向に歩き、日暮里舎人ライナーの西新井大師西駅まで、1万歩の散歩です。




● 開かずの踏切をなくすため、高架化工事が進められている竹ノ塚駅。 今日は、工事の進捗を確認したく竹ノ塚駅で下車した。、、、、高架の新駅舎は令和4年(2022)3月20日から供用された。 ホームに降り立つと天井の木組みのデザインが目をひく、ホームを覆う天井・壁端は開放的で明るい作りになっている。 ホーム下1階のトイレには休憩スペース・おむつ替えコーナーなどもあり、利用者に優しい設計。 今後は駅ビル、駅周辺等の整備もあり、まだまだ工事は続きそうだ!

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・・・・・・・・・・ 東口にある3階建ての駅ビルはまだ設計ができていないようで、壊されずに残っている。 どうなることか?

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・・・・・・・・・・ 西口側は駅前に大きな更地が現れた! こちらは、何ができるのだ?

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● 竹ノ塚駅から南西方向に向かって、裏通りを歩く・・・・・

・・・・・・・・・・ 都内で生徒数が最も多い中学校と聞いた足立区立第十四中学校。 チョイト調べてみたら、在籍生徒数は不明だが、令和5年度の入学者数は足立区の中では最も多く276名だった。 単純に全校生分を推計すると276名×3学年=828名 確かに多いね! 

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・・・・・・・・・・ チョイト奥まった処にある、平成初期に竣工した都営伊興三丁目アパート。 全戸数175戸の小さな団地。

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● 裏通りを右に、左に、好き勝手に歩いていたら、「七曲がり」の中程、六万部経塚(題目塚)の脇に出た! 

・・・・・・・・・・ 六万部とは、法華経二十八品を繰り返し6万回にわたり唱える意味で、六万部経塚の名の由来もここにある。この塚の南東にある寿福山長勝寺の聖人が宝永2年(1705)に平安と幸せを祈願して、小石に題目を書写してここに埋めたとされる。  右の古い小さな石柱が(宝永2年(1705))の経塚碑。

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・・・・・・・・・・ 六万部経塚から七曲がりを西へ向かうと真言宗豊山派寺院の実相院がある。 今日は門前を通過。

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● 七曲がりから脇道にそれ、西新井大師西駅に向かう・・・・・

・・・・・・・・・・ またまた小さな都営団地:伊興二丁目アパートがある。 昭和62年(1987)に建てられた全47戸の極々小さな団地。

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・・・・・・・・・・ 伊興若宮八幡宮は誉田別尊(応神天皇)を祭神とする鎮守さま。 松の木しげる広い境内には摂社として古禄神社・天満宮・三峯神社が移築されている。

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・・・・・・・・・・ マンションを背に畑が点在する。 柿も色づいて来た!

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・・・・・・・・・・ 校庭の広い大きな学校は東京都立足立工科高等学校だ。 昭和37年(1962)に都立足立工業高等学校として創立。 今年から、校名を東京都立足立工科高等学校に改称。 学校では、1年次は機械工学と電気・電子・情報工学に関する基礎的な技術・技能を全員が学び、2年次より機械・電気システム・制御システム・情報コミュニケーションの4つのコースに分かれ、専門性を高めるそうだ。 

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・・・・・・・・・・ 高圧線の下に細長いく連なる公園(高道東公園、西中第二公園など)を通り抜ける。、、、、区画整理で生まれた公園らしい、園内には佐藤栄作書の記念碑がある。

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● 日暮里舎人ライナーの西新井大師西駅に着いた。、、、、日暮里舎人ライナーの駅はどの駅もほぼ同じデザイン・構造で造られ、チョイト面白みに欠けるね!

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2023年9月12日 (火)

環七南通り

朝4時に起床した私、隣のベッドでは、平和な夢でも見て妻が熟睡中。 まだ薄暗い外に出てみると、爽やかな秋風が吹いていた。、、、、今日は朝食後散歩に出た。 何処へ行くか迷った挙句、東武伊勢崎線の梅島駅で下車し、西に向かって歩いてきた。 日暮里舎人ライナーの江北駅まで、9千歩の散歩。




