川崎大師で節分
このところの大寒波で、寒い寒い! 出不精となり“散歩”もサボり、家でゴロゴロが続いた。 今日は節分、散歩がてらに外出したくなった。 成田山に行こうか? 浅草寺に行こうか? 成田はチョイと遠い、浅草寺は先日行った、悩んだ末、夫婦で川崎大師に行ってきた。、、、、、川崎大師には7年ぶりの参拝である。
● 京急川崎駅で大師線に乗り換え、3駅目「川崎大師駅」で下車する。 川崎大師駅は明治32年(1899)1月21日、大師電気鉄道の大師駅として開業し、大正14年には川崎大師駅と改称した。 以来、京浜電気鉄道(大師電気鉄道)、東京急行電鉄、京浜急行電鉄と移行したが、京浜急行電鉄最古の駅であるとともに、現存する関東最古の電車駅でもある。 駅は相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、両ホーム間は地下道で連絡している。、、、、、現駅舎は、昭和31年(1956)川崎大師の戦災復旧もほぼ完了し、さらに参詣客の増加が予想されるため、これらに対応して木造であった駅舎を鉄筋コンクリート造にした。 京急電鉄らしい平屋の駅舎であるが、川崎大師を彷彿とさせる意匠は寺街の雰囲気と合致し旅情溢れる駅である。

・・・・・・・・・・ 京浜急行電鉄の前身である大師電気鉄道が明治32年(1899)、六郷橋~大師(現:川崎大師)間を開通したことを記念し、昭和43年(1968)大師電気鉄道「発祥の地」記念碑が建立されている。(川崎大師駅改札を出て右側奥)
● 駅前から「表参道」を歩いて川崎大師に向かう。 トン・トンとリズミカルに飴を切る包丁の音が参拝する人を迎えてる。 飴屋に呼び込まれ懐かしの味「ニッキ飴」、「咳止め」、「さらし飴」を購入。 飴屋の隣はダルマ屋、店の奥までビッシリと並んだダルマ、白目で見つめられ笑ってるようにも見える。 甘酒屋にくず餅屋、せんべい屋もある。





● 通称「川崎大師」の本名は「平間寺(へいけんじ)」。 平間寺は真言宗智山派の大本山である。 山号は金剛山。院号は金乗院。、、、、、当地付近に住んでいた平間兼乗(ひらま かねのり)が川崎市夜光沖合いの海で拾い上げた弘法大師像(本尊)をもとに、尊賢上人が開基となり大冶3年(1128)創建したと伝えられている。、、、、、伽藍の多くは、昭和20年(1945)4月15日に米軍の攻撃で行われた川崎大空襲で多く建物が焼け落ち、戦後になって再建された。 大山門は昭和52年(1977)、大本堂は昭和39年(1964)、八角五重塔は昭和59年(1984)に建立された。
・・・・・・・・・・ 大きな大山門をくぐり境内に進む。
・・・・・・・・・・ 本堂前では大勢のガードマンが正面に並んでる。 参拝客は両脇から本堂に入る。 本堂では、年男・年女が揃い節分の法要が行われていた。


・・・・・・・・・・ 法要が終わり、本堂前で貫首と思われる僧を囲んで、年男年女の記念撮影。 『ハイ~ こらら向いて ハイ・チーズ』、、、、、貫首の隣りにはご当地川崎出身の友風関(中村部屋)が座ってる。

・・・・・・・・・・ 記念撮影が終わると、御一行様は豆まき会場へ移動。 広い境内の奥にあるインド風の建物:薬師堂の前に、これまた広い広場がある。 ここに豆まき会場が用意されていた。




・・・・・・・・・・ 総勢60名程の年男年女による豆まきが一斉に始まった。 豆をまとめて大量に投げる人、一袋ずつちょびちょび投げる人、遠くに投げる人、投げずに真下に落とす人、年男年女もいろいろだ! ひろう人もいろいろだが、奪い合う人、あきらめた人、傍観する人、大量にひろい自慢げな人、私は見てる人、妻はひろえずがっかりしてる人。



・・・・・・・・・・ 豆まきが終われば参拝客は一斉に散って行く! 私達も帰ることにした。































































































































































































































