● 押上駅で都営浅草線から東武伊勢崎線に乗り換え、車中で『どこで降りようか?』、なんとなく北千住駅から3駅目「梅島駅」で下車する。 今日の散歩はココからだ!、、、、梅島駅は大正13年(1924)10月1日に開業し、平成7年(1995)からは高架駅となる。 駅のホームは、高架島式1面2線構造だが、やや特殊な構造をしている。 ホームは幅が狭く異様に長い、長さは2編成分以上あり、上下線の電車が互い違いに停車するようになっている。 電車が停まる反対側の面は壁で塞ぎ線路が見えない。 長いホームの中央に階段・エスカレータ・エレベーターがある。 駅の出入口(改札口)は高架下で、旧日光街道に面した1ヶ所のみ。

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● 梅島駅で降りてはみたが、『さて! 何処に向かって歩こうか?』、、、、地図を見ると、駅の南側に、途中未完成部分がある「環七南通り」と言うチョイト広い道がある。 この道沿いに西に向かって歩くことにした。

・・・・・・・・・・ 旧日光街道との交差点から環七南通りを歩く

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・・・・・・・・・・ 足立区梅田5丁目~関原3丁目の区間は道路未完成。 用地取得は済んでいるようだ。 工事説明板には令和6年度(2024年度)完成と書かれてた。

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・・・・・・・・・・ 関原3丁目の中央地点から西に向かって尾竹橋通り(関原小入口交差点)まで、再び環七南通りの完成部分が伸びる。、、、、歩く身体に汗が流れ下着まで濡れてきた、熱中症の危険を感じる。 ここで死ぬのはイヤダ! 急ぎ、公園で手拭いを濡らし首に巻き、さらに水分補給する。

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・・・・・・・・・・ 愛称:環七南通り(正式名:東京都市計画道路補助第138号線)は、足立区内の環状7号線にほぼ平行(南側約800m)に位置しており、足立区江北2丁目から葛飾区東金町2丁目を結ぶ道路。 足立区内の補助第138号線の道路延長は8,620mあり、綾瀬川以東の一部並びに梅田5丁目及び関原3丁目の一部については完成してるが、他の区間は工事中または計画中である。 (足立区のHPから)



・・・・・・・・・・ 尾竹橋通り西側から本木新道(興野公団住宅バス停)までの興野1丁目の区間は工事中

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・・・・・・・・・・ 本木新道から西へ江北2丁目までは、用地取得もまだか? 私にはこの先のルート不明! 環七南通り沿いの歩きはココまで!




● 本木新道から、引き続き西に歩く。 足立区西新井本町4丁目の裏通りに入る。、、、、今は廃業した店舗が数軒並んでいる。

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● 裏通りの奥に東京都住宅供給公社の興野町住宅がある。 この団地は、昭和33年(1958)に建設された4階建ての集合住宅全27棟760戸の団地。 緑に囲まれた住みやすそうな団地である。

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・・・・・・・・・・ 団地の中央にある公園では、中高年の方が20人ぐらい集まってラジオ体操?、、、、ラジカセから流れる曲は私の知るラジオ体操ではない。 じっくり聞くと、朝鮮半島の曲のようだ。 もしかしたら、この付近には朝鮮人が多いかも。

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● 尾久橋通りを走る日暮里舎人ライナーの江北駅が見えた! 駅の向かいに高野胡録神社がある。、、、、高野胡録神社の創建年代は不詳。 江戸時代には第六天社と称して高野村の鎮守であったといい、神仏分離令の際に胡録神社と改称したそうだ。

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● 尾久橋通り上にある日暮里・舎人ライナーの江北駅、、、、平成20年(2008)3月30日の日暮里~見沼代親水公園間の開業と同時にできた駅。 ホームは道路の頭上に島式1面2線構造である。、、、、開業してから15年、駅も車両もキレイだ!

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2023年2月 4日 (土)

江北から東十条

日暮里舎人ライナー江北駅から西へ歩いて、鹿浜橋、新神谷橋を渡り、京浜東北線の東十条駅まで、1万3千歩の散歩です。




● 日暮里舎人ライナーの「江北駅」で下車、今日の散歩はココから!、、、、 江北駅(足立区江北4)は尾久橋通りの頭上に、平成20年(2008)3月30日に開業した駅である。、、、、駅周辺はキラキラ・ネオンが輝く街ではないが、駅前には大型スーパー、家電量販店、ホームセンターなどがあり、生活するには住みやすそうな町である。

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● 日暮里舎人ライナーが江北駅に着く手前から、車窓には、住宅地の中に巨大な建物が見える。 その巨大な建物を見てみようと、江北駅から西へ500m程歩くと、「東京女子医科大学附属足立医療センター」がある。 病院は昨年(2022)オープンした、30以上の診療科、約500床のベッド、約1000名のスタッフが働く総合病院である。、、、、足立、荒川、葛飾を中心とした下町の住人からは『神さま、仏さま、女子医大さま』と、期待される病院になるか?

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● 女子医大病院の西に、真言宗豊山派寺院の「瑠璃光山 薬王院」がある。 薬王院は元禄年間(1688~1704)に創建した。、、、、門前には三基の庚申塔と地蔵尊がお出迎え!、、、、当寺には、明治7年4月に小学校が開設され、現:江北小学校の前身として、昭和20年まで教育の場に当てられていたそうだ。

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● 薬王院の参道脇に「上沼田北野神社」が鎮座する。 神社の創建年代等は不詳ながら、薬王院の境内に「天神社」が祀られていたことから、薬王院が創建された元禄年間(1688~1704)前後に創建したものと思われる。 祭神は菅原道真。

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● 鹿浜1丁目に、真言宗智山派寺院の「五智山 寶光院 長楽寺」がある。 長楽寺は、江戸時代中期(正徳年間、1711~1715)に創建したと言われ、江戸時代より本尊の薬師如来は「鹿浜薬師」として信仰を集めているそうだ。(鹿浜薬師とは、知らなんだ!)

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● 荒川に架かる「鹿浜橋」は、足立区の新田地区と鹿浜地区を結ぶ環状七号線の橋。 昭和40年(1965)2月12日に開通した、長さ451.30mの橋。、、、、橋の上流には、川口市のタワーマンションを望む。、、、、昨日の冷たい北風もおさまり、立春らしく春の気分で橋を渡る。

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● 鹿浜橋で荒川を越え、新田地区に入ると、次は「新神谷橋」で隅田川を越える。、、、、橋名の“神谷”は北区の地名。 上流側の岩淵水門の管理橋に次いで、隅田川二番目の橋となる。 もともと神谷には「神谷の渡し」があった。 昭和初期には、現在の位置より100mほど南(下流側)に木鉄混交の橋として架けられた「神谷橋」があった。 神谷橋は昭和25年(1950年)に鋼桁橋として改架された。、、、、現在の新神谷橋は、昭和40年(1965)2月12日に開通した。 橋長 153.1m。 橋上は環七通り。、、、、今日は、隅田川の川面も穏やか!

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● 隅田川を越えると北区に入る。 「宮堀交差点」を渡り、「東十条銀座」の商店街を抜けると、「東十条駅北口」である。

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● 「東十条駅」は昭和6年(1931)8月1日に開業した京浜東北線の駅。 ホームは地上島式2面3線構造。、、、、 1日平均乗車人員は約20,000人で、京浜東北線の停車駅の中ではワースト5に入る少なさだが、駅前の商店街は活気があって、私の住む浅草橋より元気そうだ!

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2023年2月 1日 (水)

七曲がり

久しぶりに10℃を超える今日、夫婦で東武伊勢崎線の竹ノ塚駅から西新井大師まで伸びる「七曲がり」を歩き、さらに日暮里舎人ライナーの江北駅まで歩いてきた。 1万3千歩。 


「七曲がり」とは・・・・・「七曲がり」という道路名から受ける印象は、七か所のカーブがある曲がりくねった歴史ある“古道”を想像してしまう。 しかし、その実態は用水路沿いの道だったらしい。 足立区のホームページには、区内47路線の道路に愛称名を付けたことが2015年に公開されている。 その一覧表には、32番目に愛称名:七曲がり(ななまがり)、起点:伊興四丁目1番、終点:栗原三丁目10番として掲載されている。、、、、この道を歩くのは、私は三度目であるが、妻は初めて。 妻は“竹ノ塚”の駅で下車するのも初めてなので、今日はガイドになって道案内した。




● 高架駅に変わった「竹ノ塚」で下車する。 午前10時、上り電車を待つ人が多い、これから出勤するのか?、、、、妻から質問『竹ノ塚の名産は何』 『そんなの知らん! 駅周辺に都営住宅、公団住宅が多いから、子作りの町かも』

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● 竹ノ塚駅から北に400m程歩くと、曹洞宗の「東岳寺」(足立区伊興本町1)がある、南昌山と号す。 東岳寺は、慶長18年(1614)浅草鳥越に創建したと言われてる。(我が家の近くだ!)、、、、境内には「東海道五拾三次」の浮世絵で有名な初代安藤広重の墓所がある。、、、、境内はさほど広くはないが、鯉が泳ぐ池、東屋、茶室等があり、街中とは思えない風情がある寺。

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● 東岳寺の近く、尾竹橋通りと赤山街道が交差する伊興町前沼交差点近くから、「七曲がり」の道は始まる。

・・・・・・・・・・ 伊興町前沼交差点、、、、左右に向かうのは尾竹橋通り、手前から中央奥へ結ぶ赤山街道。 写真中央のビルの間から七曲がりは始まる。

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・・・・・・・・・・ 七曲がりの起点、、、、電柱には「七曲がり 伊興4-1」、愛称名と起点の住所が表示されている。 その表示の下には、足立区で表示した「七曲がり」の愛称名。 さらに、小さな文字で『この道路愛称名は公募によって選ばれました』と書いてる。

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・・・・・・・・・・ まずは緩やかなカーブがあった! これは、七曲がりの一つか? 七つの場所を明示してほしいね!

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・・・・・・・・・・ 起点から400m程歩くと、「六万部経塚(題目塚)」が七曲がり道に面して建ってる。 六万部とは、法華経二十八品を繰り返し6万回にわたり唱える意味で、六万部経塚の名の由来もここにある。 この塚の南西にある寿福山長勝寺の僧が宝永2年(1705)に平安と幸せを祈願して、小石に題目を書写してここに埋めたとされる。 右側の古い小さな石柱が宝永2年の経塚碑。、、、、お経を何回唱えたか、数え忘れるとどうなるか?

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・・・・・・・・・・ 七曲がりは伊興4丁目の実相院山門前で、直角に折れ南に見に向かう。、、、、真言宗豊山派寺院の「実相院」は、寶光山実相院横沼寺と号す。 西新井大師:総持寺の末寺。 実相院は、天平年間行基菩薩による開山といわれてる。、、、、山門前に立つ、仁王の石像は表情豊かなもので、国宝級?

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・・・・・・・・・・ 七曲がりの稲荷神社、、、、伊興3にある小祠 御利益は期待しない方が良さそうだ!

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・・・・・・・・・・ 緩やかなカーブが続く七曲がり、、、、何ヶ所の曲がりがあったか、数え忘れた!

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・・・・・・・・・・ 七曲がりの庚申塔(西新井3)、、、、堂内の庚申塔は駒型で、日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿が陽刻されている。 宝暦13年(1763)の造立。 塔の下部には「向左 千住一リ半 向右 草加一リ半」と刻まれている。 この地が千住と草加宿の間の中間地点であることを示す道標だ。

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・・・・・・・・・・ 「雷神社」(いかづちじんじゃ、西新井2)、、、、この神社は、東京都で唯一「雷」の文字が付く神社。 読みは“いかづち”、、、、江戸時代の中期正徳3年(1713)、度重なる落雷に襲われ田畑は荒れ果、草木は枯葉て荒地と化し、享保の飢饉となる。 そこで、将軍吉宗の享保の改革では、新田開発も行われ治水も進むなかで村人達は寄り合い協議の上、雷なりの大神を建立し氏神様として祀り神社境内の中央に御神木として椎の木(スダヂイ)を植樹し郷人達の大安と五穀豊穣を祈願したと伝えられる。 現在の社殿は昭和5年(1930)の造営。

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・・・・・・・・・・ 歩く先に、大師線の高架橋が見えた。 カマボコ屋根の駅舎も見える!

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・・・・・・・・・・ 七曲がりは西新井大師前交差点で環七通りにぶつかり、ハイ終点(足立区栗原3)です!、、、、ヤリマシタ! 七曲がりの完全踏破!

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● ここまで来たら西新井大師「五智山遍照院総持寺」に参る。、、、、真言宗豊山派の別格本山、関東七ヶ寺の一つ。天長3年(826)弘法大師の創建と伝えられ、川崎大師と共に開運厄除の霊場として名高い。 本尊は十一面観世音像、、、、今日は天気も良く、チョイト遅ればせの初詣なのか? 人出が多いね。

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● 手を合わせてあとは、ゆっくり食事。 その後、日暮里舎人ライナーの江北駅まで歩く。

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